小説置き場2

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あやかし姫番外編~やつあしとびわ(14)~

 男が、薄笑いを浮かべながら、太刀を上段に構えた。
 黒之丞が、ぐっと立ち止まる。
 離れて、いた。
 きちちと鳴くと、どうしようかと頭を巡らせた。
 後、一歩。
 それで、相手の間合い。
 男が持つ刀の長さから考えるなら、間合いの外なのだろうが。
 ここから、進めないなと黒之丞は思った。
 残った脚は、二本。
 人の手を「戻せば」、四本。
 それで、相手の太刀を捌いて、こちらの攻撃を加えられるか。
 ……糸、だな。
 くわっと、口を開ける。
 大きく伸びた、鋭い牙。
 ざんばらっと髪を振り乱すと、白い糸が吐き出された。
 男が、塊に刀を向ける。
 黒之丞は、しめたと思った。
 糸は、刀ごときでは切れない。
 これで、封じる事が出来る。
 男は、糸を刀で防いだ。糸で、繋がる。
 黒之丞が、一歩踏み出した。
「……毒刀」
 男が、言った。刀から、強い妖気が溢れ出した。 
 糸が――溶ける。
 黒之丞は糸を切り離した。
 ふんと、男が鼻で嗤った。
「……刀が本体か」
「まあ、そのようなもんだ」
 また、男が鼻で嗤った。
 糸が跡形もなくなる。蜘蛛の脚足も、動かなくなっている。
 遠巻きに、痛みに唸り声をあげながら見ている、吉蔵の部下。
 這って逃げている吉蔵。
 木の後ろで固くなっている白蝉。
 黒之丞は、男から目を離さなかった。
 男は、黒之丞から目を離さなかった。
 どちらも、動かなかった。
 じっと、身じろぎしなかった。
 嬉しげに、相手を見つめたまま。
 大きな目を、一瞬。ほんの一時、閉じた。
 黒之丞が。
 瞬き。
 目を開けたとき――男の刀が、目の前にあった。
 退いて。
 無理だ。
 退いて駄目なら、
「押してみろってか」
 己の手を蜘蛛の手に変じさせると、男の身体に真っ直ぐ伸ばす。
 刀が先か、蜘蛛が先か。
 どちらでもよかった。
 自分は人ではない。妖なのだ。そう簡単に、死にはしない。
 こちらの攻撃が届けばよいのだ。
 ――痛み。
「あがっ」
 悲鳴が、零れた。
 黒之丞の悲鳴。白蝉が、悲鳴の方に、恐る恐る、耳を向けた。
「……やるじゃないか」
 次に聞こえたのは、その言葉、であった。