あやかし姫~お正月~
「姫様、元気だねー」
「昨日あんなに皆で騒いだのになぁ」
「うんうん」
姫様、背筋を伸ばしてすたすたと歩いていた。
艶やかな振り袖姿。
よく、映える。道行く人々の視線を集める。
長い髪に、簪を挿していた。
それがまた、姫様によく似合っていた。
三匹の妖が後に続く。
葉子は、姫様の姿に鼻高々であった。
元旦。お正月。
村の広場。
騒がしい。のぼりが立って、お店が出て。
祭囃子。笛の音、太鼓の音。
笛は月心の笛であった。
姫様達は、まずそこに向かった。
悪くないと、黒之助は思った。
葉子が、たんたんと足の裏をその音に合わせて。
村の子供達が集まっていた。姫様達を見ると、おーいと手を動かし、
「あけましておめでとうございます!」
そう、いった。
月心も、笛を止め挨拶した。
姫様も、新年の挨拶を。
子供達に笛を急かされ、苦笑いしながら月心は笛に口を付けた。
「良い音色ですね」
姫様がうっとりとしながら太郎にいうと、
「そうかぁ?」
どうでもいいという返事だった。姫様が、少し口を尖らせる。
いつも、そうだと。
月心達と、別れる。笛の音は、広場のどこにでも溶け込んでいた。
葉子が、くんくんと鼻を動かした。
「まだ、食べるのか?」
黒之助が呆れたように。
もう、お節料理をお腹に詰め込んできたのにと。
「クロちゃん、うるさいな~。ひーめ様、美味しそうな匂いがする!」
「はいはい」
葉子に手を引っ張られ、姫様が小走りになって。
黒之助が、それを見て微笑んだ。
太郎は、少し考える仕草をすると、姫様達に背を向けた。
「これ、これがいい!」
葉子の指差す方を見て、姫様がじんわり苦笑した。
いい、匂い。
すごく、良く知っている匂いだな~と思っていたのだ。
屋台。切り盛りしているのは、見知った夫婦。
よく、売れていた。
「……ご主人、奥さん、明けましておめでとうございます」
「今年も、よろしくお願いしますね。ほれ、あんたも!」
「……よろしく」
姫様、いつものようにみたらし団子を買おうと。
正月なのに。
そう口にした烏天狗は、姫様の肘鉄で悶絶していた。
「じゃあ、四本で」
「四本? 三本じゃ?」
主人が、そういった。
「あれ……」
姫様が後ろを向いた。
妖狼の姿が、そこになかった。
人混み。姫様がきょろきょろとみぎひだり。
見つからない……
「あにゃ? どこで道草喰ってんだか」
葉子がいった。
「太郎さん……」
いない。
どこ?
……いない……
……どこにも、いない……
「……姫様?」
「姫さん?」
「あ、あれ……?」
一滴、二雫。
茶屋の主人の手が止まった。
姫様、頬をひたひたと触る。
奥さんが、へ?、っといった。
止まらなかった。
ごしごしと、鮮やかな朱色の着物で目を擦った。
「へ、なに? え、姫様?」
「あの、四本……」
泣いて、いた。
泣きながら、手を、出した。
「あ、ああ……」
驚く主人から笹の葉でくるまれたみたらしを受け取ると、姫様はしくしくと歩き出した。
人気のない、木の、下。
葉のない枝が、影を創っている。
そこに姫様が座った。
葉子も黒之助も、一緒に座った。
「あの、姫様?」
「あれ……あれれ……おかしいな……止まらない……」
「……姫さん、太郎が」
黒之助が、そう囁いた。
妖狼。のんびりと鼻を動かしながら歩いてくる。
そして、姫様を見て愕然とした。
「……姫様!」
「馬鹿!」
銀狐が立ち上がると太郎の頭を思いっきり叩いた。
妖狼が、頭を押さえ込む。
「え、なんで」
うーんと、考える。
「……わかんない!」
そういいながら、また、太郎の頭をぐーで叩いた。
「……どこに、いってたんですか?」
姫様が、いった。三発目は、途中で止めて。
「あの、ちょっと寄り道を……それより姫様」
「急に、いなくならないで下さい……」
そういって、姫様が引きつった笑みを浮かべた。
葉子と黒之助が、顔を合わせた。
夜。皆、寝静まっている。昨日の疲れ。親しい方々と、大いに騒いで。
どっと出たのだ。
寝息。二人分の寝息。
一つ、止まる。
ほっと、少女は目を開けた。
闇夜。淡く、光が差し込んでいた。横を向く。銀狐の顔。
くーくー、寝息。獣の耳が、上下する。
布団から、はみ出ていた。
口を押さえてくすくす笑うと、そっと布団をかけ直す。
今年もよろしくお願いします。
口の動きが、そう、いっていた。
藍色の着物を白い長襦袢の上に羽織ると、静かに自分の部屋を出る。
灯火。つけなかった。
月の光が、古寺の明かり。
姫様の道を、照らしてくれた。
庭。冬の庭。
太郎。
縁側に座って、月を見ていた。
短い髪。風に、揺れている。
腕を組んでいた。姫様に目をやり、また、月に目を移した。
金銀妖瞳。傍らに、小さな袋を置いている。
姫様がその横に座る。綺麗な瞳だと思った。
昔からよく、知っている。
自分を、ずっと見守ってくれていた。
月の光――特に、満月の光を捉えたときの太郎の瞳が姫様は一番好きだった。
それは、今にも壊れそうな美しさだった。
怖いほどに壊れそうで、怖いほどに、惹きつけられる。
桜の匂いが、辺りに漂った。
姫様の、お香。
月を、眺めた。二人、ぼおっと。
姫様が、その目を凝らす。月に、影。
それは、群れであった。羽ばたいていた。
蝶が、飛んでいた。
月に、向かって。
――月光蝶。
紫の帯を、金色に宿す。
蒼の帯を、銀色に宿す。
踊っていた。
羽、羽、鱗粉。幻光を紡ぎ出す。
ひらひらと、詠い、踊っていた。
同じ物を、二人は見ていた。
「なあ」
太郎が、話しかけた。
月から、目を離さなかった。
「はい?」
姫様が答える。
蝶から、目を離さなかった。
「どうして、泣いてたんだ?」
「あう……」
言い淀むと、姫様が太郎の横顔を見た。
すっと、頬に桃色が差した。
ちょっと、目線を下げる。
「あれは……」
「葉子と黒之助にあの後ごんごん殴られるしさ」
「怖く、なったんです」
「怖い?」
怪訝そうに姫様を。
姫様は、目線をそらしたままだった。
「また、私の前から太郎さんがいなくなるのかと思うと」
変ですよね。
そういって、姫様が微笑んだ。
「でも、怖かったんです。そう思ったら……」
姫様の瞳が、また、潤んだ。
遮るように、強く、いった。
「それは……悪かった」
「いえ……あのとき、どこに行ってたんですか?」
「ん……」
黙って、小さな袋を差し出した。
「これは……」
「ちょっと、探してたんだ」
開けてみな。
かさこそと、袋を開ける。
「うーん……」
姫様が、中身を取り出した。
それは、姫様の顔をきらきらと映し出していた。
二つの姫様の顔が、ゆったりと、笑った。
「鏡……」
小さな、手鏡。木にはめ込んである。
どちらも、よく磨かれていた。
反対側。
紋様。様々な、華。椿、水仙……
細かく細かく、彫り込まれていた。
指で、なぞる。
また返して、自分の顔を映した。
「……これを、私に?」
「うん、お年玉って奴だ。何かないかと思って、ちょっくらぶらぶらしてたんだ」
「お年玉……」
宙に、翳す。
光る満月と並べた。
蝶。
いない。
月、だけ。
「ありがとう……」
「ん……」
太郎が、照れる。
頭を掻いて、庭に目をやった。
「……じゃあ、私もお礼を。ちょっとの間、目を瞑っていて下さい」
「?」
「……瞑って下さい!」
「お、おお」
言われたとおりにした。
目を、瞑る。
闇。
姫様は、じっと、太郎の横顔を確認した。
目を、瞑っている。太郎の眉間に、皺が寄った。
意を決する。息を吸う、吐く。
妖狼の耳に、よく、聞こえた。
姫様が、頬を真っ赤にしながら、妖狼に顔を近づけた。
息が、かかる。
太郎が、首を傾げた。
吸ってぇ、吐いてぇ。
そして、そして。
そっと、妖狼の頬に口づけした。
桜の匂い。
姫様の匂い。
「あ……?」
なにをされたのか、太郎はすぐにわからなかった。
「……お、おやすみなさい!」
さっと立ち上がると、姫様がぱたぱたと走っていく。
妖狼は、自分の真っ赤な頬をつんとつねった。
痛い。
「……夢じゃ、ないのか」
袋。
口を反対にしてとんとんと揺すった。
空。
確かに、ここにいたのだ。
ここにいて、鏡を渡して。
そして……
「太郎さん! 鏡、ありがとう!」
大きな声だった。
夢じゃ、ない。
妖達が、びくっと起きあがった。
葉子も、頭領も、黒之助も。
ぶんぶんと、姫様が手を振っている。
太郎が、小さく手を振り返した。
お正月。
「今年も、よろしくね!」
「……ああ」
~といわけで、謹賀新年、今年もよろしく!~
「昨日あんなに皆で騒いだのになぁ」
「うんうん」
姫様、背筋を伸ばしてすたすたと歩いていた。
艶やかな振り袖姿。
よく、映える。道行く人々の視線を集める。
長い髪に、簪を挿していた。
それがまた、姫様によく似合っていた。
三匹の妖が後に続く。
葉子は、姫様の姿に鼻高々であった。
元旦。お正月。
村の広場。
騒がしい。のぼりが立って、お店が出て。
祭囃子。笛の音、太鼓の音。
笛は月心の笛であった。
姫様達は、まずそこに向かった。
悪くないと、黒之助は思った。
葉子が、たんたんと足の裏をその音に合わせて。
村の子供達が集まっていた。姫様達を見ると、おーいと手を動かし、
「あけましておめでとうございます!」
そう、いった。
月心も、笛を止め挨拶した。
姫様も、新年の挨拶を。
子供達に笛を急かされ、苦笑いしながら月心は笛に口を付けた。
「良い音色ですね」
姫様がうっとりとしながら太郎にいうと、
「そうかぁ?」
どうでもいいという返事だった。姫様が、少し口を尖らせる。
いつも、そうだと。
月心達と、別れる。笛の音は、広場のどこにでも溶け込んでいた。
葉子が、くんくんと鼻を動かした。
「まだ、食べるのか?」
黒之助が呆れたように。
もう、お節料理をお腹に詰め込んできたのにと。
「クロちゃん、うるさいな~。ひーめ様、美味しそうな匂いがする!」
「はいはい」
葉子に手を引っ張られ、姫様が小走りになって。
黒之助が、それを見て微笑んだ。
太郎は、少し考える仕草をすると、姫様達に背を向けた。
「これ、これがいい!」
葉子の指差す方を見て、姫様がじんわり苦笑した。
いい、匂い。
すごく、良く知っている匂いだな~と思っていたのだ。
屋台。切り盛りしているのは、見知った夫婦。
よく、売れていた。
「……ご主人、奥さん、明けましておめでとうございます」
「今年も、よろしくお願いしますね。ほれ、あんたも!」
「……よろしく」
姫様、いつものようにみたらし団子を買おうと。
正月なのに。
そう口にした烏天狗は、姫様の肘鉄で悶絶していた。
「じゃあ、四本で」
「四本? 三本じゃ?」
主人が、そういった。
「あれ……」
姫様が後ろを向いた。
妖狼の姿が、そこになかった。
人混み。姫様がきょろきょろとみぎひだり。
見つからない……
「あにゃ? どこで道草喰ってんだか」
葉子がいった。
「太郎さん……」
いない。
どこ?
……いない……
……どこにも、いない……
「……姫様?」
「姫さん?」
「あ、あれ……?」
一滴、二雫。
茶屋の主人の手が止まった。
姫様、頬をひたひたと触る。
奥さんが、へ?、っといった。
止まらなかった。
ごしごしと、鮮やかな朱色の着物で目を擦った。
「へ、なに? え、姫様?」
「あの、四本……」
泣いて、いた。
泣きながら、手を、出した。
「あ、ああ……」
驚く主人から笹の葉でくるまれたみたらしを受け取ると、姫様はしくしくと歩き出した。
人気のない、木の、下。
葉のない枝が、影を創っている。
そこに姫様が座った。
葉子も黒之助も、一緒に座った。
「あの、姫様?」
「あれ……あれれ……おかしいな……止まらない……」
「……姫さん、太郎が」
黒之助が、そう囁いた。
妖狼。のんびりと鼻を動かしながら歩いてくる。
そして、姫様を見て愕然とした。
「……姫様!」
「馬鹿!」
銀狐が立ち上がると太郎の頭を思いっきり叩いた。
妖狼が、頭を押さえ込む。
「え、なんで」
うーんと、考える。
「……わかんない!」
そういいながら、また、太郎の頭をぐーで叩いた。
「……どこに、いってたんですか?」
姫様が、いった。三発目は、途中で止めて。
「あの、ちょっと寄り道を……それより姫様」
「急に、いなくならないで下さい……」
そういって、姫様が引きつった笑みを浮かべた。
葉子と黒之助が、顔を合わせた。
夜。皆、寝静まっている。昨日の疲れ。親しい方々と、大いに騒いで。
どっと出たのだ。
寝息。二人分の寝息。
一つ、止まる。
ほっと、少女は目を開けた。
闇夜。淡く、光が差し込んでいた。横を向く。銀狐の顔。
くーくー、寝息。獣の耳が、上下する。
布団から、はみ出ていた。
口を押さえてくすくす笑うと、そっと布団をかけ直す。
今年もよろしくお願いします。
口の動きが、そう、いっていた。
藍色の着物を白い長襦袢の上に羽織ると、静かに自分の部屋を出る。
灯火。つけなかった。
月の光が、古寺の明かり。
姫様の道を、照らしてくれた。
庭。冬の庭。
太郎。
縁側に座って、月を見ていた。
短い髪。風に、揺れている。
腕を組んでいた。姫様に目をやり、また、月に目を移した。
金銀妖瞳。傍らに、小さな袋を置いている。
姫様がその横に座る。綺麗な瞳だと思った。
昔からよく、知っている。
自分を、ずっと見守ってくれていた。
月の光――特に、満月の光を捉えたときの太郎の瞳が姫様は一番好きだった。
それは、今にも壊れそうな美しさだった。
怖いほどに壊れそうで、怖いほどに、惹きつけられる。
桜の匂いが、辺りに漂った。
姫様の、お香。
月を、眺めた。二人、ぼおっと。
姫様が、その目を凝らす。月に、影。
それは、群れであった。羽ばたいていた。
蝶が、飛んでいた。
月に、向かって。
――月光蝶。
紫の帯を、金色に宿す。
蒼の帯を、銀色に宿す。
踊っていた。
羽、羽、鱗粉。幻光を紡ぎ出す。
ひらひらと、詠い、踊っていた。
同じ物を、二人は見ていた。
「なあ」
太郎が、話しかけた。
月から、目を離さなかった。
「はい?」
姫様が答える。
蝶から、目を離さなかった。
「どうして、泣いてたんだ?」
「あう……」
言い淀むと、姫様が太郎の横顔を見た。
すっと、頬に桃色が差した。
ちょっと、目線を下げる。
「あれは……」
「葉子と黒之助にあの後ごんごん殴られるしさ」
「怖く、なったんです」
「怖い?」
怪訝そうに姫様を。
姫様は、目線をそらしたままだった。
「また、私の前から太郎さんがいなくなるのかと思うと」
変ですよね。
そういって、姫様が微笑んだ。
「でも、怖かったんです。そう思ったら……」
姫様の瞳が、また、潤んだ。
遮るように、強く、いった。
「それは……悪かった」
「いえ……あのとき、どこに行ってたんですか?」
「ん……」
黙って、小さな袋を差し出した。
「これは……」
「ちょっと、探してたんだ」
開けてみな。
かさこそと、袋を開ける。
「うーん……」
姫様が、中身を取り出した。
それは、姫様の顔をきらきらと映し出していた。
二つの姫様の顔が、ゆったりと、笑った。
「鏡……」
小さな、手鏡。木にはめ込んである。
どちらも、よく磨かれていた。
反対側。
紋様。様々な、華。椿、水仙……
細かく細かく、彫り込まれていた。
指で、なぞる。
また返して、自分の顔を映した。
「……これを、私に?」
「うん、お年玉って奴だ。何かないかと思って、ちょっくらぶらぶらしてたんだ」
「お年玉……」
宙に、翳す。
光る満月と並べた。
蝶。
いない。
月、だけ。
「ありがとう……」
「ん……」
太郎が、照れる。
頭を掻いて、庭に目をやった。
「……じゃあ、私もお礼を。ちょっとの間、目を瞑っていて下さい」
「?」
「……瞑って下さい!」
「お、おお」
言われたとおりにした。
目を、瞑る。
闇。
姫様は、じっと、太郎の横顔を確認した。
目を、瞑っている。太郎の眉間に、皺が寄った。
意を決する。息を吸う、吐く。
妖狼の耳に、よく、聞こえた。
姫様が、頬を真っ赤にしながら、妖狼に顔を近づけた。
息が、かかる。
太郎が、首を傾げた。
吸ってぇ、吐いてぇ。
そして、そして。
そっと、妖狼の頬に口づけした。
桜の匂い。
姫様の匂い。
「あ……?」
なにをされたのか、太郎はすぐにわからなかった。
「……お、おやすみなさい!」
さっと立ち上がると、姫様がぱたぱたと走っていく。
妖狼は、自分の真っ赤な頬をつんとつねった。
痛い。
「……夢じゃ、ないのか」
袋。
口を反対にしてとんとんと揺すった。
空。
確かに、ここにいたのだ。
ここにいて、鏡を渡して。
そして……
「太郎さん! 鏡、ありがとう!」
大きな声だった。
夢じゃ、ない。
妖達が、びくっと起きあがった。
葉子も、頭領も、黒之助も。
ぶんぶんと、姫様が手を振っている。
太郎が、小さく手を振り返した。
お正月。
「今年も、よろしくね!」
「……ああ」
~といわけで、謹賀新年、今年もよろしく!~