小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

あやかし姫~雪のお宿(2)~

「ひーめーさーまー」
「はい?」
「足、」
「ああ、ごめんなさい」
 うう、姫様。目が笑ってないよ、謝ってないよ。そりゃあねぇ、苛立つのもわかるけどさ。
 朱桜ちゃんのこともあるし、きな臭い報せも入ってきたし。
 九州の妖は、妖狼中心から合議制に変わったそうな。
 今までは火羅が取りまとめてきたらしいけど――あの子、本当に凄かったんだね――これからは各々の長が話し合ってやっていくとさ。そして、真紅の姫君は表舞台から引退っと。
 引退ねぇ、地位を追われたといったほうが正しいんじゃあ。
 まだ、妖狼の姫君ではあるけどさね。
 せっかくあそこまで大きくしたのに。銀の一族と同規模たぁ、なかなか大したもんだよ。
 それをねぇ。どんな気持ちだったんだろう。
 ……わからないでもないさね。あたいも似たようなもんだから。
 手紙、使ったのかな。
 葉美からも木助からも連絡ないから使ってないんだろう。
 まさか、殺されやしないだろうけど、軟禁されるってことぐらいはあるかもね。
 どうしても邪魔になるだろうから。自由にされたら、困るだろうから。
 本人にその気がなくても、周りが放っておかないだろうから。
 そうなると、姫様どうするのかな? 
 もし、もしも何かしらしでかしたとして、玉藻御前様、動いてくれるかな?
 玉藻御前様、そういうこと気にしないって思われてる。でも、本当は違う。
 気にしてる。あたいが知ってる、金銀九尾の大狐は。
 火羅は、時々なーんだか怪しい瞳を向けているのが気にかかるけど、姫様のお友達としては悪くないと思う。
 お互い似てるような気がするしね。
 ああ、また爪噛んでる。
 形、変になっちゃうよ。
「姫様、爪」
「あ……」
 太郎、よく気づくじゃないの。いやぁ、最近は大人になって、すっかり落ち着いちゃったさね。
 うんうん。
 これなら姫様の隣にいても……って、太郎は、あたいと同じ育ての親だし。
 きちっと齢重ねてるんだ。今までが子供っぽくすぎたよ。 
「ねぇ、姫様」
 銀狐が、姫様の両肩に手を置く。
「肩の力抜くさね」
 もみもみ。
「入ってますか?」
「……うん」
 姫様、いーっと、口の両端を指で押さえ、笑顔の練習。
 ちょっと微笑ましかった。
 狐の耳が、ひょこっと動いた。
「朱桜ちゃんと火羅が、仲良くしてくれればいいのにね」
「そうですね……」
 語尾が震えていた。万感の想い。
 人と人ってのは、難しいもんさよ。そんなこたぁ、よーくよーくわかってるさよ。
 だって、あたいは……。
「こんなに大所帯でも、大丈夫かな?」
「大丈夫……だと、思いたいです」
 ちょっと心配になってきた。野宿は……えっと、朱桜ちゃんと姫様、それに白蝉が泊まれれば、それでいいもんね。
 


 そろそろ若草が芽吹き始める頃であった。ぽつりぽつりと、新しい緑が顔を出している。
 あれから、姫様と語らうことが多くなった。
 そして、『見かけること』が多くなった。
 姫様は気づいているのだろうか。今のところ、そのような素振りを見せたことはないが、どうなのだろうか。あれだけ勘が鋭いというのに。
「太郎さんは、温泉に行ったことあります?」
「温泉? あるよ」
「ほー」
「里の近くにあったし、旅に出てからも、傷癒すのに、よく浸かってた」
「やっぱり違いますか?」
「違う……といえば、違うような」
 気休めのような気がするし、実際、すぐに次の争い事に移れたような気がするし。
 よくわかんね。
「私は、初めてだから……」
 姫様がここを離れたことって少ないんだよなと、太郎は思った。
 姫様の世界は狭いって、前に自分で言ってた。
「お風呂、ですよね」
「うん、お風呂」
「こ、混浴とかもあるのかな?」
「場所によるけど」
「そっか、そうだね」
 姫様は、ぽかりと、自分の頭を叩いた。
 そのことを朱桜に聞いていなかったのだ。悪戯っぽく笑う妖狼の姫君の言葉が、頭に浮かんだ。
「太郎さんは、混浴もあるの?」
「入ったことあるよ」
 睨まれた。
「……」
 恐いと、妖狼は思った。正直に話しただけなのに。



「朱桜ちゃん」
 牛鬼が引く車から降り立った幼い鬼は、真っ直ぐ姫様に駆け寄ると、その身体にしがみついた。
 それから、
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、」
 と、ぽろぽろ涙を流しながら、何度も何度も謝った。
「私は悪い子なのですよ。だから叱ってほしいのですよ。でも、でも、私のこと、嫌いにならないでほしいのですよ」
「嫌わないよ」
 うん、嫌わないよ。
「駄目なのですよ。どうしても、どうしても、」
「……私は、好きになれたよ」
 聞きたくなかったと、朱桜は思った。
 火羅は、嫌い。
 彩花さまは、好き。
 それが、自分の、気持ち。
「彩花さま、やっぱり私を叱って下さい」
「叱れないから」
 目線を、幼子に合わす。顔を両の手の平で挟むと、ぴとりと額をくっつけた。
「叱れないよね」
 鼻水をずっっとすすり上げる。
「私は私で、朱桜ちゃんは朱桜ちゃんだから」
「彩花さまは彩花さまで、私は私」
「難しいよね。ああ、朱桜ちゃんは、火羅さんのこと、傷つけたいと思う?」
「……思いません」
 そこまでは、考えたことがなかった。
「なら、いいかな」
 目元を拭く。
「私は朱桜ちゃんのこと、好きでいられるよ。私の大切な……そう、妹のような」
「彩花さまの、妹……」
 もしゅもしゅと頬を擦る朱桜を見ながら、これも嫉妬なのかなと、姫様は思った。
 襲われただけが理由じゃない。
 鈴鹿御前様だって朱桜ちゃんを襲ったことがある。
 だけど、こんな風に嫌いにはならなかった。
 頭が、痛い。
「いつか、仲良くして。お願いだから、二人が争うようなことは、しないで」
 妖狼と妖猿の争いのような。
「……もし争ったら、どうなりますか」
「多分、嫌いになる。二人とも」
 太郎には、姫様に、女の顔がちらついて見えた。