あやかし姫番外編~やつあしとびわ(15)~
蜘蛛の爪は、男の胸を貫いた。
男の刃は、二本、脚を切断し、黒之丞の肩から斜めに斬り下ろされていた。
ずっと、躰が崩れる。
倒れたのは、黒之丞。
男が、倒れ伏したる黒之丞を、無表情に見下ろした。
「見事、見事」
そう言うと、蜘蛛の脚を、しゅっと斬る。
己の胸に刺さったままの蜘蛛の爪を、ぐっと引き抜くと、無造作に投げた。
手下が、逃げていく。
吉蔵が、泡を吹いて倒れた。
なぜなら――
男の胸からは、血が、出ていなかったから。
ぽっかりと空いた穴には、風景が――白蝉が、見えるのに。
地面を濡らす赤い血は、全て黒之丞のものだった。
「相打ち覚悟か。並の者なら、あそこで退いて真っ二つなのだがな」
黒之丞は、口を開かなかった。
ぐっと相手を睨み付けている。
蜘蛛の手が、人の手に、形を変えた。
「妖、だからな。自分に斬られても、大したことはないと思ったのだろう」
「……そうだ……悪いか」
現に、脚を切られても、大したことはなかった。
「いや、全く正しい。見たところ、かなり強き妖のようだが……相手が、悪かった」
ごぽっと、嫌な音がした。
白蝉は、耳を押さえた。聞きたくない。
こんな音、聞きたくない。
それでも……どんなに嫌でも、自分の耳は、聞き遂げてしまう。
倒れたのは、自分を食べると言った、妖。
血を、吐いたのも、その、妖。
「嘘吐き……」
そう、白蝉は、絞り出すように言った。
昔々、あるところに、無人の小さな社があった。
そこには、御神体として刀が奉られていた。
それは、封を幾重にも施された物であった。
ある日、それが無くなった。
近隣を荒らしていた、盗賊の一団。
その、死骸をその場に散らして。
刀は――実のところ御神体と呼べるようなものではなかった。
幾万匹の蝮の骸。
それを壺に貯め、浸す。人を斬った刀を。
武具、ではない。
それは、呪具、であった。
造ったはいいがどうにも扱いこなせなかった術者が、その社に封をして御神体と偽ったものだったのだ。
刀は、転々と持ち主を変えた。
強く、血の近き者へと。
妖刀、大蝮。
毒を纏う、刀であった。
「残念、自分はただの刀ではない。毒を纏った刀だ」
力を使うのでね。普段は、毒をださないが。
「毒刀――」
「ふん」
鼻で、嗤う。
男は、白蝉を見やった。
「せっかく手に入れた強い躰なのに、傷をつけられるとはね。全く、面白くなし」
「その躰、死人か」
男は、答えなかった。
代わりに。
黒之丞の背に、「己」を、突き刺した。
「……こんな、ものかな」
刀を引き抜く。黒之丞の背からどろっと流れた血は、毒々しい青緑が混じっていた。
足蹴にして、表向きにする。まだ息があるが、時間の問題だろうと思った。
それから、男は、白蝉に近づいた。
「妖の血は、俺の口に合わぬ。将太の血も、なぁ。やはり、女の血だな」
将太という名に、白蝉は反応した。
あの人、死んだの……と、小さく呟いた。
「ま、待ってくれ、蝮の旦那!」
吉蔵が、言った。
口の廻りに、泡が、ついたまま。
「その女には、既に買い手がついているんだ! 殺すのは」
「……心配するな」
「え?」
「お前の傍にいても、最近、血は吸えない。だから、お前も殺す」
絶句した吉蔵を、蝮は鼻で嗤った。
男の刃は、二本、脚を切断し、黒之丞の肩から斜めに斬り下ろされていた。
ずっと、躰が崩れる。
倒れたのは、黒之丞。
男が、倒れ伏したる黒之丞を、無表情に見下ろした。
「見事、見事」
そう言うと、蜘蛛の脚を、しゅっと斬る。
己の胸に刺さったままの蜘蛛の爪を、ぐっと引き抜くと、無造作に投げた。
手下が、逃げていく。
吉蔵が、泡を吹いて倒れた。
なぜなら――
男の胸からは、血が、出ていなかったから。
ぽっかりと空いた穴には、風景が――白蝉が、見えるのに。
地面を濡らす赤い血は、全て黒之丞のものだった。
「相打ち覚悟か。並の者なら、あそこで退いて真っ二つなのだがな」
黒之丞は、口を開かなかった。
ぐっと相手を睨み付けている。
蜘蛛の手が、人の手に、形を変えた。
「妖、だからな。自分に斬られても、大したことはないと思ったのだろう」
「……そうだ……悪いか」
現に、脚を切られても、大したことはなかった。
「いや、全く正しい。見たところ、かなり強き妖のようだが……相手が、悪かった」
ごぽっと、嫌な音がした。
白蝉は、耳を押さえた。聞きたくない。
こんな音、聞きたくない。
それでも……どんなに嫌でも、自分の耳は、聞き遂げてしまう。
倒れたのは、自分を食べると言った、妖。
血を、吐いたのも、その、妖。
「嘘吐き……」
そう、白蝉は、絞り出すように言った。
昔々、あるところに、無人の小さな社があった。
そこには、御神体として刀が奉られていた。
それは、封を幾重にも施された物であった。
ある日、それが無くなった。
近隣を荒らしていた、盗賊の一団。
その、死骸をその場に散らして。
刀は――実のところ御神体と呼べるようなものではなかった。
幾万匹の蝮の骸。
それを壺に貯め、浸す。人を斬った刀を。
武具、ではない。
それは、呪具、であった。
造ったはいいがどうにも扱いこなせなかった術者が、その社に封をして御神体と偽ったものだったのだ。
刀は、転々と持ち主を変えた。
強く、血の近き者へと。
妖刀、大蝮。
毒を纏う、刀であった。
「残念、自分はただの刀ではない。毒を纏った刀だ」
力を使うのでね。普段は、毒をださないが。
「毒刀――」
「ふん」
鼻で、嗤う。
男は、白蝉を見やった。
「せっかく手に入れた強い躰なのに、傷をつけられるとはね。全く、面白くなし」
「その躰、死人か」
男は、答えなかった。
代わりに。
黒之丞の背に、「己」を、突き刺した。
「……こんな、ものかな」
刀を引き抜く。黒之丞の背からどろっと流れた血は、毒々しい青緑が混じっていた。
足蹴にして、表向きにする。まだ息があるが、時間の問題だろうと思った。
それから、男は、白蝉に近づいた。
「妖の血は、俺の口に合わぬ。将太の血も、なぁ。やはり、女の血だな」
将太という名に、白蝉は反応した。
あの人、死んだの……と、小さく呟いた。
「ま、待ってくれ、蝮の旦那!」
吉蔵が、言った。
口の廻りに、泡が、ついたまま。
「その女には、既に買い手がついているんだ! 殺すのは」
「……心配するな」
「え?」
「お前の傍にいても、最近、血は吸えない。だから、お前も殺す」
絶句した吉蔵を、蝮は鼻で嗤った。