小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

あやかし姫~百華燎乱(19)~

 小さいとき。
 ずっとずっと、小さいとき、みんなで隠れんぼをした。
 ちょっと離れた山で、隠れんぼ。
 もういいかーい。
 まあだだよー。
 鬼の声は一つだけ。答える声は、そこかしこで。
 穴を、見つけた。
 木の下の、地の穴。
 そこに、隠れた。身を、踊らせた。
 以外と穴は深くて、落ち葉でふかふかで。
 なんだか、獣の臭いがして。
 そこにちょこんと座って、もういいよー!
 ふわふわ、ふかふか。
 ふわふか。
 ふわふか。
 ぷか、ぷか……
 目が覚めると、お昼じゃなくて、もう、夕方。
 あれれ、っと。
 寝ちゃったんだ、っと。
 ……見つからなかったんだ、っと。
 出ようと思った。
 背を、伸ばす。
 手を、伸ばす。
 うんしょ、うんしょと。届かなかった。
 出口。
 遠くに、ずっと遠くに見えた。
 もう一度、伸ばす。
 届かない。
 えい、っと跳んだ。
 やっぱり、届かなかった。
 ぽむっと、落ちた。 
 泣きたくなった。
 一生懸命考える。
 声を出した。
 大きな声を、いくつもいくつも。
 返事は、なかった。
 もう、泣くしかなかった。
「……姫様」
 大きな白い狼が、少女に近づく。
 少女は、木にもたれ掛かっていた。
「……見つかちゃった……」
 そう、いった。
 木から、離れる。
 穴が、あった。小さな穴。
 その傍に、そっと腰を下ろす。
「何が、あった」
 太郎が、姫様に尋ねた。
 答えなかった。
 代わりに、姫様が笑みを浮かべた。寂しい、笑みを。
 太郎も、ちょこんと膝をついた。
 金銀妖瞳が、姫様を映す。
 金色、銀色。
 どちらも、それ以上口を開かなかった。
 身じろぎせず、ただ、そこにいた。
 雲が、動いていく。
 白に灰色が混じってきていて。
 形を変え、大きさを変え、陽を、遮って。
 ふさふさと、太郎の尾が揺れた。
「覚えてる?」
 地面の穴を指差しながら、姫様がいった。 
 じっと、見る。
 ああ、と、声を出した。
「覚えてる。隠れんぼ、か」
「うん……」
「あんときは、なかなか見つけられなかったな」
 見つけたのは――
 うん。
「ずっと、大事にしてもらいました。ずっとずっと」
 だから、もう、いいんです。
「はあ?」
 太郎が、いった。
「もう、いいんです……もう……」
「姫様、言ってる意味がわかんねぇよ」
 本心、だった。
 困惑し、戸惑って。
 一体、何を言い出すのかと。
「私が! いるから!」
 急に立ち上がると、大きな声を出した。
 太郎、面食らう。
 姫様、泣き出していた。
 もう、一つ。
 全てが、止まった。自分と、姫様以外。
 色を失い、静止していた。
 すぐに、世界は動き出した。
 気のせいか?
 いや……
 大きな頭をぶんと振る。
 肩を震わせる姫様を、また、そっと見つめた。
「私が、邪魔になってる!」
「そんなこと」
「なってる! 私がいなかったら、葉子さんもクロさんも、もう、戻れてるもの! 帰れてるもの!」
 泣きながら、いう。
 太郎は、押し黙った。
「そうでしょう? 違うの!? 私が、葉子さんとクロさんと太郎さんの鎖になってる!」
 太郎が、はっと表情を変えた。
「……聞いていたのか」
「……」
 ぎゅっと閉じた唇が、その問いに答えを出していて。
 火羅がいったのだ。
 鎖、と。
 姫様がいないときに、
「あの人の娘、鎖になっているのではないですか?」
 と。
「太郎様は、あの娘にこの場所に縛り付けられているのではないですか」
 と。
 姫様は、そのときいなかった。
 そのとき、その部屋にはいなかったが、廊下にいたのだ。
 心を静め、戻ろうとしていたのだ。
 火羅の言葉は姫様の耳に、届いた。
 冷笑を、浮かべた。
 冷笑を、自分に向けた。
 浮かべるしかなかった。
 葉子さんが、自分の一族のところへ戻らないのも、
 クロさんが、鞍馬山へ戻らないのも、
 太郎さんが、村へ戻らないのも、
 全部全部、私のせいだ。
 そう、思った。
 だって!
 葉子さん、嬉しそうに妹夫婦のお話したもの!
 クロさん、嬉しそうに鞍馬山のお話したもの!
 太郎さん……嬉しそうに、咲夜ちゃんや磨夜さんのお話、したもの……
 私は、鎖なんだ……。
 だったら、
 だったら、
 イナクナレバイイ。
 そう、思った。
 思ったら、いつの間にかここに来ていた。
 この、場所に――
 古寺から、いなくなっていた。