愉快な呂布一家~再起(4)~
「魏延なら、どう攻める?」
「ぼ、僕ですか!?」
かぽかぽと、赤い巨馬が軍の先頭を闊歩する。
馬中の馬と詠われる、赤兎、である。
乗ってるのはもちろん呂布さんで。
総勢、千三百あまり。
呂布さん、高順、張遼。
そして、魏延。
眼前の兵。
十部軍が二将、成宜、李堪。
そして、馬の文字。
右手に、成宜。
左手に、李堪。
二つの軍の間に、馬の旗を掲げる小部隊はあった。
「えっと……」
「どうする?」
もう一度、訊いた。
顔を赤らめ俯く。
高順と張遼が、興味津々魏延を見る。
「……僕なら、正面から全軍突撃を。押して、押して。それで、勝てるんじゃないでしょうか?」
「……そうだね、うん。それでも、勝てるかな」
「違うんですか?」
「それだと、こっちの被害も大きくなっちゃう。成宜さんに、全軍かな。どっちでもいいけど。片方に集中させる」
「はあ……」
間違いではないと、高順は思った。
魏延は、自分達の力を把握し、相手の力も正確に見極めている。
西涼兵といっても、董卓の食い残し。
兵には、覇気もなにもない。
ただ、陳宮は十部軍を配下にしようと考えていた。
全軍にこちらも全軍をぶつけると時間がかかる。
その分、両者とも傷は深くなる。
時間は、短ければ短いほどいい。
「呂布姉さま、あの真ん中の軍」
張遼が言った。
「張遼も、気になる?」
「うん……ちょっと、手強そうだよね」
「そうだね……ああ、斥候の人だ」
斥候。
驚きの表情を浮かべた。
気付くのが遅すぎると高順は思った。
油断、しすぎだ。
「私と麾下のみんなが、成宜さんの軍を突っ切るね。高順、張遼は、私達に続いて。後は、その都度指示を出すから」
「御意」
「わかった!」
「はい!」
「じゃあ、いくね!」
呂布さんの纏う空気が、変わった。
赤兎。
走り出した。
漆黒の麾下。魏延が、先頭。
呂布さんに、ぴたりと併走する。
高順、張遼の兵も動き始める。
斥候の姿。
捉えて、いた。
「なんだ、あの砂煙は?」
成宜。
斥候が、戻ってくる。背中に、砂煙。
まさかと、思った。
城攻めの準備を、してきたのだ。
この兵力差で、野戦を挑もうなどと、正気の沙汰ではなかった、
「所詮、匹夫の勇か……迎撃準備」
「は?」
兵が、慌ただしく動き始めた。
「くるぞ! 呂布だ! やはり、出てきおっ……」
斥候が、追い抜かれた。
そんな馬鹿な。間に合うものか。
先頭。
呂布。
斥候が、呑み込まれる。
呂布は、笑っていた。
「甘い」
それだけ言った。
成宜は、息を飲んだ。
呂布のいくところ、道が出来た。
方天画戟の振るわれるところ、人が留まっていられる場所はないのだ。
最凶であり、最強。
そして、最狂。
今まで、成宜が見た事のない軍だった。
一人一人が、際だっている。
特に、あの黒い武具を身につけている者達。
そして、全てが滑らかだった。
一糸乱れぬ動きとは、こういう動きをいうのかと思った。
違いは、歴然だった。
小が、大に負ける。
自分達は、小だ。数は、多かった。
だが、連携がなにもとれていない。
ただ、多いだけだ。
呂布は、敗残の軍。
それで、この動き。
中央の戦は、こんな軍ばかりが戦っているのか?
「馬騰、これでは我らは……」
固まっているのは、五百ばかり。
ものの数分で、成宜の軍は壊滅した。
「……魏延、二つの軍が、連携しあっていない。七千の兵を、三千としか、使ってない。だから、こんなに簡単に負けるの。よく、覚えておいて!」
「はい!」
呂布は、その背を魏延に任せていた。
それだけ信頼しているのだ。
三騎将の技を全て受け継いでいる。
ゆくゆくは、一軍を。
そう、考えていた。
ただ、戦を大きく見る事がまだ、出来ない。
その戦、戦で考える癖があるのだ。
「それでも……」
「追い討ちは?」
魏延が、尋ねた。
成宜の軍が潰走していく。
固まっているところ。
一つ、まだ残っていた。
呂布は、首を横に振った。
「魏延、まだ、軍は残ってるよ?」
「あ……」
目先の戦に、集中し過ぎる……
まったく!
「李堪さんの軍は……いいや。食い破るよ」
呂布の軍。
一つの、生き物だった。
獰猛な、獰猛な。
十部軍の兵など、彼女からすれば、ちっぽけな野兎だった。
「……この軍を、私が従えるの?」
「そういうことになりますね」
高順が、呂布の横に馬をつける。
「……気が、滅入るよー」
「昔を思い出します。二万の兵、鍛えあげるには骨が折れました」
「そうだね……つい、昨日の事みたいだ」
「……随分と、遠くに来たものです」
「さてと……張遼」
「はい……」
「過ぎた力は、その身を滅ぼす。でも、張遼は私と貂蝉姉様の妹! 大丈夫!」
「うん……」
苦しそう、であった。
その小さな身に宿る、大きな力。武神の、狂気。
まだ、うまく操れないのだ。
「……がんばるよー」
自分に言い聞かせるように、そう、口にした。
「おー!」
「嘘でしょ……」
馬岱は、自分の目が信じられなかった。
いきなり、成宜の軍が襲われた。
呂布の旗が、見えた。
ほとんど抗することなく、いや、抗する事出来ず、成宜の軍は潰走した。
すぐに、こちらに向かってくる。
猛烈な竜巻のようであった。
人では、ない。そう思った。
武の、流れ。
李堪の軍を、断ち割った。
自分達には、目をくれずに。
「……なにこれ?」
馬超の麾下。
――長矛。
閻行の麾下。
――山狗。
比べようがなかった。
違いすぎる。
差が、ありすぎる。
「ば、馬岱様! 我らも逃げた方が」
副官が言った。
「いや!」
それを、馬岱は拒絶した。
「しかし、お味方は!」
潰走――
戦になど、ならなかった。
ただ、踏み潰されただけだ。
このまま、おめおめと引き下がる事は出来なかった。
叔父上や兄様にどういう顔をして会えばいいのだ!?
切っ先。
自分の喉元に向けられた。
呂布。
漆黒の戦姫。
大袈裟な名だと思っていた。やっと、実感出来た。
気がつけば、ふらふらと馬岱は呂布の軍に向かっていた。
副官が、麾下の兵が、押しとどめようとする。
しかし、向かっていった。
「我が名は、馬岱!」
大きな声だった。
背丈は、呂布さんと一緒ぐらい。
青ざめていた。
呂布さんが、軍を止める。高順に耳打ちする。
高順が、眉をしかめた。
鼻の傷が、くいっと曲がった。
「へー、馬家の人かー……一騎打ち、かな?」
「覚えて下さいよ……一騎打ちは、無駄ですな。わざわざそのような無謀なことを……罠があるかもしれませんし」
「一騎打ちを、所望す!」
「うーん、でも、私行きたい!」
「待って下さい!」
魏延が、言った。
「僕に行かせて下さい!」
「……」
「……」
「……」
「「「はあっ!!!???」」」
「危ないよ魏延!」
「うむ、どのような罠があるか」
「ここは、呂布姉さまでもなく、私が!」
「僕の名は、魏延! 受けて立ちます!」
「こら! 勝手に!」
「……僕、自分の力を試したいんです……お願いです、呂布様! 相手も、同じ大薙刀! 願ってもない相手です!」
確かに、同じ武器だった。
高順が腕組みをした。
張遼は、青龍刀の血を、見ていた。
呂布さんも、考え事を。すぐに、結論は出た。
「よっし! 行ってこい!」
そう、言った。
「はい!」
魏延。
馬岱。
これが、二人の出会いであった。
この一騎打ちの結末は……
「馬岱さん、あの、夕ご飯お持ちしました!」
「……いらない」
「あう……でも……これ、すっごく美味しいですよ」
「憐れみか? お前の施しなんか、いらない!」
グー
「……」
「……」
「あの、ここに置いておきますね」
「か、勝手にしろ!」
クリームシチュー。
確かに、良い匂いだ。
だが……このようなものに負ける馬岱ではない。
誇り高い馬一族の。
ぐー
一族の名にかけて。
ぐーぐー
……本当にごめんなさい、兄様。
しばらくして魏延が見た物は、空になったお皿と、横になっている少女の姿であった。
「ぼ、僕ですか!?」
かぽかぽと、赤い巨馬が軍の先頭を闊歩する。
馬中の馬と詠われる、赤兎、である。
乗ってるのはもちろん呂布さんで。
総勢、千三百あまり。
呂布さん、高順、張遼。
そして、魏延。
眼前の兵。
十部軍が二将、成宜、李堪。
そして、馬の文字。
右手に、成宜。
左手に、李堪。
二つの軍の間に、馬の旗を掲げる小部隊はあった。
「えっと……」
「どうする?」
もう一度、訊いた。
顔を赤らめ俯く。
高順と張遼が、興味津々魏延を見る。
「……僕なら、正面から全軍突撃を。押して、押して。それで、勝てるんじゃないでしょうか?」
「……そうだね、うん。それでも、勝てるかな」
「違うんですか?」
「それだと、こっちの被害も大きくなっちゃう。成宜さんに、全軍かな。どっちでもいいけど。片方に集中させる」
「はあ……」
間違いではないと、高順は思った。
魏延は、自分達の力を把握し、相手の力も正確に見極めている。
西涼兵といっても、董卓の食い残し。
兵には、覇気もなにもない。
ただ、陳宮は十部軍を配下にしようと考えていた。
全軍にこちらも全軍をぶつけると時間がかかる。
その分、両者とも傷は深くなる。
時間は、短ければ短いほどいい。
「呂布姉さま、あの真ん中の軍」
張遼が言った。
「張遼も、気になる?」
「うん……ちょっと、手強そうだよね」
「そうだね……ああ、斥候の人だ」
斥候。
驚きの表情を浮かべた。
気付くのが遅すぎると高順は思った。
油断、しすぎだ。
「私と麾下のみんなが、成宜さんの軍を突っ切るね。高順、張遼は、私達に続いて。後は、その都度指示を出すから」
「御意」
「わかった!」
「はい!」
「じゃあ、いくね!」
呂布さんの纏う空気が、変わった。
赤兎。
走り出した。
漆黒の麾下。魏延が、先頭。
呂布さんに、ぴたりと併走する。
高順、張遼の兵も動き始める。
斥候の姿。
捉えて、いた。
「なんだ、あの砂煙は?」
成宜。
斥候が、戻ってくる。背中に、砂煙。
まさかと、思った。
城攻めの準備を、してきたのだ。
この兵力差で、野戦を挑もうなどと、正気の沙汰ではなかった、
「所詮、匹夫の勇か……迎撃準備」
「は?」
兵が、慌ただしく動き始めた。
「くるぞ! 呂布だ! やはり、出てきおっ……」
斥候が、追い抜かれた。
そんな馬鹿な。間に合うものか。
先頭。
呂布。
斥候が、呑み込まれる。
呂布は、笑っていた。
「甘い」
それだけ言った。
成宜は、息を飲んだ。
呂布のいくところ、道が出来た。
方天画戟の振るわれるところ、人が留まっていられる場所はないのだ。
最凶であり、最強。
そして、最狂。
今まで、成宜が見た事のない軍だった。
一人一人が、際だっている。
特に、あの黒い武具を身につけている者達。
そして、全てが滑らかだった。
一糸乱れぬ動きとは、こういう動きをいうのかと思った。
違いは、歴然だった。
小が、大に負ける。
自分達は、小だ。数は、多かった。
だが、連携がなにもとれていない。
ただ、多いだけだ。
呂布は、敗残の軍。
それで、この動き。
中央の戦は、こんな軍ばかりが戦っているのか?
「馬騰、これでは我らは……」
固まっているのは、五百ばかり。
ものの数分で、成宜の軍は壊滅した。
「……魏延、二つの軍が、連携しあっていない。七千の兵を、三千としか、使ってない。だから、こんなに簡単に負けるの。よく、覚えておいて!」
「はい!」
呂布は、その背を魏延に任せていた。
それだけ信頼しているのだ。
三騎将の技を全て受け継いでいる。
ゆくゆくは、一軍を。
そう、考えていた。
ただ、戦を大きく見る事がまだ、出来ない。
その戦、戦で考える癖があるのだ。
「それでも……」
「追い討ちは?」
魏延が、尋ねた。
成宜の軍が潰走していく。
固まっているところ。
一つ、まだ残っていた。
呂布は、首を横に振った。
「魏延、まだ、軍は残ってるよ?」
「あ……」
目先の戦に、集中し過ぎる……
まったく!
「李堪さんの軍は……いいや。食い破るよ」
呂布の軍。
一つの、生き物だった。
獰猛な、獰猛な。
十部軍の兵など、彼女からすれば、ちっぽけな野兎だった。
「……この軍を、私が従えるの?」
「そういうことになりますね」
高順が、呂布の横に馬をつける。
「……気が、滅入るよー」
「昔を思い出します。二万の兵、鍛えあげるには骨が折れました」
「そうだね……つい、昨日の事みたいだ」
「……随分と、遠くに来たものです」
「さてと……張遼」
「はい……」
「過ぎた力は、その身を滅ぼす。でも、張遼は私と貂蝉姉様の妹! 大丈夫!」
「うん……」
苦しそう、であった。
その小さな身に宿る、大きな力。武神の、狂気。
まだ、うまく操れないのだ。
「……がんばるよー」
自分に言い聞かせるように、そう、口にした。
「おー!」
「嘘でしょ……」
馬岱は、自分の目が信じられなかった。
いきなり、成宜の軍が襲われた。
呂布の旗が、見えた。
ほとんど抗することなく、いや、抗する事出来ず、成宜の軍は潰走した。
すぐに、こちらに向かってくる。
猛烈な竜巻のようであった。
人では、ない。そう思った。
武の、流れ。
李堪の軍を、断ち割った。
自分達には、目をくれずに。
「……なにこれ?」
馬超の麾下。
――長矛。
閻行の麾下。
――山狗。
比べようがなかった。
違いすぎる。
差が、ありすぎる。
「ば、馬岱様! 我らも逃げた方が」
副官が言った。
「いや!」
それを、馬岱は拒絶した。
「しかし、お味方は!」
潰走――
戦になど、ならなかった。
ただ、踏み潰されただけだ。
このまま、おめおめと引き下がる事は出来なかった。
叔父上や兄様にどういう顔をして会えばいいのだ!?
切っ先。
自分の喉元に向けられた。
呂布。
漆黒の戦姫。
大袈裟な名だと思っていた。やっと、実感出来た。
気がつけば、ふらふらと馬岱は呂布の軍に向かっていた。
副官が、麾下の兵が、押しとどめようとする。
しかし、向かっていった。
「我が名は、馬岱!」
大きな声だった。
背丈は、呂布さんと一緒ぐらい。
青ざめていた。
呂布さんが、軍を止める。高順に耳打ちする。
高順が、眉をしかめた。
鼻の傷が、くいっと曲がった。
「へー、馬家の人かー……一騎打ち、かな?」
「覚えて下さいよ……一騎打ちは、無駄ですな。わざわざそのような無謀なことを……罠があるかもしれませんし」
「一騎打ちを、所望す!」
「うーん、でも、私行きたい!」
「待って下さい!」
魏延が、言った。
「僕に行かせて下さい!」
「……」
「……」
「……」
「「「はあっ!!!???」」」
「危ないよ魏延!」
「うむ、どのような罠があるか」
「ここは、呂布姉さまでもなく、私が!」
「僕の名は、魏延! 受けて立ちます!」
「こら! 勝手に!」
「……僕、自分の力を試したいんです……お願いです、呂布様! 相手も、同じ大薙刀! 願ってもない相手です!」
確かに、同じ武器だった。
高順が腕組みをした。
張遼は、青龍刀の血を、見ていた。
呂布さんも、考え事を。すぐに、結論は出た。
「よっし! 行ってこい!」
そう、言った。
「はい!」
魏延。
馬岱。
これが、二人の出会いであった。
この一騎打ちの結末は……
「馬岱さん、あの、夕ご飯お持ちしました!」
「……いらない」
「あう……でも……これ、すっごく美味しいですよ」
「憐れみか? お前の施しなんか、いらない!」
グー
「……」
「……」
「あの、ここに置いておきますね」
「か、勝手にしろ!」
クリームシチュー。
確かに、良い匂いだ。
だが……このようなものに負ける馬岱ではない。
誇り高い馬一族の。
ぐー
一族の名にかけて。
ぐーぐー
……本当にごめんなさい、兄様。
しばらくして魏延が見た物は、空になったお皿と、横になっている少女の姿であった。