小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

益州騒乱(1)~張飛軍団~

 巨魁魁偉な男。
 
 蛇をかたどる鋼の矛、蛇矛を、手足の一部のように自在に振り回していた。
 
 触れれば、人の身など一瞬で消し飛んでしまいそうな大嵐。
 
 少年が、その旋風を身軽にかいくぐる。
 
 手には槍。
 
 二人とも、気に、満ち溢れていた。
 
 遠くで、兵士が囃し立てる。
 
 ――張飛
 
 ――趙雲
 
 張飛が、ぴたりと蛇矛の動きを止めた。矛の先を趙雲の胸元に向ける。
 
 趙雲も、ぴたりと動きを止めた。槍を片手に、張飛の目を凝視した。
 
 見守っていた陳到が、息をのんだ。

「……馬鹿かお前ら」

 呑気な声だった。

 それでいて、兵士の騒ぎに負けず、よく通った。

 男の声。陳到が、声の方を見やり、頭を一つ下げた。

 気勢を削がれた張飛が蛇矛を下げる。趙雲が、ぴょんと後ろに飛んだ。

「こんなところで命を賭ける奴があるか。とくに、張飛!」

 男は、にやにやしながらぴしっと杖を張飛に向けた。

「うるせえなぁ、徐庶……こいつは、男と男の勝負だ」

 がりがりと頭を掻く。趙雲は、陳到に駆け寄って。

「汗……」

 ぽつりと漏らすと、陳到が布で汗を拭い始めた。

 趙雲はにこにことされるがままになっていた。

「……何が男と男の勝負だ格好つけて。どうせあれだろ、晩飯どっちが奢るかとか、そん
なくだらないことなんだろ?」

「……」

 張飛は反論しなかった。おいおい図星かよと徐庶は呆れ顔を浮かべた。

張飛さん、今日のおやつ代は?」

 とどめ。屈託のない笑顔で、そう、言った。

 顔の全面を覆う布。唯一覗く陳到の右目は、どこか微笑んでいるようであった。

「お、おまえ! 言うなよ空気読めよ!」

「……訂正だ。このガキ『ども』め」

「……やるか、徐庶?」

 かちんときたらしい。気炎が上がる。

「おいおい、俺は伊達に間諜をしきってるわけじゃないぞ」

 かちりと音がした。杖から白刃が覗いた。

 仕込み杖。どちらも、腕に覚えがある。万人の敵と、水鏡一門最強の男。

 互いに互いを認め合っていた。

「……やめるか」

「……よし」

 張飛が草むらに腰を下ろす。

 徐庶もそれにならった。

「で、何のようだ?」

「いやあ、暇そうだろうなと思ってな」

 にやにやにや。

「……暇だ」 

 兵士を遠ざけさせると、陳到趙雲が、二人の傍に腰を下ろした。

「だろうな」

「小兄貴はいい。あそこは、戦の匂いがする」

 張飛の小兄貴――関羽は、孫策の押さえとして黄祖とともに荊州の東に帯陣していた。

 張飛は、荊州の西で新兵の調練を押しつけられた形だった。大兄貴である劉備の命令
なら、嫌とは言えない。

 その時に、陳到と正式に従者から武将になった趙雲も付けられた。

 調練はほぼ終わり、後は実戦を重ねるだけ。呂布さんの軍が圧倒的な強さを誇るのは、実戦を積み重ねているからだった。

 だが、ここには戦う敵がいない。今は暇を弄ぶという格好である。

 こうして、趙雲陳到と手合わせするのが、張飛の戦の渇望を押さえていた。

「西はな……劉焉と同盟結んじまってるから、戦の匂いが微塵もしねぇ」

 くく、っと、徐庶が笑った。大の大人が、子供じみた悪戯を見つかった。

 そんな笑みだった。