小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

あやかし姫~百華燎乱(24)~

 帰りの山道。
「太郎に乗った方が早いよ。疲れずに済むし」
 そう、葉子がいった。
 太郎が腹這いになる。
 乗りな、と。
 姫様が、よいしょとその背に乗った。
 もう、泣き止んでいた。
 妖狼族は、背に何かを乗せるということを嫌う。
 でも太郎は、姫様が子供のときからよくその背に乗せていた。
 葉子と太郎が大地を蹴って、黒之助が空を飛んで。
 姫様を乗せるようになって、妖狼は妖達がその背に乗ってもなにも言わなくなった。
 冬の山。
 実りはほとんどない。
 人が入る事は滅多にない。
 一応用心はするけども。
 だから、妖の姿でよかった。
 太郎が歩き出す。
「とばすぞ」
 そう、いった。
「うん」
 頷くと、えいっと妖狼にしがみついた。
 葉子は、動かなかった。
 遠くを見ていた。
「いかないの?」
 そう、姫様がいった。
「あのね……」
 言いにくそうにしていた。
 半人、半妖。
 くねくねする銀色尾っぽを自分の目の前でぐっと掴んだ。
「あたい、ちょっと行きたいところが……」
「え……行きたいところ……」
「あー、違うよ! うん、遠出、とかじゃなくてね! 今、光が来てるんだ。すぐ、用事済むと思うんだけどね。そ、そうなの、うん」
 あたふたと、言う。
 姫様の表情が、曇った。躰を、おこす。
 妖は、嘘吐きだ。
 優しい、嘘吐きだ。
「光君、どうしたのかな」
「そ、そだね。それで……光の場所、分からないかな?」
「おい」
 太郎が、声をだした。
「場所が、わからないの? それなのに、光君が来てるってわかったの?」
酒呑童子様がね、教えてくれたんだ。でも、姫様心配だったから……」
 ふふ、っと、姫様が笑った。
「光君より、私が心配」
 詠うように、いった。
「うん、やってみるね」
 目を、閉じた。少し眉間にしわを寄せた。
 ほんの、一瞬。
 太郎は、それに気付いた。葉子は、気が付かなかった。
 目を、開く。
 すっと、指差した。
「あっち。ここから、二里、ってとこかな」
 太郎が、姫様の指差す方を見た。
 わからなかった。
 遠すぎる。
「二里、か」
 葉子が、九尾の銀狐の姿になる。
 地面を、かつ、かつ、と蹴った。
「葉子さん……なんでも、ない」
「太郎、ちゃんと寄り道せず家に帰るんだよ。姫様、乗っけてるんだ」
「……分かった」
 二人と一人。
 穴の近くで別れ道。
 あの穴、あんなに小さかったんだと、姫様は思った。
 葉子が、遠ざかっていく。
「葉……お母さん」
 小さな声で、葉子にいった。
 葉子、振り向く。
 狸に化かされたような顔になる。
 しばらく、固まっていた。
 太郎も、固まった。
 狐に化かされたような顔になった。
 また、姫様が、
「……お母さん」
 小さな声で、そう、いった。
「ああ……そうか……」
 自分が言ったのだ。
 娘、と。
「ただ、光君に会うだけだよね? 光君と……光君の、「お友達」に、会うだけだよね?」
「……そう。光が、お友達紹介するっていってね」
 やっぱり、妖は嘘吐きだ。
 姫様は、そう、思った。
「わかった。じゃあ、先に戻るね」
 ごめんね、心配かけて。
「うん」
 行こう。
 姫様がいうと、太郎は黙って歩き始める。
 また、妖狼の背にしがみついた。
「待って」
 葉子が、いった。
「……どうしたの?」
「もう一回、言ってくんない」
 照れ笑いを浮かべながら九尾の銀狐が。
「一回だけ。一回だけだよ、一回」
「……お母さん」
 にこりとして、姫様がいった。 
 にこりとして、九尾の銀狐の姿は、冷たい風になった。
「……いいのか。葉子の奴、おかしかったぞ。言ってる事が滅茶苦茶だった」
「葉子さん、私の事、娘だって」
「出来の良い妹、いや、すごく出来の良い姉の間違いな気もするが」
「娘……嬉しいな……。太郎さん、帰ろう。咲夜ちゃんと……火羅さんが、待ってる」
「本当に、いいんだな」
 姫様は、太郎の背でこくりと頷いた。
「わかった……帰るか」
 太郎も、風と一緒になった。
 妖狼の身が、姫様の身が、大気を切り裂く。
 不思議と寒くはない。
 太郎の躰。
 暖かいのだ。
 心地、良かった。



「ふん……生意気な……」
「火羅さん?」
「私は、自分の思う通りにさせてきた。今までも、そして、これからも! 太郎様は、私が絶対に手に入れてみせますわ。北の妖狼族も、ね」
 火羅の赤い髪が、ぐぐっと鎌首を持ち上げた。
 燃えるような瞳が、咲夜を睨め付けた。
「そんなの、無理です」
 静かに、いった。
「!?」
「……あに様、もう、私達と一緒に暮らす気はありませんから」
「なんですって……」
「帰ってくるわけないじゃないですか……あに様に、あんなに惨い事をして、あんなに酷い事をして。それなのに……あに様、強いですよ。本当に、強いですよ。私に、優しくしてくれましたよ。命をかけて、闘ってくれましたよ。でも、あに様は、もう、縁を切ったんですよ」
「……太郎は、北の族長の……」
「そうでした。でも、もう、そうじゃない。今は、この古寺の、太郎ですよ」
「……はん……ふざけるな!!!」
 火羅が、大きな声を出した。
 咲夜は、それに動じなかった。
「もし、あに様が好きなら、いいです。でも、あに様の地位が……族長の息子としてのあに様が好きなら……諦めた方がいいです」
 火羅は、この娘、見た目と違う。
 そう、思った。
 弱々しく見えたのだ。
 太郎の後ろに隠れているような。
 こんなことを、自分に向けて言うとは、思ってもいなかった。
 咲夜は……一人で、まだ見ぬ兄の元へ走った。
 昼夜問わず走り抜いて。
 彼女の、妖としての力は強くない。
 でも、彼女は弱くない。
「……くっ!」
 段々と腹が立ってきた。
 自分の思い通りに、いかない。
 どうして?
 私は、西の族長の娘。次の、長。
 それが……こうまで、虚仮にされるというの?
 許せない……許せな……
「がっ!」
 熱風を捲き散らしながら、深紅の狼が姿をみせた。
 火羅は――正気を失った。
 居間の戸を、吹き飛ばす。
 部屋の柱が、みしみしといった。
 躰が、燃えている。
 紅蓮に包まれし、深紅の狼。
 畳が焦げ、嫌な音を立てる。
「火羅さん? 火羅さん!?」
 咲夜も妖狼の姿になる。
 火羅と比べると、小さかった。
 子供と大人だ。
 轟っと、炎振りまき、火羅は吠えた。
 反射的に目を瞑った。
 薄目に、恐る恐る火羅の表情を窺う。
 理性は消し飛んでいた。
 妖狼の本能だけがそこにあった。
「てやー!!!!!!」