あやかし姫~姫と火羅(5)~
「ああ、いいとこに来たね」
にやりと嗤う、妖狐の大妖。
金銀九尾の美しい女は、部屋いっぱいに尾をくねらせていた。
「玉藻御前様、これは一体?」
金の一族と銀の一族が、館の前に集結している。
玉藻御前は、それを、嬉しそうに二階の自室から見下ろしていた。
群れは、ものものしい雰囲気に包まれていた。
「いやね、九州、統べようと思って」
「な……攻めるんですか!?」
「そうさ」
開いた窓に、玉藻が腰掛ける。
玉藻御前の館は、大陸の造りを模していた。
「急に一体……」
「だってさぁ、まとまり、なくなったじゃない。困るじゃない。今までは妖狼のお姫様が頑張ってたから、安全だったけどさ。これじゃあ、いつ私達に矛を向けるかわからないからね」
「狙ってたんですか、この時を」
「……葉子、やっぱりあんたは、私に似てる」
「狙ってたんですね」
「ああ、狙ってたさ。楽に九州を統べられるこの時を。あの姫様は、本当にいい仕事をしてくれた。私のために、あんなに苦労してくれて、無理に無理を重ねてくれて」
「火羅は、玉藻御前様の為に動いたわけでは……」
九州の妖達を、火羅は、束ねていた。
並大抵の力では為し得ないことだった。
「でも、結局そうなった。火龍を殺すきっかけもくれたし、あの子は本当に役に立ってくれた」
「火龍を殺すきっかけ?」
「火羅はね、火龍の目を抉ったのさ。その傷が癒えぬ間に、私は戦いを仕掛けた。お陰で、楽に殺せた」
ねぇ、見なよ。
やっとこの土地が、私達の物になるよ。
「本当は、目障りな火龍を殺したときに、手にするはずだった。でも、奴らは靡かなかった。一つずつってのは、性に合わない。ある程度まとまってくれたところを、一気に制する。それが、上策ってもんさ。崩れかけているとなると、なおさらだ」
「……玉藻御前様は、何をお考えに」
「身の、安全。ねぇ、葉子。私がどうしてここにいるか、話してあげようか」
玉藻御前に肩を掴まれ、爪を食い込まされ、葉子は、動けなくなった。
「私には弟がいてね。
一緒に、妖狐を治めてた。
私達が住んでた山々には、二人の長がいたわけだ。
上手くいっていた。可愛い弟だった。
そうとばかり思っていたんだけど……裏切られた。
おかげで、山を、大陸を、追われることになったよ。
よくよく身に滲みたね。上に立つ奴は、一人でいいもんだと」
「火羅は……ど、どうして今まで」
やろうと思えば、もっと早く動けたはずだ。
玉藻御前は、にまと笑顔で歪めた。
「私に逆らわないとわかっていたから。あの子は、大妖の怖さをよく知っていた。いや、違うね。火龍に弄ばれたからこそ、生半可な神を凌ぐ大妖を畏れた。だから、放っておいた。ところが、だ。あの子がいなくなってしまった。じゃあ、しょうがない。頂くしかない」
「……」
「九州の妖を、私が統べる。これで、ゆっくりと眠れるようになる」
「……火羅は、どうするんですか?」
「火羅? 決まってるじゃない」
かりりと、玉藻御前は、血のついた爪を、牙で、研いだ。
「まさか――」
「しょうがないねぇ」
凄みのある笑みが、答えだった。
「お、お願いします! 見逃してやって下さい!」
「ほぉ。あんたが言うの? でも、それは、ちょっとねぇ」
「玉藻御前様……お願いします」
這いつくばり、額を床につける。
玉藻御前が、膝を曲げる。
恐る恐る、顔を上げた。
冷ややかに、見下ろされていた。
「あんたは、私に似てる。だから、わかるでしょ?」
「うちの姫様が、火羅の友達なんです。それで、」
姫様は、姿を隠した。太郎のときと同じように。
それだけ、大切に思っているのだ。
「……駄目だ」
「玉藻御前様」
「それは、駄目だ」
可愛いあんたの頼みでもね。
「ど、どうか! どうか! 火羅は……玉藻様御前様に逆らうようなことはしません! 私が、よくよく言い含めます! いえ、逆らうことはないとさっき言ったばかりでは!」
「ああ、言った。火羅はね、大丈夫だろうさ。でも、周りはどうかな。九尾に支配されることをよしとせず、かっての盟主を担ぎ上げる……ありそうなことだろう?」
「……」
「危ういことの芽は、摘んでしまった方がいいね」
「!」
「人はやっている。今頃は、」
「姫様と、うちの太郎が、火羅の許へ向かいました」
その事で、一族の主に相談するつもりだった。
だが、主は、助けてはくれないだろうと思った。
「太郎か……ちと、厳しいかな。一応、皆殺しだと言ってあるんだけど」
「姫様……」
「そうか、なら、連れて帰られるか。
無理はしないようにと、言ってあるからね……少し、考える時間をやろう。
あんたのお気に入りの娘にも言っておくがいい。
いや、別れの時間、か。
火羅に怨みはないけどね。不憫だとは思うけどね。
だけど、遅かれ早かれ、あの狼は死ぬ運命だったのさ。
妖の群れも、そう決めていたろうよ。心を壊しにかかったんだから。あの場所に幽閉するってことは、そういうことさ。
話はお終いだ、葉子。
八霊に、宜しく言っておいておくれ。九州は、私が統べるって」
玉藻御前が、窓から飛ぶと、変じた。
九尾の狐。
大きな、大きな、九尾の狐。大狐が喉を震わせると、狐達が喉を震わせる。
響きが響きを産み、大気をうねる。
戦の合図だった。
「玉藻御前様……姫様……あ、あたいは、どうしたら……」
二人は、真逆のことを言っている。
妖達の気配が、動いていく。
もう、始まったのだ。
背後に立った妹が、さぁと促した。
振り返ると、葉美は顔を背けた。
「傷、」
「唾つけたら、治る。姫様の傷は?」
「大丈夫そうです」
左目をゆっくりと開ける。瞼には、軟膏を塗っていた。
「怒られるかな?」
「頭領に? かもな」
姫様は、火羅の傷を見やった。
幾つかは、やはり悪化していた。満足な治療を、受けていなかったのだ。
薬を処方しようとすると、火羅に止められた。
お願いだから、私がつけた傷を先にと。
火羅は、今、眠っている。
やはり、幼く、見えた。
「鵺……確か、都に現れたのは、積もりに積もった、結界を越えられなかった妖気によって生まれた、だったよね」
京の鵺は、雷雲に乗り、暴れ、茨木童子を大妖の座から引きずり降ろし、源頼光や綱姫、酒呑童子に討ち取られた。
「狒狒、蛇、白虎……覚えが、あるよ」
狒狒は、太郎さんが屠った。白虎は、火羅さんと争った。
蛇は……頭領か。
「やっぱり私、変だよね」
「……人じゃないのかもな」
言ってしまったと、太郎は思った。
「そうそう」
姫様も、言われてしまったと思いながら素直に頷いた。
「だったら、ずっと一緒にいられるな」
「……そう考える?」
ちょっと可笑しかった。
「……そう考えた」
むぅと、唸った。
「悲しませないね」
「おお」
「一緒にいてくれるの?」
「いてほしい」
「私も、いてほしいよ」
同じだね。
約束しよう。指切り、指切り。
大きな獣の指に、指を絡ませる。
ゆびきりげんまん、うそついたらはりせんぼんのーます。
ゆびきった。
「一緒」
「ああ」
「あれ?」
消えていく。あの妖達の、気配が。
太郎が、鼻をひくと動かした。激しくぶつかっている。瞬く間に、減っていく。
悲鳴のような雷鳴が聞こえた。
火羅が、目を開け、すがるように姫様を見上げた。
終わったようだ。
傷ついた九尾の狐達が、姿を現した。
返り血が、金毛にも、銀毛にも、飛び散っていた。
太郎が瞳を変えると、狐達は怯んだ。
「……火羅を、渡して下さい。我らは、害を為すものではけっして」
九尾は、葉子の一族だった。
助けだろうか。
すぐに、その考えは打ち消した。
殺気が、透けて見えた。
「嫌だよ」
そう、言った。
九尾が飛び掛かったとき、その、人とも神とも妖ともつかぬ娘は、ふぅっと消え去った。
姫様は、頭領に頭を一つ下げると、
「火羅さんをしばらく預かりたいと思うんです」
そう、言った。
頭領は、口を真一文字に結んだまま、目を伏せ、返事をしなかった。
「よろしいですね」
「玉藻御前が、動いた」
葉子さん――銀狐は、帰ってきてから、ずっと沈んでいた。
「火羅さんを助けるために、」
「ではないな。そのような考えは、毛頭無い。元々、九州を制しようという野心は持っていた」
「……」
「そして、あやつは、火羅を……」
頭領を遮り、葉子がゆっくりと口を開いた。
やっぱりと、姫様は思った。
「火羅さん」
「……彩花さん」
「これから、どうする?」
「……一人は、もう、嫌」
「西の妖狼が、」
「もう、一人は嫌なの。
お願い、傍にいて。
一人にしないで。一緒にいて下さい、いさせて下さい、お願いです。
お願いします。
私には、貴方しかいないの。
どこでもいいから。部屋の片隅でもいい、庭の片隅でもいい。
私に、居場所を下さい。
何でもします。貴方に、従います。
どんなことでも、するから。背中も、使っていいから。
どうか、どうか。
耐えられないの。
私も、欲しいの。
一人は、嫌なの」
あの誇り高かった真紅の妖狼が――
こんなに、怯えている。こんなに、弱さをさらけ出している。
火羅は、手負いだった。
泣きたくなった。
我慢した。
弱さを、自分まで見せては、いけない。
「守るって約束したもんね」
守れるのは、私だけなのだ。
頭領も葉子も黒之助も太郎も、私が守る意思を示さなければ、火羅を守ろうとはしないだろう。
私を、大切に想っていてくれているから。
火羅は、その言葉を聞くと、姫様の胸に顔を埋めた。
少し色の薄くなった紅い髪を、静かに撫でやる。
銀狐の言葉が、耳から離れない。
大妖と、対峙することになるのだろうか。九尾の狐と、対峙することになるのだろうか。
それでも、火羅は、守る。
守ってみせる。
そう、決めた。
にやりと嗤う、妖狐の大妖。
金銀九尾の美しい女は、部屋いっぱいに尾をくねらせていた。
「玉藻御前様、これは一体?」
金の一族と銀の一族が、館の前に集結している。
玉藻御前は、それを、嬉しそうに二階の自室から見下ろしていた。
群れは、ものものしい雰囲気に包まれていた。
「いやね、九州、統べようと思って」
「な……攻めるんですか!?」
「そうさ」
開いた窓に、玉藻が腰掛ける。
玉藻御前の館は、大陸の造りを模していた。
「急に一体……」
「だってさぁ、まとまり、なくなったじゃない。困るじゃない。今までは妖狼のお姫様が頑張ってたから、安全だったけどさ。これじゃあ、いつ私達に矛を向けるかわからないからね」
「狙ってたんですか、この時を」
「……葉子、やっぱりあんたは、私に似てる」
「狙ってたんですね」
「ああ、狙ってたさ。楽に九州を統べられるこの時を。あの姫様は、本当にいい仕事をしてくれた。私のために、あんなに苦労してくれて、無理に無理を重ねてくれて」
「火羅は、玉藻御前様の為に動いたわけでは……」
九州の妖達を、火羅は、束ねていた。
並大抵の力では為し得ないことだった。
「でも、結局そうなった。火龍を殺すきっかけもくれたし、あの子は本当に役に立ってくれた」
「火龍を殺すきっかけ?」
「火羅はね、火龍の目を抉ったのさ。その傷が癒えぬ間に、私は戦いを仕掛けた。お陰で、楽に殺せた」
ねぇ、見なよ。
やっとこの土地が、私達の物になるよ。
「本当は、目障りな火龍を殺したときに、手にするはずだった。でも、奴らは靡かなかった。一つずつってのは、性に合わない。ある程度まとまってくれたところを、一気に制する。それが、上策ってもんさ。崩れかけているとなると、なおさらだ」
「……玉藻御前様は、何をお考えに」
「身の、安全。ねぇ、葉子。私がどうしてここにいるか、話してあげようか」
玉藻御前に肩を掴まれ、爪を食い込まされ、葉子は、動けなくなった。
「私には弟がいてね。
一緒に、妖狐を治めてた。
私達が住んでた山々には、二人の長がいたわけだ。
上手くいっていた。可愛い弟だった。
そうとばかり思っていたんだけど……裏切られた。
おかげで、山を、大陸を、追われることになったよ。
よくよく身に滲みたね。上に立つ奴は、一人でいいもんだと」
「火羅は……ど、どうして今まで」
やろうと思えば、もっと早く動けたはずだ。
玉藻御前は、にまと笑顔で歪めた。
「私に逆らわないとわかっていたから。あの子は、大妖の怖さをよく知っていた。いや、違うね。火龍に弄ばれたからこそ、生半可な神を凌ぐ大妖を畏れた。だから、放っておいた。ところが、だ。あの子がいなくなってしまった。じゃあ、しょうがない。頂くしかない」
「……」
「九州の妖を、私が統べる。これで、ゆっくりと眠れるようになる」
「……火羅は、どうするんですか?」
「火羅? 決まってるじゃない」
かりりと、玉藻御前は、血のついた爪を、牙で、研いだ。
「まさか――」
「しょうがないねぇ」
凄みのある笑みが、答えだった。
「お、お願いします! 見逃してやって下さい!」
「ほぉ。あんたが言うの? でも、それは、ちょっとねぇ」
「玉藻御前様……お願いします」
這いつくばり、額を床につける。
玉藻御前が、膝を曲げる。
恐る恐る、顔を上げた。
冷ややかに、見下ろされていた。
「あんたは、私に似てる。だから、わかるでしょ?」
「うちの姫様が、火羅の友達なんです。それで、」
姫様は、姿を隠した。太郎のときと同じように。
それだけ、大切に思っているのだ。
「……駄目だ」
「玉藻御前様」
「それは、駄目だ」
可愛いあんたの頼みでもね。
「ど、どうか! どうか! 火羅は……玉藻様御前様に逆らうようなことはしません! 私が、よくよく言い含めます! いえ、逆らうことはないとさっき言ったばかりでは!」
「ああ、言った。火羅はね、大丈夫だろうさ。でも、周りはどうかな。九尾に支配されることをよしとせず、かっての盟主を担ぎ上げる……ありそうなことだろう?」
「……」
「危ういことの芽は、摘んでしまった方がいいね」
「!」
「人はやっている。今頃は、」
「姫様と、うちの太郎が、火羅の許へ向かいました」
その事で、一族の主に相談するつもりだった。
だが、主は、助けてはくれないだろうと思った。
「太郎か……ちと、厳しいかな。一応、皆殺しだと言ってあるんだけど」
「姫様……」
「そうか、なら、連れて帰られるか。
無理はしないようにと、言ってあるからね……少し、考える時間をやろう。
あんたのお気に入りの娘にも言っておくがいい。
いや、別れの時間、か。
火羅に怨みはないけどね。不憫だとは思うけどね。
だけど、遅かれ早かれ、あの狼は死ぬ運命だったのさ。
妖の群れも、そう決めていたろうよ。心を壊しにかかったんだから。あの場所に幽閉するってことは、そういうことさ。
話はお終いだ、葉子。
八霊に、宜しく言っておいておくれ。九州は、私が統べるって」
玉藻御前が、窓から飛ぶと、変じた。
九尾の狐。
大きな、大きな、九尾の狐。大狐が喉を震わせると、狐達が喉を震わせる。
響きが響きを産み、大気をうねる。
戦の合図だった。
「玉藻御前様……姫様……あ、あたいは、どうしたら……」
二人は、真逆のことを言っている。
妖達の気配が、動いていく。
もう、始まったのだ。
背後に立った妹が、さぁと促した。
振り返ると、葉美は顔を背けた。
「傷、」
「唾つけたら、治る。姫様の傷は?」
「大丈夫そうです」
左目をゆっくりと開ける。瞼には、軟膏を塗っていた。
「怒られるかな?」
「頭領に? かもな」
姫様は、火羅の傷を見やった。
幾つかは、やはり悪化していた。満足な治療を、受けていなかったのだ。
薬を処方しようとすると、火羅に止められた。
お願いだから、私がつけた傷を先にと。
火羅は、今、眠っている。
やはり、幼く、見えた。
「鵺……確か、都に現れたのは、積もりに積もった、結界を越えられなかった妖気によって生まれた、だったよね」
京の鵺は、雷雲に乗り、暴れ、茨木童子を大妖の座から引きずり降ろし、源頼光や綱姫、酒呑童子に討ち取られた。
「狒狒、蛇、白虎……覚えが、あるよ」
狒狒は、太郎さんが屠った。白虎は、火羅さんと争った。
蛇は……頭領か。
「やっぱり私、変だよね」
「……人じゃないのかもな」
言ってしまったと、太郎は思った。
「そうそう」
姫様も、言われてしまったと思いながら素直に頷いた。
「だったら、ずっと一緒にいられるな」
「……そう考える?」
ちょっと可笑しかった。
「……そう考えた」
むぅと、唸った。
「悲しませないね」
「おお」
「一緒にいてくれるの?」
「いてほしい」
「私も、いてほしいよ」
同じだね。
約束しよう。指切り、指切り。
大きな獣の指に、指を絡ませる。
ゆびきりげんまん、うそついたらはりせんぼんのーます。
ゆびきった。
「一緒」
「ああ」
「あれ?」
消えていく。あの妖達の、気配が。
太郎が、鼻をひくと動かした。激しくぶつかっている。瞬く間に、減っていく。
悲鳴のような雷鳴が聞こえた。
火羅が、目を開け、すがるように姫様を見上げた。
終わったようだ。
傷ついた九尾の狐達が、姿を現した。
返り血が、金毛にも、銀毛にも、飛び散っていた。
太郎が瞳を変えると、狐達は怯んだ。
「……火羅を、渡して下さい。我らは、害を為すものではけっして」
九尾は、葉子の一族だった。
助けだろうか。
すぐに、その考えは打ち消した。
殺気が、透けて見えた。
「嫌だよ」
そう、言った。
九尾が飛び掛かったとき、その、人とも神とも妖ともつかぬ娘は、ふぅっと消え去った。
姫様は、頭領に頭を一つ下げると、
「火羅さんをしばらく預かりたいと思うんです」
そう、言った。
頭領は、口を真一文字に結んだまま、目を伏せ、返事をしなかった。
「よろしいですね」
「玉藻御前が、動いた」
葉子さん――銀狐は、帰ってきてから、ずっと沈んでいた。
「火羅さんを助けるために、」
「ではないな。そのような考えは、毛頭無い。元々、九州を制しようという野心は持っていた」
「……」
「そして、あやつは、火羅を……」
頭領を遮り、葉子がゆっくりと口を開いた。
やっぱりと、姫様は思った。
「火羅さん」
「……彩花さん」
「これから、どうする?」
「……一人は、もう、嫌」
「西の妖狼が、」
「もう、一人は嫌なの。
お願い、傍にいて。
一人にしないで。一緒にいて下さい、いさせて下さい、お願いです。
お願いします。
私には、貴方しかいないの。
どこでもいいから。部屋の片隅でもいい、庭の片隅でもいい。
私に、居場所を下さい。
何でもします。貴方に、従います。
どんなことでも、するから。背中も、使っていいから。
どうか、どうか。
耐えられないの。
私も、欲しいの。
一人は、嫌なの」
あの誇り高かった真紅の妖狼が――
こんなに、怯えている。こんなに、弱さをさらけ出している。
火羅は、手負いだった。
泣きたくなった。
我慢した。
弱さを、自分まで見せては、いけない。
「守るって約束したもんね」
守れるのは、私だけなのだ。
頭領も葉子も黒之助も太郎も、私が守る意思を示さなければ、火羅を守ろうとはしないだろう。
私を、大切に想っていてくれているから。
火羅は、その言葉を聞くと、姫様の胸に顔を埋めた。
少し色の薄くなった紅い髪を、静かに撫でやる。
銀狐の言葉が、耳から離れない。
大妖と、対峙することになるのだろうか。九尾の狐と、対峙することになるのだろうか。
それでも、火羅は、守る。
守ってみせる。
そう、決めた。