小説置き場2

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あやかし姫~百華燎乱(20)~

「いつ、姫様が俺達を縛る鎖になった」
 太郎が、のっそり身体を起こしながらいった。
「え?」
「いつ、葉子やクロや俺が、そんなこと言った」
 太郎の表情が、さらに厳しくなる。
 怒っているような、悲しんでいるような。
 姫様の目が、泳いだ。
「だって……」
 ぐずぐずと、涙が落ちてくる。
 そんなこと、葉子さんもクロさんも太郎さんも、口にした事はない。
 でも、鎖だと、火羅がいった。
「俺も葉子もクロも、姫様が好きだからここにいるんだ。縛られてるとかじゃなくて」
「それが……」
「あのなぁ。そんなことで、ここに……ん? んー、飛んだ、のか」
 言葉が、見つからなかった。
 とりあえず、飛ぶという言葉を使ってみた。
「そんなことって……」
 大事な、ことだよ。
 姫様は、そう思った。
「姫様、頭いいよな。俺なんかより、ずっとずーっと」
「……なにが、言いたいんですか?」
 ぐずっと、鼻水をすすった。
「深く、考えすぎ!」
「……そんなこと、ない!」
「ある!」
「ない!」
「ある!」
 息が、切れた。
「私は……みんなと、一緒に居ない方がいいんです」
「……なんだってんだよ……」
 どうしたってんだ……今日の姫様、変だ。
 考えてみれば、昨晩から変だった。
 理由は、なんだ?
 クロ? 
 じゃないな。
 咲夜が? 
 いや、違うな。
 じゃあ、なんだ?
「いいんです、もう。太郎さんに、綺麗なお嫁さんができたんだし……いい、機会です。これからは、一人で暮らしていきます」
 生きる術は、あります。
 今まで、良くして貰いましたから。
 どこかの小さな家で、一人で。
 そういいながら、泣き笑いを浮かべた。
「ちょっと、待てよ!」
 一人でって……そんなこと、させられるか!
 そんな、辛い事……
 それに、嫁さんって?
「だから……もぅ……いいよ……もう……」
 私の手の届かないところに、太郎さんが行ってしまう。
 あの、赤髪の女と一緒に。
「まてまて! 嫁さんって、誰だよ!」
「……?」
 ……火羅さん。
「なんでだよ」
 太郎は、大きな溜息を大きくついた。
 そうか、理由は、もしかして――これか。
「……違うんですか?」
「うん」
 即答、した。
「あいつは……俺の瞳の色を見て、怖じ気づきやがった」
 俺が好きになるのは。
 少し、顔を赤くした。
 真っ白な頬に、朱が、差した。
 この瞳を好きだといってくれる奴だけだ。
 だから、俺はあの場所にいる。
「……」
 そうなんだ。
 私は、太郎さんの瞳、好きだけど……
 あれ?
「わざわざ遠くから来てもらったけど、火羅は……」
 まだ、なにか、言ってる。
 もう、聞こえなかった。
 安心、してる。
 今、安心、してる。
「俺は、まだ、あの場所にいる。あの場所で、姫様の傍にいさせてもらうさ」
 また、太郎さんの優しい声が聞こえた。
「そう……」
 気が、抜けた。
 どっと、疲れが出た。
 そうか……この言葉が聞きたかったのか。
 失いたく、なかったのか。
 まだ、傍にいて欲しかったのか。
 ……取られたく、なかったのか。
 私は……やっぱり、鎖なんじゃないのだろうか。
 この、想いは。
 でも……それでも……
「私は、我が儘です……」
「そんなこと、ねぇだろ」
 そういいながら、妖狼はほっと安堵した。
 姫様が、落ち着いてきたから。
 匂いを嗅ぎ当てたというわけでもなく、自分は、いの一番にここに来た。
 そこに、姫様がいると思ったから。
 理由は、わからない。
 もしかしたら……
 姫様は、見つけて欲しかったのかもしれない。
「いた!!!」
「葉子か」
「葉子さん……」
 駆け寄ってくる九尾の銀狐。
 眼前で、人の姿になる。
 葉子は、ぎゅっと姫様を抱きしめた。
「急に、いなくなって……駄目じゃないか!」
 そういいながら、腕にさらに力を込めた。
「葉子さん……」
 言っておこうと、思った。
 今、言ってしまおうと。
 太郎さんには、言った。
 葉子さんにも、言ってしまおうと。
「妹さんのところへ、帰ってもいいんですよ」
「……姫様?」
「もう、我が儘な私なんか置いて、心配ばかりかける私なんか、置いて」
「なに言ってるんだよ……あたいは、あたいの娘の傍にいる」
「娘……」
 葉子さんには、娘なんていない。
 じゃあ――
 葉子さんが、私のことを、娘だと、言った。
 聞き間違いじゃ――
「あたいの、大事な娘……」
 ない。
 葉子は、姫様の頭を愛おしそうに撫でた。
「まだ、心配だから……姫様、心配ばかりかけるから、傍にいる!」
 頭の中を、娘という言葉が、ずっと響いている。
 娘、
 娘、
 娘。
 そうだったのか、私には、お母さんがずっと傍にいてくれていたんだ。
 嬉しかった。
「どうして、こんなに……」
 言葉に、ならなかった。
 幸せで、幸せで。
 もう……
 泣くしか、なかった。
 泣く事しか、やっぱり出来なかった。
 私は、やっぱり、我が儘だ。
 我が儘でも、いいのだろうか。
 迷惑ばかり、かけて。
 優しすぎる。
 甘えていたくなる。
 ……もう少し、甘えていよう。
 そう、姫様は思った。



「さてと、これは、どうすればいいんだろうか」
酒呑童子さま……その、白ちゃんは」
 鬼の王は、娘の元を離れた。
 向かった先は、かみなりの子と……
「白月……雪妖の、巫女だな」
 雪妖の、巫女――