あやかし姫~百華燎乱(26)~
「光。葉子が、来るぞ」
そう言うと、酒呑童子は自分の影に話しかけるのをやめた。
誰も答えなかった。
白月の、息をすーはーする音だけがして。
鬼の王は不思議そうに光達を見やった。
それから、
「……悪い悪い、もう口を開いてもいい」
そう、いった。
「葉子さん、来るんですか?」
「うん、大急ぎでこっちに向かってきてる」
光が、白月と手と手を取り合って小躍りして。
よかったねー、っとずずっと羽矢風が鼻をすすった。
「だがな、光」
「はい?」
「葉子が来ても、なんにも解決にならんと思うがな」
「……そんな」
「親身になって相談してはくれると思うが、葉子よりは」
「光!」
ぜーはーぜーはーいいながら、九尾の銀狐が草むらかき分け姿を見せる。
するすると煙に包まれると、獣耳残る、女が現れて。
「よっ」
ひょいっと手を挙げ挨拶する。
「酒呑童子様……ここに、来られたのですね」
「うむ。彩花ちゃんの方は、無事に終わったようだな」
「……そうですね」
ぽっと、銀狐は頬を赤らめ、やだな、もうっと鬼の王に。
まだ、恥ずかしくて嬉しいのだ。
それから我に返ると、
「はい……」
っと神妙な顔つきになった。
……こほんと一咳すると、
「そうか。俺がこっちに来たせいで寺の方は大変だったぞ」
そう、いった。
「……?」
「火羅が暴れた」
鬼の王はにんまりと。
葉子、当惑。
「ちょっと待って……なにがなんだか……えっと……」
「ま、それは置いとけ。今は、光と連れの方が先だ」
「ええ、あ、はい」
置いておいていいのだろうか。
この、にんまり顔。
多分、酒呑童子様が解決してくれたんだろうね。
あそこには、酒呑童子様が命よりも大切にしてる朱桜ちゃんがいるもの。
葉子は、この場にいる者の顔をざっと確認した。
光。
酒呑童子。
羽矢風の命。
青犬・赤犬?
どうして、羽矢風の命とお付きの狛犬が?
あとは……
「この子は?」
知らない顔。
「白月という。そなたが葉子か?」
「え、ええ」
「そうかそうか。うんうん、よく知っておるぞ。不思議じゃ、初めて会ったという気がせんのぅ。そうか、光に聞いていたからじゃな」
目をきらきらさせながら、白月がいった。
「……光、この娘、誰?」
「なんじゃ、白月というとるではないか! 儂のムギュ!」
「まあまあ、ちょっと黙ってろ」
酒呑童子が白月の口を手で塞いだ。
巫女、じたばた騒ぐ。
「白月、白ちゃん。おいらの友達なんだ」
光の口調。鬼の王と話しているときとは違って砕けたものに。
友達。
姫様の言っていたとおりだと葉子は思った。
ここまで、見通していたというの?
「そう。この娘、白月っていうんだ」
「うん……雪妖の巫女なんだ」
「雪妖の、巫女」
聞き慣れぬ言葉。
葉子が、その言葉を繰り返す。
すると、ぼうっと光った。
折り鶴が。
あの、頭領が葉子に与えた折り鶴が、ぼうっと光り、宙に浮いた。
葉子は、折り鶴を肌身離さず持っていた。
姫様に紐に通してもらい、落とさないようにと絶えず腰につけていた。
もちろん、今も。
ぴんと、紐が張った。
折り鶴は、自ら紐を引き千切った。
そして、飛び去った。
葉子は、呆然と折り鶴を見送った。
綺麗な空だった。
雲が、少し気に掛かった。
姫様、天気崩れるっていった。
洗濯……してないや。
じゃあ、崩れても平気か。
「って、ええ!?」
「あれは、八霊のか?」
鬼の王が、陽の光を手で遮りながら、葉子にいった。
「頭領がくれたんです。あたいに」
「八霊、北に向かったんだな」
「そうですけど……」
「野郎、葉子に網張ってやがったな。餓鬼の考える事はお見通しかよ。ばれたぞ」
やれやれと。
光は、白月と心配そうに顔を見合わせた。
それから、白月がついっと酒呑童子に近づいた。
「ばれたとはどういうことじゃ! 詳しく説明せい!」
「そのまま、だ。巫女がここにいるということは、多分ばれた。八霊が関わっているという事は……」
東北の情勢。
今は、三つ巴。
そのぐらい頭に入ってる。親馬鹿でも、酒呑童子は鬼の王だ。
土蜘蛛は、いい。あれは無害だ。
問題は、雪妖と鬼、か。
すぐに、結論に達した。
「雪妖が、鬼姫に噛みついた、か」
「鈴鹿御前様がどうかしたのですか?」
「お前、姿を見られたのだろう? 雪妖共、それをだしに東の鬼に噛みついたな。じゃなかったら、八霊が首を突っ込む事もないだろうし」
「東の鬼に、って、光、一体何したんだ!」
「葉子さん、おいら白ちゃんを外に出したんだ。白ちゃん、偉いから、雪妖さん達怒ってるんだ。それで」
「葉子殿、違う! 光は悪うない! 儂が全部悪いのじゃ!」
「待ってよ、話が見えないよ……泣かないでよ、泣きたいのはこっちなんだ」
「葉子殿」
青犬赤犬、両者が同時に。
主が、話があると。
羽矢風の命。難しい顔をしていた。
涙の痕が、べたべたと。
「白月さんはね、雪妖の巫女なんだ」
「羽矢風、雪妖の巫女ってなにさ?」
「雪妖のなかで一番偉いのは女王。それと同じくらい偉い方」
「雪妖……それ、凄い人じゃないか!」
「おいら達土地神に連絡来たんだ。巫女が、かみなりさまに攫われたって。探せって。東北の奴ら、いざというときに備えて駆り出されちゃったし。今、雪妖と土地神は大忙しだよ。もしかしたら、都の連中にも連絡いってるかも」
「巫女を攫ったっていうのは……」
指を、差す。
指を、差される。
幼い、かみなりさま。
「光……あんたって子は!」
「違うのだ、葉子殿! 話を聞いてくれ! 儂が、お社を出たいというたのじゃ! 光は、儂の願いを叶えてくれたのじゃ! それだけなのじゃ! そう、拐かしたのではないのじゃ! 確かに、無断ではあったが、儂のお願いじゃったのじゃ!」
「……そうなの、光?」
「……うん……でも、こんなに大事になるなんて……おいら、考えもしなかったんだ……ただ、白ちゃんのお願いを叶えたくて……ずっと考えたんだ。白ちゃんの泣き顔がずっと胸に残って、それで」
「桐壺は、辛かろうな」
酒呑童子が、ごろっと横になると、光の母の名をいった。
また、光の顔が曇る。
母親。
心配しているだろうか?
「東の鬼は、すぐに気が付いたはずだ。いなくなった鬼を確認すればいいだけだからな」
「……おいら、どうすれば……」
「光、よく見ておけよ」
手の平を、透かす。鬼の手にも、血が流れている。
「今日が、最後かもしれん」
そう、いった。
「最後」
「いやじゃいやじゃ! そんなのいやじゃ! 光は、儂の友達じゃぞ! そんなの、いやじゃ! 儂は、光を失いたくはない! お願いじゃ……儂の、初めての友達なんじゃ……」
白月は、光にしがみついた。
光は、もう、泣かなかった。
「そうはいってもだな」
ぱん、っと音がした。
鬼の王。左頬を押さえる。
葉子に叩かれたのだ。
葉子は、青白い狐火を宙に浮かせていた。
左頬をさする。
じんわり、痛む。
睨み付けていた。
鬼の王を。
葉子は、酒呑童子に背を向けると、光の両肩に手を置いた。
目線を、光に合わせる。
「光、大丈夫。あたいが守ってやる。白月さんも、気を落とさないで。姫様も、クロちゃんも太郎も、きっと力を貸してくれる。頭領もね」
そう、いった。
「そうだな……だがな、葉子」
鬼の王が、ゆっくりと躰を起こした。
妖気。
おぞましいほどの、妖気。
羽矢風の命は、狛犬のお尻に隠れるとぶるぶる震えた。
「お前、ちょっと調子に乗りすぎだ」
「や、女王」
「鈴鹿御前……なんのつもり?」
「やだな、もう」
対峙、する。
土蜘蛛の翁と俊宗は、何もいわなかった。
鬼。川をどんどん渡ってくる。
今、襲われたら……惨劇が、起こる。
「わかってるでしょ」
鬼姫の口調はあくまで軽くて。
女王は、さっき言ってはならないことを口走った。
恨み。
怨。
今が、その機会。
「私の民に、手出しはさせない! やるなら私を倒してからだ! それが、女王の勤めだ!」
「はぁ? なに言ってるの? 助けてやるって言ってんでしょうが」
「なに……」
「女王、我々は争いは好みません。人手がいるのでしょう。土蜘蛛の皆さんだけでは、足りないはずです。我々が、お貸しします」
「人手……」
「もう!」
ぐりぐりっと業を煮やした鬼姫が女王の頬に指を押しつけた。
あううーっと女王が呻き声を。
「あたいらが、助けてやるって言ってんの! あんたは大人しく助けてもらえばいいの! わかった!?」
「う、嘘だ」
「嘘じゃないっての! 嘘だったら、こんなところで押し問答やってないって!」
「嘘……」
翁に助けを求める。
どうしたらいいの、と。
土蜘蛛の翁は、
「嘘は言っていないようじゃ。善意は受け取るが吉じゃろう」
そう、いった。
「だよね、翁♪ 分かってるぅ。ほら、行け、野郎共! 倒れてる奴らを、一人残らず介抱するんだぞ!」
鬼達。やる気なさげにおぅっと返事を返すと、のろのろのろっと一斉に歩き出す。
中には篝火に当たりに行く者も。
冷える水の中で待たされていたのだ。
まずは、躰を温めるのが肝心と。
「よしよし、って、さぼるな!」
「どうして……」
「ん?」
「どうして、助けるんだ……私達は……」
「馬鹿だな、女王」
鬼姫が、女王の手をとった。
「あとで、お礼を言ってもらうために決まってるじゃない。どんな顔で私達にお礼をいうのか、とっても楽しみだぞ♪」
女王は、本当に楽しそうに笑う鬼姫にしばし絶句した。
鬼姫らしいと翁は思った。
そう言うと、酒呑童子は自分の影に話しかけるのをやめた。
誰も答えなかった。
白月の、息をすーはーする音だけがして。
鬼の王は不思議そうに光達を見やった。
それから、
「……悪い悪い、もう口を開いてもいい」
そう、いった。
「葉子さん、来るんですか?」
「うん、大急ぎでこっちに向かってきてる」
光が、白月と手と手を取り合って小躍りして。
よかったねー、っとずずっと羽矢風が鼻をすすった。
「だがな、光」
「はい?」
「葉子が来ても、なんにも解決にならんと思うがな」
「……そんな」
「親身になって相談してはくれると思うが、葉子よりは」
「光!」
ぜーはーぜーはーいいながら、九尾の銀狐が草むらかき分け姿を見せる。
するすると煙に包まれると、獣耳残る、女が現れて。
「よっ」
ひょいっと手を挙げ挨拶する。
「酒呑童子様……ここに、来られたのですね」
「うむ。彩花ちゃんの方は、無事に終わったようだな」
「……そうですね」
ぽっと、銀狐は頬を赤らめ、やだな、もうっと鬼の王に。
まだ、恥ずかしくて嬉しいのだ。
それから我に返ると、
「はい……」
っと神妙な顔つきになった。
……こほんと一咳すると、
「そうか。俺がこっちに来たせいで寺の方は大変だったぞ」
そう、いった。
「……?」
「火羅が暴れた」
鬼の王はにんまりと。
葉子、当惑。
「ちょっと待って……なにがなんだか……えっと……」
「ま、それは置いとけ。今は、光と連れの方が先だ」
「ええ、あ、はい」
置いておいていいのだろうか。
この、にんまり顔。
多分、酒呑童子様が解決してくれたんだろうね。
あそこには、酒呑童子様が命よりも大切にしてる朱桜ちゃんがいるもの。
葉子は、この場にいる者の顔をざっと確認した。
光。
酒呑童子。
羽矢風の命。
青犬・赤犬?
どうして、羽矢風の命とお付きの狛犬が?
あとは……
「この子は?」
知らない顔。
「白月という。そなたが葉子か?」
「え、ええ」
「そうかそうか。うんうん、よく知っておるぞ。不思議じゃ、初めて会ったという気がせんのぅ。そうか、光に聞いていたからじゃな」
目をきらきらさせながら、白月がいった。
「……光、この娘、誰?」
「なんじゃ、白月というとるではないか! 儂のムギュ!」
「まあまあ、ちょっと黙ってろ」
酒呑童子が白月の口を手で塞いだ。
巫女、じたばた騒ぐ。
「白月、白ちゃん。おいらの友達なんだ」
光の口調。鬼の王と話しているときとは違って砕けたものに。
友達。
姫様の言っていたとおりだと葉子は思った。
ここまで、見通していたというの?
「そう。この娘、白月っていうんだ」
「うん……雪妖の巫女なんだ」
「雪妖の、巫女」
聞き慣れぬ言葉。
葉子が、その言葉を繰り返す。
すると、ぼうっと光った。
折り鶴が。
あの、頭領が葉子に与えた折り鶴が、ぼうっと光り、宙に浮いた。
葉子は、折り鶴を肌身離さず持っていた。
姫様に紐に通してもらい、落とさないようにと絶えず腰につけていた。
もちろん、今も。
ぴんと、紐が張った。
折り鶴は、自ら紐を引き千切った。
そして、飛び去った。
葉子は、呆然と折り鶴を見送った。
綺麗な空だった。
雲が、少し気に掛かった。
姫様、天気崩れるっていった。
洗濯……してないや。
じゃあ、崩れても平気か。
「って、ええ!?」
「あれは、八霊のか?」
鬼の王が、陽の光を手で遮りながら、葉子にいった。
「頭領がくれたんです。あたいに」
「八霊、北に向かったんだな」
「そうですけど……」
「野郎、葉子に網張ってやがったな。餓鬼の考える事はお見通しかよ。ばれたぞ」
やれやれと。
光は、白月と心配そうに顔を見合わせた。
それから、白月がついっと酒呑童子に近づいた。
「ばれたとはどういうことじゃ! 詳しく説明せい!」
「そのまま、だ。巫女がここにいるということは、多分ばれた。八霊が関わっているという事は……」
東北の情勢。
今は、三つ巴。
そのぐらい頭に入ってる。親馬鹿でも、酒呑童子は鬼の王だ。
土蜘蛛は、いい。あれは無害だ。
問題は、雪妖と鬼、か。
すぐに、結論に達した。
「雪妖が、鬼姫に噛みついた、か」
「鈴鹿御前様がどうかしたのですか?」
「お前、姿を見られたのだろう? 雪妖共、それをだしに東の鬼に噛みついたな。じゃなかったら、八霊が首を突っ込む事もないだろうし」
「東の鬼に、って、光、一体何したんだ!」
「葉子さん、おいら白ちゃんを外に出したんだ。白ちゃん、偉いから、雪妖さん達怒ってるんだ。それで」
「葉子殿、違う! 光は悪うない! 儂が全部悪いのじゃ!」
「待ってよ、話が見えないよ……泣かないでよ、泣きたいのはこっちなんだ」
「葉子殿」
青犬赤犬、両者が同時に。
主が、話があると。
羽矢風の命。難しい顔をしていた。
涙の痕が、べたべたと。
「白月さんはね、雪妖の巫女なんだ」
「羽矢風、雪妖の巫女ってなにさ?」
「雪妖のなかで一番偉いのは女王。それと同じくらい偉い方」
「雪妖……それ、凄い人じゃないか!」
「おいら達土地神に連絡来たんだ。巫女が、かみなりさまに攫われたって。探せって。東北の奴ら、いざというときに備えて駆り出されちゃったし。今、雪妖と土地神は大忙しだよ。もしかしたら、都の連中にも連絡いってるかも」
「巫女を攫ったっていうのは……」
指を、差す。
指を、差される。
幼い、かみなりさま。
「光……あんたって子は!」
「違うのだ、葉子殿! 話を聞いてくれ! 儂が、お社を出たいというたのじゃ! 光は、儂の願いを叶えてくれたのじゃ! それだけなのじゃ! そう、拐かしたのではないのじゃ! 確かに、無断ではあったが、儂のお願いじゃったのじゃ!」
「……そうなの、光?」
「……うん……でも、こんなに大事になるなんて……おいら、考えもしなかったんだ……ただ、白ちゃんのお願いを叶えたくて……ずっと考えたんだ。白ちゃんの泣き顔がずっと胸に残って、それで」
「桐壺は、辛かろうな」
酒呑童子が、ごろっと横になると、光の母の名をいった。
また、光の顔が曇る。
母親。
心配しているだろうか?
「東の鬼は、すぐに気が付いたはずだ。いなくなった鬼を確認すればいいだけだからな」
「……おいら、どうすれば……」
「光、よく見ておけよ」
手の平を、透かす。鬼の手にも、血が流れている。
「今日が、最後かもしれん」
そう、いった。
「最後」
「いやじゃいやじゃ! そんなのいやじゃ! 光は、儂の友達じゃぞ! そんなの、いやじゃ! 儂は、光を失いたくはない! お願いじゃ……儂の、初めての友達なんじゃ……」
白月は、光にしがみついた。
光は、もう、泣かなかった。
「そうはいってもだな」
ぱん、っと音がした。
鬼の王。左頬を押さえる。
葉子に叩かれたのだ。
葉子は、青白い狐火を宙に浮かせていた。
左頬をさする。
じんわり、痛む。
睨み付けていた。
鬼の王を。
葉子は、酒呑童子に背を向けると、光の両肩に手を置いた。
目線を、光に合わせる。
「光、大丈夫。あたいが守ってやる。白月さんも、気を落とさないで。姫様も、クロちゃんも太郎も、きっと力を貸してくれる。頭領もね」
そう、いった。
「そうだな……だがな、葉子」
鬼の王が、ゆっくりと躰を起こした。
妖気。
おぞましいほどの、妖気。
羽矢風の命は、狛犬のお尻に隠れるとぶるぶる震えた。
「お前、ちょっと調子に乗りすぎだ」
「や、女王」
「鈴鹿御前……なんのつもり?」
「やだな、もう」
対峙、する。
土蜘蛛の翁と俊宗は、何もいわなかった。
鬼。川をどんどん渡ってくる。
今、襲われたら……惨劇が、起こる。
「わかってるでしょ」
鬼姫の口調はあくまで軽くて。
女王は、さっき言ってはならないことを口走った。
恨み。
怨。
今が、その機会。
「私の民に、手出しはさせない! やるなら私を倒してからだ! それが、女王の勤めだ!」
「はぁ? なに言ってるの? 助けてやるって言ってんでしょうが」
「なに……」
「女王、我々は争いは好みません。人手がいるのでしょう。土蜘蛛の皆さんだけでは、足りないはずです。我々が、お貸しします」
「人手……」
「もう!」
ぐりぐりっと業を煮やした鬼姫が女王の頬に指を押しつけた。
あううーっと女王が呻き声を。
「あたいらが、助けてやるって言ってんの! あんたは大人しく助けてもらえばいいの! わかった!?」
「う、嘘だ」
「嘘じゃないっての! 嘘だったら、こんなところで押し問答やってないって!」
「嘘……」
翁に助けを求める。
どうしたらいいの、と。
土蜘蛛の翁は、
「嘘は言っていないようじゃ。善意は受け取るが吉じゃろう」
そう、いった。
「だよね、翁♪ 分かってるぅ。ほら、行け、野郎共! 倒れてる奴らを、一人残らず介抱するんだぞ!」
鬼達。やる気なさげにおぅっと返事を返すと、のろのろのろっと一斉に歩き出す。
中には篝火に当たりに行く者も。
冷える水の中で待たされていたのだ。
まずは、躰を温めるのが肝心と。
「よしよし、って、さぼるな!」
「どうして……」
「ん?」
「どうして、助けるんだ……私達は……」
「馬鹿だな、女王」
鬼姫が、女王の手をとった。
「あとで、お礼を言ってもらうために決まってるじゃない。どんな顔で私達にお礼をいうのか、とっても楽しみだぞ♪」
女王は、本当に楽しそうに笑う鬼姫にしばし絶句した。
鬼姫らしいと翁は思った。