小説置き場2

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あやかし姫番外編~鬼之姫と(5)~

 次に門をくぐったのは、かみなりさまの、男の子。
 朱桜が手を振ると、ちょっと照れながら手を振り返した。
 それから、ずらっと居並ぶ鬼を見て、あんぐりお口を開けてしまった。
「……」
「どうしたのじゃ、光? そんなに呆けた顔をして」
「どうしたの、光くん?」
「いやあ……」
 そそくさと、二人の所へ行く。居心地、悪そう。 
 方々から来る、鋭い眼光。
 幼く、そして力の弱い光には、それはそれはきついもの、であった。
「なんだか、みんな怖いね……」
「そうですか? そんなことないですよ」 
 朱桜は、事も無げに言う。白月も、そうじゃそうじゃと同意する。
 ははーん。
 巫女の瞳が、きらりと光った。
「あれか。初めての場所でお袋様と離ればなれ。それで、怖くなったのか?」
「ち、ちげえよ!」
「お袋様って、桐壺さんのこと?」
「んぬ。桐壺には世話になってのう」
「桐壺さん、優しそうな人だよね」
 うんうんと、顔を思い出す。
 大好きな彩花さまのところで、会った事が何度かある。
「お袋が……」
「お袋様が……」
 二人とも、それっきり、口を開かなくなった。
「え、ええ?」
「いや、いいじゃん」
「そうじゃのう……」
 どこか、げっそりしていた。
 元気の良いお子様二人。
 かみなりさまが誇る女傑、桐壺。
 しつけは厳しい。それは、鬼岩城に住むようになってから。
 今まで、甘やかし過ぎていたと、あの一件で彼女は方針を変えたのだ。
「桐壺さん来てないですか。それじゃあ、二人で来たのですか?」
 ぴくりと、虎熊の片眉が動いた。
「ん、違う違う」
 光が、首を振った。
 鬼の緊張が高まる。光が、ぶるっと身を震わせた。
 また一人、門から現れた。
 それは、子供では、なかった。
「来たか」
 石熊が、呟いた。
 女。
 女は、朱桜を見ると、ごろごろ喉を鳴らし、その小さな身体を抱き締めようとするかのように手を広げて走り寄った。
 そして、遮られた。
 四天王が、朱桜の目の前に立っていた。
 女の表情が曇り、鈴をちりんと、一声鳴らした。
「あう?」
 朱桜が、四人の鬼を、見上げた。
 後ろ姿。表情は、わからなかった。
「この女は?」
鈴鹿御前じゃ、ない」
 どこか、ほっとした声。
「おう、おんなじ顔じゃぞ、光!」
「本当だ……分身?」
 二人が、物珍しそうに四人を見上げた。
 金色の鈴が、ちりちりと、せわしなく音を立てる。
 どこか、戸惑っているような音で。
「違いますですよ。四天王さん、四つ子さんなのです」
「なるほどなるほど、そっくりなはずじゃのう。む、そうじゃ。これが誰だかわかるか?」
 へへっと、嬉しそうに朱桜は頭に手をやった。
 うーん。
 えっとねえー。
 女――少女は、うるうると、朱桜を見つめていた。
「鈴ちゃん!」
「当たり!」
「にゃん!」
 朱桜が、少女に飛びついた。少女が、朱桜に頬ずりした。
 尾っぽを生やした少女。
 尾は、二本――ふたまた。
 紐で首にかけられた鈴の音が、ちりんちりんと鳴り響く。
 少女の名は、鈴。
 それは、鈴鹿御前の愛猫で。
「今日は鈴も一緒なのじゃ」
「鈴ちゃん、大きくなったですねー」
「にゃーん」
「あれですか。あの時と同じですか?」
 鈴が頷く。
 身振り手振りで、なにやら朱桜に伝え始めた。
「……わたしもいきたいっていったら、このすがたにしてくれた。ほぉほぉ、なるほど、うんうん……」
 朱桜は、鈴に相づちを打って。
 鈴と朱桜の様子を、白月は不思議そうに眺めた。
「会話になっとるのか?」
「なってるんじゃない? おいらにはわからないけど」
「わしもじゃ……」
 神酒が一種、猫神之酒。
 それを呑んだ鈴は、一時的に人の姿転じたことがあった。
 それでも、まだまだ幼い鈴は、言葉を話すことが出来ず、ちょっとした騒ぎ……そう、ちょっとした、騒ぎを引き起こしたことがあった。
 今日は、そのお酒の力を使い、人の姿になったのだ。
「あは、私に会いに来てくれたですね。嬉しいですよ」
 鈴も、嬉しそうに、喉を震わせ朱桜の言葉に応えた。
「三人……」
 報せでは、三人だと聞いていた。
 金熊が、ついっと白月に話しかけた。
「巫女殿、つかぬ事をお聞きしますが」
「なんじゃ?」
「今日は、この三人で来られたのですか?」
 もしそうなら……このような警戒は必要ない。
「うむ、違う」
 期待は、あっさりと裏切られた。
「そ、そうなのですか?」
 声の、震え。
 巫女に気取られる事は、なかった。兄弟には、気づかれたろうが、それはどうだっていい。
「……といっても、どこにいるんじゃろうな? さっきまで、一緒だったのに」
「そうだね。どこ行ったんだろう」
「ふふ」
 女の、笑い声。どこからともなく、響いてきた。
 誘うような、そんな声だった。
 何時のまに、そこに、いたのだろうか。
 朱桜と鈴の、後ろ。
 鬼の、女が立っていた。艶やかな笑みを、振りまいていた。
「ふふふ……」
 四天王が、絶句した。
 気づけなかった。
 入られていた事に。
「や! 美しくて聡明で優しい鈴鹿御前様から、お三方のお付きに選ばれました、小鈴と言います。よろしく、だぞ」
 女が、ぺこりとお辞儀した。
 白月と光が、吹き出しそうになる。
 顔を真っ赤に、それをこらえる。
 鬼達と、正反対の色。
 朱桜は、ぽかんと女の顔を見た。
「……鈴鹿御前さん?」
「違うぞ。私は、小鈴! 小鈴だぞ!」
 えっへんと胸を張り、西の鬼姫が、そう、言った。