愉快な呂布一家~再起(5)~
ぼけーっとしていた。
口を開けて、目を細め、窓辺にもたれ掛かっている。
浅黒い肌。桃色の着物。
武器は持っていない。
囚われの将、馬岱である。
「今日は、調練に行かないのか?」
廊下。呂布軍が砂埃を巻き上げるのをぼーっと眺めながら背後の「男の子」に、言った。
「はい。今日はお休みです」
顔を赤らめながら、魏延が答えた。
「大変だな、お前。毎日毎日調練で、休みの日は私の見張りか」
髪を、くぬっと丸める。
物憂げな視線を投げかけ、また、外の光景に目をやった。
「いえ……」
「どこかへ閉じこめておけばいいのに。そうしたら、お前もちょっとは休めるぞ」
「……魏延です」
「?」
馬岱が振り向いた。自分より年少の武将の顔を見た。
重そうに大薙刀を背負っている。
鎧は身に着けていない。
顔が、赤い。
「魏延です」
「……どうして、私は自由に城内を歩けるんだ。知っているか、『お前』?」
はぁっと息を吐く。
また、魏延は名前を呼ばれなかった。
馬岱は、不思議だった。
戦に負け城に連れてこられ。
ありていに言えば人質だ。
牢獄に入れられるのかと思っていたが、そんなそぶりは見せなかった。
個室が与えられ、監視付きではあるが、城内を自由に歩き回る事が出来た。
「さあ……僕は呂布様の言いつけを守っているだけですし」
「……ここは、調練が激しいんだな」
「そうですね」
「死人も、でるだろう」
「でます」
はっきりと、いった。
「そうしないと……もっと、死にますから」
「中央の軍というのは、皆こうなのか?」
「中央?」
「曹操や、袁紹だ」
「どうだろう……僕、わかりません」
「ふーん。なぁ、魏延」
細目をやめて。
子犬のようなくりっとした目。
身を乗り出すように、言った。
初めて、魏延と、名を呼んだ。
「どうだ、私を連れて逃げないか? 私を負かしたのだ。お前なら、馬家の将軍になれる。ここにいても、未来は無いぞ? あるのは、破滅だけだ」
「そんなことないです!」
魏延が詰め寄った。魏延より少々背が高い馬岱。
必然的に、魏延は見下ろされる事に。
「いいか……」
子供に、諭すように。いや、相手は間違いなく子供なのだけれど。
反骨の相の持ち主はおじさんキャラに見られる事が多いので。
あとはどこかの無Oのバーバリアンとか。
別にいいんだけどね……
「呂布軍は、今どれだけいる?」
「うっ」
言って良いのだろうか。
魏延、迷う。
「なんだ。兵、増えていないのか」
「増えてます! もう、一万を超えてます!」
「なるほど、一万か」
「あっ……」
つい、言ってしまった。
大丈夫大丈夫と自分に言い聞かせる。
大丈夫、
大丈夫、
大丈夫?
「一万だ。たったの一万だ。韓遂おんじと馬騰様はそれぞれ一万五千。それに、十部軍の諸侯の兵も集まれば、六万を超える。いくら呂布がいるとはいえ、勝てるわけがない」
「……でも……僕は、呂布様についていきます」
馬鹿者がと頭を掻く。
「魏延、負け戦につき合う事は」
「勝てます! 呂布様は、負けないんです! もう……負けない……」
ウアーン。
魏延、泣き出してしまった。
馬岱、おろおろ。
自分の顔を手で押さえる。しばし、廊下を見る。人が、こちらをちらちら見ている。
また、頭を掻いた。
申し訳ないという気持ちと、私はこんなのに一騎打ちで負けたのかという気持ちがふわふわと。
横目でちらっと。
まだ泣いている。はあっ。
着物をがさごそ。
こつっと、指先に当たるものが。
掴む。
ふむ。
もう少しがさごそ。
今度は柔らかいものが。
「おい」
「エグっ……」
「これやるから、早く泣き止め」
飴玉。
城の売店で買った飴の残り。
メロン味。
「ほら、受け取れ」
「……」
馬岱の手の平から飴玉がなくなった。
ころころと、魏延は口の中で飴を転がした。
「それと、ほら。これで涙を拭け、みっともない」
「あ……どうも」
ハンカチ。
受け取ると、それでチーンと鼻をかむ。
んぐっと、馬岱の顔が引きつった。
「私は……鼻をかめとは……」
それ、自分のものだし。
「くくっ……」
笑い声が、した。
若い男。
文官風。
「あ、陳宮さん」
また鼻をかみながら魏延が。
「魏延が泣いているというので様子を窺いにきたのですが……まあ」
笑いを、押さえる。
馬岱は、顔を赤らめながら陳宮から顔を背けた。
「軍師、か」
「ええ」
かりかりと、飴を噛む音がした。
「お前に、聞きたい事がある」
「なんでしょうか」
「本気で、十部軍を倒すつもりなのか?」
「そう、ですね」
「先の戦で調子に乗っているのか? 韓遂おんじと馬騰様は」
「掻き集めて、二万二・三千でしょう。それが?」
「掻き集めて、だと」
「旧董卓軍に破れ、閻行に裏切られ。随分と力は落ちたと思いますが」
「……だが、十部軍の力は!」
「無理でしょう。内に我々、外に旧董卓軍。我々に兵を集中させることが出来れば、もしや、とも思いますが、そんなこと豪族の連合体である十部軍には」
「くっ……」
「それに、十部軍の方々の何人かは、こちらに靡いてくれるようですし」
程銀は、動かなかった。
多分、呂布に通じている。
「……おのれ……」
「といっても、分かりませんけどね。もしかしたら、全軍で攻めてくるかもしれませんし。個別に攻めてくれた方がこちらとしては有り難いのですが。呂布様に勝てる人は、いないでしょうから。今のところ、そうきっちりとした戦略はないというのが」
「兄様がいる!」
「兄?」
「兄?」
陳宮と魏延が同時に首を傾げた。
しまったと口を押さえる。兄といって通じるのは親しい人間だけだ。
馬超は、馬岱の従兄、である。
兄ではない。
兄ではないが、馬岱は幼い頃から兄様と呼んでいた。
「馬超様なら、呂布に」
「馬超って、呂布様に触覚掴まれてた人?」
「しょ……いや、あれは鷹の羽で、珍しいモノなんだぞ」
「呂布様に粉砕されたと」
「違う! 呂布は卑劣にも自分の義妹を先に戦わせて疲れさせてだな」
「そういえば、張遼さんが勝ったって」
魏延が言った。自分の事のように嬉しそうに。
「ちーがーう! 違うの!」
必死に馬岱は否定する。
真相は……錦(1)~(5)にあるので、よろしく。
「まあ、錦だろうがなんだろうが、呂布様に勝てるとは」
「勝てる!」
「ふえ? 誰が私に?」
ぐんと呂布さんが顔を出した。
馬岱が飛びずさる。魏延が顔を真っ赤にする。
窓からよいしょと呂布さん参上。
……ここ、三階の廊下なのに。陳宮は、まあ、呂布さまだしと。
「お昼だって。陳宮、魏延、食べに行こう♪」
「もう、そんな時間……しまっ! 書類が!」
陳宮、行ってしまった。
「あれー。……魏延、あと……うま、うま」
名前がなかなか出てこない。
うーんうーんと頭を悩ます。
「呂布様……馬岱さんです」
助け船。
おお、っと呂布さん一拍手。
それから、
「馬岱さんも、ご一緒にどう?」
「なっ!?」
何を考えてるんだこいつはと。
この脳天気にこにこ顔。
見ているこっちまで和んでくるが……
いや……もしかしたら、何か裏が!
そうだ、そうに違いない!
「くっ……私は、部屋に戻る」
くるりと背を見せ、逃げるように足早に自室へ。
呂布さんが、
「じゃあ、いつものように魏延に届けさせるねー」
と言った。
「行っちゃった……一緒に食べると、美味しいのに」
ねー、っと。
「そ、そうですね……あの、呂布様?」
「なに?」
「何を考えているんだ……」
部屋は華やかだった。
やたらとピンクで飾り立てている。
馬岱は、灯りを灯さずに、部屋の中心で体育座りした。
しょんぼりと、なった。
いつもご飯の時は、兄様がいて、叔父上がいて、龐徳殿がいて、休や鉄がいて。
ふらりと、韓遂おんじや成公英さんもご一緒したり。
賑やかだった。
「……寂しいよ……」
いかんいかんと首を振る。
泣き言を言うなど、許されない。自分は誇りある馬家の人間なのだ。
胸を張って、囚われていなければ。
「あの……」
一筋の光。ドアが、すっと開いた。
馬岱は、そちらに目を向けた。
魏延、二人分の食事を持っていた。
「あれ、呂布姉さま、魏延は?」
「馬、馬」
「馬岱さんですか?」
「そうそう」
「曹操?」
「一緒に、食べようかなーって」
「あ……?」
「あ、いや、嫌ならいいんです! すみません! 差し出がましい事を!」
「……別に……」
「その、ごめんなさい!」
「まて!」
知らず知らずに大きな声を。
おおっ、と自分で思う。
「ゆ、許してやる」
「そうですか……ですよね……あれ?」
「いいから、早く持ってこい!」
「あ、はい!」
「……ピーマンは嫌いだ。魏延のエビフライをよこせ」
「ば、馬岱さん!Σ(/△//;)」
口を開けて、目を細め、窓辺にもたれ掛かっている。
浅黒い肌。桃色の着物。
武器は持っていない。
囚われの将、馬岱である。
「今日は、調練に行かないのか?」
廊下。呂布軍が砂埃を巻き上げるのをぼーっと眺めながら背後の「男の子」に、言った。
「はい。今日はお休みです」
顔を赤らめながら、魏延が答えた。
「大変だな、お前。毎日毎日調練で、休みの日は私の見張りか」
髪を、くぬっと丸める。
物憂げな視線を投げかけ、また、外の光景に目をやった。
「いえ……」
「どこかへ閉じこめておけばいいのに。そうしたら、お前もちょっとは休めるぞ」
「……魏延です」
「?」
馬岱が振り向いた。自分より年少の武将の顔を見た。
重そうに大薙刀を背負っている。
鎧は身に着けていない。
顔が、赤い。
「魏延です」
「……どうして、私は自由に城内を歩けるんだ。知っているか、『お前』?」
はぁっと息を吐く。
また、魏延は名前を呼ばれなかった。
馬岱は、不思議だった。
戦に負け城に連れてこられ。
ありていに言えば人質だ。
牢獄に入れられるのかと思っていたが、そんなそぶりは見せなかった。
個室が与えられ、監視付きではあるが、城内を自由に歩き回る事が出来た。
「さあ……僕は呂布様の言いつけを守っているだけですし」
「……ここは、調練が激しいんだな」
「そうですね」
「死人も、でるだろう」
「でます」
はっきりと、いった。
「そうしないと……もっと、死にますから」
「中央の軍というのは、皆こうなのか?」
「中央?」
「曹操や、袁紹だ」
「どうだろう……僕、わかりません」
「ふーん。なぁ、魏延」
細目をやめて。
子犬のようなくりっとした目。
身を乗り出すように、言った。
初めて、魏延と、名を呼んだ。
「どうだ、私を連れて逃げないか? 私を負かしたのだ。お前なら、馬家の将軍になれる。ここにいても、未来は無いぞ? あるのは、破滅だけだ」
「そんなことないです!」
魏延が詰め寄った。魏延より少々背が高い馬岱。
必然的に、魏延は見下ろされる事に。
「いいか……」
子供に、諭すように。いや、相手は間違いなく子供なのだけれど。
反骨の相の持ち主はおじさんキャラに見られる事が多いので。
あとはどこかの無Oのバーバリアンとか。
別にいいんだけどね……
「呂布軍は、今どれだけいる?」
「うっ」
言って良いのだろうか。
魏延、迷う。
「なんだ。兵、増えていないのか」
「増えてます! もう、一万を超えてます!」
「なるほど、一万か」
「あっ……」
つい、言ってしまった。
大丈夫大丈夫と自分に言い聞かせる。
大丈夫、
大丈夫、
大丈夫?
「一万だ。たったの一万だ。韓遂おんじと馬騰様はそれぞれ一万五千。それに、十部軍の諸侯の兵も集まれば、六万を超える。いくら呂布がいるとはいえ、勝てるわけがない」
「……でも……僕は、呂布様についていきます」
馬鹿者がと頭を掻く。
「魏延、負け戦につき合う事は」
「勝てます! 呂布様は、負けないんです! もう……負けない……」
ウアーン。
魏延、泣き出してしまった。
馬岱、おろおろ。
自分の顔を手で押さえる。しばし、廊下を見る。人が、こちらをちらちら見ている。
また、頭を掻いた。
申し訳ないという気持ちと、私はこんなのに一騎打ちで負けたのかという気持ちがふわふわと。
横目でちらっと。
まだ泣いている。はあっ。
着物をがさごそ。
こつっと、指先に当たるものが。
掴む。
ふむ。
もう少しがさごそ。
今度は柔らかいものが。
「おい」
「エグっ……」
「これやるから、早く泣き止め」
飴玉。
城の売店で買った飴の残り。
メロン味。
「ほら、受け取れ」
「……」
馬岱の手の平から飴玉がなくなった。
ころころと、魏延は口の中で飴を転がした。
「それと、ほら。これで涙を拭け、みっともない」
「あ……どうも」
ハンカチ。
受け取ると、それでチーンと鼻をかむ。
んぐっと、馬岱の顔が引きつった。
「私は……鼻をかめとは……」
それ、自分のものだし。
「くくっ……」
笑い声が、した。
若い男。
文官風。
「あ、陳宮さん」
また鼻をかみながら魏延が。
「魏延が泣いているというので様子を窺いにきたのですが……まあ」
笑いを、押さえる。
馬岱は、顔を赤らめながら陳宮から顔を背けた。
「軍師、か」
「ええ」
かりかりと、飴を噛む音がした。
「お前に、聞きたい事がある」
「なんでしょうか」
「本気で、十部軍を倒すつもりなのか?」
「そう、ですね」
「先の戦で調子に乗っているのか? 韓遂おんじと馬騰様は」
「掻き集めて、二万二・三千でしょう。それが?」
「掻き集めて、だと」
「旧董卓軍に破れ、閻行に裏切られ。随分と力は落ちたと思いますが」
「……だが、十部軍の力は!」
「無理でしょう。内に我々、外に旧董卓軍。我々に兵を集中させることが出来れば、もしや、とも思いますが、そんなこと豪族の連合体である十部軍には」
「くっ……」
「それに、十部軍の方々の何人かは、こちらに靡いてくれるようですし」
程銀は、動かなかった。
多分、呂布に通じている。
「……おのれ……」
「といっても、分かりませんけどね。もしかしたら、全軍で攻めてくるかもしれませんし。個別に攻めてくれた方がこちらとしては有り難いのですが。呂布様に勝てる人は、いないでしょうから。今のところ、そうきっちりとした戦略はないというのが」
「兄様がいる!」
「兄?」
「兄?」
陳宮と魏延が同時に首を傾げた。
しまったと口を押さえる。兄といって通じるのは親しい人間だけだ。
馬超は、馬岱の従兄、である。
兄ではない。
兄ではないが、馬岱は幼い頃から兄様と呼んでいた。
「馬超様なら、呂布に」
「馬超って、呂布様に触覚掴まれてた人?」
「しょ……いや、あれは鷹の羽で、珍しいモノなんだぞ」
「呂布様に粉砕されたと」
「違う! 呂布は卑劣にも自分の義妹を先に戦わせて疲れさせてだな」
「そういえば、張遼さんが勝ったって」
魏延が言った。自分の事のように嬉しそうに。
「ちーがーう! 違うの!」
必死に馬岱は否定する。
真相は……錦(1)~(5)にあるので、よろしく。
「まあ、錦だろうがなんだろうが、呂布様に勝てるとは」
「勝てる!」
「ふえ? 誰が私に?」
ぐんと呂布さんが顔を出した。
馬岱が飛びずさる。魏延が顔を真っ赤にする。
窓からよいしょと呂布さん参上。
……ここ、三階の廊下なのに。陳宮は、まあ、呂布さまだしと。
「お昼だって。陳宮、魏延、食べに行こう♪」
「もう、そんな時間……しまっ! 書類が!」
陳宮、行ってしまった。
「あれー。……魏延、あと……うま、うま」
名前がなかなか出てこない。
うーんうーんと頭を悩ます。
「呂布様……馬岱さんです」
助け船。
おお、っと呂布さん一拍手。
それから、
「馬岱さんも、ご一緒にどう?」
「なっ!?」
何を考えてるんだこいつはと。
この脳天気にこにこ顔。
見ているこっちまで和んでくるが……
いや……もしかしたら、何か裏が!
そうだ、そうに違いない!
「くっ……私は、部屋に戻る」
くるりと背を見せ、逃げるように足早に自室へ。
呂布さんが、
「じゃあ、いつものように魏延に届けさせるねー」
と言った。
「行っちゃった……一緒に食べると、美味しいのに」
ねー、っと。
「そ、そうですね……あの、呂布様?」
「なに?」
「何を考えているんだ……」
部屋は華やかだった。
やたらとピンクで飾り立てている。
馬岱は、灯りを灯さずに、部屋の中心で体育座りした。
しょんぼりと、なった。
いつもご飯の時は、兄様がいて、叔父上がいて、龐徳殿がいて、休や鉄がいて。
ふらりと、韓遂おんじや成公英さんもご一緒したり。
賑やかだった。
「……寂しいよ……」
いかんいかんと首を振る。
泣き言を言うなど、許されない。自分は誇りある馬家の人間なのだ。
胸を張って、囚われていなければ。
「あの……」
一筋の光。ドアが、すっと開いた。
馬岱は、そちらに目を向けた。
魏延、二人分の食事を持っていた。
「あれ、呂布姉さま、魏延は?」
「馬、馬」
「馬岱さんですか?」
「そうそう」
「曹操?」
「一緒に、食べようかなーって」
「あ……?」
「あ、いや、嫌ならいいんです! すみません! 差し出がましい事を!」
「……別に……」
「その、ごめんなさい!」
「まて!」
知らず知らずに大きな声を。
おおっ、と自分で思う。
「ゆ、許してやる」
「そうですか……ですよね……あれ?」
「いいから、早く持ってこい!」
「あ、はい!」
「……ピーマンは嫌いだ。魏延のエビフライをよこせ」
「ば、馬岱さん!Σ(/△//;)」