小説置き場2

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あやかし姫~そのお出かけの日(13)~

「その、葉子殿……」
 朱桜が荒らした部屋を元通りにし、星熊童子と向き合う葉子と、その横に腰を下ろす火羅。
 言いにくそうに、言葉を選びながら、星熊童子は言った。
「此度のこと、此度弟が口にしたこと、誰にも口外しないでほしいのです」
「虎熊童子のことさね」
 目を三日月のように細める。
 火羅が、不機嫌そうに牙を剥いた。
「朱桜様が、あの姿になられたことは、喜ばしいことなれど」
「そのために、私や葉子さんが、大変な目に合ったけど」
「それが?」
「……それがって!」
 火羅を止め、葉子は、星熊童子に続きを促した。
「弟の言ったことが王に知れたら、ただでは済まない。済むはずがない」
「朱桜ちゃんに取ってかわるってことさか」
「そうです。王は、恐ろしい方だ。たいそう慈しんでおられる朱桜様のためならば、例え四天王といえど、躊躇なく消すでしょう。茨木童子様が力を失った今、王を止められる者は、いない。私達では、止められない」
「大妖は、いつもそうだわ……理不尽で、我が侭で、」
 鬼姫のように、狂気を表に出すことは少ないが、王の底知れぬ冷たさを、葉子は時折感じていた。
「黙っていればいいんだね」
「弟なのです。なにとぞ、よしなに」
「部屋のへこみを直してもらった恩もあるしねぇ」
 妖気を込めれば、古寺は直る。
 妖気を込めなければ、そのままだ。
 葉子も火羅も、込められるほどの妖気を、持っていなかった。
「いいさよ」
 茶を飲む。以前のように、酒を嗜むことはなくなった。
 星熊童子が、頭を一つ下げた。



「これで、一つ貸しさよ。いいじゃないか、そのうち、返ってくるさ」
 不服そうな火羅に、葉子が、言った。 
「問題は……朱桜ちゃんのことなんだけど」
「私は、彩花さんに、今日のことを言います」
「火羅」
「葉子さんまで襲われたんです。このこと、彩花さんは知るべきです」
「だよ、ね……」
 星熊童子は、虎熊童子を探しにいった。
 朱桜がいない古寺には、用がないということだろう。
「そうだよね」
 苦虫を噛み潰したような顔をした。
 姫様が頭を抱えるのは、想像に難くない。目に見えていた。
「あんたは、そんなに恨んでないみたいだね」
「……以前、私もやったことですし」
 今日のように朱桜と太郎の妹である咲夜を襲ったわけで。
 おあいこという気持ちが強かった。
「これで、朱桜さんへの貸しは、なしです」
「姫様は、仲良くしてほしいと思っているんだけどね。あたいも、そうさ」
「それは、」
 あの子次第……とは、言えなかった。



 蜜柑を一袋口にする。
 太郎の籠は、満杯になっていた。
 太郎に手渡す。もぐと、口にした。
 腹ごしらえをし、残り二つの店を訪れ品々を見ると、今度は逆に回り始めた。
 最も値が安く、最も質の良い物を買っていく。
 値と質の釣り合いは、質の方が重いと、姫様は口にしていた。
 全ての店を回り終えたとき、日が、傾き始めていた。
「終わったー」
 薬の元を集め終え、疲れも吹き飛――んだわけではなく。
 ぐったりした姫様は、涼やかな甘みを求めたのだ。
「ちょっと待っててくれ」
 畳もうとしていた露天を目にし、太郎が言った。
「何?」
 蜜柑、もぐもぐ。酸味が強かった。
「いいから」
 大人しく、太郎の言うとおりにする。
 火鼠は、ずっと着いてきていた。
 まだ、子供らしい。
 灯の灯る尾に触れても、熱くなかった。
「何だろう?」
 軒下に出されていた長椅子に座る。戸口は閉じられていて、何をやっていた店なのか思い出せない。
 あの露天は何の店だったのかも、思い出せない。
 薬に、集中しすぎたのだろう。それに、なるべく気配を感じないようにしていた。
 夕日が差すと、人気は随分と少なくなった。
 代わりに、小妖の姿が目立つようになった。
 気配を読んだわけではない。見えるのだ。
 そろそろ、ここを発った方がいい。
 妖には、縄張りがある。小妖なら気にも留めないと思うが、妖は違う。
 頭領ならこの辺りの妖にも面識があるのだろうが、姫様にはない。
 太郎も同じだ。
「悪いな」
「何だったの?」
「秘密」
 葉子へのお土産、火羅へのお土産、黒之助へのお土産、小妖達へのお土産。
 頭領へのお土産も、買った。
 全部太郎がしょっている。
「気になります……」
「秘密」
 咲夜さんへのお土産かな、と思った。
 自分へのお土産も、買っておいた。
 葉子と火羅とお揃いの櫛。
 姫様は長い黒髪を、火羅と葉子は尾を梳くのに、櫛は必需品だった。
「いいですけど」
「まだ、いたのか」
 足下に、声を投げかける。
 ちぃと鳴きながら尾を振る火鼠は、真黒く大きな瞳を向けた。
「私達と、一緒に来る?」
 火鼠は、くんくんと匂いを嗅ぐ仕草をした。
 それから、ちょんちょんと飛び跳ねた。
「あ」
 猫ぐらいの大きさの火鼠が二匹、姿を現した。
 ちょんと、頭に飛び乗る。
「そっか……家族なの?」
「そうみたいだな」
「いいな」
「……俺達も、帰るか」
 火鼠が三匹、ちょん、ちょんと、近づいてきた。
 一緒に回った小さな火鼠が、ちぃと鳴いた。
「今日はありがとう」
 ちぃと姫様に答える。
 火鼠はぽっと火となり、消えやった。
「曇ってきやがった」
 空の雲が、多くなってきた。
 灰色の雲も混じっている。
「雨……降るかな、降らないかな、どっちかな」
 歌うように言った。
 天気。
 晴れていたから、雨の用意はしていない。
 そういえば、天気のこと、考えなかったな。
「また、自分の足で歩くのか?」
「……」
 うーんと考える。
「歩きます」
 悩んで、しまった。
「わかった」
 はっと、太郎が、背を気にする素振りを見せた。
 姫様が、くいと衿を引っ張る。
 三匹ほど、半人半妖の姿を成した妖が見えた。
 行きましょうと促す。
 夕焼けが、影を伸ばす。
 立ち上がった姫様と太郎の影が、先の方でぼやけ、重なった。
「帰ろうか」
「そうだな」
 火鼠は、帰った。
 自分達も、帰ろうと思った。


 
 細い雨。
 少し、ましになった。
 外の匂いを嗅ぎ、金銀妖瞳を光らせながら、姫様の衣を脱がせようとした。