小説置き場2

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あやかし姫番外編~鬼之姫と(11)~

 姫様が、眠っていた。
 すやすやと、すやすやと、寝息を立てていた。
 机の上に、頬寄せていた。
 傍らに、白い狼が。
 こちらも、丸まってすやすやと
 辺りに、ぽとんぽとんと妖達が落ちていた。
「いい、寝顔。本当に、いい、寝顔」
 葉子が、小さな小さな声で、言った。
 手に、荷物。
「はい」
 ふわりと姫様に小袖を被せた。
「風邪ひくと、いけないもんね」
 書き物の、途中。うとうと、うとうと。
 疲れて、一休み。
 気が付くと、いつの間にか、書きかけの上で姫様は眠っていた。
「夜、遅かったの?」
 寝息が、聞こえる。
 じっと、見る。じっと、見つめる。
 飽きないなぁと、銀狐は思った。
「……」
 にこにこ、にこにこ。
 銀の尾が、揺れる。
「うん」
 銀狐が姫様から離れる。
 仕事が少し残っているのだ。
「あと、一畳みさね……それから、あたいも一眠りするさね」
 うーんと伸びをすると、太郎を見やってから、そう、言った。
 ……ぴくりと、姫様の肩が動いた。
 ぴくりと、姫様の身体が動いた。
 葉子が、ぴくりと顔を強張らせた。
「うあ……」
 起こしてしまった。せっかく、気持ちよさそうに寝てたのに。
 声が、大きかったのだろうか。
 気を付けてたつもりなのに。
 姫様が、顔を起こす。
 頬……
 字が、映っていた。
 紙から、移ったのだ。
「葉子さん……」
 幽かな、声。微かな、声。
 眠たそう。
 少し、目を擦った。
 ぴっと、指差す。
 銀狐が、それを目で追った。
「お客さんです……」
「お客さん?」
「はい……」
 それだけ言うと、また、姫様が机に頬を擦り寄せた。
「客ねぇ……」
 玄関を出、門に出。
 誰も、いない。
「客?」
 首を傾げる。
「姫様……お疲れなのかな?」
 また、首を傾げる。
 いつもなら、自分も出ていくのに。
 空に、目をやった。
 皐月晴れ。
「いい天気さ……って、あれ?」 
 雲が、目に入った。
 晴天に似つかわしくない黒い雲。
 かなりの勢いで、流れている。
「……なるほど……」
 雲が、高度を下げ始めた。
 どちらだろう。
 この感じは……
 すたりと、女が足を地につけた。
 虎柄の着物。
 背中の太鼓。
 女は、幾筋もの光を帯びていた。
「お久し振りさね」
 葉子が、笑いかける。
 女は、挨拶もそこそこに、
「すみません! うちの、うちの子『達』を知りませんか!」
「痛っっっ!」
 女――桐壺が、葉子の腕を掴むと、ぴしりと何かが弾ける音がした。
 静電気。
 葉子の悲鳴に、桐壺が腕を引っ込めた。
「ごめん、ごめんね!」
 小さな光が乱れ飛ぶ。
 慌てているなぁと、葉子は思った。 
「いいさいいさ……んと……うちの子『達』?」
「はい!」
「達?」
 念を、押す。
 光は、一人っ子のはずだ。
「あ……光と、白月さまです」
 そうですね……そうですね、はい。
 声が、低くなる。
 少し、落ち着いてきているようであった。
「光も白月ちゃんも見てないよ」
「……そうですか。葉子さんのところじゃないんですね……私は、葉子さんだと思ったんですが。あんなに、懐いていますし」
「なにか、あったのですか?」
 ぼんやりとした、姫様の声。
 桐壺が、困惑げな表情を浮かべた。
 葉子が振り返る。
 姫様。小袖を羽織っていた。
 白い頬に、字が映り込んでいた。
 二人の表情は、似たようなもので。
「……はい?」
「姫様、ほっぺほっぺ!」
「は?」
「字、字!」
「……あ!」
 真っ赤になると、姫様がお寺に戻っていく。
 しばらくして、
「教えて下さい!」
 という、大きな声が聞こえた。
 太郎に言っているのだろうか。
 首を少し竦めると、葉子はかみなりさまに視線を戻した。
「……で、どうしたんだい。そんなに、慌ててさ」
「はい、」
 そして、話を聞いて、葉子も慌てた。