小説置き場2

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あやかし姫~百華燎乱(30)~

 どうして、言ってしまったのだろう?
 見られた、から?
 傷を見られても、適当にいい繕えば良かったのに。
 言って、しまった。
 妖気を纏う、人。
 それは、人にあらず――か……
 でも、あれは妖気なのだろうか。
 考えても、しょうがない。
 あの娘は、あの娘、なのだ。
 今は、咲夜にどうやって謝るかだけを考えよう。
 だって、私の妹になるのだから。
 鼻は、まだ滲みている。
 でも、火羅はその事が気にならなくなっていた。


 火羅さん。
 やっぱり、私は好きになれない。
 咲夜ちゃんを呼ぼう。
 朱桜ちゃんは……多分、来ない。
 まだ、怒ってるもの。
 背中の傷。
 そのことを知った私を、喰べようとした。
 白刃は……火羅さんを、殺そうとした。
 おあいこ、かな。
 傷の手当て。私の方が、貸しがいっぱい、かな?
 動揺した。
 妖気を纏っていると言われて。
 それが、白刃を狂わせた。
 白刃は私の式神。私の心と繋がっている。
 白刃の想いは、私の想い。
 妖気。
 知っていた。
 たまに、皆が黙るときがある。そわそわするときがある。
 原因は、私。
 そんなとき、誰かが私を押さえてくれる。
「姫様」
 そう、優しく私に言ってくれる。
 葉子さん、クロさん――太郎さん。
 そんなとき、私は、咲夜ちゃんを襲った火羅さんと一緒なんだろう。
 最近、それが多くなってる。
 今日も、そうだった――
「姫様」 
「なあに、太郎さん」
 ずっと、番をしていた。
 姫様に言われたとおりに。
「いいのか、火羅を一人にして」
 眠たげ。
 もう、いつもなら布団でぐっすりしてる時間。
「うん。目が覚めたよ。落ち着いてる」
「……なにかあったのか?」
「火羅さんが、咲夜ちゃんと朱桜ちゃんに謝りたいって」
「それだけなのか? 封をしてたみたいだけど」
 言ってしまおうか。
 火羅さん、私を襲ったって。
 そうしたら、火羅さん、生きてここから出られない。
 今でも、随分と我慢してるもの。
 それに、私の事は、自分達のことよりもずっと怒る。
「それだけだよ」
 姫様は、妖狼の額を撫でた。
 太郎は、その金銀妖瞳に姫様を映していた。
 優しい手触り。
 太郎が、目を細めた。
「うん、それだけ」
 姫様の手が、離れる。
「本当に、だな」
 念を押す。
 念を押される。
「咲夜ちゃん、呼んでくるね。太郎さん、もう少しここにいて」
「咲夜だけ、なのな」
「朱桜ちゃん、来ると思う?」
「いいや」
 軽く、こめかみを押さえた。
 少し、眠い。
 寝ずに、火羅についていた。
 片時も、離れなかった。
 空腹感。やっと、姫様に辿り着いた。
 扉から離れ、昼のように明るい廊下を歩いていく。
 妖狼に、見送られながら。
 優しい手触り。
 姫様の手に、残っていた。
 


「で、ああいってるわけだけど」
「……そうですね」
 雪の女王鈴鹿御前。向かい合っていた。
 鈴鹿御前の背後には幾多の鬼達。
 両隣には、俊宗と大獄丸が。
 光。
 桐壺。
 二人も、鈴鹿御前のすぐ後ろに控えていた。
 女王の後ろには巨大な白銀の龍。
 鱗が、月の光を反射している。
 雪の大龍であった。
 土蜘蛛の翁。
 そして、不安げな巫女。
 頭領の姿は、なかった。
「ふふん……どうしてくれようか」
 鈴鹿御前が、陰惨な笑みを浮かべた。
 光が、何かを叫ぼうと。
 桐壺が、光の口を押さえる。
 ちらっと、鬼姫は、自分の後ろにいる光を見た。
 女王に、顔を戻す。
「光には手を出せないよね、これじゃあ。茨木童子がしたことは、私達の手の及ぶ事じゃないし」
「……同じ鬼でしょう」
「西の鬼と東の鬼は、違うぞ」
「どうするつもりですか」
「雪妖、やっぱりいなくなる?」
 鬼姫の言葉に、女王が、絶句した。
 土蜘蛛の翁が、全身の白毛を少し揺らした。
「私は、別にそうしてもいいんだよ。みんな、怒ってるし。でも、ま、俊宗と兄上と話し合ってね。それは、やめとく。そんなことするぐらいなら、わざわざ助けもしないしね。でも、私のいうことは聞いてもらうぞ。文句は、言えないよね」
「……私の命なら、喜んで差し出す。それで、民の命が」
「はぁ? そんなもの貰っても鈴の餌の足しにもなんないっての。いらないよ。私はね、そこの」
 鈴鹿御前が、雪の女王――白月を、指差した。
「巫女が、欲しいぞ」
「なんですって!?」
 鬼が、ざわめいて。
 鈴鹿御前は、それが心地良いと、子供のような笑みを浮かべた。
「巫女が、欲しいな。巫女一人で、許してあげる。文句はないよね」
 脚。
 何かが、当たった。 
 鬼姫、むっとする。
 また、当たった。
「こら!」
 光を、むんずと捕まえる。
 細い腕で、自分の顔の前まで光を引き上げた。
「白ちゃんに、手出しするな!」
鈴鹿
「わかってるよ兄上」
 光を、宙で放す。
 地面に落ちる。
 桐壺が、駆け寄ってくる。
 光を隠すように胸に抱き、鈴鹿御前に背を向けた。
 桐壺の背中。
 かみなり様は、あまり肌を隠さない。
 骨が、薄く浮き出ていた。
 背中が、薄くなっている。
 光の眼。
 怒ってる。そう、思った。
「うん、まだ冷静」
 落ち着いて、いられる。
「光君」
 俊宗が、いった。
 この声。この声が、あればいい。
 私は、それでいいんだぞ。
「別に、巫女の命を獲ろうと言っているのではないのです」
「じゃあ」
「白月、うちで預かるぞ」
「……何を、考えてるの?」
 女王が、いった。
「人質。戦利品。悪くいえばそうかな。心配しないで。危害は加えないから。社に一人でいるよりも、こっちで『友達』といるほうが、いいでしょ」
「……巫女は、大龍の傍で」
「我は、それでもいい」
 大龍が、口を開いた。
 硫黄の匂い。
 かすかに、漂った。
 一言一言。その度に、小さな風が起きた。
「巫女は、いるだけでいい。どこにいようが」
 誰かに言わされている。
 女王は、そう、思った。
「儂は、光といられるのか!」
 巫女。
 久し振りに見た。
 一人。
 あのお社で、一人。
 大龍が気侭に各地を飛びまわり、あの地にほとんど戻らない事は知っていた。
 それを、気にとめた事はなかった。
 考えればよかった。
 それが、当たり前だと思っていた。
 巫女が鬼の元へ。
 皆は、それで納得するだろうか。
「わかりました」
 させるしか、なかった。
「じゃあ、白月ちゃん、こっちにおいで」
 白月は、手を差し伸べた鈴鹿御前に目もくれず、光の元へ走っていって。
「……」
鈴鹿、怒るなよ」
「兄上、わかってるって――」
 なんとなく、大獄丸の鳩尾に肘打ちを放ってみた。
「じゃあ、消えて」
鈴鹿御前」
「ここから、消えて、早く、自分の行くべき所へ、行って。東北は、私達と土蜘蛛と、雪妖でやっていく。そういうこと。今回は、変わらなかった」
「……巫女――白月さん、健やかに」
 巫女の名前。 
 これまで、知らなかった。
 ただ、巫女とだけ呼んでいた。
 土蜘蛛の翁が、離れていく。
 礼を、した。
 大龍も、飛び去っていく。
 巫女は、あのかみなり様と一緒にいる。
 一人に、なった。
 百年。
 耐えられない。
 そう、思った。
「これで、おしまいだな」
 大獄丸が、女王が闇に溶けたのを確認して、そう、いった。
 鬼達も、伸びをしている。
 気を、緩めていた。
「それじゃあ、解散! みんな、ご苦労様! あ、桐壺は残って」
「なんだと」
「まだだよ、兄上」
 鬼が、散っていく。それぞれの住処に、帰っていく。
 かみなり様の一団。
 残っていた。
 心配そうに、桐壺を見ていた。
「桐壺」
「はい」
 桐壺が、背筋をぴんと伸ばした。
 あの古寺で会ったときと、顔つきが違う。
 そう、思った。
「今回の件、あなたの不手際でもある。女王にはああいったけどね。光がやろうとしたことに、気が付かなかった。おかげで、私達にはいい迷惑だった。そのことは、分かってるでしょ?」
「ええ……覚悟しています」
 桐壺が、目を瞑った。
「なに、貴方もその命を差し出すっていうの? だから、そんなもの鈴の遊び道具にもならないっての! いい、これから白月ちゃんは貴方が面倒みるの。それが、貴方の罰!」
鈴鹿御前……」
「ただ、雲の上には行かせられない。うちで暮らして貰うぞ。わかった?」
「は、はい……」
 桐壺が、頷いた。
 まだ、言われた意味が分かっていないような。
 白月も、光も、よく分かっていないような。
 鬼姫は、俊宗に、これでいい? 
 と、視線を送った。
 俊宗が頷く。
「これで、おしまい。帰ろ、俊宗、兄上」
 そう、鬼姫は二人に笑いかけた。



「終わったのかな」
 外が、騒がしくなった。
 土鬼が、外に確認に出て行く。
 隣で横たわっている娘に、茨木童子は話しかけた。
「すまない。私のせいだ。危うい目に、遭わせてしまった」
「その……私が、進んでやったことですし」
 ここに運び出されてから、初めて、言葉を交わす。
 満天の、星空。
 同じものを私は見ている。
 例え金銀妖瞳でも、同じものを。そう思うと、少し、嬉しかった。
「いや、私のせいだ」
茨木童子様に、無理をさせてしまった。湯治に来たというのに。やっぱり、私が謝らないと……あ、茨木童子様、だったのですね」
「……身分を偽っていた。そのことも」
鈴鹿御前様、藤原俊宗様、大獄丸様……私、全く気がつかなかった。謝らなくても……」
「そうか」
 茨丸。
 単純だと、思った。
「あの……帰られるの、ですよね?」
 鬼ヶ城
 ここから遠い。
 茨木童子に、顔を向ける。
 小さく、顎を引いた。
「そうですよね……」 
 もう、会えないだろうな。
 こんなことになったら。
「少し、先にしようかと思っている」
「え?」
「やまめの所の湯が、気に入った。もう一度入りたい。宿で、身体を休めたい。いいだろうか?」
 薄く、紅潮していた。
「……はい」
 そういうのが、精一杯であった。
 土鬼が、入ってくる。
 終わったそうです。
 喜色を浮かべながら、そう、いった。