終焉の宴(3)
「いったい、何が起こったというのだぁぁぁ!!!」
宮殿で翁が一人吠えた。宮殿といっても粗末なものだが。
急いで建てたというのがよく、わかる。
すきま風が吹き、時折ぱらぱらと砂が落ちて。
その地の名は洛陽。かっての、大陸最大の都市。
そして、漢王朝の主が住まう場所。
翁の名は、王允。そう、あの貂蝉の養父であった男。
呂布を追い出した王允は、幼い献帝を補佐し、漢王朝最高権力者となっていたのだ。
董卓を殺す謀略に参加していたことを隠して。
全てを、呂布のせいにして。
「何故だ! 何故帰ってこない!」
帰ってこないのは飛熊軍。李カク・郭汜・樊稠率いる旧董卓軍のことである。
馬騰、韓遂を中心とした十部軍の蜂起を鎮圧するために出陣し、連絡を絶ったのだ。
「まさか、全滅したというのか……いや、ありえん! 奴らの武は董卓の暴虐を引き継いでいる! 知謀なきとはいえ、そんなことが……」
わからぬ。わか……こんなとき、貂蝉がいてくれたら……
否。
「あの、不忠者めが! 恩を忘れてわしを裏切りおって!」
とにかく、何か手を打たねば。我が手には献帝がいる。それさえ、それさえあれば……
扉が、乱暴に開かれた。部屋全体が揺れる。
幾人もの兵が、手に手に武器をもって現れる。
王允を取り囲み、武器を突きつけたのだ。
「な……わしを……このわしを王允と知っての狼藉か! 無礼者めが!!!」
凄まじい迫力であった。兵が、たじろぐ。
少しずつ、武器がおろされていく。
「おろすな!」
大きな声。武器がまた元の位置へ。
「その声……何のつもりだ、李カク!」
声の元は行方をくらませていた董卓四天王李カク。
同じく郭汜・樊稠もその両隣に立っていた。
「貴様……我らを謀りおったな!」
「貴様が呂布をそそのかして董卓様を!」
「許さん!」
「なんだと……何を証拠に!」
「……証拠、ですか」
理知的な声、であった。落ち着いている。
王允が、かっと目を見開いた。
かつかつと近づいてくるその男に、驚きを隠せず。
その男の名は、とうに消えたと思っていたのだ。
西涼の魔王、董卓が軍師、李儒。
「李儒殿……どうして……」
「いや、酷い目にあいましたなあ……まさか、我ら一族、皆殺しにしようとは」
「そ、それは……呂布が」
「いやいや、我が主を殺したのは、あの、小娘。それは、この目で」
血染めの・・・戦姫。あの姿は、忘れぬ。
だが、主がいなくなった事で一族に降りかかった災厄は、呂布ではなかった。
「牛輔殿の機転のおかげで、なんとか皆の命は助かりましたが」
牛輔、李儒は、董卓の婿にあたる。
董卓亡き後、牛輔は一族を逃がした。
そして、わずかな兵で時間を稼いだ。
生き残ったのは、李儒だけであった。
「そうそう、襲ってきた兵の中には、この男の姿が」
首が、運ばれてくる。士孫瑞。王允とともに、策を講じた男。
「強情な男でありましたが、いや、全て吐いてくれましたよ」
「嘘だ、嘘だ、でたらめだ!」
「くどいな。なあ、閻行殿」
「閻行……韓遂の婿養子……」
武勇に優れた人物だと、聞いていた。
どうして、その男が。
「そうだ、貴方に素晴らしいお方を見てもらいたい」
李儒が、右手を差し上げる。
李カク・郭汜・樊稠が、膝をつき、頭を垂れる。
李儒が、心底嬉しそうに笑みを浮かべる。
閻行は、無表情であった。
「牛輔殿が一人娘、私の、姪。董卓様が、孫娘、董狼姫」
娘が、一人。まだ、幼い容姿。狼の毛皮を鎧の上に飾り、手には蒼い大鎌。
その目に、極寒の炎を宿していた。
「以後、お見知りおきを……いや、」
貴方が会った最後の人物として、地獄まで覚えておけ。
「まて、ここには献帝がおわ、グワアアア!!!」
風のように走り寄った董狼姫の大鎌が、王允の身体を貫いた。
そして、天高く片手で持ち上げた。
小さく、ごめんと言いながら。
おのれ……まだ、まだ、わしには……歴史に……名を……
「まだ、生きているのか。しぶとい、男よ。閻行殿、楽にしてやれ」
「わかった」
剣を抜き、跳んで。そして、死。
「王允、献帝は俺が大切に使ってやる! 見よ! 董卓軍は永遠なのだ!!!」
ここに、董卓軍が復活を果たした。
董卓の孫娘を旗印として。
山狗達が、新たな主を得た瞬間であった。
「陳宮……」
どれだけ、陳宮は呂布の暖かさを感じていただろうか。
それは、一瞬にも永劫にも思えた。
戦のことを、忘れさせてくれた。
「呂布さま……」
はっと、呂布が陳宮から頭を離した。急いで窓から顔出し外を見る。
「なに……戦の、匂い……白刃の光!」
「攻撃が始まったのですか!」
恐れていた事態が、ついにやって来たのかと。
「違う!」
呂布は、即座に否定した。
「でも! 戦の匂い!」
呂布が、窓から、飛び降りた。
「りょ、呂布様!」
ここ、すっごく高い……
地面を揺らして着地すると、元気に走る呂布を見て、
「……」
何も、言えなくなった。
「侯成! その馬……」
馬を大量に引き連れた侯成の姿。侯成が、口を開いた。
「裏切り者です、呂布様」
「また……」
身を引き裂くような、悔しさと哀しさに、呂布の身体は打ち、震えて。
「大方、馬を土産として、曹操に寝返ろうとしたんでしょうよ。ふてえ野郎っすわ。でも、馬は取り戻したっすよ!」
「……その、人は?」
「俺が、殺しました」
「……」
もう、呂布は何も言わなかった。
言う気力が、なかったのだ。
何も言わず、寒々とした、冷たい水が溜まった大広間へ。
椅子に座る。
今はここにはいない人物のことを、考えていた。
次の日。
「貂蝉さま」
「魏続、どうしたの? 宋憲も?」
廊下で、二人に話しかけられた。
「いえね、宴の許可を頂きたいのです」
「宴……魏続、今が、どういう状態かわかって言っているの!?」
悪鬼のように二つにくくった髪が逆立つ。闘気が空間に満ちていく。
彼女は貂蝉。呂布の義姉で、呂布軍第二の武勇の持ち主。
「わかってます! わかってますよ!」
「だからですよ!」
「え……」
意外な言葉に、闘気が退いていく。
「侯成が、馬取り戻したじゃないっすか! それの恩賞として、ですよ」
「みんな、気が滅入ってます! これじゃあ、駄目っすよ! 一発、これを機会に景気づけをどうかと!」
「いいね」
「呂布さま!」
三人が、主に。主は、弱々しい笑みを浮かべていた。
「それも、いいね。みんなに、美味しいもの、だそう。お酒も、いいよ」
「呂布さま……それは……」
「やろう。みんなで、やろう。派手に、やろうよ」
呂布は、そういって、すたすたと歩き出す。
貂蝉が、呂布のあとを。
魏続が、
「宴、おいら達で準備しますね」
といった。
貂蝉が、「え、ええ」っと。
それどころでは、なかったのだ。
二人が、顔を見合わせ、にたりと笑った。
その、侯成が馬を取り返した晩。
「殿、殿」
「……曹純……今、何時だと……」
「申し訳御座いません。しかし、呂布軍から投降を申し出るという男が。それも、殿に直々に伝えたい事があると」
「なに!」
急いで、曹操はその男の元へ。
身だしなみを整えることなく曹純に連れられ急いで向かう。
「殿、この男です」
縄で、縛られていた。用心のためである。
「……曹操様、この縄、解いて欲しいのですが」
「用心のためよ。わかるだろう。そのほう、名は?」
まっすぐな目をしていた。
「曹性と、申します」
「ほう、同じ曹か。いや、ここにいる者も名を」
「殿!無駄話はおやめ下され!」
「ああ、もう……それで、俺に話とは?」
「呂布軍のなかにも、投降したいという者が多数おります」
「ほお……それは、初耳じゃなあ」
「私は、その先触れとして、一足早く」
「ふむふむ、それはよいなあ」
うん、感心感心。
「先触れとは、なんのじゃ? つまり、固まって投降するということか?」
「いかにも」
「ほお……」
「それも、土産をもって」
「土産とは、気になるな」
「魏続、宋憲、侯成。この三人が計画の中心です」
「な! それは、呂布軍の中でもかなりの!」
曹純が、驚いて声を。しーっと曹操に注意され、は、はいと。
全く、まだまだ甘いな、この娘は……
「ま、大物だ。間違いなく」
「土産は……」
「言ってみよ」
「呂布」
「な、なんだとぉぉぉぉ!!!」
「と、殿……」
さっき、私にしーって言ったのに。
「ほ、本当なのか!」
「本当です。今日、明日にも」
「な、なんと……」
曹操、放心。
「さてと、これで準備はいいかな」
「いやー、かなり上手じゃね?」
「ちゃんと、入れたか」
「おお。準備万端よ」
そして、宴が、始まる。
宮殿で翁が一人吠えた。宮殿といっても粗末なものだが。
急いで建てたというのがよく、わかる。
すきま風が吹き、時折ぱらぱらと砂が落ちて。
その地の名は洛陽。かっての、大陸最大の都市。
そして、漢王朝の主が住まう場所。
翁の名は、王允。そう、あの貂蝉の養父であった男。
呂布を追い出した王允は、幼い献帝を補佐し、漢王朝最高権力者となっていたのだ。
董卓を殺す謀略に参加していたことを隠して。
全てを、呂布のせいにして。
「何故だ! 何故帰ってこない!」
帰ってこないのは飛熊軍。李カク・郭汜・樊稠率いる旧董卓軍のことである。
馬騰、韓遂を中心とした十部軍の蜂起を鎮圧するために出陣し、連絡を絶ったのだ。
「まさか、全滅したというのか……いや、ありえん! 奴らの武は董卓の暴虐を引き継いでいる! 知謀なきとはいえ、そんなことが……」
わからぬ。わか……こんなとき、貂蝉がいてくれたら……
否。
「あの、不忠者めが! 恩を忘れてわしを裏切りおって!」
とにかく、何か手を打たねば。我が手には献帝がいる。それさえ、それさえあれば……
扉が、乱暴に開かれた。部屋全体が揺れる。
幾人もの兵が、手に手に武器をもって現れる。
王允を取り囲み、武器を突きつけたのだ。
「な……わしを……このわしを王允と知っての狼藉か! 無礼者めが!!!」
凄まじい迫力であった。兵が、たじろぐ。
少しずつ、武器がおろされていく。
「おろすな!」
大きな声。武器がまた元の位置へ。
「その声……何のつもりだ、李カク!」
声の元は行方をくらませていた董卓四天王李カク。
同じく郭汜・樊稠もその両隣に立っていた。
「貴様……我らを謀りおったな!」
「貴様が呂布をそそのかして董卓様を!」
「許さん!」
「なんだと……何を証拠に!」
「……証拠、ですか」
理知的な声、であった。落ち着いている。
王允が、かっと目を見開いた。
かつかつと近づいてくるその男に、驚きを隠せず。
その男の名は、とうに消えたと思っていたのだ。
西涼の魔王、董卓が軍師、李儒。
「李儒殿……どうして……」
「いや、酷い目にあいましたなあ……まさか、我ら一族、皆殺しにしようとは」
「そ、それは……呂布が」
「いやいや、我が主を殺したのは、あの、小娘。それは、この目で」
血染めの・・・戦姫。あの姿は、忘れぬ。
だが、主がいなくなった事で一族に降りかかった災厄は、呂布ではなかった。
「牛輔殿の機転のおかげで、なんとか皆の命は助かりましたが」
牛輔、李儒は、董卓の婿にあたる。
董卓亡き後、牛輔は一族を逃がした。
そして、わずかな兵で時間を稼いだ。
生き残ったのは、李儒だけであった。
「そうそう、襲ってきた兵の中には、この男の姿が」
首が、運ばれてくる。士孫瑞。王允とともに、策を講じた男。
「強情な男でありましたが、いや、全て吐いてくれましたよ」
「嘘だ、嘘だ、でたらめだ!」
「くどいな。なあ、閻行殿」
「閻行……韓遂の婿養子……」
武勇に優れた人物だと、聞いていた。
どうして、その男が。
「そうだ、貴方に素晴らしいお方を見てもらいたい」
李儒が、右手を差し上げる。
李カク・郭汜・樊稠が、膝をつき、頭を垂れる。
李儒が、心底嬉しそうに笑みを浮かべる。
閻行は、無表情であった。
「牛輔殿が一人娘、私の、姪。董卓様が、孫娘、董狼姫」
娘が、一人。まだ、幼い容姿。狼の毛皮を鎧の上に飾り、手には蒼い大鎌。
その目に、極寒の炎を宿していた。
「以後、お見知りおきを……いや、」
貴方が会った最後の人物として、地獄まで覚えておけ。
「まて、ここには献帝がおわ、グワアアア!!!」
風のように走り寄った董狼姫の大鎌が、王允の身体を貫いた。
そして、天高く片手で持ち上げた。
小さく、ごめんと言いながら。
おのれ……まだ、まだ、わしには……歴史に……名を……
「まだ、生きているのか。しぶとい、男よ。閻行殿、楽にしてやれ」
「わかった」
剣を抜き、跳んで。そして、死。
「王允、献帝は俺が大切に使ってやる! 見よ! 董卓軍は永遠なのだ!!!」
ここに、董卓軍が復活を果たした。
董卓の孫娘を旗印として。
山狗達が、新たな主を得た瞬間であった。
「陳宮……」
どれだけ、陳宮は呂布の暖かさを感じていただろうか。
それは、一瞬にも永劫にも思えた。
戦のことを、忘れさせてくれた。
「呂布さま……」
はっと、呂布が陳宮から頭を離した。急いで窓から顔出し外を見る。
「なに……戦の、匂い……白刃の光!」
「攻撃が始まったのですか!」
恐れていた事態が、ついにやって来たのかと。
「違う!」
呂布は、即座に否定した。
「でも! 戦の匂い!」
呂布が、窓から、飛び降りた。
「りょ、呂布様!」
ここ、すっごく高い……
地面を揺らして着地すると、元気に走る呂布を見て、
「……」
何も、言えなくなった。
「侯成! その馬……」
馬を大量に引き連れた侯成の姿。侯成が、口を開いた。
「裏切り者です、呂布様」
「また……」
身を引き裂くような、悔しさと哀しさに、呂布の身体は打ち、震えて。
「大方、馬を土産として、曹操に寝返ろうとしたんでしょうよ。ふてえ野郎っすわ。でも、馬は取り戻したっすよ!」
「……その、人は?」
「俺が、殺しました」
「……」
もう、呂布は何も言わなかった。
言う気力が、なかったのだ。
何も言わず、寒々とした、冷たい水が溜まった大広間へ。
椅子に座る。
今はここにはいない人物のことを、考えていた。
次の日。
「貂蝉さま」
「魏続、どうしたの? 宋憲も?」
廊下で、二人に話しかけられた。
「いえね、宴の許可を頂きたいのです」
「宴……魏続、今が、どういう状態かわかって言っているの!?」
悪鬼のように二つにくくった髪が逆立つ。闘気が空間に満ちていく。
彼女は貂蝉。呂布の義姉で、呂布軍第二の武勇の持ち主。
「わかってます! わかってますよ!」
「だからですよ!」
「え……」
意外な言葉に、闘気が退いていく。
「侯成が、馬取り戻したじゃないっすか! それの恩賞として、ですよ」
「みんな、気が滅入ってます! これじゃあ、駄目っすよ! 一発、これを機会に景気づけをどうかと!」
「いいね」
「呂布さま!」
三人が、主に。主は、弱々しい笑みを浮かべていた。
「それも、いいね。みんなに、美味しいもの、だそう。お酒も、いいよ」
「呂布さま……それは……」
「やろう。みんなで、やろう。派手に、やろうよ」
呂布は、そういって、すたすたと歩き出す。
貂蝉が、呂布のあとを。
魏続が、
「宴、おいら達で準備しますね」
といった。
貂蝉が、「え、ええ」っと。
それどころでは、なかったのだ。
二人が、顔を見合わせ、にたりと笑った。
その、侯成が馬を取り返した晩。
「殿、殿」
「……曹純……今、何時だと……」
「申し訳御座いません。しかし、呂布軍から投降を申し出るという男が。それも、殿に直々に伝えたい事があると」
「なに!」
急いで、曹操はその男の元へ。
身だしなみを整えることなく曹純に連れられ急いで向かう。
「殿、この男です」
縄で、縛られていた。用心のためである。
「……曹操様、この縄、解いて欲しいのですが」
「用心のためよ。わかるだろう。そのほう、名は?」
まっすぐな目をしていた。
「曹性と、申します」
「ほう、同じ曹か。いや、ここにいる者も名を」
「殿!無駄話はおやめ下され!」
「ああ、もう……それで、俺に話とは?」
「呂布軍のなかにも、投降したいという者が多数おります」
「ほお……それは、初耳じゃなあ」
「私は、その先触れとして、一足早く」
「ふむふむ、それはよいなあ」
うん、感心感心。
「先触れとは、なんのじゃ? つまり、固まって投降するということか?」
「いかにも」
「ほお……」
「それも、土産をもって」
「土産とは、気になるな」
「魏続、宋憲、侯成。この三人が計画の中心です」
「な! それは、呂布軍の中でもかなりの!」
曹純が、驚いて声を。しーっと曹操に注意され、は、はいと。
全く、まだまだ甘いな、この娘は……
「ま、大物だ。間違いなく」
「土産は……」
「言ってみよ」
「呂布」
「な、なんだとぉぉぉぉ!!!」
「と、殿……」
さっき、私にしーって言ったのに。
「ほ、本当なのか!」
「本当です。今日、明日にも」
「な、なんと……」
曹操、放心。
「さてと、これで準備はいいかな」
「いやー、かなり上手じゃね?」
「ちゃんと、入れたか」
「おお。準備万端よ」
そして、宴が、始まる。