あやかし姫番外編~鬼之姫と(12)~
「むう……下が遠いぞ」
「高いねー」
「そうですねー」
足をぷらぷらさせるお子様三人。
朱桜、光、真ん中に白月。
雛段々の、一番上。
ふんわり笑う、お内裏様とお雛様の前に腰掛けていた。
ぽりぽりと、音。
三人は、お菓子に手を伸ばし。
色鮮やかな、雛あられに。
飛行途中に、取ってきたのだ。
「んぱー! これ、美味しいぞ!」
「白月ちゃん、光君、急ぎすぎですよー」
白月。貪るように、雛あられを口に頬張っていた。
光も、そう。同じように、詰め込んでいた。
「そんなに急がなくても……ゆっくり食べればいいですよ」
そう言うと、手を伸ばす。
朱桜の小さな手が、空を切った。
山盛りにしていた、雛あられ。
二人のお口に、収まってしまったのだ。
「な、ない……」
二人のほっぺたぱんぱんに。
朱桜は、唖然としてしまった。
それから……、彼女は、愕然とした。
二人の顔が、苦しげになったのだ。
胸を叩き、じたばたじたばた。
顔が、紅色に染まっていた。
「んあ! あ、あ、……お水です!」
差し出す。二人、がぶがぶ水を飲む。
喉に、詰まったのだ。
学んだ事が、役に立ったですよ。
ほっと、朱桜は胸を撫で下ろした。
「急ぎすぎなのですよ」
「でもなあ。儂らは、いつもこんな感じじゃぞ?」
「そうそう。じゃないと、取られちゃうもの」
「……取られる?」
「鈴鹿がのう、ぱくっと食べてしまうのじゃ。太る太ると言いながら、ぱくぱくっと。大獄丸もじゃ」
「おいら達、ご飯の時いっつも早い者勝ちだからさぁ」
「つい、癖がの」
「癖がね」
「へー」
「朱桜ちゃんは、ゆっくり過ぎなのじゃ。そんなのでは、美味しいものが無くなってしまうぞ?」
大変ですねーと思った。
それじゃあ、私よりゆっくりな彩花さまは、どうなるんだろう?
そういえば、鬼ヶ城で宴をやるときは、私の周り以外は修羅場になってます。
きっと、ああいう感じなのですね。
「ふえ?」
ほっぺを、つつかれた。
にぱっと、白月が笑った。
「あれじゃのう、朱桜ちゃんは、もち肌さんじゃのう」
今度は、朱桜が白月の頬を触った。
「白月ちゃんは、つるつるさんなのですよ」
「そうか?」
自分の頬を触る。
「……つるつるさんじゃ!」
「です! あ、かけら付いてますよ」
じっとしてー。
はい。
「ありがとうなのじゃ」
「いえいえです」
お姉さんですから。
えへん。
「およ?」
「どうしたですか?」
白月が上を見上げ、何かに気付いたようだった。
朱桜も、光も、上を見上げた。
岩ぼこの天井。
幾つも影持つ、岩々が見えた。
「どうしたですか?」
もう一度、尋ねた。
「このお雛様」
朱桜が、ああ、そう、言った。
「角が、ないんじゃな」
「あ。そういえば」
三人で見たお人形の数々は、皆額に角を持っていた。
――鬼なのだ。
お内裏様も、鬼だった。
お雛様だけが、角がなかった。
「これは……わたしの、母さまだからですよ」
ぽつんと、言った。
「母さま?」
「そうです……母さまなのです」
しんみりとした朱桜に、白月は次の言葉が浮かばなかった。
それは光も同じ。
きょろきょろと視線が彷徨った。
朱桜の母さま――黄蝶。
人である身。
人であった身。
そういえばそのお雛様は、どことなく朱桜に似ていた。
「うあ……えっと、えっとな。そうじゃ、朱桜ちゃんは、将来、どうするのじゃ?」
話を変えようと。
無理矢理にでも変えようと。
思いついた言葉を、ぽんと口にした。
「将来ですか……どうなるんでしょう」
将来。
この先。
そんなこと、考えた事ないですよ。
「儂はな……儂は、光とけっこんする!」
「……」
「……誰とって?」
「光!」
「おいら? ……おいら!?!?!?!?!?!?」
けほけほ。
光がむせた。
朱桜は、目をぱちくりとさせた。
「そう、儂は光とけっこんする! 鈴鹿が言っておった。けっこんすると、いつも一緒にいられるそうじゃ。じゃから、儂は光とけっこんする!」
「今も、いつも一緒にいるよ?」
寝起きも、桐壺を挟んで同じ部屋。
ずっと一緒。
「ぬ? ……ぬ? あれ? ……じゃ、じゃあ、朱桜ちゃんとけっこんする!」
「わ、私ですかぁああぁ!?」
「そうすれば、いつも一緒に遊べるぞ! どうじゃどうじゃ!?」
「白ちゃん、ちょっと勘違いしてるような……」
「私も、そう思うです」
ちょっと、耳貸すですよ。
「なぬ!? 耳は貸せんぞ!」
ちぎるのかー?
引きちぎるのかー?
それはきっと痛いぞー!
「あー、こしょこしょ話ですよ」
「なるほど」
ごにょごにょ、こしょこしょ。
ひそひそと。
光には、聞こえなかった。
「そうかそうか! 大体わかった!」
ちょっと、思い違いしてたのかな。そう、光は思った。
うん、びっくりした。
びっくりして、胸がどきどきした。
今も、そう。
本当にびっくりした。
頭、真っ白。
本当に、真っ白。
あれ……でも、嬉しいな。
「やっぱり、朱桜ちゃんは物知りさんじゃのう」
「へへ」
彩花さまには、全然かなわないけどね。
そう言われると、やっぱり嬉しいのです。
「儂は、駄目じゃ。全然、物を知らん。本当に、知らん。さっぱりじゃ。百年も生きてるのに」
「百年?」
朱桜の耳を、妙な言葉がよぎった。
聞き間違い? 言い間違い?
「そうじゃ、百年も、」
「百年!?」
「お、おお?」
立ち上がり、吠えた朱桜に白月はきょとんとした。
「百年ってなんですか!?」
また、叫ぶ。
白月は、何かがもぞりと動いたような気がした。
「へ……わ、儂の歳、」
……ぺたん。
尻餅。
百年。
百、年。
百才。
百歳?
百、百……
そういえば、彩花さまはお風呂がとっても長いのです。
長い事、浸かっているのです。
背中の流しっこをして、頭を洗ってもらって。
私は、いつも先に出ます。
何度か、彩花さまが出るまで我慢した事があります。
もう、くらくらでした。のぼせてました。
彩花さまは、全然平気そうでした。
百。
彩花さまは、いつも最後に百数えます。
一、二、……百。
指は、十本です。
百だと、十人分です。
私が、十人。
彩花さまが、十人。
足の指を使うと……
父さまが五人、叔父上が五人……
百、ひゃく……
「お姉さん……」
「ぬ?」
「お姉さんじゃ、ない!」
両手を振り上げた。
わーっと、小走り。
ぽかぽか。
ぼーっとしている光の頭に、その小さな手を振り下ろした。
「な、何を言っておるんじゃ!?」
私がお姉さんだと思ったのに!
可愛い可愛い、妹さん!
ほら、私の方が背が高いのです!
なのに!
百……百!
それじゃあ、彩花さまより、お姉さんなのです!
沙羅ちゃんよりも、お姉さんなのです!
私の、私の可愛い可愛い妹さんが消えてしまいました!
「ふわーん!」
「痛い! 痛いよ、朱桜ちゃん!」
「お、落ち着くのじゃ!」
ぽかぽか。
ぽかぽか。
ぐらり。
ぐらり?
視界が、揺れました。
視界だけじゃないです。身体が、揺れてます。
振動。
小さく……そして、それは、大きく。
「揺れ、」
きゅっと、抱き締められました。
「え、え?」
光君。
抱き締められ、押し倒され。
怒った?
そうです……八つ当たりは、良くないのです。
不思議です。
まだ、揺れてます。
ぐらぐらと、揺れてます。
お内裏様が、近づいてきます。
光君の顔がとっても近いです。
真剣です。
息が、お耳にかかります。
お内裏様……近づいて、きます。
なんだろう……ぐらぐらで、どきどきなのですよ。
「高いねー」
「そうですねー」
足をぷらぷらさせるお子様三人。
朱桜、光、真ん中に白月。
雛段々の、一番上。
ふんわり笑う、お内裏様とお雛様の前に腰掛けていた。
ぽりぽりと、音。
三人は、お菓子に手を伸ばし。
色鮮やかな、雛あられに。
飛行途中に、取ってきたのだ。
「んぱー! これ、美味しいぞ!」
「白月ちゃん、光君、急ぎすぎですよー」
白月。貪るように、雛あられを口に頬張っていた。
光も、そう。同じように、詰め込んでいた。
「そんなに急がなくても……ゆっくり食べればいいですよ」
そう言うと、手を伸ばす。
朱桜の小さな手が、空を切った。
山盛りにしていた、雛あられ。
二人のお口に、収まってしまったのだ。
「な、ない……」
二人のほっぺたぱんぱんに。
朱桜は、唖然としてしまった。
それから……、彼女は、愕然とした。
二人の顔が、苦しげになったのだ。
胸を叩き、じたばたじたばた。
顔が、紅色に染まっていた。
「んあ! あ、あ、……お水です!」
差し出す。二人、がぶがぶ水を飲む。
喉に、詰まったのだ。
学んだ事が、役に立ったですよ。
ほっと、朱桜は胸を撫で下ろした。
「急ぎすぎなのですよ」
「でもなあ。儂らは、いつもこんな感じじゃぞ?」
「そうそう。じゃないと、取られちゃうもの」
「……取られる?」
「鈴鹿がのう、ぱくっと食べてしまうのじゃ。太る太ると言いながら、ぱくぱくっと。大獄丸もじゃ」
「おいら達、ご飯の時いっつも早い者勝ちだからさぁ」
「つい、癖がの」
「癖がね」
「へー」
「朱桜ちゃんは、ゆっくり過ぎなのじゃ。そんなのでは、美味しいものが無くなってしまうぞ?」
大変ですねーと思った。
それじゃあ、私よりゆっくりな彩花さまは、どうなるんだろう?
そういえば、鬼ヶ城で宴をやるときは、私の周り以外は修羅場になってます。
きっと、ああいう感じなのですね。
「ふえ?」
ほっぺを、つつかれた。
にぱっと、白月が笑った。
「あれじゃのう、朱桜ちゃんは、もち肌さんじゃのう」
今度は、朱桜が白月の頬を触った。
「白月ちゃんは、つるつるさんなのですよ」
「そうか?」
自分の頬を触る。
「……つるつるさんじゃ!」
「です! あ、かけら付いてますよ」
じっとしてー。
はい。
「ありがとうなのじゃ」
「いえいえです」
お姉さんですから。
えへん。
「およ?」
「どうしたですか?」
白月が上を見上げ、何かに気付いたようだった。
朱桜も、光も、上を見上げた。
岩ぼこの天井。
幾つも影持つ、岩々が見えた。
「どうしたですか?」
もう一度、尋ねた。
「このお雛様」
朱桜が、ああ、そう、言った。
「角が、ないんじゃな」
「あ。そういえば」
三人で見たお人形の数々は、皆額に角を持っていた。
――鬼なのだ。
お内裏様も、鬼だった。
お雛様だけが、角がなかった。
「これは……わたしの、母さまだからですよ」
ぽつんと、言った。
「母さま?」
「そうです……母さまなのです」
しんみりとした朱桜に、白月は次の言葉が浮かばなかった。
それは光も同じ。
きょろきょろと視線が彷徨った。
朱桜の母さま――黄蝶。
人である身。
人であった身。
そういえばそのお雛様は、どことなく朱桜に似ていた。
「うあ……えっと、えっとな。そうじゃ、朱桜ちゃんは、将来、どうするのじゃ?」
話を変えようと。
無理矢理にでも変えようと。
思いついた言葉を、ぽんと口にした。
「将来ですか……どうなるんでしょう」
将来。
この先。
そんなこと、考えた事ないですよ。
「儂はな……儂は、光とけっこんする!」
「……」
「……誰とって?」
「光!」
「おいら? ……おいら!?!?!?!?!?!?」
けほけほ。
光がむせた。
朱桜は、目をぱちくりとさせた。
「そう、儂は光とけっこんする! 鈴鹿が言っておった。けっこんすると、いつも一緒にいられるそうじゃ。じゃから、儂は光とけっこんする!」
「今も、いつも一緒にいるよ?」
寝起きも、桐壺を挟んで同じ部屋。
ずっと一緒。
「ぬ? ……ぬ? あれ? ……じゃ、じゃあ、朱桜ちゃんとけっこんする!」
「わ、私ですかぁああぁ!?」
「そうすれば、いつも一緒に遊べるぞ! どうじゃどうじゃ!?」
「白ちゃん、ちょっと勘違いしてるような……」
「私も、そう思うです」
ちょっと、耳貸すですよ。
「なぬ!? 耳は貸せんぞ!」
ちぎるのかー?
引きちぎるのかー?
それはきっと痛いぞー!
「あー、こしょこしょ話ですよ」
「なるほど」
ごにょごにょ、こしょこしょ。
ひそひそと。
光には、聞こえなかった。
「そうかそうか! 大体わかった!」
ちょっと、思い違いしてたのかな。そう、光は思った。
うん、びっくりした。
びっくりして、胸がどきどきした。
今も、そう。
本当にびっくりした。
頭、真っ白。
本当に、真っ白。
あれ……でも、嬉しいな。
「やっぱり、朱桜ちゃんは物知りさんじゃのう」
「へへ」
彩花さまには、全然かなわないけどね。
そう言われると、やっぱり嬉しいのです。
「儂は、駄目じゃ。全然、物を知らん。本当に、知らん。さっぱりじゃ。百年も生きてるのに」
「百年?」
朱桜の耳を、妙な言葉がよぎった。
聞き間違い? 言い間違い?
「そうじゃ、百年も、」
「百年!?」
「お、おお?」
立ち上がり、吠えた朱桜に白月はきょとんとした。
「百年ってなんですか!?」
また、叫ぶ。
白月は、何かがもぞりと動いたような気がした。
「へ……わ、儂の歳、」
……ぺたん。
尻餅。
百年。
百、年。
百才。
百歳?
百、百……
そういえば、彩花さまはお風呂がとっても長いのです。
長い事、浸かっているのです。
背中の流しっこをして、頭を洗ってもらって。
私は、いつも先に出ます。
何度か、彩花さまが出るまで我慢した事があります。
もう、くらくらでした。のぼせてました。
彩花さまは、全然平気そうでした。
百。
彩花さまは、いつも最後に百数えます。
一、二、……百。
指は、十本です。
百だと、十人分です。
私が、十人。
彩花さまが、十人。
足の指を使うと……
父さまが五人、叔父上が五人……
百、ひゃく……
「お姉さん……」
「ぬ?」
「お姉さんじゃ、ない!」
両手を振り上げた。
わーっと、小走り。
ぽかぽか。
ぼーっとしている光の頭に、その小さな手を振り下ろした。
「な、何を言っておるんじゃ!?」
私がお姉さんだと思ったのに!
可愛い可愛い、妹さん!
ほら、私の方が背が高いのです!
なのに!
百……百!
それじゃあ、彩花さまより、お姉さんなのです!
沙羅ちゃんよりも、お姉さんなのです!
私の、私の可愛い可愛い妹さんが消えてしまいました!
「ふわーん!」
「痛い! 痛いよ、朱桜ちゃん!」
「お、落ち着くのじゃ!」
ぽかぽか。
ぽかぽか。
ぐらり。
ぐらり?
視界が、揺れました。
視界だけじゃないです。身体が、揺れてます。
振動。
小さく……そして、それは、大きく。
「揺れ、」
きゅっと、抱き締められました。
「え、え?」
光君。
抱き締められ、押し倒され。
怒った?
そうです……八つ当たりは、良くないのです。
不思議です。
まだ、揺れてます。
ぐらぐらと、揺れてます。
お内裏様が、近づいてきます。
光君の顔がとっても近いです。
真剣です。
息が、お耳にかかります。
お内裏様……近づいて、きます。
なんだろう……ぐらぐらで、どきどきなのですよ。