あやかし姫~彼岸の月(9)~
「心配だなー」
と妖が言う。
「心配だねー」
と妖が言う。
小妖達、古寺でお留守番。二人連れ立ち、お出かけしてしまった。
「心配心配ー」
「でも、大丈夫そうじゃない?」
「そう? あいつ、変な目で姫様のこと見てたよ」
「なんだそれ」
「憑かれたような目してた」
「真紅の妖狼が? 何に憑かれるのさ?」
「……ないよねー」
「ないない」
「なーい」
だらりとしている妖達。
お土産何かなーっと考え始めていた。
山の路。
白刃がとたとた二人の前を歩いている。
どことなく頼りない足取り。
急にぴんと耳を立て後ろを向くと、子狼は姫様に駆け寄った。
「どうしたの?」
くーんと啼きやる。
はいはいと苦笑を浮かべ、よいしょと姫様は白刃を抱えた。
「何?」
「疲れたそうです」
「……白刃って、式神よね」
半ば呆れながら、火羅は子狼の額に手を置いた。
「式神です」
一応と付け加えておく。
「それ、本当に役に立つの……って、立つか」
白刃に牙を突き立てられたことがあった。
自分が牙を剥いたから。
そんな間柄だったのだ。
どうしてそれがこうなっちゃうんだろうと火羅は思った。
ああ、嫌だ。
「塩大福ー」
お目当ての品の名を呼びながら、姫様はにこにこと白刃に顔を寄せた。
「前はみたらしだったわね」
「美味しいですよ、塩大福も」
お勧めです。
「甘いもの好きねぇ。太るわよ」
「……」
「ああ、そうか。貴方は少し太った方がいいのね。じゃあ、食べた方が良いわ」
「余計なお世話です」
澄まし顔。
若干、怒り気味。火羅は、目を、姫様に向けた。
つんと澄ましても、この娘は整った顔立ちをしている。
姫様の顔。褒めてやってもよかった。そして、初めてあったときよりも綺麗になっている。
前は、幼さが残っていた。体付きだけでなく、顔立ちにも残っていたのだ。
どこと明確にいえるわけではないが、火羅はそう感じていた。
今は、幼さが影を潜め、女としての色が濃くなっている。
清楚さに、艶美な影がちらついている。
――火羅の頬が赤らむ。
思わず見惚れてしまっていた自分がそこにいた。
それは、お風呂場の姫様と似た眼差し。
似てはいるが、同じではない眼差し。
「ち、違う!」
「は?」
「ん……何でもない」
「はぁ」
変なのと姫様。
火羅は、胸を押さえ、あらぬ方を向いていた。
塩大福を二つ頼むと、姫様は縁台に腰を降ろした。
火羅も腰を降ろす。
二人の足下では白刃がとてとてあっちにこっちに。
疲れ。
姫様に抱えられている間にとれたらしい。
そろそろ収穫を迎える稲穂が、目の前で黄金色に踊っていた。
茶屋の奥さんが、二人の間に茶と大福を置いた。
おーっと嬉しそうに声を漏らす姫様。
火羅も、口にこそ出さないが、ふふーんと幸せそうな笑みを零した。
そして、二人が手を伸ばす。手が、触れ合う。
同じ大福に目をつけたのだ。
引っ込める。ほぼ同時、であった。
むーっと沈黙。火羅は、姫様と触れ合った手をじっと見つめていた。
「どうぞ」
姫様が言った。
自分が引いた方がいいと考えたのだ。
「いいわよ、好きな方食べて」
どちらも、同じ塩大福。
残った方が味が悪いわけではなし。
ちょっぴり大きさが違うけど、些細なこと。うん、全然些細なこと。気にしない気にしない。
だから、私は……
「ええ……はぁ?」
姫様は、思わず火羅に聞き返してしまった。
何も言わず、憮然とした表情で、火羅が塩大福を口にした。
さっき手を伸ばしたのとは違う方であった。
「食べないの」
もぐむしゃもぐむしゃ。
「食べます」
もぐもぐ――
あっという間に平らげると、火羅は勝手に追加の注文を始めた。
塩大福三個にみたらし三本を頼むと、
「貴方は?」
とお食事途中の姫様に尋ねた。
「塩大福とみたらしを一つずつ……いえ、みたらしは三本」
食べた方が良いという火羅の言葉が、頭をよぎった。
「よろしく」
「はいはい」
奥さんが店の奥に引っ込んだ。
おお、それにしても火羅さんが私に注文を訊いて。珍しいこともあるものです。
そもそも、さっき大きい方譲ってくれましたよね。
何か下心があるんでしょうか。
「これ、美味しい」
大福がびみょーんと伸びる。
「伸びた」
無垢な笑顔。
さっきのは純粋な好意と姫様は受け取った。
と妖が言う。
「心配だねー」
と妖が言う。
小妖達、古寺でお留守番。二人連れ立ち、お出かけしてしまった。
「心配心配ー」
「でも、大丈夫そうじゃない?」
「そう? あいつ、変な目で姫様のこと見てたよ」
「なんだそれ」
「憑かれたような目してた」
「真紅の妖狼が? 何に憑かれるのさ?」
「……ないよねー」
「ないない」
「なーい」
だらりとしている妖達。
お土産何かなーっと考え始めていた。
山の路。
白刃がとたとた二人の前を歩いている。
どことなく頼りない足取り。
急にぴんと耳を立て後ろを向くと、子狼は姫様に駆け寄った。
「どうしたの?」
くーんと啼きやる。
はいはいと苦笑を浮かべ、よいしょと姫様は白刃を抱えた。
「何?」
「疲れたそうです」
「……白刃って、式神よね」
半ば呆れながら、火羅は子狼の額に手を置いた。
「式神です」
一応と付け加えておく。
「それ、本当に役に立つの……って、立つか」
白刃に牙を突き立てられたことがあった。
自分が牙を剥いたから。
そんな間柄だったのだ。
どうしてそれがこうなっちゃうんだろうと火羅は思った。
ああ、嫌だ。
「塩大福ー」
お目当ての品の名を呼びながら、姫様はにこにこと白刃に顔を寄せた。
「前はみたらしだったわね」
「美味しいですよ、塩大福も」
お勧めです。
「甘いもの好きねぇ。太るわよ」
「……」
「ああ、そうか。貴方は少し太った方がいいのね。じゃあ、食べた方が良いわ」
「余計なお世話です」
澄まし顔。
若干、怒り気味。火羅は、目を、姫様に向けた。
つんと澄ましても、この娘は整った顔立ちをしている。
姫様の顔。褒めてやってもよかった。そして、初めてあったときよりも綺麗になっている。
前は、幼さが残っていた。体付きだけでなく、顔立ちにも残っていたのだ。
どこと明確にいえるわけではないが、火羅はそう感じていた。
今は、幼さが影を潜め、女としての色が濃くなっている。
清楚さに、艶美な影がちらついている。
――火羅の頬が赤らむ。
思わず見惚れてしまっていた自分がそこにいた。
それは、お風呂場の姫様と似た眼差し。
似てはいるが、同じではない眼差し。
「ち、違う!」
「は?」
「ん……何でもない」
「はぁ」
変なのと姫様。
火羅は、胸を押さえ、あらぬ方を向いていた。
塩大福を二つ頼むと、姫様は縁台に腰を降ろした。
火羅も腰を降ろす。
二人の足下では白刃がとてとてあっちにこっちに。
疲れ。
姫様に抱えられている間にとれたらしい。
そろそろ収穫を迎える稲穂が、目の前で黄金色に踊っていた。
茶屋の奥さんが、二人の間に茶と大福を置いた。
おーっと嬉しそうに声を漏らす姫様。
火羅も、口にこそ出さないが、ふふーんと幸せそうな笑みを零した。
そして、二人が手を伸ばす。手が、触れ合う。
同じ大福に目をつけたのだ。
引っ込める。ほぼ同時、であった。
むーっと沈黙。火羅は、姫様と触れ合った手をじっと見つめていた。
「どうぞ」
姫様が言った。
自分が引いた方がいいと考えたのだ。
「いいわよ、好きな方食べて」
どちらも、同じ塩大福。
残った方が味が悪いわけではなし。
ちょっぴり大きさが違うけど、些細なこと。うん、全然些細なこと。気にしない気にしない。
だから、私は……
「ええ……はぁ?」
姫様は、思わず火羅に聞き返してしまった。
何も言わず、憮然とした表情で、火羅が塩大福を口にした。
さっき手を伸ばしたのとは違う方であった。
「食べないの」
もぐむしゃもぐむしゃ。
「食べます」
もぐもぐ――
あっという間に平らげると、火羅は勝手に追加の注文を始めた。
塩大福三個にみたらし三本を頼むと、
「貴方は?」
とお食事途中の姫様に尋ねた。
「塩大福とみたらしを一つずつ……いえ、みたらしは三本」
食べた方が良いという火羅の言葉が、頭をよぎった。
「よろしく」
「はいはい」
奥さんが店の奥に引っ込んだ。
おお、それにしても火羅さんが私に注文を訊いて。珍しいこともあるものです。
そもそも、さっき大きい方譲ってくれましたよね。
何か下心があるんでしょうか。
「これ、美味しい」
大福がびみょーんと伸びる。
「伸びた」
無垢な笑顔。
さっきのは純粋な好意と姫様は受け取った。