あやかし姫~百華燎乱(20)~
「いつ、姫様が俺達を縛る鎖になった」
太郎が、のっそり身体を起こしながらいった。
「え?」
「いつ、葉子やクロや俺が、そんなこと言った」
太郎の表情が、さらに厳しくなる。
怒っているような、悲しんでいるような。
姫様の目が、泳いだ。
「だって……」
ぐずぐずと、涙が落ちてくる。
そんなこと、葉子さんもクロさんも太郎さんも、口にした事はない。
でも、鎖だと、火羅がいった。
「俺も葉子もクロも、姫様が好きだからここにいるんだ。縛られてるとかじゃなくて」
「それが……」
「あのなぁ。そんなことで、ここに……ん? んー、飛んだ、のか」
言葉が、見つからなかった。
とりあえず、飛ぶという言葉を使ってみた。
「そんなことって……」
大事な、ことだよ。
姫様は、そう思った。
「姫様、頭いいよな。俺なんかより、ずっとずーっと」
「……なにが、言いたいんですか?」
ぐずっと、鼻水をすすった。
「深く、考えすぎ!」
「……そんなこと、ない!」
「ある!」
「ない!」
「ある!」
息が、切れた。
「私は……みんなと、一緒に居ない方がいいんです」
「……なんだってんだよ……」
どうしたってんだ……今日の姫様、変だ。
考えてみれば、昨晩から変だった。
理由は、なんだ?
クロ?
じゃないな。
咲夜が?
いや、違うな。
じゃあ、なんだ?
「いいんです、もう。太郎さんに、綺麗なお嫁さんができたんだし……いい、機会です。これからは、一人で暮らしていきます」
生きる術は、あります。
今まで、良くして貰いましたから。
どこかの小さな家で、一人で。
そういいながら、泣き笑いを浮かべた。
「ちょっと、待てよ!」
一人でって……そんなこと、させられるか!
そんな、辛い事……
それに、嫁さんって?
「だから……もぅ……いいよ……もう……」
私の手の届かないところに、太郎さんが行ってしまう。
あの、赤髪の女と一緒に。
「まてまて! 嫁さんって、誰だよ!」
「……?」
……火羅さん。
「なんでだよ」
太郎は、大きな溜息を大きくついた。
そうか、理由は、もしかして――これか。
「……違うんですか?」
「うん」
即答、した。
「あいつは……俺の瞳の色を見て、怖じ気づきやがった」
俺が好きになるのは。
少し、顔を赤くした。
真っ白な頬に、朱が、差した。
この瞳を好きだといってくれる奴だけだ。
だから、俺はあの場所にいる。
「……」
そうなんだ。
私は、太郎さんの瞳、好きだけど……
あれ?
「わざわざ遠くから来てもらったけど、火羅は……」
まだ、なにか、言ってる。
もう、聞こえなかった。
安心、してる。
今、安心、してる。
「俺は、まだ、あの場所にいる。あの場所で、姫様の傍にいさせてもらうさ」
また、太郎さんの優しい声が聞こえた。
「そう……」
気が、抜けた。
どっと、疲れが出た。
そうか……この言葉が聞きたかったのか。
失いたく、なかったのか。
まだ、傍にいて欲しかったのか。
……取られたく、なかったのか。
私は……やっぱり、鎖なんじゃないのだろうか。
この、想いは。
でも……それでも……
「私は、我が儘です……」
「そんなこと、ねぇだろ」
そういいながら、妖狼はほっと安堵した。
姫様が、落ち着いてきたから。
匂いを嗅ぎ当てたというわけでもなく、自分は、いの一番にここに来た。
そこに、姫様がいると思ったから。
理由は、わからない。
もしかしたら……
姫様は、見つけて欲しかったのかもしれない。
「いた!!!」
「葉子か」
「葉子さん……」
駆け寄ってくる九尾の銀狐。
眼前で、人の姿になる。
葉子は、ぎゅっと姫様を抱きしめた。
「急に、いなくなって……駄目じゃないか!」
そういいながら、腕にさらに力を込めた。
「葉子さん……」
言っておこうと、思った。
今、言ってしまおうと。
太郎さんには、言った。
葉子さんにも、言ってしまおうと。
「妹さんのところへ、帰ってもいいんですよ」
「……姫様?」
「もう、我が儘な私なんか置いて、心配ばかりかける私なんか、置いて」
「なに言ってるんだよ……あたいは、あたいの娘の傍にいる」
「娘……」
葉子さんには、娘なんていない。
じゃあ――
葉子さんが、私のことを、娘だと、言った。
聞き間違いじゃ――
「あたいの、大事な娘……」
ない。
葉子は、姫様の頭を愛おしそうに撫でた。
「まだ、心配だから……姫様、心配ばかりかけるから、傍にいる!」
頭の中を、娘という言葉が、ずっと響いている。
娘、
娘、
娘。
そうだったのか、私には、お母さんがずっと傍にいてくれていたんだ。
嬉しかった。
「どうして、こんなに……」
言葉に、ならなかった。
幸せで、幸せで。
もう……
泣くしか、なかった。
泣く事しか、やっぱり出来なかった。
私は、やっぱり、我が儘だ。
我が儘でも、いいのだろうか。
迷惑ばかり、かけて。
優しすぎる。
甘えていたくなる。
……もう少し、甘えていよう。
そう、姫様は思った。
「さてと、これは、どうすればいいんだろうか」
「酒呑童子さま……その、白ちゃんは」
鬼の王は、娘の元を離れた。
向かった先は、かみなりの子と……
「白月……雪妖の、巫女だな」
雪妖の、巫女――
太郎が、のっそり身体を起こしながらいった。
「え?」
「いつ、葉子やクロや俺が、そんなこと言った」
太郎の表情が、さらに厳しくなる。
怒っているような、悲しんでいるような。
姫様の目が、泳いだ。
「だって……」
ぐずぐずと、涙が落ちてくる。
そんなこと、葉子さんもクロさんも太郎さんも、口にした事はない。
でも、鎖だと、火羅がいった。
「俺も葉子もクロも、姫様が好きだからここにいるんだ。縛られてるとかじゃなくて」
「それが……」
「あのなぁ。そんなことで、ここに……ん? んー、飛んだ、のか」
言葉が、見つからなかった。
とりあえず、飛ぶという言葉を使ってみた。
「そんなことって……」
大事な、ことだよ。
姫様は、そう思った。
「姫様、頭いいよな。俺なんかより、ずっとずーっと」
「……なにが、言いたいんですか?」
ぐずっと、鼻水をすすった。
「深く、考えすぎ!」
「……そんなこと、ない!」
「ある!」
「ない!」
「ある!」
息が、切れた。
「私は……みんなと、一緒に居ない方がいいんです」
「……なんだってんだよ……」
どうしたってんだ……今日の姫様、変だ。
考えてみれば、昨晩から変だった。
理由は、なんだ?
クロ?
じゃないな。
咲夜が?
いや、違うな。
じゃあ、なんだ?
「いいんです、もう。太郎さんに、綺麗なお嫁さんができたんだし……いい、機会です。これからは、一人で暮らしていきます」
生きる術は、あります。
今まで、良くして貰いましたから。
どこかの小さな家で、一人で。
そういいながら、泣き笑いを浮かべた。
「ちょっと、待てよ!」
一人でって……そんなこと、させられるか!
そんな、辛い事……
それに、嫁さんって?
「だから……もぅ……いいよ……もう……」
私の手の届かないところに、太郎さんが行ってしまう。
あの、赤髪の女と一緒に。
「まてまて! 嫁さんって、誰だよ!」
「……?」
……火羅さん。
「なんでだよ」
太郎は、大きな溜息を大きくついた。
そうか、理由は、もしかして――これか。
「……違うんですか?」
「うん」
即答、した。
「あいつは……俺の瞳の色を見て、怖じ気づきやがった」
俺が好きになるのは。
少し、顔を赤くした。
真っ白な頬に、朱が、差した。
この瞳を好きだといってくれる奴だけだ。
だから、俺はあの場所にいる。
「……」
そうなんだ。
私は、太郎さんの瞳、好きだけど……
あれ?
「わざわざ遠くから来てもらったけど、火羅は……」
まだ、なにか、言ってる。
もう、聞こえなかった。
安心、してる。
今、安心、してる。
「俺は、まだ、あの場所にいる。あの場所で、姫様の傍にいさせてもらうさ」
また、太郎さんの優しい声が聞こえた。
「そう……」
気が、抜けた。
どっと、疲れが出た。
そうか……この言葉が聞きたかったのか。
失いたく、なかったのか。
まだ、傍にいて欲しかったのか。
……取られたく、なかったのか。
私は……やっぱり、鎖なんじゃないのだろうか。
この、想いは。
でも……それでも……
「私は、我が儘です……」
「そんなこと、ねぇだろ」
そういいながら、妖狼はほっと安堵した。
姫様が、落ち着いてきたから。
匂いを嗅ぎ当てたというわけでもなく、自分は、いの一番にここに来た。
そこに、姫様がいると思ったから。
理由は、わからない。
もしかしたら……
姫様は、見つけて欲しかったのかもしれない。
「いた!!!」
「葉子か」
「葉子さん……」
駆け寄ってくる九尾の銀狐。
眼前で、人の姿になる。
葉子は、ぎゅっと姫様を抱きしめた。
「急に、いなくなって……駄目じゃないか!」
そういいながら、腕にさらに力を込めた。
「葉子さん……」
言っておこうと、思った。
今、言ってしまおうと。
太郎さんには、言った。
葉子さんにも、言ってしまおうと。
「妹さんのところへ、帰ってもいいんですよ」
「……姫様?」
「もう、我が儘な私なんか置いて、心配ばかりかける私なんか、置いて」
「なに言ってるんだよ……あたいは、あたいの娘の傍にいる」
「娘……」
葉子さんには、娘なんていない。
じゃあ――
葉子さんが、私のことを、娘だと、言った。
聞き間違いじゃ――
「あたいの、大事な娘……」
ない。
葉子は、姫様の頭を愛おしそうに撫でた。
「まだ、心配だから……姫様、心配ばかりかけるから、傍にいる!」
頭の中を、娘という言葉が、ずっと響いている。
娘、
娘、
娘。
そうだったのか、私には、お母さんがずっと傍にいてくれていたんだ。
嬉しかった。
「どうして、こんなに……」
言葉に、ならなかった。
幸せで、幸せで。
もう……
泣くしか、なかった。
泣く事しか、やっぱり出来なかった。
私は、やっぱり、我が儘だ。
我が儘でも、いいのだろうか。
迷惑ばかり、かけて。
優しすぎる。
甘えていたくなる。
……もう少し、甘えていよう。
そう、姫様は思った。
「さてと、これは、どうすればいいんだろうか」
「酒呑童子さま……その、白ちゃんは」
鬼の王は、娘の元を離れた。
向かった先は、かみなりの子と……
「白月……雪妖の、巫女だな」
雪妖の、巫女――