小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

思案中思考中4

 立ち塞がる(義妹)を押しのけると、(主役)は扉に手を掛ける。
 はっしと足にしがみついてきたが、それも、力任せに振りほどいた。したたかに床に打ち据えられ、痛みで息が詰まり、身動きがとれなくなる。(主役)が、目を向けることはなかった。
 悪鬼の如くとはまさに、彼女の様を呼ぶのだろう。
 扉を開けると、戦場で嗅ぎ慣れた濃い臭いがした。
 寝台。(前太守)が、いるはずだった。
 扉を開けると、眠っているか、よぉと声を掛けてくるはずだった。
「今日はどんなことがあった?」
 起きていると、いつもそう尋ねる。
 今日の出来事を教えると、ほぉと相槌をうってくれるはずだった。
 いない。どこにもいない。
 (白蛇の女妖)がいるだけだ。衣が、周りにはらりと落ちていた。
 下半身が、蛇の形になり、鱗をぬめりと光らせている。
 振り向いた。
 頬を伝うものがある。血を拭うように、落ちていく。
 ごくりと、何かが喉を通る。
 (主役)は、膝をついた。
 (白蛇の女妖)は、じっとこちらを見ていた。
 よろと、(義妹)が歩み寄ってくる。
 (主役)は、憤怒に満ちた目を向けると、小太刀を抜いた。
 (義妹)が、必死に(主役)の手を押さえる。(白蛇の女妖)は、身動ぎせず、そこに佇んでいる。
 行ってと、(義妹)が叫んだ。
 殺してやると(主役)が叫んだ。
 (白蛇の女妖)は目を細め、成り行きを見守っている。
 また、(義妹)が振りほどかれる。むくりと起きあがり、しがみつこうとしたとき、(主役)が腹に拳を打ち込んでいた。絶息し、崩れ落ちる。
 (白蛇の女妖)は、膨らんだ腹を押さえると、くるりと背を見せた。
 這う。追う。
 窓に向かっていた。
 間に合わないと悟り、刀を投げた。狙い違えず、肩に刺さる。
 少し揺らいだが、這い続ける。
 (主役)の手が届く前に、(白蛇の女妖)は窓から身を投げ出していた。
 地面にくるりと着地すると、蛇の下半身を引きずり、地面に痕を残しながら、森に消えていった。
 絶叫。
 空に向かって、(主役)が吠えた。



 白蛇の女妖
 主役と義妹を、前太守と育てた。血は繋がらないが、家族のような間柄であった。
 妖人の中でも古い部類。一族最後の生き残りである。齢数百だが、見た目は二十後半。不老に近い。
 洞窟でひっそりと生きていたとき、少年時代の前太守と出会う。それから、共に歩んできた。
 前太守の、良き相談相手。互いに惹かれあっていた。
 思慮深く、そこそこの武芸の腕前。戦は不得手。
 前太守を喰らい、主役と絶縁する。
 それが、彼女の一族の葬り方なのだ。
 義妹とは、密かに連絡はとりあっていたようだ。
 その後、一年半ぶりに主役とあったとき、黒々としていた髪に、白いものが混じり始めていた。