愉快な呂布一家~再起(6)~
「今日は、一体どうしたんだ?」
そう、馬岱が言った。
自分に与えられた部屋。
今日は、外に出る事を許されなかった。
城の空気が、変わった。
それは、部屋の中でじっとしていて、感じる事が出来た。
「呂布様が……馬岱さんと、お話したいって」
魏延が、遠慮がちに言う。
答えが予想出来たのだ。
短いつき合いだが、それなりにお互いの事は知っている。
「断る」
馬岱が、そっぽを向いた。
やっぱりと、魏延は溜息を吐いた。
「話す事など、何もない」
それは、本心から。
呂布は、馬岱にとって、「自分達」を脅かす敵なのだ。
呂布の将である魏延と親しくなっても、それは変わらない。
「駄目です!」
魏延が、大きな声を出した。
「私は、捕虜だ。それでも、誇りある馬家の、馬岱だ」
馬岱の、子犬のような大きな瞳が、光を帯びる。
後漢の名将、馬援。
馬家は、その子孫を名乗っていた。
その正当性は……孫子の子孫を名乗った孫堅、中山靖王の末裔を名乗った劉備よりはあるような。
「駄目なんです……とにかく、会って下さい。会うだけなら」
「……私は、死ぬのか?」
馬岱が、小さな声を出した。
「殺されるのか?」
「違います……」
魏延が、俯いた。
「殺されるなら、魏延の手に掛かりたいな」
努めて、笑顔を見せて。
馬岱の握っている手が震えている。
俯いた魏延の視線が、そこで止まった。
「なぁ……殺されるんだろう? 覚悟は、出来てる」
「そんなこと、させませんから」
「呂布の命令でもか?」
「……」
「答えられないだろう? そうだな。お前は、呂布の武将――最強を誇った、呂布麾下の隊長なんだ。私よりも、呂布を、優先するだろう。それでもいい。今まで、私に良くしてくれてありがとう」
「馬岱さん……僕……」
「死ぬ前に、呂布の顔を見てみるか。魏延の頼みだ」
馬岱が、透明な微笑みを、魏延に見せた。
「来るかなー」
「どうでしょうね」
呂布。
大きな椅子――古い玉座――の上で、地に届かない脚をぶらぶら。
広間に居並ぶ武将、文官、軍師。呂布一家の、ほぼ全員。
武将は皆、鎧を身に着けていた。
いないのは、雛と魏延ぐらい。
扉が、開かれる。
重い音を立てながら。魏延、そして馬岱が、姿を見せた。
呂布が、玉座からちょんと降り立った。
とことこと歩いていく。
馬岱の前に、立った。
「馬岱さん来てくれたんだね! 魏延、ありがとう!」
魏延の頭を撫で撫でと。
魏延は、耳を赤くしながらも浮かない顔をしていた。
「それで、用件はなんだ?」
「うーんとね、聞きたい事があってね」
陳宮ー、と、間延びした声を出す。
はいはいと、陳宮が返事した。
「馬岱殿、二・三、質問したいのですが、よろしいでしょうか?」
馬岱は、興味なさそうにそっぽを向いた。
ちっ、と、臧覇が舌打ちをした。
広間に、響いた。
それでも、馬岱はそっぽを向いたままだった。
陳宮は、少しも表情を変えずに話を進めた。
「張横、梁興の二人は、いかなる人物でしょうか?」
返事は、なかった。
また、舌打ちの音がした。
「楊秋、侯選の二人は、いかなる人物でしょうか?」
やはり、返事はなかった。
「お答え、願えませんか?」
「……殺すなら、殺せ」
馬岱が、押し殺した声を出した。
「私は……味方を売るような真似など、しない。呂布、早く私を殺せ」
「殺さないよ」
呂布が、言った。
「なに?」
「あのねー、馬岱さんは大事な大事な人質なの! 殺しちゃったら、意味ないでしょ!」
「……なんのために、私に、その四人のことを?」
「攻めるから」
呂布が、詠うように、言った。
「戦に、使えるもの。だから欲しかった」
言い方に、冷たいものが混じる。
戦場でも、同じ空気を馬岱は感じた。
呂布は、あどけない容貌を持つ。
そんな呂布に、馬岱は気圧された。
「うーん、教えてもらえないなら、しょうがないね」
もう、いいよと、言う。
「戦には、魏延も連れてくから。何かあったら、貂蝉姉様に言ってね」
馬岱は黙っていた。
魏延が、済まなさそうに、自分に頭を下げた。
「……出陣」
呂布が言った。
広間にいた人間が少なくなっていく。
魏延は、最後に出ていった。
「……私は、どうすればいいんだ?」
残っている人間は、三人だけであった。
「うーん……食事は」
貂蝉が尋ねた。
「一人でいい」
「そう。とりあえず、今まで通り、かな」
「陳宮殿、私の手の者も、今まで通りに」
賈詡が言った。陳宮が頷く。
「はい。馬岱殿、もうしばらく辛抱願います」
「……しばらく、とは、どういう意味だ?」
馬岱が、口を開いた。
「それは」
「兄上も叔父上も、お前達には屈しない! 必ず勝つ! もっとも……そのときには、私はこの世にはいないのだろうが」
自分は、人質なのだから。
声は、少しずつ小さくなっていた。
「用は、済んだのだな。私はお前達を見ていたくないんだ」
「では、お帰り下さい」
妙な言い方だと思った。
自分が帰る場所は、ここにはないのだ。
馬岱は、自分の部屋に戻ると、涙を零した。
よく、耐えてきたと。
死ぬのは、怖かった。
もっと、生きていたい。
自分は、弱い人間なのだ。
魏延がいてくれたから、今まで、なんとかなった。
甘えていたのだ。
その魏延は、もう、城にはいない。
馬岱は、部屋から出ないと心に決めた。
部屋の扉を、叩く音。
聞き覚えがあった。
顔をあげる。
扉は開けられていた。魏延の姿が、そこにあった。
「魏延……」
「えっと……十部軍のうち、七人は、呂布様に降りました」
「……そうか」
別に、驚きはしなかった。
淡々と事実を受け入れる。
激しい調練を、城から眺めていたのだ。
その強さは、身をもって知らされもした。
「あとは、馬騰さんと韓遂さん、それに馬玩さんだけです」
三人で、三万に達するだろうか。
最後に見た呂布軍は、四万近くになっていた。
「……なぁ、魏延」
「はい」
「呂布と、話をさせてくれ」
そう、馬岱が言った。
跪く。
額を、床に着けた。
そう、馬岱が言った。
自分に与えられた部屋。
今日は、外に出る事を許されなかった。
城の空気が、変わった。
それは、部屋の中でじっとしていて、感じる事が出来た。
「呂布様が……馬岱さんと、お話したいって」
魏延が、遠慮がちに言う。
答えが予想出来たのだ。
短いつき合いだが、それなりにお互いの事は知っている。
「断る」
馬岱が、そっぽを向いた。
やっぱりと、魏延は溜息を吐いた。
「話す事など、何もない」
それは、本心から。
呂布は、馬岱にとって、「自分達」を脅かす敵なのだ。
呂布の将である魏延と親しくなっても、それは変わらない。
「駄目です!」
魏延が、大きな声を出した。
「私は、捕虜だ。それでも、誇りある馬家の、馬岱だ」
馬岱の、子犬のような大きな瞳が、光を帯びる。
後漢の名将、馬援。
馬家は、その子孫を名乗っていた。
その正当性は……孫子の子孫を名乗った孫堅、中山靖王の末裔を名乗った劉備よりはあるような。
「駄目なんです……とにかく、会って下さい。会うだけなら」
「……私は、死ぬのか?」
馬岱が、小さな声を出した。
「殺されるのか?」
「違います……」
魏延が、俯いた。
「殺されるなら、魏延の手に掛かりたいな」
努めて、笑顔を見せて。
馬岱の握っている手が震えている。
俯いた魏延の視線が、そこで止まった。
「なぁ……殺されるんだろう? 覚悟は、出来てる」
「そんなこと、させませんから」
「呂布の命令でもか?」
「……」
「答えられないだろう? そうだな。お前は、呂布の武将――最強を誇った、呂布麾下の隊長なんだ。私よりも、呂布を、優先するだろう。それでもいい。今まで、私に良くしてくれてありがとう」
「馬岱さん……僕……」
「死ぬ前に、呂布の顔を見てみるか。魏延の頼みだ」
馬岱が、透明な微笑みを、魏延に見せた。
「来るかなー」
「どうでしょうね」
呂布。
大きな椅子――古い玉座――の上で、地に届かない脚をぶらぶら。
広間に居並ぶ武将、文官、軍師。呂布一家の、ほぼ全員。
武将は皆、鎧を身に着けていた。
いないのは、雛と魏延ぐらい。
扉が、開かれる。
重い音を立てながら。魏延、そして馬岱が、姿を見せた。
呂布が、玉座からちょんと降り立った。
とことこと歩いていく。
馬岱の前に、立った。
「馬岱さん来てくれたんだね! 魏延、ありがとう!」
魏延の頭を撫で撫でと。
魏延は、耳を赤くしながらも浮かない顔をしていた。
「それで、用件はなんだ?」
「うーんとね、聞きたい事があってね」
陳宮ー、と、間延びした声を出す。
はいはいと、陳宮が返事した。
「馬岱殿、二・三、質問したいのですが、よろしいでしょうか?」
馬岱は、興味なさそうにそっぽを向いた。
ちっ、と、臧覇が舌打ちをした。
広間に、響いた。
それでも、馬岱はそっぽを向いたままだった。
陳宮は、少しも表情を変えずに話を進めた。
「張横、梁興の二人は、いかなる人物でしょうか?」
返事は、なかった。
また、舌打ちの音がした。
「楊秋、侯選の二人は、いかなる人物でしょうか?」
やはり、返事はなかった。
「お答え、願えませんか?」
「……殺すなら、殺せ」
馬岱が、押し殺した声を出した。
「私は……味方を売るような真似など、しない。呂布、早く私を殺せ」
「殺さないよ」
呂布が、言った。
「なに?」
「あのねー、馬岱さんは大事な大事な人質なの! 殺しちゃったら、意味ないでしょ!」
「……なんのために、私に、その四人のことを?」
「攻めるから」
呂布が、詠うように、言った。
「戦に、使えるもの。だから欲しかった」
言い方に、冷たいものが混じる。
戦場でも、同じ空気を馬岱は感じた。
呂布は、あどけない容貌を持つ。
そんな呂布に、馬岱は気圧された。
「うーん、教えてもらえないなら、しょうがないね」
もう、いいよと、言う。
「戦には、魏延も連れてくから。何かあったら、貂蝉姉様に言ってね」
馬岱は黙っていた。
魏延が、済まなさそうに、自分に頭を下げた。
「……出陣」
呂布が言った。
広間にいた人間が少なくなっていく。
魏延は、最後に出ていった。
「……私は、どうすればいいんだ?」
残っている人間は、三人だけであった。
「うーん……食事は」
貂蝉が尋ねた。
「一人でいい」
「そう。とりあえず、今まで通り、かな」
「陳宮殿、私の手の者も、今まで通りに」
賈詡が言った。陳宮が頷く。
「はい。馬岱殿、もうしばらく辛抱願います」
「……しばらく、とは、どういう意味だ?」
馬岱が、口を開いた。
「それは」
「兄上も叔父上も、お前達には屈しない! 必ず勝つ! もっとも……そのときには、私はこの世にはいないのだろうが」
自分は、人質なのだから。
声は、少しずつ小さくなっていた。
「用は、済んだのだな。私はお前達を見ていたくないんだ」
「では、お帰り下さい」
妙な言い方だと思った。
自分が帰る場所は、ここにはないのだ。
馬岱は、自分の部屋に戻ると、涙を零した。
よく、耐えてきたと。
死ぬのは、怖かった。
もっと、生きていたい。
自分は、弱い人間なのだ。
魏延がいてくれたから、今まで、なんとかなった。
甘えていたのだ。
その魏延は、もう、城にはいない。
馬岱は、部屋から出ないと心に決めた。
部屋の扉を、叩く音。
聞き覚えがあった。
顔をあげる。
扉は開けられていた。魏延の姿が、そこにあった。
「魏延……」
「えっと……十部軍のうち、七人は、呂布様に降りました」
「……そうか」
別に、驚きはしなかった。
淡々と事実を受け入れる。
激しい調練を、城から眺めていたのだ。
その強さは、身をもって知らされもした。
「あとは、馬騰さんと韓遂さん、それに馬玩さんだけです」
三人で、三万に達するだろうか。
最後に見た呂布軍は、四万近くになっていた。
「……なぁ、魏延」
「はい」
「呂布と、話をさせてくれ」
そう、馬岱が言った。
跪く。
額を、床に着けた。