あやかし姫~繕い(3)~
「んー。拙者に言われても――」
「え? あ、はい……え?」
「黒……いや、違うな。白蝉殿」
「はいはい」
白蝉が返事した。
裏の方から、三人が来て。
静かに、腰を下ろした。
白蝉は、琵琶の傍らに。
「朱桜殿が、菓子を食べてよいかと」
そっか……
ここは、……お寺じゃ、ないです。
クロさんに訊いても、駄目ですよ。
目の大きな人よりも、白蝉さんの方が、えらいのかな?
「どうぞ、召し上がって下さい。黒之助さんがくださったお菓子で」
黒之丞が、少し身じろいだ。
黒之助が、ん? と、声をだした。
「とても美味しいんですよ」
黙ってそろーっと、朱桜は草餅に手を伸ばした。
口に頬張る。
柔らかな甘さ、ぎゅっと溢れる――美味しい。
クロさんのくれるお菓子は、いつも美味なものですよ。
「おい、黒之丞」
「……」
顔を逸らす化け蜘蛛。
ずいっと、黒之助は膝をにじり寄せた。
「ど、どうなさいました?」
険の籠もりし、静かな声であった。
それは、部屋をかちんと凍らせるような――
「拙者が何時、お主にこの菓子をやった?」
「……何時だったかな?」
顔だけでなく、黒之丞は身体全部を動かし、鴉天狗に背を向けた。
「……恥ずかしいからといって、拙者をだしに」
「……恥ずかしいことなんかないぞ」
ふーんだ。
「……」
よく、わかんないです。
朱桜は、俯いたまま、口をもごもごさせていた。
「つまり、これは黒之助さんじゃなくて」
「そうだ……羽矢風だったか」
おおと、膝を打つ。それから、黒之丞は黒之助に向き直った。
「黒之丞さんが?」
ぴくりと、肩が震えた。
「……まあ、そうだな」
「はぁ……」
もぐもぐという、口を動かす音だけが聞こえて。
黒之助が、草餅に手を伸ばした。一口囓ると、吟味するような険しい顔で、もごもごと動かす。
それから、また一口、さっきよりも大きく、口に入れた。
黒之丞も、手を伸ばした。
白蝉も、手を伸ばした。
もぐもぐもぐもぐもぐ――
気まずいですよ。
朱桜は、そう思った。
雨、降ってるです。
草餅、美味しいです。
こっそりと、初めて会う二人に、下から視線を投げた。
すぐに、視線を下げる。
白蝉さん。
それに、黒之丞さん。
お名前、どちらも聞いたことあります。
お話、どちらも、聞いたことあります。
「葉子さんの……琵琶の、お師匠様?」
「……ええ」
返事。
「ふえ?」
一息つくように、白蝉は、杯に手をやり、水を含んだ。
「葉子さんに、時々ですが、お教えしております」
どうしてと、朱桜は思った。
思って、考えて、結論を導き、それをすぐさま言の葉に乗せた。
「……心を、読んだのですか?」
恐る恐る、白蝉に。
困惑の色が、白蝉の顔にはっきりと浮かんだ。
「今、口にしていましたよ」
察したのだろう。黒之助が、言った。
「え、言いました?」
「言いました」
「あ、あ……あ、あはははは」
ぶんぶんと、真っ赤になりながら、手を振る。
少しして黒之助が笑いだし、白蝉が笑いだし、黒之丞は――むっつりと黙ったまま、空の椀を見やっていた。
その時になって、やっと、朱桜は顔を上げることが出来た。
「黒之丞さん、とっても美味しかったです」
「ん、ああ、うん」
朱桜が、白蝉の膝の上から、黒之丞にお餅のお礼を。
化け蜘蛛は、どこか上の空。
その大きな目は何も映していないようであった。
「雨、少し強くなりましたね」
白蝉が、言った。
「そうですか?」
白蝉の顔を見上げる。閉じられた双眸。
少し、白蝉も首を傾いさせた。
「ええ。雨音が、ほんの少し強くなっています」
耳を澄ましてみた。朱桜には、違いは分からなかった。
「ということは……もうしばらく、お邪魔することになる……のですか?」
「陽が、落ちます。野宿というわけにはいかないでしょうし」
黒之助が、言った。
もうそんなに時間が経ったのですかと、朱桜は思った。
「……泊まっていきますか?」
「はい!」
大きな返事であった。
そして、返事をした朱桜の横顔は、どこか寂しそうでもあった。
ここに泊まるということは、今日は姫様と会わないということ――
翳りに、黒之助は気付いた。
決め時か……そう、思った。
小さな庵だった。
二人の庵。優しさの籠もった庵。
そこを尋ねた小さな鬼は、ぴくりと、女の膝の上で身を竦めた。
黒之助は、言った。
「姫さんは……会いたがっていますよ」
そう、言った。
「え? あ、はい……え?」
「黒……いや、違うな。白蝉殿」
「はいはい」
白蝉が返事した。
裏の方から、三人が来て。
静かに、腰を下ろした。
白蝉は、琵琶の傍らに。
「朱桜殿が、菓子を食べてよいかと」
そっか……
ここは、……お寺じゃ、ないです。
クロさんに訊いても、駄目ですよ。
目の大きな人よりも、白蝉さんの方が、えらいのかな?
「どうぞ、召し上がって下さい。黒之助さんがくださったお菓子で」
黒之丞が、少し身じろいだ。
黒之助が、ん? と、声をだした。
「とても美味しいんですよ」
黙ってそろーっと、朱桜は草餅に手を伸ばした。
口に頬張る。
柔らかな甘さ、ぎゅっと溢れる――美味しい。
クロさんのくれるお菓子は、いつも美味なものですよ。
「おい、黒之丞」
「……」
顔を逸らす化け蜘蛛。
ずいっと、黒之助は膝をにじり寄せた。
「ど、どうなさいました?」
険の籠もりし、静かな声であった。
それは、部屋をかちんと凍らせるような――
「拙者が何時、お主にこの菓子をやった?」
「……何時だったかな?」
顔だけでなく、黒之丞は身体全部を動かし、鴉天狗に背を向けた。
「……恥ずかしいからといって、拙者をだしに」
「……恥ずかしいことなんかないぞ」
ふーんだ。
「……」
よく、わかんないです。
朱桜は、俯いたまま、口をもごもごさせていた。
「つまり、これは黒之助さんじゃなくて」
「そうだ……羽矢風だったか」
おおと、膝を打つ。それから、黒之丞は黒之助に向き直った。
「黒之丞さんが?」
ぴくりと、肩が震えた。
「……まあ、そうだな」
「はぁ……」
もぐもぐという、口を動かす音だけが聞こえて。
黒之助が、草餅に手を伸ばした。一口囓ると、吟味するような険しい顔で、もごもごと動かす。
それから、また一口、さっきよりも大きく、口に入れた。
黒之丞も、手を伸ばした。
白蝉も、手を伸ばした。
もぐもぐもぐもぐもぐ――
気まずいですよ。
朱桜は、そう思った。
雨、降ってるです。
草餅、美味しいです。
こっそりと、初めて会う二人に、下から視線を投げた。
すぐに、視線を下げる。
白蝉さん。
それに、黒之丞さん。
お名前、どちらも聞いたことあります。
お話、どちらも、聞いたことあります。
「葉子さんの……琵琶の、お師匠様?」
「……ええ」
返事。
「ふえ?」
一息つくように、白蝉は、杯に手をやり、水を含んだ。
「葉子さんに、時々ですが、お教えしております」
どうしてと、朱桜は思った。
思って、考えて、結論を導き、それをすぐさま言の葉に乗せた。
「……心を、読んだのですか?」
恐る恐る、白蝉に。
困惑の色が、白蝉の顔にはっきりと浮かんだ。
「今、口にしていましたよ」
察したのだろう。黒之助が、言った。
「え、言いました?」
「言いました」
「あ、あ……あ、あはははは」
ぶんぶんと、真っ赤になりながら、手を振る。
少しして黒之助が笑いだし、白蝉が笑いだし、黒之丞は――むっつりと黙ったまま、空の椀を見やっていた。
その時になって、やっと、朱桜は顔を上げることが出来た。
「黒之丞さん、とっても美味しかったです」
「ん、ああ、うん」
朱桜が、白蝉の膝の上から、黒之丞にお餅のお礼を。
化け蜘蛛は、どこか上の空。
その大きな目は何も映していないようであった。
「雨、少し強くなりましたね」
白蝉が、言った。
「そうですか?」
白蝉の顔を見上げる。閉じられた双眸。
少し、白蝉も首を傾いさせた。
「ええ。雨音が、ほんの少し強くなっています」
耳を澄ましてみた。朱桜には、違いは分からなかった。
「ということは……もうしばらく、お邪魔することになる……のですか?」
「陽が、落ちます。野宿というわけにはいかないでしょうし」
黒之助が、言った。
もうそんなに時間が経ったのですかと、朱桜は思った。
「……泊まっていきますか?」
「はい!」
大きな返事であった。
そして、返事をした朱桜の横顔は、どこか寂しそうでもあった。
ここに泊まるということは、今日は姫様と会わないということ――
翳りに、黒之助は気付いた。
決め時か……そう、思った。
小さな庵だった。
二人の庵。優しさの籠もった庵。
そこを尋ねた小さな鬼は、ぴくりと、女の膝の上で身を竦めた。
黒之助は、言った。
「姫さんは……会いたがっていますよ」
そう、言った。