益州騒乱(1)~張飛軍団~
巨魁魁偉な男。
蛇をかたどる鋼の矛、蛇矛を、手足の一部のように自在に振り回していた。
触れれば、人の身など一瞬で消し飛んでしまいそうな大嵐。
少年が、その旋風を身軽にかいくぐる。
手には槍。
二人とも、気に、満ち溢れていた。
遠くで、兵士が囃し立てる。
――張飛、
――趙雲。
張飛が、ぴたりと蛇矛の動きを止めた。矛の先を趙雲の胸元に向ける。
趙雲も、ぴたりと動きを止めた。槍を片手に、張飛の目を凝視した。
見守っていた陳到が、息をのんだ。
「……馬鹿かお前ら」
呑気な声だった。
それでいて、兵士の騒ぎに負けず、よく通った。
男の声。陳到が、声の方を見やり、頭を一つ下げた。
気勢を削がれた張飛が蛇矛を下げる。趙雲が、ぴょんと後ろに飛んだ。
「こんなところで命を賭ける奴があるか。とくに、張飛!」
男は、にやにやしながらぴしっと杖を張飛に向けた。
「うるせえなぁ、徐庶……こいつは、男と男の勝負だ」
がりがりと頭を掻く。趙雲は、陳到に駆け寄って。
「汗……」
ぽつりと漏らすと、陳到が布で汗を拭い始めた。
趙雲はにこにことされるがままになっていた。
「……何が男と男の勝負だ格好つけて。どうせあれだろ、晩飯どっちが奢るかとか、そん
なくだらないことなんだろ?」
「……」
張飛は反論しなかった。おいおい図星かよと徐庶は呆れ顔を浮かべた。
「張飛さん、今日のおやつ代は?」
とどめ。屈託のない笑顔で、そう、言った。
顔の全面を覆う布。唯一覗く陳到の右目は、どこか微笑んでいるようであった。
「お、おまえ! 言うなよ空気読めよ!」
「……訂正だ。このガキ『ども』め」
「……やるか、徐庶?」
かちんときたらしい。気炎が上がる。
「おいおい、俺は伊達に間諜をしきってるわけじゃないぞ」
かちりと音がした。杖から白刃が覗いた。
仕込み杖。どちらも、腕に覚えがある。万人の敵と、水鏡一門最強の男。
互いに互いを認め合っていた。
「……やめるか」
「……よし」
張飛が草むらに腰を下ろす。
徐庶もそれにならった。
「で、何のようだ?」
「いやあ、暇そうだろうなと思ってな」
にやにやにや。
「……暇だ」
兵士を遠ざけさせると、陳到と趙雲が、二人の傍に腰を下ろした。
「だろうな」
「小兄貴はいい。あそこは、戦の匂いがする」
張飛の小兄貴――関羽は、孫策の押さえとして黄祖とともに荊州の東に帯陣していた。
張飛は、荊州の西で新兵の調練を押しつけられた形だった。大兄貴である劉備の命令
なら、嫌とは言えない。
その時に、陳到と正式に従者から武将になった趙雲も付けられた。
調練はほぼ終わり、後は実戦を重ねるだけ。呂布さんの軍が圧倒的な強さを誇るのは、実戦を積み重ねているからだった。
だが、ここには戦う敵がいない。今は暇を弄ぶという格好である。
こうして、趙雲や陳到と手合わせするのが、張飛の戦の渇望を押さえていた。
「西はな……劉焉と同盟結んじまってるから、戦の匂いが微塵もしねぇ」
くく、っと、徐庶が笑った。大の大人が、子供じみた悪戯を見つかった。
そんな笑みだった。
蛇をかたどる鋼の矛、蛇矛を、手足の一部のように自在に振り回していた。
触れれば、人の身など一瞬で消し飛んでしまいそうな大嵐。
少年が、その旋風を身軽にかいくぐる。
手には槍。
二人とも、気に、満ち溢れていた。
遠くで、兵士が囃し立てる。
――張飛、
――趙雲。
張飛が、ぴたりと蛇矛の動きを止めた。矛の先を趙雲の胸元に向ける。
趙雲も、ぴたりと動きを止めた。槍を片手に、張飛の目を凝視した。
見守っていた陳到が、息をのんだ。
「……馬鹿かお前ら」
呑気な声だった。
それでいて、兵士の騒ぎに負けず、よく通った。
男の声。陳到が、声の方を見やり、頭を一つ下げた。
気勢を削がれた張飛が蛇矛を下げる。趙雲が、ぴょんと後ろに飛んだ。
「こんなところで命を賭ける奴があるか。とくに、張飛!」
男は、にやにやしながらぴしっと杖を張飛に向けた。
「うるせえなぁ、徐庶……こいつは、男と男の勝負だ」
がりがりと頭を掻く。趙雲は、陳到に駆け寄って。
「汗……」
ぽつりと漏らすと、陳到が布で汗を拭い始めた。
趙雲はにこにことされるがままになっていた。
「……何が男と男の勝負だ格好つけて。どうせあれだろ、晩飯どっちが奢るかとか、そん
なくだらないことなんだろ?」
「……」
張飛は反論しなかった。おいおい図星かよと徐庶は呆れ顔を浮かべた。
「張飛さん、今日のおやつ代は?」
とどめ。屈託のない笑顔で、そう、言った。
顔の全面を覆う布。唯一覗く陳到の右目は、どこか微笑んでいるようであった。
「お、おまえ! 言うなよ空気読めよ!」
「……訂正だ。このガキ『ども』め」
「……やるか、徐庶?」
かちんときたらしい。気炎が上がる。
「おいおい、俺は伊達に間諜をしきってるわけじゃないぞ」
かちりと音がした。杖から白刃が覗いた。
仕込み杖。どちらも、腕に覚えがある。万人の敵と、水鏡一門最強の男。
互いに互いを認め合っていた。
「……やめるか」
「……よし」
張飛が草むらに腰を下ろす。
徐庶もそれにならった。
「で、何のようだ?」
「いやあ、暇そうだろうなと思ってな」
にやにやにや。
「……暇だ」
兵士を遠ざけさせると、陳到と趙雲が、二人の傍に腰を下ろした。
「だろうな」
「小兄貴はいい。あそこは、戦の匂いがする」
張飛の小兄貴――関羽は、孫策の押さえとして黄祖とともに荊州の東に帯陣していた。
張飛は、荊州の西で新兵の調練を押しつけられた形だった。大兄貴である劉備の命令
なら、嫌とは言えない。
その時に、陳到と正式に従者から武将になった趙雲も付けられた。
調練はほぼ終わり、後は実戦を重ねるだけ。呂布さんの軍が圧倒的な強さを誇るのは、実戦を積み重ねているからだった。
だが、ここには戦う敵がいない。今は暇を弄ぶという格好である。
こうして、趙雲や陳到と手合わせするのが、張飛の戦の渇望を押さえていた。
「西はな……劉焉と同盟結んじまってるから、戦の匂いが微塵もしねぇ」
くく、っと、徐庶が笑った。大の大人が、子供じみた悪戯を見つかった。
そんな笑みだった。