小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

あやかし姫~繕い(3)~

「んー。拙者に言われても――」
「え? あ、はい……え?」
「黒……いや、違うな。白蝉殿」
「はいはい」
 白蝉が返事した。
 裏の方から、三人が来て。
 静かに、腰を下ろした。
 白蝉は、琵琶の傍らに。
「朱桜殿が、菓子を食べてよいかと」
 そっか……
 ここは、……お寺じゃ、ないです。
 クロさんに訊いても、駄目ですよ。
 目の大きな人よりも、白蝉さんの方が、えらいのかな? 
「どうぞ、召し上がって下さい。黒之助さんがくださったお菓子で」
 黒之丞が、少し身じろいだ。
 黒之助が、ん? と、声をだした。
「とても美味しいんですよ」
 黙ってそろーっと、朱桜は草餅に手を伸ばした。
 口に頬張る。
 柔らかな甘さ、ぎゅっと溢れる――美味しい。
 クロさんのくれるお菓子は、いつも美味なものですよ。
「おい、黒之丞」
「……」
 顔を逸らす化け蜘蛛。
 ずいっと、黒之助は膝をにじり寄せた。
「ど、どうなさいました?」
 険の籠もりし、静かな声であった。
 それは、部屋をかちんと凍らせるような――
「拙者が何時、お主にこの菓子をやった?」
「……何時だったかな?」
 顔だけでなく、黒之丞は身体全部を動かし、鴉天狗に背を向けた。
「……恥ずかしいからといって、拙者をだしに」
「……恥ずかしいことなんかないぞ」
 ふーんだ。
「……」
 よく、わかんないです。
 朱桜は、俯いたまま、口をもごもごさせていた。
「つまり、これは黒之助さんじゃなくて」
「そうだ……羽矢風だったか」
 おおと、膝を打つ。それから、黒之丞は黒之助に向き直った。
「黒之丞さんが?」
 ぴくりと、肩が震えた。
「……まあ、そうだな」
「はぁ……」
 もぐもぐという、口を動かす音だけが聞こえて。
 黒之助が、草餅に手を伸ばした。一口囓ると、吟味するような険しい顔で、もごもごと動かす。
 それから、また一口、さっきよりも大きく、口に入れた。
 黒之丞も、手を伸ばした。
 白蝉も、手を伸ばした。
 もぐもぐもぐもぐもぐ――
 気まずいですよ。
 朱桜は、そう思った。
 雨、降ってるです。
 草餅、美味しいです。
 こっそりと、初めて会う二人に、下から視線を投げた。
 すぐに、視線を下げる。
 白蝉さん。
 それに、黒之丞さん。
 お名前、どちらも聞いたことあります。
 お話、どちらも、聞いたことあります。
「葉子さんの……琵琶の、お師匠様?」
「……ええ」
 返事。
「ふえ?」
 一息つくように、白蝉は、杯に手をやり、水を含んだ。
「葉子さんに、時々ですが、お教えしております」
 どうしてと、朱桜は思った。
 思って、考えて、結論を導き、それをすぐさま言の葉に乗せた。
「……心を、読んだのですか?」
 恐る恐る、白蝉に。
 困惑の色が、白蝉の顔にはっきりと浮かんだ。
「今、口にしていましたよ」
 察したのだろう。黒之助が、言った。
「え、言いました?」
「言いました」
「あ、あ……あ、あはははは」
 ぶんぶんと、真っ赤になりながら、手を振る。
 少しして黒之助が笑いだし、白蝉が笑いだし、黒之丞は――むっつりと黙ったまま、空の椀を見やっていた。
 その時になって、やっと、朱桜は顔を上げることが出来た。



「黒之丞さん、とっても美味しかったです」
「ん、ああ、うん」
 朱桜が、白蝉の膝の上から、黒之丞にお餅のお礼を。
 化け蜘蛛は、どこか上の空。
 その大きな目は何も映していないようであった。
「雨、少し強くなりましたね」
 白蝉が、言った。
「そうですか?」
 白蝉の顔を見上げる。閉じられた双眸。
 少し、白蝉も首を傾いさせた。
「ええ。雨音が、ほんの少し強くなっています」
 耳を澄ましてみた。朱桜には、違いは分からなかった。
「ということは……もうしばらく、お邪魔することになる……のですか?」
「陽が、落ちます。野宿というわけにはいかないでしょうし」
 黒之助が、言った。
 もうそんなに時間が経ったのですかと、朱桜は思った。
「……泊まっていきますか?」
「はい!」
 大きな返事であった。
 そして、返事をした朱桜の横顔は、どこか寂しそうでもあった。
 ここに泊まるということは、今日は姫様と会わないということ――
 翳りに、黒之助は気付いた。
 決め時か……そう、思った。

 
 
 小さな庵だった。
 二人の庵。優しさの籠もった庵。
 そこを尋ねた小さな鬼は、ぴくりと、女の膝の上で身を竦めた。
 黒之助は、言った。
「姫さんは……会いたがっていますよ」
 そう、言った。