あやかし姫~百華燎乱(19)~
小さいとき。
ずっとずっと、小さいとき、みんなで隠れんぼをした。
ちょっと離れた山で、隠れんぼ。
もういいかーい。
まあだだよー。
鬼の声は一つだけ。答える声は、そこかしこで。
穴を、見つけた。
木の下の、地の穴。
そこに、隠れた。身を、踊らせた。
以外と穴は深くて、落ち葉でふかふかで。
なんだか、獣の臭いがして。
そこにちょこんと座って、もういいよー!
ふわふわ、ふかふか。
ふわふか。
ふわふか。
ぷか、ぷか……
目が覚めると、お昼じゃなくて、もう、夕方。
あれれ、っと。
寝ちゃったんだ、っと。
……見つからなかったんだ、っと。
出ようと思った。
背を、伸ばす。
手を、伸ばす。
うんしょ、うんしょと。届かなかった。
出口。
遠くに、ずっと遠くに見えた。
もう一度、伸ばす。
届かない。
えい、っと跳んだ。
やっぱり、届かなかった。
ぽむっと、落ちた。
泣きたくなった。
一生懸命考える。
声を出した。
大きな声を、いくつもいくつも。
返事は、なかった。
もう、泣くしかなかった。
「……姫様」
大きな白い狼が、少女に近づく。
少女は、木にもたれ掛かっていた。
「……見つかちゃった……」
そう、いった。
木から、離れる。
穴が、あった。小さな穴。
その傍に、そっと腰を下ろす。
「何が、あった」
太郎が、姫様に尋ねた。
答えなかった。
代わりに、姫様が笑みを浮かべた。寂しい、笑みを。
太郎も、ちょこんと膝をついた。
金銀妖瞳が、姫様を映す。
金色、銀色。
どちらも、それ以上口を開かなかった。
身じろぎせず、ただ、そこにいた。
雲が、動いていく。
白に灰色が混じってきていて。
形を変え、大きさを変え、陽を、遮って。
ふさふさと、太郎の尾が揺れた。
「覚えてる?」
地面の穴を指差しながら、姫様がいった。
じっと、見る。
ああ、と、声を出した。
「覚えてる。隠れんぼ、か」
「うん……」
「あんときは、なかなか見つけられなかったな」
見つけたのは――
うん。
「ずっと、大事にしてもらいました。ずっとずっと」
だから、もう、いいんです。
「はあ?」
太郎が、いった。
「もう、いいんです……もう……」
「姫様、言ってる意味がわかんねぇよ」
本心、だった。
困惑し、戸惑って。
一体、何を言い出すのかと。
「私が! いるから!」
急に立ち上がると、大きな声を出した。
太郎、面食らう。
姫様、泣き出していた。
もう、一つ。
全てが、止まった。自分と、姫様以外。
色を失い、静止していた。
すぐに、世界は動き出した。
気のせいか?
いや……
大きな頭をぶんと振る。
肩を震わせる姫様を、また、そっと見つめた。
「私が、邪魔になってる!」
「そんなこと」
「なってる! 私がいなかったら、葉子さんもクロさんも、もう、戻れてるもの! 帰れてるもの!」
泣きながら、いう。
太郎は、押し黙った。
「そうでしょう? 違うの!? 私が、葉子さんとクロさんと太郎さんの鎖になってる!」
太郎が、はっと表情を変えた。
「……聞いていたのか」
「……」
ぎゅっと閉じた唇が、その問いに答えを出していて。
火羅がいったのだ。
鎖、と。
姫様がいないときに、
「あの人の娘、鎖になっているのではないですか?」
と。
「太郎様は、あの娘にこの場所に縛り付けられているのではないですか」
と。
姫様は、そのときいなかった。
そのとき、その部屋にはいなかったが、廊下にいたのだ。
心を静め、戻ろうとしていたのだ。
火羅の言葉は姫様の耳に、届いた。
冷笑を、浮かべた。
冷笑を、自分に向けた。
浮かべるしかなかった。
葉子さんが、自分の一族のところへ戻らないのも、
クロさんが、鞍馬山へ戻らないのも、
太郎さんが、村へ戻らないのも、
全部全部、私のせいだ。
そう、思った。
だって!
葉子さん、嬉しそうに妹夫婦のお話したもの!
クロさん、嬉しそうに鞍馬山のお話したもの!
太郎さん……嬉しそうに、咲夜ちゃんや磨夜さんのお話、したもの……
私は、鎖なんだ……。
だったら、
だったら、
イナクナレバイイ。
そう、思った。
思ったら、いつの間にかここに来ていた。
この、場所に――
古寺から、いなくなっていた。
ずっとずっと、小さいとき、みんなで隠れんぼをした。
ちょっと離れた山で、隠れんぼ。
もういいかーい。
まあだだよー。
鬼の声は一つだけ。答える声は、そこかしこで。
穴を、見つけた。
木の下の、地の穴。
そこに、隠れた。身を、踊らせた。
以外と穴は深くて、落ち葉でふかふかで。
なんだか、獣の臭いがして。
そこにちょこんと座って、もういいよー!
ふわふわ、ふかふか。
ふわふか。
ふわふか。
ぷか、ぷか……
目が覚めると、お昼じゃなくて、もう、夕方。
あれれ、っと。
寝ちゃったんだ、っと。
……見つからなかったんだ、っと。
出ようと思った。
背を、伸ばす。
手を、伸ばす。
うんしょ、うんしょと。届かなかった。
出口。
遠くに、ずっと遠くに見えた。
もう一度、伸ばす。
届かない。
えい、っと跳んだ。
やっぱり、届かなかった。
ぽむっと、落ちた。
泣きたくなった。
一生懸命考える。
声を出した。
大きな声を、いくつもいくつも。
返事は、なかった。
もう、泣くしかなかった。
「……姫様」
大きな白い狼が、少女に近づく。
少女は、木にもたれ掛かっていた。
「……見つかちゃった……」
そう、いった。
木から、離れる。
穴が、あった。小さな穴。
その傍に、そっと腰を下ろす。
「何が、あった」
太郎が、姫様に尋ねた。
答えなかった。
代わりに、姫様が笑みを浮かべた。寂しい、笑みを。
太郎も、ちょこんと膝をついた。
金銀妖瞳が、姫様を映す。
金色、銀色。
どちらも、それ以上口を開かなかった。
身じろぎせず、ただ、そこにいた。
雲が、動いていく。
白に灰色が混じってきていて。
形を変え、大きさを変え、陽を、遮って。
ふさふさと、太郎の尾が揺れた。
「覚えてる?」
地面の穴を指差しながら、姫様がいった。
じっと、見る。
ああ、と、声を出した。
「覚えてる。隠れんぼ、か」
「うん……」
「あんときは、なかなか見つけられなかったな」
見つけたのは――
うん。
「ずっと、大事にしてもらいました。ずっとずっと」
だから、もう、いいんです。
「はあ?」
太郎が、いった。
「もう、いいんです……もう……」
「姫様、言ってる意味がわかんねぇよ」
本心、だった。
困惑し、戸惑って。
一体、何を言い出すのかと。
「私が! いるから!」
急に立ち上がると、大きな声を出した。
太郎、面食らう。
姫様、泣き出していた。
もう、一つ。
全てが、止まった。自分と、姫様以外。
色を失い、静止していた。
すぐに、世界は動き出した。
気のせいか?
いや……
大きな頭をぶんと振る。
肩を震わせる姫様を、また、そっと見つめた。
「私が、邪魔になってる!」
「そんなこと」
「なってる! 私がいなかったら、葉子さんもクロさんも、もう、戻れてるもの! 帰れてるもの!」
泣きながら、いう。
太郎は、押し黙った。
「そうでしょう? 違うの!? 私が、葉子さんとクロさんと太郎さんの鎖になってる!」
太郎が、はっと表情を変えた。
「……聞いていたのか」
「……」
ぎゅっと閉じた唇が、その問いに答えを出していて。
火羅がいったのだ。
鎖、と。
姫様がいないときに、
「あの人の娘、鎖になっているのではないですか?」
と。
「太郎様は、あの娘にこの場所に縛り付けられているのではないですか」
と。
姫様は、そのときいなかった。
そのとき、その部屋にはいなかったが、廊下にいたのだ。
心を静め、戻ろうとしていたのだ。
火羅の言葉は姫様の耳に、届いた。
冷笑を、浮かべた。
冷笑を、自分に向けた。
浮かべるしかなかった。
葉子さんが、自分の一族のところへ戻らないのも、
クロさんが、鞍馬山へ戻らないのも、
太郎さんが、村へ戻らないのも、
全部全部、私のせいだ。
そう、思った。
だって!
葉子さん、嬉しそうに妹夫婦のお話したもの!
クロさん、嬉しそうに鞍馬山のお話したもの!
太郎さん……嬉しそうに、咲夜ちゃんや磨夜さんのお話、したもの……
私は、鎖なんだ……。
だったら、
だったら、
イナクナレバイイ。
そう、思った。
思ったら、いつの間にかここに来ていた。
この、場所に――
古寺から、いなくなっていた。