小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

夏休み特別企画(壱?)

 茜色の夕日が、山々の間に沈もうとしていた。
 
 二人で、日が落つるのを見ていた。
 
 残暑。
 
 まだまだ、暑さは健在。
 
 並んで座る、小さな女の子と男の子。背丈はそれほど変わらない。
 
 女の子は涼しげな蒼い浴衣姿。
 
 男の子は、半袖ジーパン。
 
 からすの鳴き声が、もの悲しく聞こえた。

「本当に、行っちゃうの?」

「うん」

「本当に本当に?」

「うん……学校、始まっちゃうし……」

「……」

 ごしごしと女の子は目を擦った。泣き痕を、隠すように。

「行っちゃうんだ……」

 涙が、益々溢れてくる。

 ごしごし、ごしごし――

 男の子がズボンのポケットをさわさわ。

 それから、女の子にティッシュを差し出した。

「はい」

「……行っちゃうんだぁ……」

 涙をふき取り、ちーんと鼻をかむ。

 紙を丸め、ころころと小さな手の中で転がした。

「せっかく、お友達になったのに」

「……うん」

「色々と、あったね」

 この、夏は――

「そうだね。鴉さんと狐さんにびっくりしたり」

「雪巫女さんと鬼姫さんの喧嘩にびっくりしたり」

「紅い髪の女の人に追いかけられたり」

 あは。

 夏の思い出を、二人は語り合い笑いあった。

「びっくりすること、ばっかり」

「私も、びっくりした。たくさん変わってて」

「色々と、あったね……でも、一番は」

「お友達になれたこと?」

「そう」

 ひぐらしが、ちちちと、音をたてた。

「明日?」

「うん。明日、父さんが迎えにくる」

「そうなんだ……」

「これから、どうするの?」

 わからないと、女の子は首を振った。

「かか様と、とと様が、決めることだから……」

 あそこでまた、眠るのか、山で、前のように暮らすのか。

「また、遊べるかな」

「遊びたい」

「……」

「遊びたいな」

「うん!」

 男の子が、大きく頷いた。

「あ……迎えだ」

 ごうごうと、蠢くものがあった。

 形なき者共。

 黒々としたそれに、女の子は目をやり、言った。

「僕も、帰らないと」

 男の子が立ち上がる。

 夕日が消えていた。

 家屋の灯が、ぽつぽつとつき始めていた。

「わかってる……わかってるよぉ。もう少し、まってよ」

 女の子が、悲しそうな音色を奏でた。

 黒い者が、轟と吠え、消えた。

「……帰るね」

 女の子が、唇を噛み締めた。

「……また、また会えるよね!」

「会える!」

 約束。幼い約束。

 二人の約束。

 

 男の子が帰る。

 車が動き出した。婆の姿と爺の姿が、小さくなっていく。

 がたがた道。

 揺られながら、窓から顔を出した。

「来なかった……」

 はぁと、溜息を吐いた。

 女の子の泣き顔が、何度も思い浮かんだ。

 木々が左から右へどんどん流れていく。

 夕日色の蜻蛉が、ふわふわと浮いていた。

「怖かったけど、楽しかった」

 たくさんたくさん、びっくりすることがあった。

 その一つ一つが、宝物になった。

 なのに、今は、女の子の泣き顔しか浮かばなかった。

「……またね」

 男の子が、手を、振った。

 左から、右へ――

 この夏出会った宝物が、手を振っていたから。

 泣き顔が消え、笑みが、残った。

 

 ――新学期。
 
 転校生が、一人。

 男の子は、がたんと立ち上がった。

 よく知っている柔らかな微笑みが、そこに、あったから――