小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

あやかし姫~お正月~

「姫様、元気だねー」
「昨日あんなに皆で騒いだのになぁ」
「うんうん」
 姫様、背筋を伸ばしてすたすたと歩いていた。
 艶やかな振り袖姿。
 よく、映える。道行く人々の視線を集める。
 長い髪に、簪を挿していた。
 それがまた、姫様によく似合っていた。
 三匹の妖が後に続く。
 葉子は、姫様の姿に鼻高々であった。
 元旦。お正月。
 村の広場。
 騒がしい。のぼりが立って、お店が出て。
 祭囃子。笛の音、太鼓の音。
 笛は月心の笛であった。
 姫様達は、まずそこに向かった。
 悪くないと、黒之助は思った。
 葉子が、たんたんと足の裏をその音に合わせて。
 村の子供達が集まっていた。姫様達を見ると、おーいと手を動かし、
「あけましておめでとうございます!」
 そう、いった。
 月心も、笛を止め挨拶した。
 姫様も、新年の挨拶を。
 子供達に笛を急かされ、苦笑いしながら月心は笛に口を付けた。
「良い音色ですね」
 姫様がうっとりとしながら太郎にいうと、
「そうかぁ?」
 どうでもいいという返事だった。姫様が、少し口を尖らせる。
 いつも、そうだと。
 月心達と、別れる。笛の音は、広場のどこにでも溶け込んでいた。
 葉子が、くんくんと鼻を動かした。
「まだ、食べるのか?」
 黒之助が呆れたように。
 もう、お節料理をお腹に詰め込んできたのにと。
「クロちゃん、うるさいな~。ひーめ様、美味しそうな匂いがする!」
「はいはい」
 葉子に手を引っ張られ、姫様が小走りになって。
 黒之助が、それを見て微笑んだ。
 太郎は、少し考える仕草をすると、姫様達に背を向けた。
「これ、これがいい!」
 葉子の指差す方を見て、姫様がじんわり苦笑した。
 いい、匂い。
 すごく、良く知っている匂いだな~と思っていたのだ。
 屋台。切り盛りしているのは、見知った夫婦。
 よく、売れていた。
「……ご主人、奥さん、明けましておめでとうございます」
「今年も、よろしくお願いしますね。ほれ、あんたも!」
「……よろしく」
 姫様、いつものようにみたらし団子を買おうと。
 正月なのに。
 そう口にした烏天狗は、姫様の肘鉄で悶絶していた。
「じゃあ、四本で」
「四本? 三本じゃ?」
 主人が、そういった。
「あれ……」
 姫様が後ろを向いた。
 妖狼の姿が、そこになかった。
 人混み。姫様がきょろきょろとみぎひだり。
 見つからない……
「あにゃ? どこで道草喰ってんだか」
 葉子がいった。
「太郎さん……」
 いない。
 どこ?
 ……いない……
 ……どこにも、いない……
「……姫様?」
「姫さん?」
「あ、あれ……?」
 一滴、二雫。
 茶屋の主人の手が止まった。
 姫様、頬をひたひたと触る。
 奥さんが、へ?、っといった。
 止まらなかった。
 ごしごしと、鮮やかな朱色の着物で目を擦った。
「へ、なに? え、姫様?」
「あの、四本……」
 泣いて、いた。
 泣きながら、手を、出した。
「あ、ああ……」
 驚く主人から笹の葉でくるまれたみたらしを受け取ると、姫様はしくしくと歩き出した。
 人気のない、木の、下。
 葉のない枝が、影を創っている。
 そこに姫様が座った。
 葉子も黒之助も、一緒に座った。
「あの、姫様?」
「あれ……あれれ……おかしいな……止まらない……」
「……姫さん、太郎が」
 黒之助が、そう囁いた。
 妖狼。のんびりと鼻を動かしながら歩いてくる。
 そして、姫様を見て愕然とした。
「……姫様!」
「馬鹿!」
 銀狐が立ち上がると太郎の頭を思いっきり叩いた。
 妖狼が、頭を押さえ込む。
「え、なんで」
 うーんと、考える。
「……わかんない!」
 そういいながら、また、太郎の頭をぐーで叩いた。
「……どこに、いってたんですか?」
 姫様が、いった。三発目は、途中で止めて。
「あの、ちょっと寄り道を……それより姫様」
「急に、いなくならないで下さい……」
 そういって、姫様が引きつった笑みを浮かべた。
 葉子と黒之助が、顔を合わせた。



 夜。皆、寝静まっている。昨日の疲れ。親しい方々と、大いに騒いで。
 どっと出たのだ。
 寝息。二人分の寝息。
 一つ、止まる。
 ほっと、少女は目を開けた。
 闇夜。淡く、光が差し込んでいた。横を向く。銀狐の顔。
 くーくー、寝息。獣の耳が、上下する。 
 布団から、はみ出ていた。
 口を押さえてくすくす笑うと、そっと布団をかけ直す。
 今年もよろしくお願いします。
 口の動きが、そう、いっていた。
 藍色の着物を白い長襦袢の上に羽織ると、静かに自分の部屋を出る。
 灯火。つけなかった。
 月の光が、古寺の明かり。
 姫様の道を、照らしてくれた。
 庭。冬の庭。
 太郎。
 縁側に座って、月を見ていた。
 短い髪。風に、揺れている。
 腕を組んでいた。姫様に目をやり、また、月に目を移した。
 金銀妖瞳。傍らに、小さな袋を置いている。
 姫様がその横に座る。綺麗な瞳だと思った。
 昔からよく、知っている。
 自分を、ずっと見守ってくれていた。
 月の光――特に、満月の光を捉えたときの太郎の瞳が姫様は一番好きだった。
 それは、今にも壊れそうな美しさだった。
 怖いほどに壊れそうで、怖いほどに、惹きつけられる。
 桜の匂いが、辺りに漂った。
 姫様の、お香。
 月を、眺めた。二人、ぼおっと。
 姫様が、その目を凝らす。月に、影。
 それは、群れであった。羽ばたいていた。
 蝶が、飛んでいた。
 月に、向かって。
 ――月光蝶
 紫の帯を、金色に宿す。
 蒼の帯を、銀色に宿す。
 踊っていた。
 羽、羽、鱗粉。幻光を紡ぎ出す。
 ひらひらと、詠い、踊っていた。
 同じ物を、二人は見ていた。
「なあ」
 太郎が、話しかけた。
 月から、目を離さなかった。
「はい?」
 姫様が答える。
 蝶から、目を離さなかった。
「どうして、泣いてたんだ?」
「あう……」
 言い淀むと、姫様が太郎の横顔を見た。
 すっと、頬に桃色が差した。
 ちょっと、目線を下げる。
「あれは……」
「葉子と黒之助にあの後ごんごん殴られるしさ」
「怖く、なったんです」
「怖い?」
 怪訝そうに姫様を。
 姫様は、目線をそらしたままだった。
「また、私の前から太郎さんがいなくなるのかと思うと」
 変ですよね。
 そういって、姫様が微笑んだ。
「でも、怖かったんです。そう思ったら……」
 姫様の瞳が、また、潤んだ。
 遮るように、強く、いった。
「それは……悪かった」
「いえ……あのとき、どこに行ってたんですか?」 
「ん……」
 黙って、小さな袋を差し出した。
「これは……」
「ちょっと、探してたんだ」
 開けてみな。
 かさこそと、袋を開ける。
「うーん……」
 姫様が、中身を取り出した。
 それは、姫様の顔をきらきらと映し出していた。
 二つの姫様の顔が、ゆったりと、笑った。
「鏡……」
 小さな、手鏡。木にはめ込んである。
 どちらも、よく磨かれていた。
 反対側。
 紋様。様々な、華。椿、水仙……
 細かく細かく、彫り込まれていた。
 指で、なぞる。
 また返して、自分の顔を映した。
「……これを、私に?」
「うん、お年玉って奴だ。何かないかと思って、ちょっくらぶらぶらしてたんだ」
「お年玉……」
 宙に、翳す。
 光る満月と並べた。
 蝶。
 いない。
 月、だけ。
「ありがとう……」
「ん……」
 太郎が、照れる。
 頭を掻いて、庭に目をやった。
「……じゃあ、私もお礼を。ちょっとの間、目を瞑っていて下さい」
「?」
「……瞑って下さい!」
「お、おお」
 言われたとおりにした。
 目を、瞑る。
 闇。
 姫様は、じっと、太郎の横顔を確認した。
 目を、瞑っている。太郎の眉間に、皺が寄った。
 意を決する。息を吸う、吐く。
 妖狼の耳に、よく、聞こえた。
 姫様が、頬を真っ赤にしながら、妖狼に顔を近づけた。
 息が、かかる。
 太郎が、首を傾げた。
 吸ってぇ、吐いてぇ。
 そして、そして。
 そっと、妖狼の頬に口づけした。
 桜の匂い。
 姫様の匂い。
「あ……?」
 なにをされたのか、太郎はすぐにわからなかった。
「……お、おやすみなさい!」
 さっと立ち上がると、姫様がぱたぱたと走っていく。
 妖狼は、自分の真っ赤な頬をつんとつねった。
 痛い。
「……夢じゃ、ないのか」
 袋。
 口を反対にしてとんとんと揺すった。
 空。
 確かに、ここにいたのだ。
 ここにいて、鏡を渡して。
 そして……
「太郎さん! 鏡、ありがとう!」
 大きな声だった。
 夢じゃ、ない。
 妖達が、びくっと起きあがった。
 葉子も、頭領も、黒之助も。
 ぶんぶんと、姫様が手を振っている。
 太郎が、小さく手を振り返した。
 お正月。
「今年も、よろしくね!」
「……ああ」

 

 ~といわけで、謹賀新年、今年もよろしく!~