小説置き場2

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愉快な呂布一家~再起(6)~

「今日は、一体どうしたんだ?」
 そう、馬岱が言った。
 自分に与えられた部屋。
 今日は、外に出る事を許されなかった。
 城の空気が、変わった。
 それは、部屋の中でじっとしていて、感じる事が出来た。
呂布様が……馬岱さんと、お話したいって」
 魏延が、遠慮がちに言う。
 答えが予想出来たのだ。
 短いつき合いだが、それなりにお互いの事は知っている。
「断る」
 馬岱が、そっぽを向いた。
 やっぱりと、魏延は溜息を吐いた。
「話す事など、何もない」
 それは、本心から。
 呂布は、馬岱にとって、「自分達」を脅かす敵なのだ。
 呂布の将である魏延と親しくなっても、それは変わらない。
「駄目です!」
 魏延が、大きな声を出した。
「私は、捕虜だ。それでも、誇りある馬家の、馬岱だ」
 馬岱の、子犬のような大きな瞳が、光を帯びる。
 後漢の名将、馬援。
 馬家は、その子孫を名乗っていた。
 その正当性は……孫子の子孫を名乗った孫堅、中山靖王の末裔を名乗った劉備よりはあるような。
「駄目なんです……とにかく、会って下さい。会うだけなら」
「……私は、死ぬのか?」
 馬岱が、小さな声を出した。
「殺されるのか?」
「違います……」
 魏延が、俯いた。
「殺されるなら、魏延の手に掛かりたいな」
 努めて、笑顔を見せて。
 馬岱の握っている手が震えている。
 俯いた魏延の視線が、そこで止まった。
「なぁ……殺されるんだろう? 覚悟は、出来てる」
「そんなこと、させませんから」
呂布の命令でもか?」
「……」
「答えられないだろう? そうだな。お前は、呂布の武将――最強を誇った、呂布麾下の隊長なんだ。私よりも、呂布を、優先するだろう。それでもいい。今まで、私に良くしてくれてありがとう」
馬岱さん……僕……」
「死ぬ前に、呂布の顔を見てみるか。魏延の頼みだ」
 馬岱が、透明な微笑みを、魏延に見せた。



「来るかなー」
「どうでしょうね」
 呂布
 大きな椅子――古い玉座――の上で、地に届かない脚をぶらぶら。
 広間に居並ぶ武将、文官、軍師。呂布一家の、ほぼ全員。
 武将は皆、鎧を身に着けていた。
 いないのは、雛と魏延ぐらい。
 扉が、開かれる。
 重い音を立てながら。魏延、そして馬岱が、姿を見せた。
 呂布が、玉座からちょんと降り立った。
 とことこと歩いていく。
 馬岱の前に、立った。
馬岱さん来てくれたんだね! 魏延、ありがとう!」
 魏延の頭を撫で撫でと。
 魏延は、耳を赤くしながらも浮かない顔をしていた。
「それで、用件はなんだ?」
「うーんとね、聞きたい事があってね」
 陳宮ー、と、間延びした声を出す。
 はいはいと、陳宮が返事した。
馬岱殿、二・三、質問したいのですが、よろしいでしょうか?」
 馬岱は、興味なさそうにそっぽを向いた。
 ちっ、と、臧覇が舌打ちをした。
 広間に、響いた。
 それでも、馬岱はそっぽを向いたままだった。
 陳宮は、少しも表情を変えずに話を進めた。
「張横、梁興の二人は、いかなる人物でしょうか?」
 返事は、なかった。
 また、舌打ちの音がした。
「楊秋、侯選の二人は、いかなる人物でしょうか?」
 やはり、返事はなかった。
「お答え、願えませんか?」
「……殺すなら、殺せ」
 馬岱が、押し殺した声を出した。
「私は……味方を売るような真似など、しない。呂布、早く私を殺せ」
「殺さないよ」
 呂布が、言った。
「なに?」
「あのねー、馬岱さんは大事な大事な人質なの! 殺しちゃったら、意味ないでしょ!」
「……なんのために、私に、その四人のことを?」
「攻めるから」
 呂布が、詠うように、言った。
「戦に、使えるもの。だから欲しかった」
 言い方に、冷たいものが混じる。
 戦場でも、同じ空気を馬岱は感じた。
 呂布は、あどけない容貌を持つ。
 そんな呂布に、馬岱は気圧された。
「うーん、教えてもらえないなら、しょうがないね」
 もう、いいよと、言う。
「戦には、魏延も連れてくから。何かあったら、貂蝉姉様に言ってね」
 馬岱は黙っていた。
 魏延が、済まなさそうに、自分に頭を下げた。
「……出陣」
 呂布が言った。
 広間にいた人間が少なくなっていく。
 魏延は、最後に出ていった。
「……私は、どうすればいいんだ?」
 残っている人間は、三人だけであった。
「うーん……食事は」
 貂蝉が尋ねた。
「一人でいい」
「そう。とりあえず、今まで通り、かな」
陳宮殿、私の手の者も、今まで通りに」
 賈詡が言った。陳宮が頷く。
「はい。馬岱殿、もうしばらく辛抱願います」
「……しばらく、とは、どういう意味だ?」
 馬岱が、口を開いた。
「それは」
「兄上も叔父上も、お前達には屈しない! 必ず勝つ! もっとも……そのときには、私はこの世にはいないのだろうが」
 自分は、人質なのだから。
 声は、少しずつ小さくなっていた。
「用は、済んだのだな。私はお前達を見ていたくないんだ」
「では、お帰り下さい」
 妙な言い方だと思った。
 自分が帰る場所は、ここにはないのだ。
 馬岱は、自分の部屋に戻ると、涙を零した。
 よく、耐えてきたと。
 死ぬのは、怖かった。
 もっと、生きていたい。
 自分は、弱い人間なのだ。
 魏延がいてくれたから、今まで、なんとかなった。
 甘えていたのだ。
 その魏延は、もう、城にはいない。
 馬岱は、部屋から出ないと心に決めた。



 部屋の扉を、叩く音。
 聞き覚えがあった。
 顔をあげる。
 扉は開けられていた。魏延の姿が、そこにあった。
魏延……」
「えっと……十部軍のうち、七人は、呂布様に降りました」
「……そうか」
 別に、驚きはしなかった。
 淡々と事実を受け入れる。
 激しい調練を、城から眺めていたのだ。
 その強さは、身をもって知らされもした。
「あとは、馬騰さんと韓遂さん、それに馬玩さんだけです」
 三人で、三万に達するだろうか。
 最後に見た呂布軍は、四万近くになっていた。
「……なぁ、魏延
「はい」
呂布と、話をさせてくれ」
 そう、馬岱が言った。
 跪く。
 額を、床に着けた。