小説置き場2

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益州騒乱(2)~師の一言~

劉備殿が、こちらにくるぞ」

「大兄貴が?」

 首を傾げた。劉備と会えるのは嬉しかったが、理由がなかった。

 荊州北部、劉表の居城で、ひーひー泣きながら孔明と政務を取り仕切っているはずだ。

「……劉焉が、死んだ」

「何だと?」

 劉焉は、荊州の隣、益州の主だった。

「……本当ですか、お師さん……?」

「ああ。これで、盟は無くなった」

「……攻める、ってことか?」

益州を獲る。それで、劉備殿は大陸随一の勢力になる。天下も夢じゃない。手の届く位置になるんだ」

「天下……」

 放浪を続けて幾早々。遠い、夢であった。

「今度の戦は、俺達が中心だ。せいぜい、気張ろうじゃないか」

「俺達?」

 趙雲が、不思議そうに言った。

「軍師は俺だ。よろしくな」

「……あ、どうも」

「まあ、出来の悪い弟子の後始末は、ちゃんと見てやるさ」

 出来の悪い弟子……張飛が、そっぽを向いた。

 三人で、徐庶軍学を習っていた。張飛が……問答無用で一番出来が悪かった。

 というか、軍学以前に字をきれいに書くところから教えられた。

「ふーん。よろしくお願いします!」

「大兄貴と俺達、他に誰が?」

「……秘密」

 片目を瞑ってみせた。

「……なんだそれ」

「東が薄くなると、小覇王が出てくるからな。まだ、言えないんだ」

「あっちからも、人を?」

「ああ。何人か連れてくる。それでも、主役は俺達だが」

「……腕が、なる」

「ふむ、鈍ってなければいいがな」

「……試すか?」

「いいだろう」

「すとっぷすとーっぷ!」



「まるで、親子だな」

「……ええ……」 

 徐庶の言葉に、嬉しげに陳到が頷く。

 馬の、競い合い。張飛よりも趙雲に分があった。

 馬術の腕だけならば、趙雲に勝てる者などいないと陳到は思っていた。

 武勇とともに馬の扱いも、天下一は呂布、そう言われている。

 それは、人語を解し、喋るとまで噂される赤兎に呂布が乗っているからではないのか?

 もし同じ馬に乗れば――陳到は、趙雲が楽しそうに馬を走らせるのを見るたびいつもそう考えていた。

「こっちで、半年ばかし暮らしていたのか」

「……そうです……」

 陳到の声はいつも小さい。言葉数も少なかった。

 徐庶が微笑み、陳到は少し戸惑った。

「実はな、ここを訪れたのは、さっきの話をするためだけ、ではないのだ」

 間諜――劉備配下の諜報活動を取りまとめているのが徐庶、であった。

 荊州西部にも、人を入れていた。

 上がってくる報告は、他愛のないものばかり。

 時々、配下の者が豪族の不審な動きを掴み、それをもとに小さな戦が起こった。

 四人の乱。

 陳到趙雲がそれぞれ二回ずつ戦を指揮した。

 趙雲の指揮は、なかなかのものだったという。陳到も、よく学んだことを生かしていた。

 のけぞったのは……趙雲張飛が飯を一緒に食べたという報告が来たときだった。

 それぐらいなら、よくある。まあ、よくあるとしようか。

 陳到が作った。

 ……は? と思った。三度聞き返してようやく理解し、徐庶は椅子から転げ落ちた。

 あの、陳到がねぇと。あの、陳到がぁと。

 僅かな間ではあったが、陳到徐庶の弟子であった。

 そのころの姿を思い浮かべ……確かに変わったのだなと、嬉しくなった。

 何度か、そういうことがあった。休みの日も大抵、三人で一緒にいるという。

 それでも……あくまで大将と副将の間柄であるらしい。

 焦れったい。だから、今日は急かしにきた。

 それも、師の役目じゃないのか。

「……どうだ、陳到張飛と一緒になっては」

「……は?」

 きょとんと、した。徐庶の顔。真剣にも、からかっているようにもみえた。

「それで、趙雲を養子にすればいい。喜ぶぞ、きっと」

「……ご冗談を……」

 暗い眼差しを、陳到は向けた。

「いや、早いな。まず、告白が先か。張飛は、案外そういうことに弱そうだし、いちころだと思うぞ? さ、今すぐ言ってこい」

「……誰が、私のような醜い女を好き好んで? 張飛殿が、私を? 馬鹿馬鹿しい。もっと似合いの……似合いの、綺麗な方がいるでしょう。お師さん、言って良いことと悪いことがあります」

「そうか、趙雲は悲しむな。あいつは、お前に惚れているし」

 陳到の言葉を聞いていないかのように、徐庶は続けた。陳到が、睨みつける。

 常人なら失禁するような殺気をたたき込まれても、徐庶は涼しげな顔であった。

「お師さん!」

「え?」

「あ?」

 馬の脚が止まる。馬上で視線を交わすと、二人に近づいた。

「今のは、陳到か?」

陳到お姉さん?」

 二人が、心配そうに二人を見やった。

 陳到の大声は珍しかった。

 張飛と視線が絡む。俯くと、

「私なんて……こんな醜い痣をもつ私など……」

 そう呟き、駆け出した。あっという間に、陳到の姿が見えなくなった。

 ぽかんと、した。はっと我に返ると、二人は馬を走らせた。

 肩をすくめ、素直じゃないなと、陳到の師は口ずさんだ。