あやかし姫~繕い(終)~
ふーんと、黒之丞は大きな目を瞬きさせた。
庵の、裏。黒之助は、二人を連れて行った。
そこで、絶対に姫様には触れないようにと念を押した。
黒之丞は、昨日黒之助から聞かされていた。
白蝉も、昨日姫様から聞かされていた。
あの子が、その相手だとは、知らなかったが。
薄々感づいては、いたけども。
ここかと、黒之丞は思った。
幼い子供。
鬼の、娘。
きちちと、喉を震わせた。
姫さん――
その言葉を聞いた朱桜は、雷に打たれたかのように、身を堅くしてしまっていた。
「……う、」
白蝉が、鬼の子の身体を抱えると、横に下ろした。朱桜は、されるがままになっていた。
琵琶を手に取り、蜘蛛の傍へ。
朱桜は――一人に、なった。
「白蝉さん……」
心細さ。
耳に滲みる。
心を読むことなど、白蝉には出来ないが、大体の様子は、その声でわかる。
それはある意味、心を読むこと。
だからこそ、あえて……心が揺れる朱桜から、白蝉はその身を離した。
「どうですか?」
もう一度、黒之助は尋ねた。
「……答え……お手紙の、お返事……」
ほろんと、琵琶が鳴った。
雨の音が消えたですよ――そう、朱桜は思った。
黒之丞が壁に寄りかかり、目を瞑った。
白蝉の指が、弦を弾いて、音を紡ぐ。
背中をそっと押すような、優しくくるんでくれるような、そんな音色であった。
「彩花さまは……優しい人ですよ」
「……そうですね」
「だから……あの火羅の従者でも、病といえば、力を尽くすと思います」
あの、なのだなぁ。本当に、嫌われたものよ。
拙者も、嫌いだが。
「そんなの、わかっていたことですよ……私だって、きっとそうしますよ……」
「朱桜殿も、優しい方です」
「……それでも……火羅は……」
私や、咲夜さんを、襲った人です。
「ええ」
「……ど、どうすればいいか、わからなくなったんです……それが、クロさんの手紙の、答えですよ」
「……そうですか」
手紙の、答え。
「彩花さまは……火羅と、仲良くなったんでしょう?」
「まあ……まあ、ねぇ」
「信じられないですよ……」
「好きでも、嫌いでもない。そんなところでしょうか」
「きっと、火羅に騙されてるんですね」
うんうんと、頷いた。
「一度、会ってみますか? 火羅と」
「……会って、ぶん殴るです」
一回。
一回だけ。
「母上も、そうですよ。火羅さんの従者の人と一緒で、病で身罷ってしまいました」
朱桜が、すんと鼻を鳴らした。
「父上は、必死だったそうですよ。私はよく、覚えてないですが。でも……同じでしょうね。火羅さん必死だったって、彩花さまが書いてました」
「火羅は……必死でした」
「……一度、機会があれば、会ってみようかな……」
朱桜は、そう、言った。
「ありがとです、クロさん」
会いに、行きます。
「白蝉さん、琵琶の音、ありがとうございました。黒之丞さん、草餅、ありがとうございました」
指を止め、白蝉は微笑んだ。
黒之丞は、小さく頷いた。
「クロさん、連れてってほしいです……会いたいです」
「誰に、ですか?」
「彩花さまです」
とんと、朱桜は立ち止まった。
「……彩花さま」
「会いたかったよ」
「……私も、ですよ」
「何をしたんだ?」
太郎が、言った。
「さぁてね」
黒之助が、言った。
どちらも、縁側に腰を下ろしていた。
「姫様、元気になった」
「朱桜殿も、元気になられたよ」
「……何を、手紙に書いたんだ?」
「秘密」
「……ああ、そうかよ」
「クロさんクロさん」
「朱桜殿」
「ありがとです」
ぴとと、朱桜は羽に引っ付いた。
「私は……彩花さまのこと、やっぱり大好きですよ」
「そうですか」
「また、お空飛びたいですよー」
「晴れの日にでも、ゆっくりと飛んでみますか」
「はいです♪」
庵の、裏。黒之助は、二人を連れて行った。
そこで、絶対に姫様には触れないようにと念を押した。
黒之丞は、昨日黒之助から聞かされていた。
白蝉も、昨日姫様から聞かされていた。
あの子が、その相手だとは、知らなかったが。
薄々感づいては、いたけども。
ここかと、黒之丞は思った。
幼い子供。
鬼の、娘。
きちちと、喉を震わせた。
姫さん――
その言葉を聞いた朱桜は、雷に打たれたかのように、身を堅くしてしまっていた。
「……う、」
白蝉が、鬼の子の身体を抱えると、横に下ろした。朱桜は、されるがままになっていた。
琵琶を手に取り、蜘蛛の傍へ。
朱桜は――一人に、なった。
「白蝉さん……」
心細さ。
耳に滲みる。
心を読むことなど、白蝉には出来ないが、大体の様子は、その声でわかる。
それはある意味、心を読むこと。
だからこそ、あえて……心が揺れる朱桜から、白蝉はその身を離した。
「どうですか?」
もう一度、黒之助は尋ねた。
「……答え……お手紙の、お返事……」
ほろんと、琵琶が鳴った。
雨の音が消えたですよ――そう、朱桜は思った。
黒之丞が壁に寄りかかり、目を瞑った。
白蝉の指が、弦を弾いて、音を紡ぐ。
背中をそっと押すような、優しくくるんでくれるような、そんな音色であった。
「彩花さまは……優しい人ですよ」
「……そうですね」
「だから……あの火羅の従者でも、病といえば、力を尽くすと思います」
あの、なのだなぁ。本当に、嫌われたものよ。
拙者も、嫌いだが。
「そんなの、わかっていたことですよ……私だって、きっとそうしますよ……」
「朱桜殿も、優しい方です」
「……それでも……火羅は……」
私や、咲夜さんを、襲った人です。
「ええ」
「……ど、どうすればいいか、わからなくなったんです……それが、クロさんの手紙の、答えですよ」
「……そうですか」
手紙の、答え。
「彩花さまは……火羅と、仲良くなったんでしょう?」
「まあ……まあ、ねぇ」
「信じられないですよ……」
「好きでも、嫌いでもない。そんなところでしょうか」
「きっと、火羅に騙されてるんですね」
うんうんと、頷いた。
「一度、会ってみますか? 火羅と」
「……会って、ぶん殴るです」
一回。
一回だけ。
「母上も、そうですよ。火羅さんの従者の人と一緒で、病で身罷ってしまいました」
朱桜が、すんと鼻を鳴らした。
「父上は、必死だったそうですよ。私はよく、覚えてないですが。でも……同じでしょうね。火羅さん必死だったって、彩花さまが書いてました」
「火羅は……必死でした」
「……一度、機会があれば、会ってみようかな……」
朱桜は、そう、言った。
「ありがとです、クロさん」
会いに、行きます。
「白蝉さん、琵琶の音、ありがとうございました。黒之丞さん、草餅、ありがとうございました」
指を止め、白蝉は微笑んだ。
黒之丞は、小さく頷いた。
「クロさん、連れてってほしいです……会いたいです」
「誰に、ですか?」
「彩花さまです」
とんと、朱桜は立ち止まった。
「……彩花さま」
「会いたかったよ」
「……私も、ですよ」
「何をしたんだ?」
太郎が、言った。
「さぁてね」
黒之助が、言った。
どちらも、縁側に腰を下ろしていた。
「姫様、元気になった」
「朱桜殿も、元気になられたよ」
「……何を、手紙に書いたんだ?」
「秘密」
「……ああ、そうかよ」
「クロさんクロさん」
「朱桜殿」
「ありがとです」
ぴとと、朱桜は羽に引っ付いた。
「私は……彩花さまのこと、やっぱり大好きですよ」
「そうですか」
「また、お空飛びたいですよー」
「晴れの日にでも、ゆっくりと飛んでみますか」
「はいです♪」