あやかし姫~姫と狼(終)~
「天の理を歪ませたお前には、わらわの力は、及ばぬのかな」
「俺は……生きて」
「嘘」
爪が、ぴくりと震えた。
「嘘じゃねぇ……」
自分の声。こんな情けない声だったか。
「死んだのだよ、お前は。あの時に、確かに、死んだのだよ」
「傷は深かったけど、死んじゃ」
「いいや、死んだ。お前は確かに、あのとき、死んだ」
あの時――
自分の故郷に、行ったとき。
「嘘だ!」
「そう、お前が、嘘。お似合いじゃな、わらわと、お前は。死に狼と、あやかし姫。本当に、お似合いではないか」
姫様が、手を、妖狼に伸ばした。
頬に触れ、それから、腕を絡ませた。
汗が、姫様に落ちる。
顔が、触れそうになる。
冷ややかな眼差し。金と、銀の、瞳。
艶やかに笑み、冷たい表情を解くと、
「もう、子供ではない」
女はそう、言った。姫様の声で、そう、言った。
「いつまでも、子供扱いするな。わらわも、そうじゃ。目の見えぬ女と、蜘蛛のことを、羨ましがりおって。幼い鬼の、父と母を羨ましがりおって。鬼の姫と、人の身を捨てし者を、羨ましがりおって。別に、良いではないか。なぁ?」
好いておれば、良いではないか。
些細なことではないか。
「わらわは、お前が好きじゃ。どうやら、そうらしい。お前も、わらわが好きじゃ。それで、よい。それで、十分じゃろう」
「俺は……お前を……」
「皆、眠っておる」
――好いた女を抱くなら、今ぞ。
「誰が、てめぇなんかを……」
妖狼の肌に、血管が幾つも幾つも浮き出ていた。
「強情な……素直になればよいのに」
ふんと、鼻で嗤う。
また、景色が廻った。放り投げられたのか。
息を吐く。
顔をあげる。
あの、女。
女は、居間を見ていた。
静かに、少女が、歩いてくる。
姫様が、歩いてくる。やはりあれは、騙り者だったのか。
妖狼は声をかけようとして、はたと立ち止まった。
深紅の、細長い瞳。
その瞳に、見据えられて。
「貴様……どうして! もう、のうなったのではないのか!」
姫様が、姫様を見やる。
二人は、一歩一歩近づいていく。
鏡合わせのように、
一つ、
一つ。
同じ、動きを。
「そうか、また……やはり、あれだけでは、足りぬかよ……太郎」
妖狼は、女を、見やった。
「また、会おうぞ」
妖しいほどに、色香を帯びていた。それは、恐ろしさすら、感じさせて。
手の平を、互いに合わせた。
光。
どうして、月が。
そう、太郎は思った。
「夢だったのかよ……」
「なにがですか?」
平穏な、日々。
いつもの、古寺。いつもの、姫様。
「……いや、なんでもない」
「隠し事、ですか」
「……串団子、食べました」
「やっぱり!」
つんとすると、姫様が去っていく。
黒之助が、こちらを呆れたように見ていた。
葉子が、姫様の傍に寄る。
妖狼は、姫様の背が消えていくのを、じっと見やった。
――夢のわけが、ない。
あれは……頭領の、瞳だった。
あの時俺は……死んだのかよ……
「俺は……生きて」
「嘘」
爪が、ぴくりと震えた。
「嘘じゃねぇ……」
自分の声。こんな情けない声だったか。
「死んだのだよ、お前は。あの時に、確かに、死んだのだよ」
「傷は深かったけど、死んじゃ」
「いいや、死んだ。お前は確かに、あのとき、死んだ」
あの時――
自分の故郷に、行ったとき。
「嘘だ!」
「そう、お前が、嘘。お似合いじゃな、わらわと、お前は。死に狼と、あやかし姫。本当に、お似合いではないか」
姫様が、手を、妖狼に伸ばした。
頬に触れ、それから、腕を絡ませた。
汗が、姫様に落ちる。
顔が、触れそうになる。
冷ややかな眼差し。金と、銀の、瞳。
艶やかに笑み、冷たい表情を解くと、
「もう、子供ではない」
女はそう、言った。姫様の声で、そう、言った。
「いつまでも、子供扱いするな。わらわも、そうじゃ。目の見えぬ女と、蜘蛛のことを、羨ましがりおって。幼い鬼の、父と母を羨ましがりおって。鬼の姫と、人の身を捨てし者を、羨ましがりおって。別に、良いではないか。なぁ?」
好いておれば、良いではないか。
些細なことではないか。
「わらわは、お前が好きじゃ。どうやら、そうらしい。お前も、わらわが好きじゃ。それで、よい。それで、十分じゃろう」
「俺は……お前を……」
「皆、眠っておる」
――好いた女を抱くなら、今ぞ。
「誰が、てめぇなんかを……」
妖狼の肌に、血管が幾つも幾つも浮き出ていた。
「強情な……素直になればよいのに」
ふんと、鼻で嗤う。
また、景色が廻った。放り投げられたのか。
息を吐く。
顔をあげる。
あの、女。
女は、居間を見ていた。
静かに、少女が、歩いてくる。
姫様が、歩いてくる。やはりあれは、騙り者だったのか。
妖狼は声をかけようとして、はたと立ち止まった。
深紅の、細長い瞳。
その瞳に、見据えられて。
「貴様……どうして! もう、のうなったのではないのか!」
姫様が、姫様を見やる。
二人は、一歩一歩近づいていく。
鏡合わせのように、
一つ、
一つ。
同じ、動きを。
「そうか、また……やはり、あれだけでは、足りぬかよ……太郎」
妖狼は、女を、見やった。
「また、会おうぞ」
妖しいほどに、色香を帯びていた。それは、恐ろしさすら、感じさせて。
手の平を、互いに合わせた。
光。
どうして、月が。
そう、太郎は思った。
「夢だったのかよ……」
「なにがですか?」
平穏な、日々。
いつもの、古寺。いつもの、姫様。
「……いや、なんでもない」
「隠し事、ですか」
「……串団子、食べました」
「やっぱり!」
つんとすると、姫様が去っていく。
黒之助が、こちらを呆れたように見ていた。
葉子が、姫様の傍に寄る。
妖狼は、姫様の背が消えていくのを、じっと見やった。
――夢のわけが、ない。
あれは……頭領の、瞳だった。
あの時俺は……死んだのかよ……