小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

益州騒乱(3)~三人~

「親方様、おっ死んじまったな」

 さいが転がる音。

 狭い部屋に、二人の男と一人の女がいた。

 また、さいころが転がる。器の中で、音を立てる。

「どうするよ?」

 どこか賭博師のような空気を纏った男が、言った。口調に、皮肉めいたものが混じっていた。

「どうもこうもない」

 冷ややかに答える、柱に寄りかかる女。

 風貌が、氷のよう。その眼は、まるで蛇のよう。

 顔立ちが整っていた。それだけに、冷たさがより感じられた。

 手に、筆を持っていた。墨を吸っていないそれは、なにも書けない。

 器用に、指の上をくるくると移動させていた。どうやら、無意識にしているらしかった。

「我らに、変わりはないであろう」

「……でしょうか」

 柔和な微笑をたたえた男が、口を開いた。

 博徒風の男が、舌打ちをするとつまらなそうに天井を見上げた。

「次は?」

「さて、劉璋殿か劉循殿か。跡継ぎは明確には決まっていないと思いますが」

 決める間もなく、益州の主は亡くなった。

劉循殿は姉思いだ。となると、劉璋殿だろう」

 皮肉なものだと、自嘲するように女は嗤った。暗い、笑みだった。

劉璋のお姉ちゃんね……あんまし、俺達の出番増えなさそうだな」

「どうでしょう? なかなか聡明な方だと聞いておりますが?」

「俺達みたいな鼻つまみもんを、いいとこのお嬢様は見てくれやしねえよ」

「そうだろうな、孟達

 冷たく、女が同意した。

「法正もそう思うだろう? やっぱりなー」

「いいとこのお嬢様は、私達とは、違うのだ」

「私は……二人とは意見が違うよ」

「おいおい、張松の兄貴。大丈夫か?」

「主が変われば、私達の才もきっと見てもらえる。それだけの仕事を、私はともかく二人はやってきているんだ」

 孟達が、毒気を抜かれたように張松を見やった。

 ったく、兄貴は人が好いんだからよ……

 そう、サイをを振りながら苦笑いを浮かべた。

 法正も、同感だという風に溜息を吐いた。

 張松は、そうかなぁと、微笑に困惑を混ぜていた。

 法正。

 張松

 孟達

 それぞれ劉焉の部下であり、それぞれ不遇を囲うていた。

 法正は、その直言を疎まれ、女であるのにと蔑まれた。

 孟達は、風紀を乱すと。

 張松は、二人の友人であるから。周りの人間にあの二人とつき合うのは止めよとよく言われたが、それを無視して友人であり続けたがために。

「ん」

「どうした?」

「ぞろ目だ、ぞろ目。六と、六」

「よくあることではないか」

 大したことなかろうにと、法正が鼻で嗤った。

「と六と六と六と六」

「おい」

 法正が、ちょっと待てと筆で指した。

 おかしいだろうがと。

「本当? 見せて見せて」

 張松は穏やかに言った。いつも、こんな調子だった。

 だから、癖のあるこの二人と友人でいられるのかもしれない。

「こいつは……」

 ――益州牧、劉璋様より、張松、法正、孟達を迎えるようにと仰せつかった。

「運が向いてきたかもしれねぇ」

 六の六揃いを見ながら、使者の声を聞き、そう孟達は呟いた。