小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

あやかし姫~蟲火(3)~

「姫様、もう遅いし、そろそろ寝よっか」
 夕ご飯を食べて、のんびりとする姫様。
 もっぱら、小太郎と一緒にいて。
 微笑ましい光景、なのだが、あいも変わらず小太郎は姫様と太郎以外に慣れなくて。
 そんな幼子に内心複雑な気持ちを抱きながら、そろそろ、と葉子が、いった。
 それを聞いて、妖達がざわめく。
 えー!、っと文句を。
 まだ、いいじゃない! と文句を。
 やだいやだい! と文句を。
 姫様が寝るということは、古寺の一日の終わり、ということ。
「黙れ」
 太郎と黒之助が同時にいった。
 妖達が、しょんぼりとなり、場が静かになった。
 姫様が自分の髪をつまむと、
「私、お風呂に入ってくるね。小太郎君は……どうする?」
「風呂?」
「風呂、わかるか?」
 太郎が、小太郎に訊いた。
 ううん、と。
 知らない、と。
「ちょっと待ってよ……」
 葉子が、額を抑えた。
 小太郎を頭のてっぺんから足の指先までじっくり見る。
 五歳ぐらいの子供。
 朱桜と、同じぐらいのような。
「風呂、知らないって……あんた、生まれたてかなにかなの?」
 にこにこと、聞いていた。聞くだけで、答えない。
 もう、慣れましたよ……
 そう、葉子が呟いた。
「小太郎殿、その姿を、変えられるか?」
 黒之助が、いった。
「変える?」
「そうだ、このようにな」
 ぽふっと、煙が起こる。
 男の姿は消え、烏天狗が現れる。
「変える……さあ」
「……駄目だな、これは」
「もう、いいや。姫様、風呂にいって」
「あ、はあ……でも、小太郎君が……」
 太郎が、風呂を、説明していた。
 小太郎が、怯えを見せた。
 ぶるぶると首を横に。
「熱いの、嫌いか?」
「……うん」
「姫様。入らない、ってより、入れないらしい」
「入れない?」
 熱湯が嫌いな、妖。
 はて、と。
「さあさあ、考えたって絶対に間違いなく多分恐らく結論出ないんだから、姫様は一浴びしてくるの!」
「う、うん」
 うーんと頭を捻りながら、姫様が出ていく。
 さて、と。
「布団、敷いてこよっと。あんた達も早く寝な。ほれ、しっし。小太郎は……どうすんだろ?」
 姫様、言わなかったけど。
「寒い、か?」
 太郎がいった。
「寒い……寒く、ない」
「と言われましても、ねえ。姫様のことだから……沙羅ちゃんが使ってる奴、引っ張り出そうか」
 葉子がぐるぐると肩を回す。
 寝床に向かっていた鎌鼬の長男にあたった。
 文句を言う三兄弟に、悪いね、というと、姫様の部屋へ。
 妖達も、徐々にいなくなる。
 小太郎は太郎の隣にちょこんと座っていた。黒之助がしげしげと見る。
「なんなのだ、この子?」
「知らねー」
「頭領が戻ってくるまで、あと一週間。一応、知らせた方がいいのではないか?」
「いらねぇだろ。一々、そんなことで連絡するなって叱られるかもよ」
「……可能性が大なのがな……」
「布団、敷くの、手伝う」
 小太郎が、急に口を開いた。
 とことこと、歩き出す。
 おお、感心じゃないかと太郎が。
 部屋から出ようというときに、黒之助に呼び止められた。
「姫様の部屋、知っているのか?」
「……」
 立ち止まった。泣きそうな顔で、太郎を見た。
「……俺かよ」
「だな」
「そう、だよな。知らないもんな。ついてきな、教えてやるから」
 妖狼が、歩き出す。
 それに、小太郎がついていく。
 白い狼と、人の子の姿。
 それを、腕組みしたまま見送る黒之助。
「……太郎殿と姫様とは、良く話すのな」
 ぽりぽりと、短く刈った髪を掻く。
「拙者や葉子殿や他の者とは、ほとんど口をきかないのにな」
 二人と、関係があるのか?
 さてさて。
「うん?」
 小太郎が長く座っていた場所が、一瞬光ったような気がした。
「気のせい、か。拙者も、早く寝るか。明日の朝食は……えっと、姫様の……」
 明日の献立を考えながら、烏の姿に変化して、お気に入りの場所に飛んでいった。



「うー、さっぱりした。ああ、小太郎君の分、敷いてくれたんですね」
 言うの、忘れてたんです。
 髪をふきふき乾かしながら、寝間着姿の姫様が自分の部屋に。
 むすっとした葉子と、ぱんぱんと嬉しそうに姫様の布団を叩く小太郎。
 布団はきちんと敷かれていた。
「葉子さん、どうしたの?」
「あたいが姫様の布団を敷こうとしたら、こいつが邪魔したの。こいつがやりたかったらしいけどさあ。口利いてくれないし」
「へぇ……葉子さん、拗ねないで、ね? 小太郎君、悪気があったんじゃないと思うの。手伝ってくれたんだよ」
「善意でやったんだろうけどねぇ……」
 ちょっと、しつこかった。
 いいけど、ね。
 姫様が、布団に座る。
「……小太郎君、私と葉子さんの寝室、知らなかったよね? 誰に聞いたの?」
「……太郎さん」
「ああ、太郎さんか」
 納得すると、また、姫様が出ていく。
 髪を拭いていた織物を、洗濯籠に入れに行ったのだ。
 すぐに、戻ってくる。
 男の子はうつむいていた。
 小太郎が、心配そうな顔で姫様を見上げた。
 姫様を見ると、ぱぁっと弾けるように明るくなった。
「え……葉子さん、どうして?」
「姫様がなんにも言わずに出ていったからだって。そう、一人で言ってた」
「ごめんね……」
 姫様が、そう、いった。
「もう、寝よう。明日は……特に用事もない、よね」
「特にないねぇ。月心の手伝いもいれてないし、急ぎの薬もお札も頼まれてないし、買い物は昨日したばっかりだし」
「じゃあ、明日は家でいようか」
「家で、ね」
 葉子が、くすりと笑った。
 古寺は、姫様の家。
「……小太郎君は、服、どうすればいいのかな……」
「そういや……変化できないってことは……」
 葉子が、小太郎の服をつかむ。
 小太郎が抵抗する。
「……いらない、っぽいね。あたいらと同じだもん」
「ふーん」
 小太郎が、かぷっと葉子の手に噛みついた。
 葉子が、悲鳴をあげる。
 怒る二人を、姫様がなだめた。
 布団に入ろうと。
 小太郎は、大人しく従う。葉子は、小太郎を睨み、べーっと舌を出すと、自分の布団へ。
 姫様が、灯りを消す。
 姫様も、自分の布団へ。
「あれ……」
 虫の声が少ないと、姫様は思った。
 もぞもぞと、小さな手が、姫様の手に。
 小太郎の手。
 それを、握ってやる。
 静かに、する。
 あとは、待つだけ。
 明日も、良い一日でありますように。