小説置き場2

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あやかし姫~そのお出かけの日(16)~

「な、何よ」
「いえ」



 夕方、古寺に戻ってきた朱桜は、今日は泊まると言いだした。
 姫様に一目会いたいと、一目会うまで帰らないと。
 会いに行こうという考えは、星熊童子に却下された。
「王は、ここでその方と、お会いすることは認めましたが、その方に会うために、この場所を離れることは、認めておりません」
「……じゃあ、待ってもいいですか?」
「王は、お許しになりましたので」
「ありがとです!」 
 そして――朱桜は、火羅と一緒に寝たいと言った。
 黒之助と一緒――は、先に、星熊童子に却下されていた。
「どういう心境の変化なのさ?」
 こそっと、葉子は黒之助に耳打ちした。火羅と朱桜は、舐めるように互いを見ている。
「成長期という奴ではないのかな」
「……成長期ねぇ。成長、してたけどさぁ」
 葉子は、火羅を見る目を細めた。
 黒之助は、朱桜を見ていた。
「同じ部屋って、大丈夫なの?」
「二人とも姫さんの友人なのだ」
 それもそうかと葉子は思った。
 心配だ。
「彩花さんの部屋で寝るってことよね」
「いいですね」
「……って、あたいも!?」
 うっかりしている間に、どんどん話は進みやって。
 気が付くと、二人がこちらにじとりと視線を向けている。
 だから、そんなところまで似なくていいのだ。
「ええ」
「当然です」
 この二人と一緒に寝るのか――今日、眠れないなと、葉子は思った。



「別に、何もないです」
「じっと見ないで下さい。眠りにくいから」
 火羅と朱桜が、横になって互いを凝視している。
 障害は何もない。
 真ん中のぽっかりとした空間。
 二人の間にいた白狐は、部屋の隅に座り込んでいる。
 かけられた布団は、二枚であった。
「眠れますよ」
 火羅は、むっとした。
 朱桜は、眉を八の字にして、睨むような目つきである。
「私は、繊細なの」
「へぇ」
 小馬鹿にしたような言い方。
 火羅は、頭に上りかけた血を、必死に鎮めた。
 小さな角。
 勝ち目はないのだ。
 ころんと身を翻す。背に、視線を感じる。
 あれ?
 もしかして私、狙われてる?
 いやいやいや――そんな馬鹿な。
 葉子さんと同じ部屋で、そんなことをするわけが……でも、薬、使えるんだっけ。 
 彩花さんと同じように――きっと、すっごく、劣るだろうけど。
 眠り薬って、持ってたり、する?
 び、媚薬とか!? そして、霰もない私の痴態を、あの子に全て教える!?
 お、恐ろしい子
 いやいやいや、きっとその前に、毒薬でしょう!
 私を従順にさせて、それから痛ぶったり!? あの子と近しいということは、その可能性も、なきにしもあらずだわ。
 誇り高い私の誇りを、ぐっちゃぐっちゃにする気なの!?
「むぅです」
「ひゃう!」
 小さな角を生やしたふくれっ面が、目の前に。
 その童は、断りもなく、火羅の布団に潜り込んできた。
「……」
「……」
 睨まれている。
 睨んでいる。
 火羅は、少し下がった。
 朱桜は、ずいと進んだ。 
「彩花様は……遅いのですか?」
「あ、あの子の足なら、明日の朝着けば御の字じゃないかしら」
「彩花様、足遅いですもんね」
 家事はてきぱきこなすが、大きく身体を動かすことは苦手だった。
 長時間歩くのも、苦痛にする。
 体力が、ないのだ。
「……」
「……」
 何なのだ、この子は。そう、火羅は思った。
 捉えにくい子供だった。
 幼いし、大人びているし――彩花とあの女に、似ているのか。
「口、」
「口?」
「切ったですよ」
「ああ、あれ。葉子さんが、治してくれたわ」
「私の薬は、いらないですね」
「く、薬!?」
 素っ頓狂な声。
 火羅はすぐに、冷静な彩花の目で我に返った。
「葉子さん、起きてしまいますよ」
「そ、そうだわ。大丈夫なの?」
 葉子は、二人が被せた布団をきゅっと握り締め、規則正しく寝息を立てていた。
 灯を消した、暗い部屋。
 二人には、関係のないことであった。
「大丈夫、か――」
「葉子さんと、仲良いですね」
「ん……ま、まぁ、そうかもしれないわね」
 優しくは、してくれていた。
「彩花様、お変わりないですか?」
「変わりないと思うわ」
「話し方、変わったですね」 
 彩花に指摘され、火羅は口を押さえた。
 知らず、素の自分を晒け出していた。
「別に、どっちでもいいですけど」
 朱桜は、あまり、興味がなさそうであった。
「彩花様に変なことしたら、許さないですよ」
「しないわよ」
「どうして、頬が赤くなるです?」
「気のせいじゃないでしょうか?」
「語尾が揺れてるですよ」
「それも、気のせいじゃないですか?」
「……彩花様は、私の大切なお姉さんなのですよ。私はそう、思ってるです」
「彩花さんも、朱桜さんのこと、妹のようだと言っていたわ」
 そしていつも、哀しそうな顔をしていた。
「私は、傍にいられないのですよ。だから、火羅さん、彩花様のこと、よろしくですよ」
「はぁ……」
「彩花様の友人なればこそ、です。お願いなのです。大切にして下さいなのです」
 こんな幼い鬼に、何でそんな分かり切ったことを言われなきゃいけないんだろうと思った。
 こっちは齢三百近く生きているのだ。
「年なんて、関係ないか……」
 妖狼と、あの子。
「はう?」
「ああ、こっちの話こっちの話」
「みんなで、彩花様をお迎えするですよ。だから早く、寝るのですよ」
「う、うん」
「……すぅ」
「早」
 何とも、勝手な子供だ。
 勝手で、生意気だ。
 勝手で生意気で強情だ。
「小さい……」
 この形が常。
 あの形は異常。
 あそこまで、姉と慕う者のためなら、変われる。
 私も、そうだ。
「子供に嫉妬しても、ねぇ」
 だから、今日は……一緒に眠ってあげるわよ。
 腹立たしいけど、これだけ、近くで。



「どきなさいよ」
「火羅さんが先にどくですよ」
「貴方の足が、私のお腹に乗ってるの!」
「火羅さんの足が、私の小さな足に乗ってるですよ!」
「この! 何で小さいを強調するの!」
「火羅さんの足は、ぶっとくて重いのです」
「すらりとして形が良いって、誉められたこともあるのよ!」
 ぴぃぴぃ、ぎゃぁぎゃぁ。
「朝っぱらから、うるさいさよ!」
「……ごめんなさい」
「……ごめんなさいですよ」
「今、何時だと思ってるさよ! ったく、何だか苦しい……はて?」
 くっ、くっ。
 くっ、くっ。
 葉子は二枚の布団で、固く固く、簀巻きになっていた。
 異常なまでの、寝相の悪さ。
 それを見て、二人の少女は、笑いやった。