小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

あやかし姫~姫と狼(1)~

「久し振りに引っ張り出したけど、さっぱりさね。昔は、もうちょっと弾けたもんだけどねぇ」
 銀狐が、言う。
 河童の娘が、それを疑わしげに見やる。
 本当だぞ! 本当に琵琶弾けたんだぞ!
 そう、葉子が言った。
 それから……
「姫様?」
 葉子は、半分布団に入っている姫様に話しかけた。
「……え?」
「えっと……」
「ごめんなさい……」
 心配そうに、妖達は姫様を見た。

 

 居間。
 布団が、敷いてある。庭が見えるように、陽の光が入るようにと、格子が開けられていた。
 そこに、古寺の妖が集っていた。
 姫様。
 伏せっていた。
 あの、雨の日からずっと。もう、四日目。
 微熱が、続いていた。
「だ、大丈夫ですか?」
「うん。ごめんね」
 ぼぅっとすることが多かった。話をしていても、急に上の空になって。
 今の、ように。  
「……疲れたのかもね。姫様、もう、寝ようか」
「……まだ、朝です。さっき目が覚めたばかりなのに」
 姫様が、口を尖らせる。
 それから……けほっと咳をした。
 銀毛を逆立てると、葉子は姫様を無理矢理布団に押し込めて。
 大袈裟だと、苦笑いを浮かべながら、姫様は銀狐に従った。
 廊下。
 目が、あった。金の瞳と、銀の瞳と。
 大きな、白い狼。
 もう一度、姫様は苦笑いを浮かべた。



「姫様、今は、丈夫になったのにな」
 妖狼がぺたぺたと足音立てて廊下を歩いていく。
「雨に打たれれば、風邪も引くだろう」
 ぱたぱたと、黒烏が羽音を立ててそれについていく。
「それでも……長いな」
 太郎が足を止める。
 黒之助は、すっと太郎の鼻先に向かった。
「一体、どうなってるんだ。頭領は、ただの風邪だと言った。確かに、微熱だけだ。時折、さっきのように咳はするけれども。でも……長すぎる。それに、」
「ぼうっとしてる……意識を手放すときが多いってか」
 陰鬱そうに、妖狼は言った。
 黒之助が、そうだと頷く。
「そうだ。太郎殿、何か頭領から聞いていないのか?」
「何かって、何だ。俺は、何にも聞いてねぇよ」
 また、歩き出す。
「何にも、聞いてねぇんだよ……」
 あの時、姫様を見つけたのは、己。
 己、だけ。
 今も、わからない。どうして、姫様は外に出ていたのか。どうして、雨に打たれていたのか。
 どうして――誰も気付かなかったのか。
 姫様に尋ねても、答えは返ってこなかった。
 落ち着いてから、頭領には話をした。
 あの、別の声のことも。血の、臭いのことも。
 頭領は、黙って聞いていた。話し終えると、
「誰にも、言うな」
 葉子にも、黒之助にも――当の姫様にさえも。
 それだけを、言った。
「なにをそう苛立っているのだ?」
「苛立ってなんか、ねぇ!」
 くぐもった唸り声をあげる。
 やれやれと首を振ると、黒之助が離れていった。
 太郎、うるさい!
 そう、葉子の声がした。
 太郎は、
「悪い」
 そう返事し、わからないと、呟いた。
 お前らの事も、わかんねぇと。