あやかし姫~百華燎乱(28)~
「酒呑童子様、落ち着いて!」
鬼の王は、無言であった。
はぁっと、大きく息を吐いた。
薄紫の、息。
もう一度、大きく吐いた。
肌が、痛い。
震えが、くる。
光と白月を、葉子は自分の後ろにやった。
「しゅ、酒呑童子! 落ち着くのじゃ!」
「酒呑童子さま!」
さくっと、足音が。
どくんと、心臓が悲鳴をあげた。
ごくりと、唾を飲み込む。
銀狐の尾が、力無くだらりと垂れている。
また、さくっと足音がした。
鬼の王が、目の前に。
額の角が、葉子に触れる。そのぐらいまで近づいて。
「ご、ごめんなさい……」
葉子は、震えていた。
鬼が、光と白月に目をやる。
ひっ、と小さく叫ぶと、二人は葉子にしがみついた。
青犬赤犬。
薄茶の草むらに頭からつっこんでぶるぶると。
銀狐に、目を戻す。
かっと、嗤う。
形のいい口が、耳元まで裂けた。
鋭い牙が、幾つも覗く。
手を、伸ばした。優雅に、優雅に。
死んじゃう。
そう、思った。
ここで、死んじゃう。もう、姫様と会えない。そう、葉子は思った。
怖かった。
ただ、怖かった。
駄目だよ……姫様には、あたいがいるんだ。
「……まあ、よいか」
鬼が、離れる。
まだ、葉子は動けなかった。
今、どんな顔をしているのだろうと葉子は考えた。
「よかったな、俺が優しくて」
「……え、ええ……」
「ただな……葉子、俺にも限度がある。ほどほどにな」
もう、酒呑童子は人の姿に戻っていた。
かくかくと頷く。
まだ、光と白月は葉子にしがみついていた。
「ひ、光、白月さん、大丈夫だよ」
それでも、二人は葉子から離れなかった。
「……怖いのじゃ。お主、怒ると怖いのじゃ」
「そうだな、怖いな。怒らせないようにしないとな」
酒呑童子が、いった。
「うむ。そうする。気をつける」
くつくつと笑う。
葉子達は、笑えなかった。
「巫女、か。で、葉子は守るといっていたが、どうするつもりだ?」
「とにかく、一度寺に」
「それで?」
「それでって……姫様と相談して」
「姫様に、火の粉を振りかけるか? いいのか、それで。大事な大事な姫様に、迷惑を掛けるぞ」
返答に、窮した。
酒呑童子は本当のことを言っている。
事が事。
葉子の、一存で……
「葉子さん」
「葉子殿」
二人が、いった。
自分は、二人に頼られたのだ。
守ると、約束した。
「あたいは、この子達を」
「お前が二人をどうしようとお前の勝手だ。だが、彩花ちゃんが困るんじゃないのか?」
「……困るよ」
でも……
「姫様、笑って二人をお寺に入れると思う。そういう子だもの」
「……そうかな」
「そうだよ。あたいは、姫様の事よく知ってるからね」
酒呑童子の知っている姫様なら……そうするだろうと、思った。
「俺の知っている姫様も、そうするな」
「……その、迷惑かけてごめんね」
「うむ、迷惑をかける」
「迷惑、じゃな」
掠れ声。
それでいて、よく、耳で響いた。
「雪妖の巫女、じゃな」
陽炎。
ゆらゆらと、揺れる。
人影。
くっきりと、人の姿が映し出される。
翁の、姿。
白い髭。白い毛。
瞳孔が、縦に細くなる。
「……頭領」
「寺には、行けぬ」
そう、いった。
白ちゃんが、隣にいる。
外の世界。
自分には、見慣れた世界。
でも、白ちゃんにはとっても新しい。
海。
山。
雪のない、景色。
白ちゃんは、何にでも興味津々だった。
最初は、楽しかった。
でも、少しずつ楽しさは薄れていく。
少しずつ、後悔が増えていく。
捕まったら、どうなるんだろう。
おいらは?
白ちゃんは?
おふくろ、心配してるかな?
怖い――
眠れなくなった。
それは、白ちゃんも一緒だった。
どうすれば、いいんだろう。
どうすれば?
ここしか、もう、行くところはなかった。
葉子さん。
彩花さん。
もう、二人しか頼れる人はいなかった。
酒呑童子様と会ったのは予想外。
朱桜ちゃんとは一緒に遊んだことがあるけれど、酒呑童子様とは話をしたことがなかったから。
葉子さん。
守ってくれるといった。
でも。
「寺には、行けぬ」
頭領さんが、そう、いった。
白ちゃん、どうなるんだろうと光は思った。
「頭領……今、なんて」
葉子が、聞き返した。
「来てもらおうか。雪妖と鬼が、お主らで揉めておるでな」
「やっぱり、揉めたのか」
「うむ……うぬ? この声……酒呑童子!!! どうしてお主が!?」
頭領、思わぬ妖にかなり慌てて。
「悪いか?」
「……いや、悪くはない。と、とにかくじゃ。巫女と光は、儂が北に連れて行く」
「待って下さい! そんなの!」
「なにを、隠している?」
頭領が、固まった。
冷や汗、たらたら。
「八霊、何を隠している? どうして、俺の目をみない? やましいことでもあるのか?」
「いや」
「光は、かーいい朱桜の友達だし、白月はかーいい朱桜の友達の予定なのでな。渡せと言われてもそう簡単には」
「酒呑童子様……」
葉子は、やっぱりこの鬼の王、朱桜ちゃんの父親だと思った。
「儂が、友達……光、朱桜とは誰じゃ? どんな奴だ?」
「朱桜はな、すっごく父さん想いで優しくてな、可愛くてな、言葉では言い表せない、言い尽くせない、うん、そんな女の子だ」
「……よく、わからぬ」
「会ってみればいい」
くすりと、酒呑童子が微笑んだ。
「そういうわけだ、どうする?」
「頭領、話を聞いて下さい!」
頭領は、酒呑童子だけを見ていた。
「……この、親馬鹿が」
「それは貴様も同じだろうが」
「……しょうがないの。茨木が、雪妖を倒した」
「へぇ……」
しんと、なった。
「……はい?」
「茨木童子が、雪妖を倒した」
言葉を、はっきりくっきり繋げていく。
「な、なんじゃと! どういうことじゃ! 雪妖、皆、死んだのか!? そんなことないよな!? 儂のせいか!? 儂が皆を」
「茨木童子様が……えっと……」
「おいおい、茨木は」
なにを言っているんだと、笑いかける。
笑いは、乾いていた。
潤いは、一つもなかった。
「湯治に、東北に行ったじゃろう」
「行った」
「そこで、雪妖に捕まった」
「あぁ?」
「大方、面白そうだと思ったんじゃろ。あやつなら、いや、お主ら兄弟ならありそうな話よ。なんと言うたか……そう、やまめという女がいての。その女が、殺されかけた。それに、茨木が怒った。あやつ、東の鬼と対陣していた雪妖と土地神を、まとめて気絶させおった」
白月、その言葉に安堵する。
「……やまめって、誰だ?」
興味を抱いたのは、まず、その名前だった。
「……山姥の娘じゃ」
「娘……知らない名だ。それで、茨木は?」
「疲れて眠っておる」
「……おいおい……あの馬鹿、なに考えてんだ! 自分の躰がどんな状況かわかってるだろうが!」
話が大きくなりすぎていた。
葉子の頭。
破裂しそう。
とにかく、今はこの二人だ。
「頭領、光と白月さん、どうなるんですか?」
「……さあの」
「大丈夫ですよね。悪い事してないんですよ、この二人。なんにもないですよね」
「……わしゃ、知らぬ。二人がどうするかは女王と鬼姫が決めるじゃろう」
「頭領……」
「土蜘蛛は動かした。鬼姫は、あれで心が広い。雪の大龍にも、儂から言い含めてある。これ以上、何をせいというのじゃ」
「大龍に言い含めたじゃと!」
声が、弾けた。
白月が身を乗り出す。
「あの大龍にか! 儂が話しかけても、全然答えてくれない、あの大龍にか!」
「その大龍じゃ。出来る限りのことはした」
「大龍じゃぞ!?」
「大龍が、なんじゃ。ひよっこではないか」
目を、見開いた。
白月にとって、大龍は大きな存在だった。
自分が、一生をかけて仕える存在。
光と出会わなければ、白月には雪の大龍しかいなかった。
雪の大龍は、八百万の神々の一人。
雪を統べる龍神。
「な、何者じゃ、お主」
「そこの寺――といっても廃寺じゃが――
の頭領、八霊じゃ。
雪妖の巫女、光、心配するな」
そう、いった。
「頭領、本当に?」
「葉子、聞きたい事は山とあるが、今は二人を連れて行く事が先決。五月蠅い雪妖が皆――女王以外眠っておるでな。今なら、話を有利に進められる。善は、急げよ」
「茨木、無事なのだな」
「うぬ」
「白月、光、この男についていけ。多分、大丈夫だろう」
鬼の王は優しい声をだした。
光は、葉子を見上げた。
葉子は、ほっこり笑うと、
「大丈夫、頭領が言うんだからね」
「葉子さん……」
「頭領なら、光を守ってくれる。白月さんも」
「……光、どうする?」
「……わかった。おいら、行くよ」
逃げてばっかりじゃ……
葉子さんが、大丈夫だといった。
なら、大丈夫だ。
お袋と、葉子さんは信頼出来る。
「よし」
頭領が、光と白月を招き寄せる。
二人の肩に、手の平を置く。
「葉子さん、おにぎり、食べに来るね」
「おお、たしか絶品――」
それで、三人の姿は、消えた。
「なんだよ、最後は食いもんの話……光は、食い意地ばっか張って……」
「お前の事、頼ったんだな」
「頼られたんですね……あたい、なんにも出来ないのに」
葉子は、心配そうであった。
「やまめという女が気になる。からかい甲斐がありそうだ」
「葉子さん、酒呑童子さん、おいら達帰るね」
「羽矢風の命、またね」
赤犬青犬。仲良く消えて。
また、葉子は酒呑童子に話しかけた。
「茨木様、心配じゃないんですか?」
「心配してもしょうがない。あれの選んだ事だ。俺は、口出しせん。からかうけどな」
この方は……
お二方とも、こういうところがあるから……
「二人は?」
「あたいは、頭領を信頼してますから」
「なら、いいだろう」
「帰りますか」
「古寺に、行くか」
「あい」
鬼の王は、無言であった。
はぁっと、大きく息を吐いた。
薄紫の、息。
もう一度、大きく吐いた。
肌が、痛い。
震えが、くる。
光と白月を、葉子は自分の後ろにやった。
「しゅ、酒呑童子! 落ち着くのじゃ!」
「酒呑童子さま!」
さくっと、足音が。
どくんと、心臓が悲鳴をあげた。
ごくりと、唾を飲み込む。
銀狐の尾が、力無くだらりと垂れている。
また、さくっと足音がした。
鬼の王が、目の前に。
額の角が、葉子に触れる。そのぐらいまで近づいて。
「ご、ごめんなさい……」
葉子は、震えていた。
鬼が、光と白月に目をやる。
ひっ、と小さく叫ぶと、二人は葉子にしがみついた。
青犬赤犬。
薄茶の草むらに頭からつっこんでぶるぶると。
銀狐に、目を戻す。
かっと、嗤う。
形のいい口が、耳元まで裂けた。
鋭い牙が、幾つも覗く。
手を、伸ばした。優雅に、優雅に。
死んじゃう。
そう、思った。
ここで、死んじゃう。もう、姫様と会えない。そう、葉子は思った。
怖かった。
ただ、怖かった。
駄目だよ……姫様には、あたいがいるんだ。
「……まあ、よいか」
鬼が、離れる。
まだ、葉子は動けなかった。
今、どんな顔をしているのだろうと葉子は考えた。
「よかったな、俺が優しくて」
「……え、ええ……」
「ただな……葉子、俺にも限度がある。ほどほどにな」
もう、酒呑童子は人の姿に戻っていた。
かくかくと頷く。
まだ、光と白月は葉子にしがみついていた。
「ひ、光、白月さん、大丈夫だよ」
それでも、二人は葉子から離れなかった。
「……怖いのじゃ。お主、怒ると怖いのじゃ」
「そうだな、怖いな。怒らせないようにしないとな」
酒呑童子が、いった。
「うむ。そうする。気をつける」
くつくつと笑う。
葉子達は、笑えなかった。
「巫女、か。で、葉子は守るといっていたが、どうするつもりだ?」
「とにかく、一度寺に」
「それで?」
「それでって……姫様と相談して」
「姫様に、火の粉を振りかけるか? いいのか、それで。大事な大事な姫様に、迷惑を掛けるぞ」
返答に、窮した。
酒呑童子は本当のことを言っている。
事が事。
葉子の、一存で……
「葉子さん」
「葉子殿」
二人が、いった。
自分は、二人に頼られたのだ。
守ると、約束した。
「あたいは、この子達を」
「お前が二人をどうしようとお前の勝手だ。だが、彩花ちゃんが困るんじゃないのか?」
「……困るよ」
でも……
「姫様、笑って二人をお寺に入れると思う。そういう子だもの」
「……そうかな」
「そうだよ。あたいは、姫様の事よく知ってるからね」
酒呑童子の知っている姫様なら……そうするだろうと、思った。
「俺の知っている姫様も、そうするな」
「……その、迷惑かけてごめんね」
「うむ、迷惑をかける」
「迷惑、じゃな」
掠れ声。
それでいて、よく、耳で響いた。
「雪妖の巫女、じゃな」
陽炎。
ゆらゆらと、揺れる。
人影。
くっきりと、人の姿が映し出される。
翁の、姿。
白い髭。白い毛。
瞳孔が、縦に細くなる。
「……頭領」
「寺には、行けぬ」
そう、いった。
白ちゃんが、隣にいる。
外の世界。
自分には、見慣れた世界。
でも、白ちゃんにはとっても新しい。
海。
山。
雪のない、景色。
白ちゃんは、何にでも興味津々だった。
最初は、楽しかった。
でも、少しずつ楽しさは薄れていく。
少しずつ、後悔が増えていく。
捕まったら、どうなるんだろう。
おいらは?
白ちゃんは?
おふくろ、心配してるかな?
怖い――
眠れなくなった。
それは、白ちゃんも一緒だった。
どうすれば、いいんだろう。
どうすれば?
ここしか、もう、行くところはなかった。
葉子さん。
彩花さん。
もう、二人しか頼れる人はいなかった。
酒呑童子様と会ったのは予想外。
朱桜ちゃんとは一緒に遊んだことがあるけれど、酒呑童子様とは話をしたことがなかったから。
葉子さん。
守ってくれるといった。
でも。
「寺には、行けぬ」
頭領さんが、そう、いった。
白ちゃん、どうなるんだろうと光は思った。
「頭領……今、なんて」
葉子が、聞き返した。
「来てもらおうか。雪妖と鬼が、お主らで揉めておるでな」
「やっぱり、揉めたのか」
「うむ……うぬ? この声……酒呑童子!!! どうしてお主が!?」
頭領、思わぬ妖にかなり慌てて。
「悪いか?」
「……いや、悪くはない。と、とにかくじゃ。巫女と光は、儂が北に連れて行く」
「待って下さい! そんなの!」
「なにを、隠している?」
頭領が、固まった。
冷や汗、たらたら。
「八霊、何を隠している? どうして、俺の目をみない? やましいことでもあるのか?」
「いや」
「光は、かーいい朱桜の友達だし、白月はかーいい朱桜の友達の予定なのでな。渡せと言われてもそう簡単には」
「酒呑童子様……」
葉子は、やっぱりこの鬼の王、朱桜ちゃんの父親だと思った。
「儂が、友達……光、朱桜とは誰じゃ? どんな奴だ?」
「朱桜はな、すっごく父さん想いで優しくてな、可愛くてな、言葉では言い表せない、言い尽くせない、うん、そんな女の子だ」
「……よく、わからぬ」
「会ってみればいい」
くすりと、酒呑童子が微笑んだ。
「そういうわけだ、どうする?」
「頭領、話を聞いて下さい!」
頭領は、酒呑童子だけを見ていた。
「……この、親馬鹿が」
「それは貴様も同じだろうが」
「……しょうがないの。茨木が、雪妖を倒した」
「へぇ……」
しんと、なった。
「……はい?」
「茨木童子が、雪妖を倒した」
言葉を、はっきりくっきり繋げていく。
「な、なんじゃと! どういうことじゃ! 雪妖、皆、死んだのか!? そんなことないよな!? 儂のせいか!? 儂が皆を」
「茨木童子様が……えっと……」
「おいおい、茨木は」
なにを言っているんだと、笑いかける。
笑いは、乾いていた。
潤いは、一つもなかった。
「湯治に、東北に行ったじゃろう」
「行った」
「そこで、雪妖に捕まった」
「あぁ?」
「大方、面白そうだと思ったんじゃろ。あやつなら、いや、お主ら兄弟ならありそうな話よ。なんと言うたか……そう、やまめという女がいての。その女が、殺されかけた。それに、茨木が怒った。あやつ、東の鬼と対陣していた雪妖と土地神を、まとめて気絶させおった」
白月、その言葉に安堵する。
「……やまめって、誰だ?」
興味を抱いたのは、まず、その名前だった。
「……山姥の娘じゃ」
「娘……知らない名だ。それで、茨木は?」
「疲れて眠っておる」
「……おいおい……あの馬鹿、なに考えてんだ! 自分の躰がどんな状況かわかってるだろうが!」
話が大きくなりすぎていた。
葉子の頭。
破裂しそう。
とにかく、今はこの二人だ。
「頭領、光と白月さん、どうなるんですか?」
「……さあの」
「大丈夫ですよね。悪い事してないんですよ、この二人。なんにもないですよね」
「……わしゃ、知らぬ。二人がどうするかは女王と鬼姫が決めるじゃろう」
「頭領……」
「土蜘蛛は動かした。鬼姫は、あれで心が広い。雪の大龍にも、儂から言い含めてある。これ以上、何をせいというのじゃ」
「大龍に言い含めたじゃと!」
声が、弾けた。
白月が身を乗り出す。
「あの大龍にか! 儂が話しかけても、全然答えてくれない、あの大龍にか!」
「その大龍じゃ。出来る限りのことはした」
「大龍じゃぞ!?」
「大龍が、なんじゃ。ひよっこではないか」
目を、見開いた。
白月にとって、大龍は大きな存在だった。
自分が、一生をかけて仕える存在。
光と出会わなければ、白月には雪の大龍しかいなかった。
雪の大龍は、八百万の神々の一人。
雪を統べる龍神。
「な、何者じゃ、お主」
「そこの寺――といっても廃寺じゃが――
の頭領、八霊じゃ。
雪妖の巫女、光、心配するな」
そう、いった。
「頭領、本当に?」
「葉子、聞きたい事は山とあるが、今は二人を連れて行く事が先決。五月蠅い雪妖が皆――女王以外眠っておるでな。今なら、話を有利に進められる。善は、急げよ」
「茨木、無事なのだな」
「うぬ」
「白月、光、この男についていけ。多分、大丈夫だろう」
鬼の王は優しい声をだした。
光は、葉子を見上げた。
葉子は、ほっこり笑うと、
「大丈夫、頭領が言うんだからね」
「葉子さん……」
「頭領なら、光を守ってくれる。白月さんも」
「……光、どうする?」
「……わかった。おいら、行くよ」
逃げてばっかりじゃ……
葉子さんが、大丈夫だといった。
なら、大丈夫だ。
お袋と、葉子さんは信頼出来る。
「よし」
頭領が、光と白月を招き寄せる。
二人の肩に、手の平を置く。
「葉子さん、おにぎり、食べに来るね」
「おお、たしか絶品――」
それで、三人の姿は、消えた。
「なんだよ、最後は食いもんの話……光は、食い意地ばっか張って……」
「お前の事、頼ったんだな」
「頼られたんですね……あたい、なんにも出来ないのに」
葉子は、心配そうであった。
「やまめという女が気になる。からかい甲斐がありそうだ」
「葉子さん、酒呑童子さん、おいら達帰るね」
「羽矢風の命、またね」
赤犬青犬。仲良く消えて。
また、葉子は酒呑童子に話しかけた。
「茨木様、心配じゃないんですか?」
「心配してもしょうがない。あれの選んだ事だ。俺は、口出しせん。からかうけどな」
この方は……
お二方とも、こういうところがあるから……
「二人は?」
「あたいは、頭領を信頼してますから」
「なら、いいだろう」
「帰りますか」
「古寺に、行くか」
「あい」