愉快な呂布一家~再起(1)~
呂布さんが涼州西平郡に居を構えて十日間。
今日も今日とて、続々と集まってくる兵の調練が行われていた。
夕方。
「よっし、これで最後! みんな、頑張るよー!」
「おー!」
呂布軍第二武将・張遼が、愛馬・黒捷を加速させた。
へろへろになりながらも、兵は少女に食らいついていく。
総勢、八百。
武器も鎧もまちまちだが、旗には同じ、「呂」の文字があった。
「ただいまー」
そのまま、張遼は城に入っていく。
小さな城だった。門がない。朽ちて、砂嵐に負けてしまったのだろう。
城は、石造りだった。
お世辞にも、立派な城とは言い難い。
城の外には、営舎が点々として。
粗末なもので、寝泊まりできれば、という程度のものだった。
「お帰りー」
呂布さんが、義妹に手を挙げ挨拶。
その後ろにいた魏延が、ぺこりと頭を下げた。
「疲れたよー。呂布姉さま、今日の夕ご飯なにー」
「まだ私も知らないの。早く食べに行こう」
「はーい……待って、汚れ落としてからにする!」
「じゃあ、先に行ってるね」
張遼がちょこちょこっと水飲み場へ。
呂布さんがそれを見送ってから首を傾げた。
「変なの。いつも汚れなんて気にしてなかったのに」
「……は、春だからじゃないでしょうか」
顔を赤らめながら、魏延がおずおずと意見を述べた。
「今は、冬だよ」
呂布さんが不思議そうな顔をした。
魏延は俯くと、顔ばかりでなく全身を紅潮させた。
もごもごとなにか言っているが、三百メートル先で針が落ちた音まで聞き分けられたらいいなあ、っという呂布さんの耳でもよくわからなかった。
いつものことなので、別に気にしない。
ちょん、っと魏延の赤い頬を指でつつくと、
「……魏延、ご飯食べにいこう」
そう、言った。
「は、はい!」
「頂きます!」
「まーす!」
「あらあら」
呂布さんが、手の平合わせて頂きますと。張遼が真似をし、貂蝉があらあらと微笑んだ。
机。
どんと豚の丸焼きが置いてある。
呂布、
陳宮、
貂蝉、
高順、
張遼、
臧覇、
魏延、
張繍、
雛、
賈詡、
胡車児。
呂布一家。
粗末な茶色の敷物。まだ、値札がついていて。
席は、一応は想い思いのご自由に、なのだが、なんとなくいつも決まった席になる。
呂布さんの傍には陳宮と張遼と魏延が座っていた。
すぐ近くに赤子を連れた貂蝉夫妻。
臧覇は魏延の傍。
胡車児も一緒だった。
そして、張繍と雛がいる。賈詡は、二人の近くにいて。
床上のご飯がなくなるのはあっという間。
なにせ食べ盛りが多いのだ。
呂布さんは、この味付け高順のだと思った。
皆、一服する。
談笑する。
こういう時間が、呂布さんは好きだった。
急に陳宮が、
「みなさん」
そう、言った。
「前に言ったとおり、例のアレを出して欲しいのですが」
みな、佇まいを整えると、がさごそ懐を探り始めた。
紙を取り出す。
予算の要望と書かれていた。
呂布さん、張遼、魏延、臧覇の紙は、よさんのようぼー、と書かれていた。
なにせ、お子様である。漢字は苦手だ。
「じゃあ、誰からでもどうぞ」
「えっとね!」
張遼がはいはい! っと手を挙げ立ち上がった。
「私ね、おやつ」
「却下」
貂蝉がぴしゃりと。
張遼がなにか言い募ろうとした。
「おやつは三百円まで、バナナは含みません。というか、却下」
「あうー」
「泣いても駄目です、我慢しなさい。怒りますよ」
「アワワ」
呂布さん、おどおどガタガタ。
紙を後ろに隠すと、なにか作業している。
とりあえず、陳宮は見なかった事にした。
呂布さんと同じ事をしている者は、まだ、いた。
そちらには、冷ややかな視線を送ってあげた。
「じゃあ、私だ」
高順が立ち上がった。
「今のところ、私の軍にこれといって不満や要望はない」
じゃあ、言うなと、陳宮が舌打ちした。
「だが……これは個人的な要望なのだが、馬が欲しい」
「馬、ですか? それは揃っていると」
高順は、五百の兵を率いていた。
十日間で集まった兵は三千ばかし。それを、大体だよと言いながら呂布さんが三つにわけた。
上の兵、五百が高順指揮下。
中の兵、八百が張遼指揮下。
下の兵――これは、ほぼ新兵である――千七百が、臧覇、張繍、胡車児の受け持ちだった。
上の兵は、呂布さんの元部下で、ある程度戦歴を重ねている者ばかり。
馬も、武具も、質が良かった。
「いや、私の馬だ。蛇眼を失ってからは、どうもしっくり来る馬がなくてな」
高順の愛馬であった蛇眼は、張飛に斬られていた。
「なるほど……それなら、いいと思います」
陳宮が、メモをとった。
「よろしく頼む」
続けて、貂蝉が間諜の網をもう一度整えたいと言った。
賈詡が頷く。
頷きながら、それに加えて、自分の配下を貂蝉殿の配下と組み合わせたいと言う。
旅の間に、諜報は貂蝉が筆頭で、それを賈詡が補佐するという形が出来ていた。
「今のままでは、南の情報がまるっきしです」
特に、南――荊州がガタガタになっていた。
完全に瓦解している。
元々荊州に居た賈詡配下の者も、ほとんど動きが取れなくなっていた。
水鏡一門に、敗れた……ということも、二人には伝わっていないぐらいにだ。
「急務ですね」
陳宮が、言う。
「ねえねえ」
呂布さんが、声を出した。
「はい?」
「予算って……どこにあったの?」
素朴な疑問だった。
陳宮、貂蝉、高順の三人が、ピシリと固まった。
「あれれ? え、だって、持ち物ほとんどなかったし……」
張遼も不思議そうな顔をした。
この人数で旅をするのも、お金の面では苦しかったのだ。
買ってほしいと言っても、なかなか聞き入れられなかった。
そういや、そうだなと、臧覇も不思議そうな顔をした。
「それは」
言い淀む。
まさか、言えるはずなかった。
どよーんとなる。
予算――資金の問題は、突き詰めていけば、どうしてここに居を構えたか? というところに行き着く。
実は、この廃城……
呂布FAN倶楽部の西方支部だった――なんて知れたら、一体どうなることやら。
呂布軍の豊富な資金は基本がそれだったのだ。
西方支部。
河北支部。
江南支部。
この三つの支部に流れた資金が、そのまま下邳に流れる仕組みだった。
それは、今は亡き三騎将の担当で。
公式FAN倶楽部は無くなり、二つの支部とも連絡がつかなくなったが、唯一西方支部だけは無事であったのだ。
慌て者で、急いて急いて何にも考えずに廃城に支部を置く事に決めた侯成の功績といえば功績だった。
「……」
なんてこと、口が裂けても本人に言えません。
公式FAN倶楽部と詠ってはいても、呂布さん非公認という、よくわからないものだった。
「魏続……」
すこーし、ほんのちょっぴり小さめな身体に、気を漲らせている男。
眼前には三つの武器が地に突き立てられている。
それぞれに、鈴が揺れていた。
乱世争う群雄の一角――曹操である。
供回りは許褚だけ。
大刀。
双剣。
十文字槍。
呂布配下、三騎将の武器であったもの。
「お前は、あの時、呂布殿のことを大好きだと言ったな」
そういうの、羨ましいぞ。
そう言って、曹操は笑った。
武器に、酒を掛けていく。この三人が好きかどうか知らないが、自分は好きだ。
だから、好きだろうと決めてみた。
「下邳城にあったグッズは、大事にしている。……本当は、『本物』が欲しかったのだけど……」
「父上ー、詩、出来ましたー」
ぴょんと子供が現れた。
曹植。
曹操の四男に当たる人物で。
「おお、出来たか……どれどれ……うん、いいな。これ、もらうぞ」
ちゃらちゃらとお小遣いをあげる。
無闇にあげるなと弁から言われているが、曹操は何処吹く風だった。
「父上ー、これ、何に使うんですか?」
「サアネー」
「あの絵のポニーテールの女の人って呂布っていう人ですよね?」
「ソウダネー、デモツカイミチハキメテナイヨー」
「父上は隠してばっかです」
拗ねた顔をして、曹植が行ってしまった。
「……まさか、蒼天呂布会の会報に載せるとは、言えないよなー」
曹操が、良い詩だと呟いた。
今日も今日とて、続々と集まってくる兵の調練が行われていた。
夕方。
「よっし、これで最後! みんな、頑張るよー!」
「おー!」
呂布軍第二武将・張遼が、愛馬・黒捷を加速させた。
へろへろになりながらも、兵は少女に食らいついていく。
総勢、八百。
武器も鎧もまちまちだが、旗には同じ、「呂」の文字があった。
「ただいまー」
そのまま、張遼は城に入っていく。
小さな城だった。門がない。朽ちて、砂嵐に負けてしまったのだろう。
城は、石造りだった。
お世辞にも、立派な城とは言い難い。
城の外には、営舎が点々として。
粗末なもので、寝泊まりできれば、という程度のものだった。
「お帰りー」
呂布さんが、義妹に手を挙げ挨拶。
その後ろにいた魏延が、ぺこりと頭を下げた。
「疲れたよー。呂布姉さま、今日の夕ご飯なにー」
「まだ私も知らないの。早く食べに行こう」
「はーい……待って、汚れ落としてからにする!」
「じゃあ、先に行ってるね」
張遼がちょこちょこっと水飲み場へ。
呂布さんがそれを見送ってから首を傾げた。
「変なの。いつも汚れなんて気にしてなかったのに」
「……は、春だからじゃないでしょうか」
顔を赤らめながら、魏延がおずおずと意見を述べた。
「今は、冬だよ」
呂布さんが不思議そうな顔をした。
魏延は俯くと、顔ばかりでなく全身を紅潮させた。
もごもごとなにか言っているが、三百メートル先で針が落ちた音まで聞き分けられたらいいなあ、っという呂布さんの耳でもよくわからなかった。
いつものことなので、別に気にしない。
ちょん、っと魏延の赤い頬を指でつつくと、
「……魏延、ご飯食べにいこう」
そう、言った。
「は、はい!」
「頂きます!」
「まーす!」
「あらあら」
呂布さんが、手の平合わせて頂きますと。張遼が真似をし、貂蝉があらあらと微笑んだ。
机。
どんと豚の丸焼きが置いてある。
呂布、
陳宮、
貂蝉、
高順、
張遼、
臧覇、
魏延、
張繍、
雛、
賈詡、
胡車児。
呂布一家。
粗末な茶色の敷物。まだ、値札がついていて。
席は、一応は想い思いのご自由に、なのだが、なんとなくいつも決まった席になる。
呂布さんの傍には陳宮と張遼と魏延が座っていた。
すぐ近くに赤子を連れた貂蝉夫妻。
臧覇は魏延の傍。
胡車児も一緒だった。
そして、張繍と雛がいる。賈詡は、二人の近くにいて。
床上のご飯がなくなるのはあっという間。
なにせ食べ盛りが多いのだ。
呂布さんは、この味付け高順のだと思った。
皆、一服する。
談笑する。
こういう時間が、呂布さんは好きだった。
急に陳宮が、
「みなさん」
そう、言った。
「前に言ったとおり、例のアレを出して欲しいのですが」
みな、佇まいを整えると、がさごそ懐を探り始めた。
紙を取り出す。
予算の要望と書かれていた。
呂布さん、張遼、魏延、臧覇の紙は、よさんのようぼー、と書かれていた。
なにせ、お子様である。漢字は苦手だ。
「じゃあ、誰からでもどうぞ」
「えっとね!」
張遼がはいはい! っと手を挙げ立ち上がった。
「私ね、おやつ」
「却下」
貂蝉がぴしゃりと。
張遼がなにか言い募ろうとした。
「おやつは三百円まで、バナナは含みません。というか、却下」
「あうー」
「泣いても駄目です、我慢しなさい。怒りますよ」
「アワワ」
呂布さん、おどおどガタガタ。
紙を後ろに隠すと、なにか作業している。
とりあえず、陳宮は見なかった事にした。
呂布さんと同じ事をしている者は、まだ、いた。
そちらには、冷ややかな視線を送ってあげた。
「じゃあ、私だ」
高順が立ち上がった。
「今のところ、私の軍にこれといって不満や要望はない」
じゃあ、言うなと、陳宮が舌打ちした。
「だが……これは個人的な要望なのだが、馬が欲しい」
「馬、ですか? それは揃っていると」
高順は、五百の兵を率いていた。
十日間で集まった兵は三千ばかし。それを、大体だよと言いながら呂布さんが三つにわけた。
上の兵、五百が高順指揮下。
中の兵、八百が張遼指揮下。
下の兵――これは、ほぼ新兵である――千七百が、臧覇、張繍、胡車児の受け持ちだった。
上の兵は、呂布さんの元部下で、ある程度戦歴を重ねている者ばかり。
馬も、武具も、質が良かった。
「いや、私の馬だ。蛇眼を失ってからは、どうもしっくり来る馬がなくてな」
高順の愛馬であった蛇眼は、張飛に斬られていた。
「なるほど……それなら、いいと思います」
陳宮が、メモをとった。
「よろしく頼む」
続けて、貂蝉が間諜の網をもう一度整えたいと言った。
賈詡が頷く。
頷きながら、それに加えて、自分の配下を貂蝉殿の配下と組み合わせたいと言う。
旅の間に、諜報は貂蝉が筆頭で、それを賈詡が補佐するという形が出来ていた。
「今のままでは、南の情報がまるっきしです」
特に、南――荊州がガタガタになっていた。
完全に瓦解している。
元々荊州に居た賈詡配下の者も、ほとんど動きが取れなくなっていた。
水鏡一門に、敗れた……ということも、二人には伝わっていないぐらいにだ。
「急務ですね」
陳宮が、言う。
「ねえねえ」
呂布さんが、声を出した。
「はい?」
「予算って……どこにあったの?」
素朴な疑問だった。
陳宮、貂蝉、高順の三人が、ピシリと固まった。
「あれれ? え、だって、持ち物ほとんどなかったし……」
張遼も不思議そうな顔をした。
この人数で旅をするのも、お金の面では苦しかったのだ。
買ってほしいと言っても、なかなか聞き入れられなかった。
そういや、そうだなと、臧覇も不思議そうな顔をした。
「それは」
言い淀む。
まさか、言えるはずなかった。
どよーんとなる。
予算――資金の問題は、突き詰めていけば、どうしてここに居を構えたか? というところに行き着く。
実は、この廃城……
呂布FAN倶楽部の西方支部だった――なんて知れたら、一体どうなることやら。
呂布軍の豊富な資金は基本がそれだったのだ。
西方支部。
河北支部。
江南支部。
この三つの支部に流れた資金が、そのまま下邳に流れる仕組みだった。
それは、今は亡き三騎将の担当で。
公式FAN倶楽部は無くなり、二つの支部とも連絡がつかなくなったが、唯一西方支部だけは無事であったのだ。
慌て者で、急いて急いて何にも考えずに廃城に支部を置く事に決めた侯成の功績といえば功績だった。
「……」
なんてこと、口が裂けても本人に言えません。
公式FAN倶楽部と詠ってはいても、呂布さん非公認という、よくわからないものだった。
「魏続……」
すこーし、ほんのちょっぴり小さめな身体に、気を漲らせている男。
眼前には三つの武器が地に突き立てられている。
それぞれに、鈴が揺れていた。
乱世争う群雄の一角――曹操である。
供回りは許褚だけ。
大刀。
双剣。
十文字槍。
呂布配下、三騎将の武器であったもの。
「お前は、あの時、呂布殿のことを大好きだと言ったな」
そういうの、羨ましいぞ。
そう言って、曹操は笑った。
武器に、酒を掛けていく。この三人が好きかどうか知らないが、自分は好きだ。
だから、好きだろうと決めてみた。
「下邳城にあったグッズは、大事にしている。……本当は、『本物』が欲しかったのだけど……」
「父上ー、詩、出来ましたー」
ぴょんと子供が現れた。
曹植。
曹操の四男に当たる人物で。
「おお、出来たか……どれどれ……うん、いいな。これ、もらうぞ」
ちゃらちゃらとお小遣いをあげる。
無闇にあげるなと弁から言われているが、曹操は何処吹く風だった。
「父上ー、これ、何に使うんですか?」
「サアネー」
「あの絵のポニーテールの女の人って呂布っていう人ですよね?」
「ソウダネー、デモツカイミチハキメテナイヨー」
「父上は隠してばっかです」
拗ねた顔をして、曹植が行ってしまった。
「……まさか、蒼天呂布会の会報に載せるとは、言えないよなー」
曹操が、良い詩だと呟いた。