小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

あやかし姫~百華燎乱(27)~

「酷いですね……」
「ああ……」
 妖狼は、背中にしょった火羅の崩れかけた体勢をよいしょと直した。
 居間が壊されている。
 めったらやったらに。
 湯飲みも、みんな割れていて。
「これを、火羅さんが?」
「はい……その、私が、火羅さんを怒らせてしまって……」
 咲夜が答えた。
 妖達が瓦礫をがたごと一ヶ所にまとめていく。
 黒之助は、器の破片を一枚一枚丁寧に集めていた。
「私が……」
 咲夜、目を伏せる。
 何を言ったのかまでは、訊かなかった。
「どうする?」
 太郎が、いった。
「……火羅さんを薬室に。傷の手当ては……葉子さんいないし、私がやります」
「彩花さま、こんな奴の手当てなんて」
 朱桜が、いった。
 怒っている。頬を若干膨らませているのがその証拠。
「やった方がいいよ。朱桜ちゃんも、狸さんの傷、治すの手伝ってくれたでしょう?」
「……それは、そうです……」
「太郎さん、よろしくお願いします」
「おう」
 姫様と太郎が並んで歩いて。
 朱桜と咲夜は、顔を見合わせた。
 どうしようかと。
 とりあえず、妖達を手伝おうと思った。
 妖達は、黙々と部屋の中心に残骸を集めていた。
「咲夜を襲うって、なに考えてんだ、こいつ」
「さあ。そんなの、火羅さんに訊かないとわからないよ」
「……それも、そうだな」
 薬草の匂い。
 つんと、する。種々雑多。薬が所狭しと敷き詰められて。
 床に寝かせる。
 土だらけの着物。姫様触る。
 本物なんだと思った。
 力ある妖は、その身だけでなく衣服も変化できる。
 わざわざ本物を身に着けるというのは、特別な刻。
 今日は、火羅さんにとって、特別な日、か。
「これは、一枚一枚脱がせていくしか……太郎さん?」
「ん? なんか手伝える事ある?」
「出ていって下さい」
 じとーっと睨むと、そう、いった。
「え、でも一人だと……」
「大丈夫ですから。ほら、早く!」
「は、はい!」
 妖狼、部屋を追い出される。
 ぎぎぎと扉が閉じられる。
 重厚な造り。
 姫様でも開けられるようにと、敷居に細工がしてあった。
 また、ぎぎぎと扉が開いた。
「覗かないで下さい。ああ、覗かせないで下さい。番、していて下さい」
「わ、分かりました」
 妖狼、姫様に気圧される。
 とりあえず、番犬になることにした。
 なにかあればすぐに飛び込めるようにと、妖狼の本性を露わにし、ごろりと寝っ転がった。
「さてと……」
 ……いい、着物。
 火羅さんには、本当に特別な日、だったんだね。
 ……でも、脱がすの面倒くさいなぁ。
 しょうがないか。
 どんどん単衣を山積みにしていく姫様。ちょっと汗かき。
 火羅の頬。
 そこは、もう薬が塗ってあった。
 山。
 増えなくなった。傷を診て、戸棚から薬を選んでいく。
 う……私より、胸がある。
 火羅さん、け、結構、着痩せするんですね。
 私は……いいもん、食べても太らないんだもん。
 葉子さん、羨ましいって言ってたもん。
 でも、私も少しぐらい。
 羨ましい――
 ええいと雑念を振り払うと、姫様ぺたぺた薬を塗っていく。
 打ち身が、ほとんど。
 よいしょとひっくり返すと、背中を見る。
 薬を塗る手が、止まる。
「……あれ、これ……違う」
 そう、いった。



「どうして、真ん中に集めてるんですか?」
「きっと、集めておいて、いっぺんにどこかへ持っていくんだよ」
「おお、なるほど。咲夜ちゃん、さすがです」
 二人とも、少々埃を被っていて。
 酒呑童子が見たら、卒倒するかもしれない。
「違いますよ」 
 黒之助が、苦笑を浮かべながら、二人に向かって。
「違う? 違うですか?」
「ええ。元通りにするんですよ」
「元通りに? でも、そんなの」
「ここは、ただの古寺ではありませんので」
 二人の耳元でこそっと、
「生きてますから」
 そう、いった。
「生きてる!?」
「も、もしかして私達お腹の中ですか!?」
「くっくっくっ」
 黒之助が、薄気味悪い微笑みを。
 見れば、廻りの妖達の手がとまり、くつくつくつと笑っている。
「た、大変です! 早く逃げるですよ! すぐに彩花さまに伝えるですよ!」
「もう、遅いのです、咲夜殿、朱桜ちゃん」
「うんうん」
「俺たち、あとは喰われるだけ」
「大人しく、ね」
「あ、朱桜ちゃん!」
 ひゃーっと二人、恐れおののきかたかた震える。
 黒之助が、ゆっくりと破片を集めながら二人に近づいていく。
「というのは冗談で。拙者達があんまり壊すので、頭領が元の形に戻せるよう術を仕込んであるんですよ」
「な……」
 へなへなへなと、咲夜が腰を落とした。
「どう、びっくりした?」
「すっごいびっくりしてる……」
「やりすぎ? おいら達やりすぎ?」
「お、おかしいと思ったですよ! 皆さん酷すぎですよ!」
「いやー、すみません。でも、朱桜ちゃんは姫さんに聞かされているものとばかり」
「……そういえば、そんな話してもらったような気も……」
「どう、直すのですか?」
 咲夜が、ちょこんと立ち上がって。
 朱桜は、放心状態。
 魂がひょろひょろ抜けてます。
「妖気を、注ぐのですよ……さすれば、頭領の術が、動き始めます。といっても、今の拙者ではどうしようもないですが。葉子殿待ちですね」
 寂しそうに、いった。
「あに様では?」
「太郎殿は、無理です。もう少し力の使い方を覚えないと」
「そうなんですか……」
 あに様にも出来ないんだと咲夜は思った。
「じゃあ、彩花ちゃんは?」
「……咲夜殿、拙者は妖気といったはずだが」
「あれ、彩花ちゃん」
「出来ません」
「そ、そうですか」
「……お二方、縁側で休んでいて下さい。お菓子、お持ちします」
「本当ですか!」
 朱桜、急に元気になる。ぴょんと黒烏の前に跳んでみた。
「ええ。酒呑童子様にいわれていますので」
「クロさん、楽しみにしてるですよー。咲夜ちゃん、いこ!」
「はいはい」
「……出来は、しないのだ」
 妖気は――妖が、纏うものだ。



「なーんで茨木が?」
「さあの。心当たりは?」
「……そういや、湯治にくるって連絡あった」
「……それじゃろうが」
 頭領、大獄丸の隣に座る。
 妖、二人。
 やまめ。
 茨木童子
 茨木の方が、包帯の占める面積が多かった。
「こっちの娘は?」
「やまめ。独枯山の宿の山姥だ。俺や鈴鹿や俊宗が、たまに行くんだ」
「金銀妖瞳なのじゃな」
 頭領、腕を組む。
 鬼が、ちらちら陣幕をのぞき込み、大獄丸に睨まれすっと逃げていく。
「ああ。そういや、お前のところの妖狼もそうだったな」
「うむ。この娘、大変じゃろうな」
「ああ……やまめの宿、客少ねぇんだ。少ないっていうかよ、俺達しかいねぇんだよ。誘ってもよ、誰も行かねぇのな。いっつも、独りなんだよ。それでよ、俺達が顔見せると、すっげえ嬉しそうな顔するんだ。本当によ」
「そうか……」
「茨木、行ったのかな?」
「行ったのじゃろ」
「……やまめを、傷つけたりしてないだろうな」
 茨木の必死の形相を、頭領は脳裏に浮かべた。
「茨木は、していないと思うが」
「そっか。なら、いいけどよ」
「うむ……」
 また、鬼が覗きに来る。
 また、大獄丸が無言で追い払う。
「なあ、八霊」
「どうした」
「茨木の傷、深いな」
「……あれほどとは、思っていなかった。両方とも、心の臓を傷つけておる。一つ目の傷が治りかけたときに、二つ目の傷が入ったのだな。おかげで、よりいっそう治りにくい」
「やっぱ、痛むんだろうな。俺はあんまりわかんねえからよ。俺の躰、不死じゃん。治りとか、もの凄く早いしよ。痛みも、そんなに感じないしよ」
「力を押さえていれば、痛みは少ないのだろうな。茨木、そんなそぶりは見せた事がなかった。重いとは、聞いていたが。無茶しおって」
「そうだな……桐壺」
 はい。
 外から返事が。
 桐壺が静かに入ってくる。
 やまめの手当をしたのが桐壺だった。
 鈴鹿御前達と、一緒に行かなかったのだ。その前に、頭領が姿を見せた。
 残ったのは、大獄丸も。
 心配、だったのだ。
「お前、やまめについていてやれ。お前は、気にしないだろう?」
「何を、ですか?」
 不思議そうであった。
「なら、いいんだ」 
 大獄丸が、歯を見せて笑った。
「ぬっ」
 頭領が、天を見上げた。
 そのただならぬ様子に、大獄丸も、姿勢を正す。
「どうした?」
「……使いが、来た」
 ふわっと、冬にしては暖かい風。
 ざんばらと、大獄丸の髪を靡かせた。
 桐壺が、髪を押さえる。
 いつまでも、陣幕内を風が漂い続けた。
 頭領が、腕を伸ばす。
 黄色い折り鶴が、その腕にとまった。
「八霊、それは?」
「桐壺殿」
 頭領に、哀しげに桐壺を見た。
 折り鶴が、さらさらと金色の粉になり宙に消えた。
「もしや、光が!?」
「当たりじゃ。やはり、葉子を頼ったわ……巫女を、連れてな」
「光、だったのかよ」
「光……」
「儂は、光のところへ行く。鬼姫によろしくな」
「待て! ここからだと」
「空間を、こじ開ければいい」
 頭領の姿が薄れる。
 ぼんやりと薄れ、陽炎のように揺らめいていく。
 はっと気づいたときには、頭領の姿はなかった。
「大獄丸様……」
「あー、あれだ。なんていうんだろう。と、とにかくだな」
 どういえばよいか、わからなかった。
 光だと、頭領が言った。
 巫女と一緒にいると。
 俊宗だと、鬼姫に睨まれながらも桐壺を落ち着かせられる言葉を口に出来るだろうに。
「お願いで御座います。此度の事、このような大事になったのは、やはり、光のせい……ですが、光の命だけは。私が、いかようにも償います。ですから……この身が、どうなってもいい。雪妖が望むなら、私は、喜んでこの身を差し出します。どのような責めを負っても構わない。だから……光だけは……」
「落ち着け! 取り乱すな! まだ、わからぬではないか!」
 取り乱しているのは大獄丸のほう。
 桐壺は、淡々としていた。
 目が、違った。
「光は、光だけは……」
 大獄丸に桐壺がしがみつく。
 瞳に、鬼気迫るものがあった。
 鈍い光を帯びた、炎。
 桐壺は、母親、であった。
 大獄丸が――東を統べる、不死の鬼が――狼狽えた。