小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

あやかし姫~百華燎乱(22)~

「で、どうして巫女様はこの坊主と一緒なんだ?」
「……」
「……」
 光と白月はちょこんと三角座り。
 酒呑童子はゆったり片膝ついて。
 二人とも、答えない。ただ、顔を見合わせるだけ。
 光は虎柄。
 白月は純白。
「光」
 真っ白い白月が、いった。
「これは、誰じゃ」
「……酒呑童子と言ったはずだが……」
 訝しげに、少女を見やった。
 自分の名を知らないというのか? これでも大妖の一人だぞ。
 ちょっと傷付いた。
 そんな鬼の王の事など露知らず。
 少女は、光だけを見ていた。
「光、説明せい」
 そして、もう一度いった。
「あっと……酒呑童子さまは西の鬼の王様だよ」
「西……王……光の知り合いか?」
「んー、知り合い、ですよね」
「まあ、そうだな」
 姫様のところで、何回か顔を合わせた事がある。
「そうか、知り合いか。いいな、光は。知り合いがいっぱいいて。儂とは、大違いだ」
 見た目は、うちのかーいいかーいい朱桜と同じぐらいに見えるのにな。
 妖の姿など、そう当てになるものではないが。
 やっぱり、喋り方に違和感が。 
 ……まあ、いいか。
 さて、雪妖の巫女など初めて見た。
 女王は一応知っているが。
「どうした、儂の顔に何かついておるか?」
 白月が、不思議そうにいった。
 いや……と首を振る。
「変な奴じゃ」
「変……」
「は、白ちゃん! えっと、その」
 光が慌てる。酒呑童子のこめかみに、ぴくりと青筋が浮き出たのだ。
「……まあ、子供の」
「儂を子供扱いするのか。これでも、百年は生きておるぞ」
「……やっぱり、子供ではないか」
「な……」
 ぽかんと、口を開けた。
 そうか、儂は子供だったのか。
 そう、もごもごと言うとなにやら頷いている。
 しきりに感心していた。
「光、儂も子供だったようだぞ。お主と同じだ」
 そういった。
 やけに嬉しそうであった。
「それで、何があった。どうして巫女がここにいるのだ」
「そのですね……」
 光は、ちらちらと白月を見た。
 白月が、うんと頷く。
「儂が、光に連れて行ってほしいと頼んだのじゃ」
「ん?」
「外の世界を見たくなった。それで、頼んだのじゃ」
「僕が白ちゃんを、お社から連れ出したんです」
「そうかそうか、それは……」
 なるほど。
 連れ出したのか。
 雪妖の巫女を。確か、巫女はお社を離れてはならないはずだ。
「拐かしたのか!」
「拐かすとは、なんじゃ」
「う……えっとだな、人を、勝手に連れ去る事だ」
「じゃあ、そうじゃな。うむ、拐かすというのか。勉強になったぞ」
 ぺちぺちと、酒呑童子の肩を叩く。
 光が、なんて事をと慌てている。
 鬼の王。
 あのお袋が気を遣っていた。
 自分達の主である鬼姫と、同格の大妖。
 そんなことをしたら。
 案の定、青筋の数が増えてる。
 光は、早く葉子のところへ行きたかった。
 まさか酒呑童子さまと会うだなんて。
「……駄目だな、話が見えない。光、一から説明しろ」
「一からとは、儂が生まれたときからか」
 それは、それなりに長くなるぞ。
 巫女がそう言うと、鬼の王は頭を抱えた。
「いや、そんな所からしなくていい……はぁ、俺も甘くなったな……光と巫女さんが出会ったところからで、いい」
「……うん」
「そうか、そうか。そこから聞きたかったのか。それならば、そう言えばいいのじゃ。儂が光と出会ったのは」
 ……。
 まぁ、話を聞ければどっちでもいいか。
 本当に甘くなって丸くなったな。
 そう、酒呑童子は思った。
「そうか、あの時か。思い出したぞ。つい、半年前のことじゃ」
 儂が、いつものように退屈にお祈りしておったときじゃ。
 お祈りは、退屈じゃ。
 じーっと目を瞑って、手を合わせて、祭壇に向かっているだけじゃ。
 その間、ずーっと、退屈じゃー、退屈じゃーと思うておるのじゃ。
 どうせ、大した意味はないのじゃ。
 雪の大龍は、儂の事など気に掛けておらぬ。
 気ままに空を飛びまわって、お社になど、滅多に戻りはせぬ。
 戻ったら戻ったで、儂が出来る事など何もない。話しかけても、五月蠅いといわれるだけじゃ。
 そんなときじゃ。音がしたのじゃ。どさっとな、どさっと。
 どさっとじゃぞ。どんではないぞ。
「ああ、うん……」
 光じゃ、光がそこにいたのじゃ。
 雪まみれでな、イテテといっておった。いやはや、びっくりしたな。
 雪妖以外の妖を見るのは、初めてじゃったから。
「初めて、だと?」
「儂は、お社から外に出られぬ。じゃから、雪妖以外、見た事なかった。もっとも、その雪妖とも滅多に会う事はないが……」
「……孤独、だったのだな」
「孤独?」
「ああ……一人で、寂しいってことだ」
「そうじゃな」
 お社は、広大な土地の真ん中にある。大龍の土地じゃ。
 広大じゃが、儂一人じゃ。
 不用心じゃが、結界などしておらぬ。
 そんなことをしようとしたら膨大な力がいるし、自分の身ぐらい自分で守れる。
 それで、光は、儂に会いに、
「それはまだ。あのときは、雲から足を滑らせたんだって」
 おお、そうじゃったか。
 光は、びっくりしておった。儂の方が、もっとびっくりしたがな。
 とりあえず、中に入れというたのじゃ。
 光の格好、寒そうじゃろ? 薄着じゃろ?
 案の定、ぶるぶる震えておった。
「あそこ、寒いんだもん」
 うむ、そうらしいの。雪の大龍の力の濃いあの場所じゃからな。
 たまに来る雪妖もぼやいておった。
 お社の中は、暖かいのじゃ。だから、入れてやった。儂は、優しいからな。
 優しいとは、光に言われたのじゃが。
 なかなか嬉しいものが、
「それで、友達になったと」
 うむ。
 それなりに話をしたのじゃ。
 久し振りだったのう、言葉を交わすのは。
 その時は、すぐに帰ってしもうたが、
「しょうがないよ、仕事の帰りだったし」
 うむ、しょうがないな。帰るときにの、頼んだのじゃ。
 また、ここに来てくれと。
 光は、うん、と言うた。
 約束じゃぞ、約束じゃぞ、と念を押したらの、
「腕斬り」
「腕霧?」
「指切りだよ、白ちゃん」
 指斬りじゃ。指斬りをしたのじゃ。
 約束を破るとな、はりせんぼんを呑ますのじゃぞ。儂はまだ見た事ないが。
 きっと、恐ろしい姿なのじゃろうな。
「河豚……だよな」
 酒呑童子がいった。
「河豚とな! あのぶくーっとなる魚か! おう、あれを呑み込むのは骨が折れそうじゃ」
 光は、次の日、ちゃーんと来てくれたのじゃ。
 とんとんと、お社を叩く音があってな。
 お祈りを早々に切り上げて、扉を開けたのじゃ。そうしたら、寒そうにしてる光がいたのじゃ。
 ちゃんと、約束を守ってくれたのじゃ。
 それから、光と色々と話をしてのう。
 鬼の話とか、光の母君の話とか、とにかく色々じゃ、色々。
 本も、貸してもろうた。
 これでも、字は読めるからの。
「本?」
 光が、俯いた。
「あ、葉子さんに」
「葉子のってことは……彩花ちゃんのかよ……又貸しか」
「又貸しとは」
「いいから、次に行け」
 うぬぬ。
 外の世界は、面白そうじゃ。あの何もない世界よりも、格段に。
 行きとうなった。
 見とうなった。
 光と、一緒にじゃ。
 想いは、むくむくと募っての。
 言うたのじゃ、光に。お願いしたのじゃ。
 行きたいと、見たいと。
 光は、首を横に振った。
 そんなこと、無理だと。
 泣いて、すがった。頼むと。お願いじゃと。
 光は、黙ってお社を出て行ってしもうた。
 儂は後悔した。
 光は、一週間遊びにきてくれなかったのじゃ。
 もう、気が抜けての。よろよろじゃ、よろよろ。
 儂は、外に出てはいけない身じゃ。掟で、そう決められておる。
 長い事縛り付けられて、自分ではほどけんようになってしもうた。
 だから、光に言うたのじゃ。
 一人では無理でも、二人でなら……
「……どうしたのじゃ? 何か、可笑しなこと、言うたか?」
「いや……少し、昔の事を思い出しただけだ。気にするな」
 光に、会いたかった。友達に、会いたかった。
 会って、話をしたかった。
 一週間後、光が来た。
 光は、こう言ったのじゃ。
「一緒に、外に行こう」
 何度も聞き返してしもうた。何度も、何度もじゃ。きっと、あほ面じゃったろう。
 天にも昇る気持ちとは、あのときのことをいうのじゃな。
 もう、気持ちがふわふわしての。
 どうにも、押さえきれなんだ。
「光、なかなか思い切った事を」
「うん……」
「じゃが……」
「?」
 時が悪かった。雪妖が、珍しく雪妖が、お社に来たのじゃ。
 光が、見つかったのじゃ。
「……おい」
 雪妖は怖い顔をしての。光を捕まえたのじゃ。
 鬼じゃ、鬼じゃと。
 愕然としたわ。
 何をする! というても、聞きはせん。
 雪妖はいつもそうじゃ。儂を崇めるだけ崇めて、儂の言う事を聞こうとせん。 
 じゃから、
「力を使うた。光を、取り返したのじゃ。いい気味じゃ。いい顔をしておったわ」
「……なるほど」
「光の雲に乗っての、外に出たのじゃ! 一度出るとな、掟に縛られていた儂があほらしゅうなったわ」
「それで、まず海に行ったんです」
「うむ、海は一番見たかったからの」
「そうか、海へまず行ったのか。海は、いい。うん、いいぞ」
「おお、お主もそう思うか! 気が合うのう。海は広かった。すごいの。本当にすごい! いや、言葉では言い尽くせぬ。浜辺で、貝殻を拾うたのじゃ。光が、糸で繋げてくれての。これじゃこれ」
 白月が、ちゃらちゃらと腕輪を見せた。
 朱桜が、海を好きだった。
 だから、酒呑童子も海が好きだった。
「そのとき、河豚もみたわ。河豚は、つつくと丸く膨らんで鳴きよった。あれがはりせんぼんとはのぅ」
「いや、それはただの河豚だな」
「なんと! お主、儂を騙したな!」
 白月が憤慨する。
「いやいや、体中に針がついてる河豚もいるんだ」
「おお! なんと……恐ろしいのう」
 ぶるっと、震えた。
 酒呑童子が笑った。
「それで、あちこち見て回ってきた、か。楽しかったろう?」
「はい」
「うむ」
「だが、まずいな」
 口調が変わる。
 二人がしゅんとなった。
「彩花ちゃんの所へは、相談にか」
「葉子というおなごに会いたくなった。光が、よく話をしていた。それに、もう、頼る者が……」
 う……っと。
 えぐ……っと。
 二人が、同時に泣き出した。緊張の糸が切れたのだ。
 楽しかった。
 だが、絶えず気を張っていた。
 見つからないようにと。捕まらないようにと。
 もう、限界だった。
「……そうか、よしよし」
 二人を、抱え上げた。
 慣れた手つきだった。
「……待てよ」
 酒呑童子の顔が青ざめていく。
 双子の弟は、北に、行った。
「……いや、大丈夫か」 
 とりあえず、古寺に……
「戻れん」
「え?」
「いま、ちょっとごたごたしてるからな……しばらく、ここにいろ。そこの土地神もだ」
 土地神。その言葉で、白月の顔が引きつった。
「ばれていたのか……」
 ゆっくりと、二頭の狛犬が歩み出る。
 石造り。
 羽矢風の命、青犬・赤犬であった。
 小さな土地神は、青犬の上で泣いていた。
「土地神……まさか! そなたら!」
「見つけたら知らせるよう頼まれはしたのだが……」
「主が、この様子なので……」
 知らせていないという。
「都合が、いいな」
 そう、いった。