小説置き場2

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あやかし姫~姫と狼(2)~

「眠くないです……」
 姫様、少し赤いほっぺを膨らませる。沙羅が、だ、だよねと、頷いて。
 沙羅は、しばらく川に帰っていない。
 姫様が倒れてから、ずっと古寺に寝泊まりしていた。
「寝るの」
「沙羅ちゃん、」
「お話しせずに、寝ーるーのー!」
「はいはい」
 耳を押さえ、そう言って。
 ふっと、葉子の表情が、変わった。
 悲しい、色。
 姫様も、申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「本当に、早くよくならないとね」
「……ごめんね」
 姫様が、言った。
「いいさね」
 額に、触れられた。銀狐の、手。少し、冷たく感じた。
 子供の時は、よくこうやって額に触れられたものだった。
「やっぱり、熱あるね……変わってやりたいけど……」
 はぁっと、溜息を吐いた。
「んぁ?」
 にっこりと、姫様が微笑んで。
 葉子の手。姫様の手に、包まれていた。
「このまま、このまま」
「……あいあい」
 葉子の口元に、笑みが浮かんだ。
 姫様が、目を瞑る。
 暗闇が訪れる。
 姫様は、あの雨の日のことを考えた。
 なにが、あったのだろうと。
 あの日のことは、うっすらとしか、覚えていない。
 本当に、うっすらとしか。
 雨に、うたれていた。妖狼に、声をかけられた。
 太郎さんに――包まれた。
 そういえば、太郎さん、私から視線そらしてた。
 あれって……
 私、あの格好で雨にうたれてたんだよね……
「へ?」
 葉子が、声を出した。
「な、なんでもないです!」
 はてと、沙羅と顔を見合わせる。
 心なしか、姫様の手があったかくなったような気がした。
「ん……」
 暗闇に、白い霧が出てきた。
 白い、
 白い、
 霧。
 黒を、塗りつぶしていく。
 姫様の意識が、すっと白く包まれていく。
 ぼぉっとすると、思った。



「苦い……」
 姫様がちょこっと舌を出す。
 沙羅から湯飲みを受け取り、こくりと水を口に入れた。
「頭領のお薬、苦いです……」
 紅色の丸薬を一粒、食事の後に呑むよう言われていた。
 真紅のそれは、苦くて苦くて。
「良薬、口に苦しってね」
 葉子も、ちょこっと舌を出した。
 姫様が湯飲みをお盆に置くと、黒之助が手を伸ばした。
 それを持って、居間を出る。
 台所に持っていく。
 それから……
 かくんと首を前に傾けた。
「半分も、食べていない」
 お粥――小振りの椀の中にあって。
 梅干しの種が乗っかっている。
「もう少し、食べられても……なぁ」
「うんうん」
 烏天狗の後をついてきた妖達が頷いた。
 残りを残飯箱に入れると、黒之助は腕を組み、味が悪いのかと悩むのだった。