小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

あやかし姫~妖の子供~

「彩花さま!」
「朱桜ちゃん」
 ていっと、鬼の娘が姫様に跳んだ。
 姫様、おおっと、幼子の身体を支えようと。
 無理であった。
 銀狐が笑いながら倒れかけた姫様の背を支えた。
「朱桜ちゃん……」
「ごめんなさいです……」
「いいよ。朱桜ちゃん、早かったね」
「まだですか?」
「うん。まだ、来てないよ。酒呑童子様、おはよう御座います」
「おはよう……ほんと、眠いわ」
 酒呑童子が、よっと手を挙げながら、ふわぁっとあくびをついた。
「朱桜、昨日からわくわくしててな、なかなか寝てくれなかったんだ。夜は遅くて、朝は早くて」
「今日は楽しみなのですよー」
「はい」
 妖狼と黒烏が、鬼の王に、きちんと礼を。
 二人とも鳥獣の姿。
 緊張、していた。
「八霊、今日は、よろしくな」
「まぁ、よいがな……」
 頭領が、入れと、言う。
 鬼の父娘が、古寺の敷地に入る。
 二人が乗ってきた鬼馬も、その身を縮ませると、鬼の王の後をついていく。
「朱桜ちゃん、最近、字、上手になってきたね」
 姫様が、朱桜と手を繋ぎながら、そう、話しかけた。
「そうですか?」
「うん」
「彩花さまに褒められると嬉しいですよー。でも、わたしはまだまだなのです」
 お手紙。
 朱桜と姫様は、いつでも会える、というわけではなかった。
 だから、朱桜が字を学び始めたというので、文のやり取りを始めたのだ。 
 朱桜は、拙い字ながらも、一生懸命書いて、送ってきた。
 姫様も、朱桜に文を送った。
「彩花さまは、お上手なのです」
「そんなことないよ」
「いや、あるさね」
 銀狐が、真顔で言った。
「ですよね、葉子さん」 
 二人が、うんうんと頷きあった。
 姫様は、にこにこと聞いていた。耳の先が、少し赤くなっていた。
 妖狼と烏天狗の姿は、ない。
 もう、建物の中に入ったのだ。
「そういえば、彩花さま」
「なに?」
「踊り、どうだったのですか?」
 姫様が、立ち止まった。
「彩花さまなら、きっと」
 ほっこりと、にっこりと、姫様を見上げた。
 そして、朱桜は、固まった。
「……訊かないで下さい」
「え……あの……」
「……思い出したくないです」
 そう、言った。
 冷たく、言い放った。
 こくこくと、朱桜は、頷いた。
 頷くしか、なかった。
 鬼の王と銀狐が、ぽりぽりと自分の頬を掻いた。
 しょんぼりと、朱桜は姫様と並んで、玄関に入った。
 そのとき、姫様が「ごめんね」と、言った。
 途端に、朱桜の表情が、明るくなった。



「あれ、雛人形、飾ってないんですね」
 居間。
 小妖達も、顔を見せて。
 朱桜は、姫様の膝の上で、不思議そうに言った。
「もう、雛祭り終わっちゃったからね」
「……雛人形って、片付けるものなんですか?」
「へ?……だって……」
 視線を、感じた。
 辿ってみる。
 それは、頭領と話していた鬼の王から。
 なるほど、っと、姫様は思った。
「父さま、わたしに大きな雛人形くれたですよ。それを、いつも飾ってます。ひな祭りの日には、そこで皆でわいわい騒いだですよ」
 でも、叔父上、途中でいなくなったです。
 最近、多いです。
 そう、寂しげに朱桜は呟いた。
 ことっと、姫様が朱桜の頭の上に、顎を乗せた。
「親馬鹿め……」
 頭領が、姫様と朱桜を見ながら、言った。
「ふっ……雛人形を出しっぱなしにしていると、お嫁に行けなくなるという。素晴らしいと思わんか?」
「儂は、お主のことを心底あほじゃと思うた」
「これも、かーいいかーいい朱桜のためよ」
 馬鹿だあほだと言いながらも、頭領は、こそばゆいのうという表情を浮かべていた。
 気持ちが、わからないでもないのだ。
 頭領も、親、ではないが、親馬鹿、であった。
「茨木は、相変わらずか」
「そうだな。週に一度、必ず訪れている……ようだ」 
「あれも、以外と惚れっぽい奴じゃったのじゃな」
「いや、俺が知る限り初めてだな」
「そうなのか」
 頭領が、驚いたように。
「あいつは、そういうところは、俺と似ていないからな」
「……ふむ」
 鬼の王は、口元に笑みを浮かべると、盃に酒を注ぎ足した。
 水面に、目をやる。盃が、小さな波面を立てた。
 三人が、少し表情を変えた。
「ん……」
 姫様が、朱桜の頭から、自分の顎を離した。
 そして、
「来たみたいだよ」
 そう、言った。
「本当ですか!」
 朱桜が、興奮した声を出した。
「なの?」
「……なのか?」
「さあ?」
 三妖。
 お手上げ。
 はてはてと、首を傾げるだけである。
 おはようございますじゃ!
 おはようございまーっす!
 元気の良い、挨拶。
 姫様が、立ち上がる。
 朱桜も、立ち上がる。
 ぱたぱたと、歩き出す。朱桜は、駆け足で。
 頭領と酒呑童子の姿は、既に、ない。
 三妖、ゆっくりと姫様の後ろを歩いていった。
「ちぇっ、あいつの方が早かったか。ま、しょうがないよね。私達、牛鬼だもん」
 四人。
 西の鬼姫鈴鹿御前。
 そして……かみなりの母子と、雪の巫女。
「おう、お主は怖い鬼の王さま! 久し振りじゃのう!」
 白月が、屈託なく笑いながら、一足お先に出ていた酒呑童子に、言葉を掛けた。
 光はおろおろ。
 桐壺もおろおろ。
「そうだ、怖い鬼の王様だぞー。なぁ、怖い鬼のお姫様」
「はん。あんたと会うのは、久し振りだね」
 刺々しい。
 頭領が、少し顔をしかめた。
「……鈴鹿御前、茨木のこと、礼を言う」
 声の調子が、変わる。
 そう言って、深々と頭を下げた。
「なに、気にすることないさ。それに、あたしはやまめの為に許可を出したんだ」
「弟を、領内に何度も入れさせてもらって……本当に、礼を言う」
「今日もだよ。ま、いいけどね」
 そう、鬼姫は言った。
「……は?」
 あれ? っと、鬼姫は不思議そうな顔をした。
「茨木、今日は仕事が多いからと……」
「先週、許可が欲しいって言ってきたけど?」
「……へえー」
 冷ややかに、酒呑童子は北を見やった。
 くしゅんとくしゃみの音が聞こえた気がした。
「ここが、葉子殿の住まいか。これはお寺じゃのう」
「うん、それで…きたきた」
「光君! っと、えっと……」 
 朱桜が、姫様の手を引きながら、光と白月の前に立った。
「白月と、いう。そなたが、怖い鬼の王さまの娘か?」
 朱桜が、少しむっとした。
「……朱桜、です。父さまは、酒呑童子です」
「なるほど、なるほど。やっぱりそうか!」
 黒之助が、桐壺に、おはようございます、と、言った。
 桐壺が、お世話になりますと、深々とお辞儀をした。
 光が、葉子に挨拶を。
 銀狐も、挨拶を。
「うむ、似ていると思っていたのじゃ!」
「似ている……ですか?」
「角の辺りが、そっくりじゃと儂は思うぞ」
「……角……」
 朱桜が、嬉しそうに、自分の角を触った。
 白月も、朱桜の角に手を伸ばした。
「そのじゃの……お主が、儂の友達になってくれるのか? 前に、あの鬼の王様に、言われたのじゃが……」
「うん、昨日、ずっとわくわくしてたんだ。どんな人だろうって」
「儂も、わくわくしておった!」
「わたしも!」
「儂も!」
 それから、二人は、てへっと笑いあった。
 姫様は、妖狼と微笑みあった。


「お昼寝、ねぇ……」
 鬼姫が、言った。
 九尾の銀狐。その長い尾で、三人の子供が風邪をひかないようにして。
「ま、お疲れだよね」
「よく、遊んでましたね」
 姫様が、湯飲みに手を伸ばした。
「ちょくちょく、ここを使わせてもらうよ……ここ以外、ないしね」
「幾らでも、使って下さいな」
 そう、姫様が言った。
「はっ……不便な、もんだね」
 鬼姫が、横になった。虎の描かれた唐衣が、畳に拡がった。
「じゃあ、一緒になるか?」
 酒呑童子が、そう、口を開いた。
「あんた、酔ってるのかい?」
「酔ってるな」
 酒呑童子の顔は、赤くなかった。
「……もう、無理だろうよ。違いすぎる」
「……そうか」
 西は、西。東は、東。
 鬼は、二つ。
「次、この子達、いつ遊べるかな?」
「さあな」
 そう、言った。
 姫様は、静かに茶を、飲み干した。
 傍らには、墨で太い眉毛の書かれた妖狼の姿。
 ぐったりとした桐壺と黒之助の姿もある。
「平和だねー」
 そう、鈴鹿御前が、言った。
「そうだな」
 酒呑童子が、そう、言った。



「あの、ですね……」
「なんだい?」
 朱桜が、葉子に駆け寄って。
 お台所。
 洗い物。
 もう、三人とも昼寝は終わって。
「彩花さま、踊り、どうしたのですか?」
「……それはね……気になる?」
「はいです」
「姫様、見事なもんだった。羽矢風の命が、上手い具合に花びら降らせてくれたしね」
 朱桜が、瞳をきらきらさせながら感嘆の声を。
 それから、あれ? っと首を傾げた。
「じゃあ、どうして……」
「……踊り終わってね、気が、抜けちゃったんだろうね。帰るときに、壇上で転んじゃった」
 派手に。
「……」
「姫様、恥ずかしかったみたい」
 だから、踊りには触れられないんだ。
 そう、葉子は言った。
 朱桜は、思った。
 可哀想な彩花さま、と。
 一生懸命練習してるって、毎回文に書いていたのに。
 朱桜は、姫様に近づくと、ぎゅっとしがみついた。
「彩花さま……」
「どうしたの?」
「なんでもないのです」
 えへへっと、朱桜は、笑顔を見せた。
 姫様に、しがみついたまま。
「てぇい!」
 白月も、朱桜と同じように姫様にしがみついた。
 それから、
「そなたも、儂の友達になってくれるか?」
 そう、言った。
 うんと、頷く。
 鬼姫と鬼の王が、笑いながら目配せした。