小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

あやかし姫番外編~やつあしとびわ(12)~

 虫が、逃げる。
 そう、思った。
 


 男達は、無言で二人を取り囲んだ。
 十二人。
 恰幅のいい男が、黒之丞と女の正面に立った。
 その男の後ろに、どかりと座る者があった。
 皆、武器を持っている。
 ちらりと、興味なさそうに黒之丞は男達を見ていく。
 数を、頼みにしているだけか。
 つまらないな。
 ただの、人だ。
「なんの用だ?」
「用ならわかるだろう。なあ、白蝉」
「しらせみ?」
 聞き慣れぬ名だった。
「その女の、名だ……知らなかったのか?」
「そうか、白蝉という名か」
 知らなかった。
 悪くない名だと、黒之丞は思った。
「良い名だ」
 そう、言った。自然と、口に出た。
 それから少し、眉をひそめた。
 それどころではないと言いたげに、白蝉は黒之丞の腕にしがみついた。
 怯えが伝わってくる。
 白蝉は、何も言わない。
 言葉を、失っていたのだ。
「白蝉、渡してもらおうか?」
「お前が白蝉に金を貸したのか?」
 にやっと、笑う。答えは聞くまでもなかった。 
「そうか、お前がか」
「吉蔵と、いう。お前さん、うちのもんに」
「訊きたい事がある」
 吉蔵の言葉を遮って、黒之丞が言う。
「ああ! お前、自分の立場が分かってんのか!」
 吉蔵が、声を荒げた若い衆を手で制した。
「なんでありましょうや?」
「白蝉は、お前達に金を借りた」
 閉じて開かぬ目を、白蝉が黒之丞の顔に向けた。
「……男に、そそのかされて。その男のこと、お前は知っているか?」
 ふむと、顎を掻く。
 にやりと、
 にやりと、
 悪意に満ちた笑みを、吉蔵は顔面に貼り付けた。
「……組んで、いたな?」
「さて、ね」
「あ……」
 力が、抜けた。
 白蝉の力が、抜けた。彼女は、吉蔵の醜い笑みを、知らない。
 それでも……彼女の耳が、教えてくれる。
 全てを、嫌でも、理解する。
 早く食べてほしいと、切に、願った。
 哀しい、
 悲しい、
 かなしい――
 黒之丞が、力無くうなだれる白蝉を見やると、大きく息を吐いた。
 大きな瞳が、炯々と輝く。
 背中の肉が盛り上がる。
 蟲の、足脚。
 肉を突き破り、這い、出でる。
 四本の大きな蜘蛛の足脚は、目を見開く男達を、唸りを上げて薙ぎ払った。