あやかし姫~百華燎乱(18)~
「なに?」
鬼が、口を開いた。
火羅は、おやっと思った。
今まで、会話に参加していなかったのだ。
何故ここにいるのだろうと、思っていたぐらいだ。
太郎と一緒に暮らしているというのは、狐と烏天狗、あの娘、老人。
鬼は、聞かされていなかった。
鬼の横顔。
綺麗な顔だと、思った。
よく見れば、本当に綺麗な顔立ちだ。
ただ、異質な物をその横顔から感じた。
その顔に、そぐわない物を。
それが何かは、火羅にはわからなかった。
「あんた……」
葉子。火羅を、ぐっと睨んだ。
首を、傾げる。
何かおかしな事を口走ったのだろうかと……
思い当たる事は、なかった。
鬼は、庭の方を見ていた。
それから、葉子と太郎に順に目をやると、また、口を開いた。
「姫様が、消えた」
酒呑童子が、普段の調子でいった。
「あ?」
「は?」
口調が、落ち着きすぎている。
太郎と葉子は、すぐにその言葉の意味が掴めなかった。
「探ってみろ、この敷地内にいないぞ」
訝しげな表情。
二人は、目を瞑った。
みるみる、青くなる。
太郎は、立ち上がると、黙って障子をあけた。
庭に、降りる。
人の姿を解く。
巨大な、白き狼。
太郎の後ろ姿に、火羅はうっとりとした表情を浮かべた。
太郎が振り向く。
金銀妖瞳を、見せた。
火羅の表情が、少し、変わった。
鼻を動かすと、太郎がその姿を消した。
鈍い、光。葉子も、人の姿を解いたのだ。
九尾の銀狐が、その姿を現して。
ほー、っと咲夜が口をあけた。
火羅。
目を大きく見開いて、その姿をしみじみと眺めた。
化け狐――じゃない。
ただの九尾、じゃない。
もっともっと、高位の妖ではないかと。
「まて」
鬼が、飛び出そうとした葉子の尾を、座ったままぎゅっと掴んだ。
葉子が、鬼を睨む。
青白い狐火を、宙に漂わせる。
ゆらゆらと、残りの尾が舞った。
部屋を、満たすほどに。
すっと、火羅の朱髪の横を銀毛が流れた。
「お前は、行かなくていい」
そう、いった。
「酒……朱熊童子様……いくら貴方様とてあたいの邪魔をしたら」
「なにをするというのだ、この俺に」
妖気。
少しだけ、出した。
それは、火羅と咲夜の鳥肌を立たせるには十分な量であった。
葉子が、しおらしくなる。
尾が、力無く垂れていく。
ぎゅっと目を瞑り、また開けた。
尾に、力が漲っていく。
「でも、姫様いないって! だって!」
「心配せずとも、太郎が見つけるだろう。あれは、ちゃんとそこに向かっている」
鬼が、葉子の尾を持ったまま、部屋を出ようとした。
「あたいも、行く!」
それに、逆らう。
尾が、伸びていく。
鬼が、戸を開けた。
葉子が、畳に爪を立てる。歯を食いしばる。
ふっと笑うと、鬼が、少し引っ張った。
葉子の姿が、廊下に消える。
大きな音が、した。
「少し、ここで待っていてくれ」
鬼が、そういった。
戸が、閉められた。
「……」
妖狼の娘。顔を見合わす。
冷たい風が、外から吹いて。
「……え?」
あの人の娘がいなくなって、
太郎様が探しにいって、
ただの古狐だと思っていた女が九尾の狐、それも銀の一族で、
その九尾を綺麗な顔立ちをした鬼が引っ張って……
「あの、咲夜さん……」
「はい……」
「何が起こっているのですか?」
「さあ……」
とりあえず、寒さをなんとかしようと火羅は思った。
「あの、朱熊」
「もう、酒呑童子でいいぞ。封は、しておいたからな」
黒之助と朱桜、それに古寺の妖達がいる部屋と、同じ字が書かれていた。
それよりも、だ――
「あたいは、姫様を探して」
「太郎で十分だ。彩花ちゃんの居場所を、捉えてもいる」
「そうなのですか?」
「少し、範囲を広げたからな。ここから……四里といったところか」
葉子がわかるのは、自分を中心とした半里の円が限界。
そこまで広げると、かなり曖昧だが。
さすが大妖だと、内心舌を巻いた。
「だから、心配しなくていい……だが、二つ、言いたいことがある」
「……なんでしょう?」
逸る気持ちを、押さえる。
相手が、相手なのだ。
……さっきの自分。
目の前の鬼に、啖呵を切った。
よく、殺されなかったものだ。
「俺は、彩花ちゃんは人だと聞いていた。弟の妖気に耐え、勘が鋭い――鋭すぎる、か――それでも、人だと思っていた。力ある、人だと。そういう人間は、いないでもない。彩花ちゃん以外にも、何人か知っている。だが……」
「……なんですか」
「一度だけ、言う。一度だけだ。俺は、もう、このことを誰にも言わぬ。お前にだけ、言っておく」
あの娘、
ここから消える間際、
……。
人では、なくなったぞ。
「あ……」
早過ぎる――
そう呟き、葉子ははっと口を押さえた。
「……一つは、それだ。もう一つは……聞いているのか」
「え……」
言葉は耳を素通りし。
口を押さえたまま、鬼の王を見た。
「光が、いた」
「光……」
かみなりさまの、子供の名前。
それが、どうしたのだろうと、葉子は思った。
別に、変わった事じゃない。
光は、この辺りの天候を任されていた。
「あの小かみなりだけならいいのだがな。なにか……得体のしれない、掴み所のないものと、一緒にいるのだ。それが、気になる。小かみなりには特に変わったところはないようなのだがな。お前、ちょっと見に行ってこい」
「……ひ、姫様が……」
「……行け」
鬼が、静かにいった。
「だって……あんたが行けばいいじゃないか!」
葉子が、叫んだ。
「ん……」
「そうだよ! 姫様だよ! 光、雨降らせにきたんだろう! いいじゃないか! 連れぐらい、いてもいいじゃないか……気になるなら、あんたが行けばいい!」
「俺は、娘が心配なのでな。あの二人を、信用はしていない。特に、火羅の方をな。ここを離れたくないのだ」
「姫様は……あたいの……大事な大事な娘だ」
「……お前……俺を誰だか忘れていないか?」
「忘れてない! でも!」
「太郎は、『姫様』を見つけられたようだな」
「太郎が……」
ほっと、胸を撫で下ろした。
だからといって、引き下がる気は……
「ここで、『姫様』に二度と会えなくなるのと、大人しく俺に従うのと、どちらがいい?」
本気だと、葉子は思った。
でも……
「いやだ」
「断る、か?」
「うん」
光も、気になる。
でも、
姫様が。
葉子は、引く気はなかった。
負けまいと、する。
酒呑童子が、頭を横に振った。
「そうか……そうだな、少し、大人気なかったか。彩花ちゃんのところへ、行ってやれ」
「……」
「行け」
「はい!」
「まて……ここから、北に四里。山の、上だ」
「北……四里……山……わかった!」
九尾の銀狐が、古寺を出る。
「娘、か」
あれを傷つければ、朱桜が悲しむわけで……
少し、動揺し過ぎたか。
「……さて、と」
かみなりの子。
ゆるゆると、こっちに向かってきている。
もう一つ。
それも、一緒に、だ。
それと……
「土地神も、いるな。本当に、千客万来だな」
そう、酒呑童子がいった。
鬼が、口を開いた。
火羅は、おやっと思った。
今まで、会話に参加していなかったのだ。
何故ここにいるのだろうと、思っていたぐらいだ。
太郎と一緒に暮らしているというのは、狐と烏天狗、あの娘、老人。
鬼は、聞かされていなかった。
鬼の横顔。
綺麗な顔だと、思った。
よく見れば、本当に綺麗な顔立ちだ。
ただ、異質な物をその横顔から感じた。
その顔に、そぐわない物を。
それが何かは、火羅にはわからなかった。
「あんた……」
葉子。火羅を、ぐっと睨んだ。
首を、傾げる。
何かおかしな事を口走ったのだろうかと……
思い当たる事は、なかった。
鬼は、庭の方を見ていた。
それから、葉子と太郎に順に目をやると、また、口を開いた。
「姫様が、消えた」
酒呑童子が、普段の調子でいった。
「あ?」
「は?」
口調が、落ち着きすぎている。
太郎と葉子は、すぐにその言葉の意味が掴めなかった。
「探ってみろ、この敷地内にいないぞ」
訝しげな表情。
二人は、目を瞑った。
みるみる、青くなる。
太郎は、立ち上がると、黙って障子をあけた。
庭に、降りる。
人の姿を解く。
巨大な、白き狼。
太郎の後ろ姿に、火羅はうっとりとした表情を浮かべた。
太郎が振り向く。
金銀妖瞳を、見せた。
火羅の表情が、少し、変わった。
鼻を動かすと、太郎がその姿を消した。
鈍い、光。葉子も、人の姿を解いたのだ。
九尾の銀狐が、その姿を現して。
ほー、っと咲夜が口をあけた。
火羅。
目を大きく見開いて、その姿をしみじみと眺めた。
化け狐――じゃない。
ただの九尾、じゃない。
もっともっと、高位の妖ではないかと。
「まて」
鬼が、飛び出そうとした葉子の尾を、座ったままぎゅっと掴んだ。
葉子が、鬼を睨む。
青白い狐火を、宙に漂わせる。
ゆらゆらと、残りの尾が舞った。
部屋を、満たすほどに。
すっと、火羅の朱髪の横を銀毛が流れた。
「お前は、行かなくていい」
そう、いった。
「酒……朱熊童子様……いくら貴方様とてあたいの邪魔をしたら」
「なにをするというのだ、この俺に」
妖気。
少しだけ、出した。
それは、火羅と咲夜の鳥肌を立たせるには十分な量であった。
葉子が、しおらしくなる。
尾が、力無く垂れていく。
ぎゅっと目を瞑り、また開けた。
尾に、力が漲っていく。
「でも、姫様いないって! だって!」
「心配せずとも、太郎が見つけるだろう。あれは、ちゃんとそこに向かっている」
鬼が、葉子の尾を持ったまま、部屋を出ようとした。
「あたいも、行く!」
それに、逆らう。
尾が、伸びていく。
鬼が、戸を開けた。
葉子が、畳に爪を立てる。歯を食いしばる。
ふっと笑うと、鬼が、少し引っ張った。
葉子の姿が、廊下に消える。
大きな音が、した。
「少し、ここで待っていてくれ」
鬼が、そういった。
戸が、閉められた。
「……」
妖狼の娘。顔を見合わす。
冷たい風が、外から吹いて。
「……え?」
あの人の娘がいなくなって、
太郎様が探しにいって、
ただの古狐だと思っていた女が九尾の狐、それも銀の一族で、
その九尾を綺麗な顔立ちをした鬼が引っ張って……
「あの、咲夜さん……」
「はい……」
「何が起こっているのですか?」
「さあ……」
とりあえず、寒さをなんとかしようと火羅は思った。
「あの、朱熊」
「もう、酒呑童子でいいぞ。封は、しておいたからな」
黒之助と朱桜、それに古寺の妖達がいる部屋と、同じ字が書かれていた。
それよりも、だ――
「あたいは、姫様を探して」
「太郎で十分だ。彩花ちゃんの居場所を、捉えてもいる」
「そうなのですか?」
「少し、範囲を広げたからな。ここから……四里といったところか」
葉子がわかるのは、自分を中心とした半里の円が限界。
そこまで広げると、かなり曖昧だが。
さすが大妖だと、内心舌を巻いた。
「だから、心配しなくていい……だが、二つ、言いたいことがある」
「……なんでしょう?」
逸る気持ちを、押さえる。
相手が、相手なのだ。
……さっきの自分。
目の前の鬼に、啖呵を切った。
よく、殺されなかったものだ。
「俺は、彩花ちゃんは人だと聞いていた。弟の妖気に耐え、勘が鋭い――鋭すぎる、か――それでも、人だと思っていた。力ある、人だと。そういう人間は、いないでもない。彩花ちゃん以外にも、何人か知っている。だが……」
「……なんですか」
「一度だけ、言う。一度だけだ。俺は、もう、このことを誰にも言わぬ。お前にだけ、言っておく」
あの娘、
ここから消える間際、
……。
人では、なくなったぞ。
「あ……」
早過ぎる――
そう呟き、葉子ははっと口を押さえた。
「……一つは、それだ。もう一つは……聞いているのか」
「え……」
言葉は耳を素通りし。
口を押さえたまま、鬼の王を見た。
「光が、いた」
「光……」
かみなりさまの、子供の名前。
それが、どうしたのだろうと、葉子は思った。
別に、変わった事じゃない。
光は、この辺りの天候を任されていた。
「あの小かみなりだけならいいのだがな。なにか……得体のしれない、掴み所のないものと、一緒にいるのだ。それが、気になる。小かみなりには特に変わったところはないようなのだがな。お前、ちょっと見に行ってこい」
「……ひ、姫様が……」
「……行け」
鬼が、静かにいった。
「だって……あんたが行けばいいじゃないか!」
葉子が、叫んだ。
「ん……」
「そうだよ! 姫様だよ! 光、雨降らせにきたんだろう! いいじゃないか! 連れぐらい、いてもいいじゃないか……気になるなら、あんたが行けばいい!」
「俺は、娘が心配なのでな。あの二人を、信用はしていない。特に、火羅の方をな。ここを離れたくないのだ」
「姫様は……あたいの……大事な大事な娘だ」
「……お前……俺を誰だか忘れていないか?」
「忘れてない! でも!」
「太郎は、『姫様』を見つけられたようだな」
「太郎が……」
ほっと、胸を撫で下ろした。
だからといって、引き下がる気は……
「ここで、『姫様』に二度と会えなくなるのと、大人しく俺に従うのと、どちらがいい?」
本気だと、葉子は思った。
でも……
「いやだ」
「断る、か?」
「うん」
光も、気になる。
でも、
姫様が。
葉子は、引く気はなかった。
負けまいと、する。
酒呑童子が、頭を横に振った。
「そうか……そうだな、少し、大人気なかったか。彩花ちゃんのところへ、行ってやれ」
「……」
「行け」
「はい!」
「まて……ここから、北に四里。山の、上だ」
「北……四里……山……わかった!」
九尾の銀狐が、古寺を出る。
「娘、か」
あれを傷つければ、朱桜が悲しむわけで……
少し、動揺し過ぎたか。
「……さて、と」
かみなりの子。
ゆるゆると、こっちに向かってきている。
もう一つ。
それも、一緒に、だ。
それと……
「土地神も、いるな。本当に、千客万来だな」
そう、酒呑童子がいった。