愉快な呂布一家~再起(3)~
最初、兄様が負けたということを、信じる事は出来なかった。
従兄である馬超は、涼州の武の華。
誇り、だった。
城に戻ってきた馬超は、別人のようであった。
自室に籠もると、滅多に出てこなくなった。
元々、『あの戦』に負けてから、兄様の様子はどこかおかしかった。
原因は――腹立たしいけど、多分、成公英さんだ。
兄様は、あの女に憧れを持っていた。
私には、どこがいいのか分からなかった。
人妻だし。
叔父上に訊き、龐徳殿に聞き。
わかったのは、呂布が姿を見せたという事。
卑劣にも、呂布は張遼との戦いで疲労を重ねたところを襲ったという。
でなければ、兄様が負けるわけないのだ。
「馬岱」
「成宜さま、李堪さま」
成宜。
李堪。
二人とも十部軍の将で、水平郡に領地がある。
呂布のことを、苦々しく思っていた。
今は、呂布に時間をかけている余裕はないのだ。
他に、程銀という男も水平郡に領地がある。
しかし、程銀は兵を出さなかった。
「呂布は、まだ二千ほどしか集まっていないという。我らは、七千。まず負けはしないだろう」
「馬騰も韓遂も、一体何を考えているのか……考えるよりも、今は動くべきだ」
「はい。董卓の呪縛に抗するためにも……ここで、潰しておくべきです」
「うむ」
成宜、李堪がそれぞれ三千五百。馬岱が五百。
負けるはずがないと馬岱は考えていた。
「……あれ?」
軍。
騎馬兵が多い。
それを、二十騎ばかりの部隊が見ていた。
呂布軍、である。
「六千……七千っていったところかな?」
「あの旗は、成宜殿と李堪殿の軍ですね。馬の旗も見えますが……」
「張繍さん、お知り合い?」
呂布が、言った。
「ええ……十部軍の将は、一応……程銀殿の姿が見えないという事は、陳宮殿、上手くいったようですね」
張繍が答えた。
魏延を含めた呂布麾下の兵。呂布さん。張繍。
これだけ。
「ふーん……魏延」
「はい!」
相変わらず緊張していると張繍は思った。
自分を特別視し、助長するよりはずっといい。
「先に帰って、高順に言って。高順と張遼の軍だけ出してって」
「呂布殿!」
張繍が思わず大声を出した。
「どうしたの?」
「千三百で、あの軍に勝つつもりですか!?」
「多い? じゃあ、高順だけで」
「少なすぎです! 全軍出すべきです!」
「……それは、駄目だよ」
呂布さんが、静かに言った。
張繍がなおも言い募る。
魏延はおろおろ。
「だって……全軍出したら、勝てないよ? 動き、悪いもの」
「それは……私の指揮が、まずいと……」
「違う違う!!!」
呂布さんがぶんぶんと。
「張繍さんも臧覇も胡車児もよくやってくれてるよ! でも、時間が足りなかったかな……もう少し、調練を重ねてたら良かったんだけど」
張繍は、十分に重ねたつもりだった。
少なくとも、以前率いていた軍と遜色はないはず。
それでも、足りないというのか。
「魏延、いって!」
「はい!」
一礼すると、漆黒に染まった鎧を身につけた魏延が馬を走らせる。
「張繍さん、優しすぎるから……」
「どういうこと、ですか?」
「調練、甘いと思う。あれじゃあ、戦に勝てないよ」
高順と張遼は苛烈だった。
死ぬ事もあるのだ。
そこまで追い込む事は張繍には出来なかった。
「私は……」
「よっし、みんな合流するよ! 張繍さん、まぁ、見てて。ね?」
「……」
少し、悔しさがあった。
これでも、独立した勢力を率いていたのだ。
呂布の戦を見るのは、初めてであった。
張繍は、とりあえず、見てみようと思った。
「馬騰さま!」
「騒がしい……」
十部軍が将、馬騰。居城で、身を休めていた。
未だにおでこに傷が残って。
「馬岱、見つかったか?」
自分の部隊を率いて、いきなり姿を消したのだ。
行き先も告げず。
馬超にそれを伝えても、ああ……という返事が返ってきただけだった。
誇りを、ずたずたに裂かれたのだ。
無理も、なかった。
「見つかりましたが……」
「ほお。よし、早く連れてこい。小言の一つも」
馬岱は、馬騰の弟の娘だった。
早くに二親を亡くし、代わりに馬騰が育ててきた。
武芸を良く身につけており、少々気の強い娘だった。
ただ、本人は、武器の使い方を学ぶよりも、馬に乗る方を好んだ。
昔から、馬超の後を追う癖があった。
馬超も、それを許していた。
「捕まりました」
「は?」
「捕まったのです!」
「……誰に?」
二文字。
胸に、浮かんだ。
腰が、浮いた。
「馬岱さまは、成宜さま、李堪さまと共に七千五百の兵で呂布を攻め、敗北。馬岱さまが呂布に捕まったとのこと!」
「……馬鹿な……」
呂布の兵は、三千の筈だ。二倍の西涼兵が、そう容易く負けるとは思えなかった。
それに、成宜、李堪は十部軍の中で武人に属する。
信じられなかった。
「これは、まだ確定ではありませんが、呂布は千三百で戦に臨んだそうです……」
「嘘だ……」
千足らずだと……
「私は韓遂の許にも行かなければならないので、これにてご免!」
「あ、ああ……」
使いの兵が去っていく。
龐徳の配下だと、今更ながらに思った。
「父さま~、馬岱姉さま見つかった~」
「親父、見つかったのか?」
馬休、馬鉄。馬騰の息子、双子である。
次男馬休は穏やかで、三男馬鉄は気が強い。
双子であるだけにそっくりであり、馬騰や馬岱も間違えるほど。
馬超は、間違えた事がなかった。
「……すぐに、兵をまとめろ」
「ええ?」
「閻行、やんのか?」
「すぐに、十部軍の『軍議』を開く。馬超には、わしが言う」
「父さま、一体どうしたのです?」
「急ぎすぎてるぞ……龐徳、今、韓遂のおじきのとこに行ってるけどいいのか?」
「馬岱が、呂布に捕まった」
それだけ言うと、馬騰は馬超の部屋に向かった。
従兄である馬超は、涼州の武の華。
誇り、だった。
城に戻ってきた馬超は、別人のようであった。
自室に籠もると、滅多に出てこなくなった。
元々、『あの戦』に負けてから、兄様の様子はどこかおかしかった。
原因は――腹立たしいけど、多分、成公英さんだ。
兄様は、あの女に憧れを持っていた。
私には、どこがいいのか分からなかった。
人妻だし。
叔父上に訊き、龐徳殿に聞き。
わかったのは、呂布が姿を見せたという事。
卑劣にも、呂布は張遼との戦いで疲労を重ねたところを襲ったという。
でなければ、兄様が負けるわけないのだ。
「馬岱」
「成宜さま、李堪さま」
成宜。
李堪。
二人とも十部軍の将で、水平郡に領地がある。
呂布のことを、苦々しく思っていた。
今は、呂布に時間をかけている余裕はないのだ。
他に、程銀という男も水平郡に領地がある。
しかし、程銀は兵を出さなかった。
「呂布は、まだ二千ほどしか集まっていないという。我らは、七千。まず負けはしないだろう」
「馬騰も韓遂も、一体何を考えているのか……考えるよりも、今は動くべきだ」
「はい。董卓の呪縛に抗するためにも……ここで、潰しておくべきです」
「うむ」
成宜、李堪がそれぞれ三千五百。馬岱が五百。
負けるはずがないと馬岱は考えていた。
「……あれ?」
軍。
騎馬兵が多い。
それを、二十騎ばかりの部隊が見ていた。
呂布軍、である。
「六千……七千っていったところかな?」
「あの旗は、成宜殿と李堪殿の軍ですね。馬の旗も見えますが……」
「張繍さん、お知り合い?」
呂布が、言った。
「ええ……十部軍の将は、一応……程銀殿の姿が見えないという事は、陳宮殿、上手くいったようですね」
張繍が答えた。
魏延を含めた呂布麾下の兵。呂布さん。張繍。
これだけ。
「ふーん……魏延」
「はい!」
相変わらず緊張していると張繍は思った。
自分を特別視し、助長するよりはずっといい。
「先に帰って、高順に言って。高順と張遼の軍だけ出してって」
「呂布殿!」
張繍が思わず大声を出した。
「どうしたの?」
「千三百で、あの軍に勝つつもりですか!?」
「多い? じゃあ、高順だけで」
「少なすぎです! 全軍出すべきです!」
「……それは、駄目だよ」
呂布さんが、静かに言った。
張繍がなおも言い募る。
魏延はおろおろ。
「だって……全軍出したら、勝てないよ? 動き、悪いもの」
「それは……私の指揮が、まずいと……」
「違う違う!!!」
呂布さんがぶんぶんと。
「張繍さんも臧覇も胡車児もよくやってくれてるよ! でも、時間が足りなかったかな……もう少し、調練を重ねてたら良かったんだけど」
張繍は、十分に重ねたつもりだった。
少なくとも、以前率いていた軍と遜色はないはず。
それでも、足りないというのか。
「魏延、いって!」
「はい!」
一礼すると、漆黒に染まった鎧を身につけた魏延が馬を走らせる。
「張繍さん、優しすぎるから……」
「どういうこと、ですか?」
「調練、甘いと思う。あれじゃあ、戦に勝てないよ」
高順と張遼は苛烈だった。
死ぬ事もあるのだ。
そこまで追い込む事は張繍には出来なかった。
「私は……」
「よっし、みんな合流するよ! 張繍さん、まぁ、見てて。ね?」
「……」
少し、悔しさがあった。
これでも、独立した勢力を率いていたのだ。
呂布の戦を見るのは、初めてであった。
張繍は、とりあえず、見てみようと思った。
「馬騰さま!」
「騒がしい……」
十部軍が将、馬騰。居城で、身を休めていた。
未だにおでこに傷が残って。
「馬岱、見つかったか?」
自分の部隊を率いて、いきなり姿を消したのだ。
行き先も告げず。
馬超にそれを伝えても、ああ……という返事が返ってきただけだった。
誇りを、ずたずたに裂かれたのだ。
無理も、なかった。
「見つかりましたが……」
「ほお。よし、早く連れてこい。小言の一つも」
馬岱は、馬騰の弟の娘だった。
早くに二親を亡くし、代わりに馬騰が育ててきた。
武芸を良く身につけており、少々気の強い娘だった。
ただ、本人は、武器の使い方を学ぶよりも、馬に乗る方を好んだ。
昔から、馬超の後を追う癖があった。
馬超も、それを許していた。
「捕まりました」
「は?」
「捕まったのです!」
「……誰に?」
二文字。
胸に、浮かんだ。
腰が、浮いた。
「馬岱さまは、成宜さま、李堪さまと共に七千五百の兵で呂布を攻め、敗北。馬岱さまが呂布に捕まったとのこと!」
「……馬鹿な……」
呂布の兵は、三千の筈だ。二倍の西涼兵が、そう容易く負けるとは思えなかった。
それに、成宜、李堪は十部軍の中で武人に属する。
信じられなかった。
「これは、まだ確定ではありませんが、呂布は千三百で戦に臨んだそうです……」
「嘘だ……」
千足らずだと……
「私は韓遂の許にも行かなければならないので、これにてご免!」
「あ、ああ……」
使いの兵が去っていく。
龐徳の配下だと、今更ながらに思った。
「父さま~、馬岱姉さま見つかった~」
「親父、見つかったのか?」
馬休、馬鉄。馬騰の息子、双子である。
次男馬休は穏やかで、三男馬鉄は気が強い。
双子であるだけにそっくりであり、馬騰や馬岱も間違えるほど。
馬超は、間違えた事がなかった。
「……すぐに、兵をまとめろ」
「ええ?」
「閻行、やんのか?」
「すぐに、十部軍の『軍議』を開く。馬超には、わしが言う」
「父さま、一体どうしたのです?」
「急ぎすぎてるぞ……龐徳、今、韓遂のおじきのとこに行ってるけどいいのか?」
「馬岱が、呂布に捕まった」
それだけ言うと、馬騰は馬超の部屋に向かった。