小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

愉快な呂布一家~超久々に、本編です~

 深き夜、じとりとした汗と共に目覚めると、山狗の孫娘は、恐怖に怯えた。

「恐い、怖い、コワイコワイコワイ……」

 あれがもうすぐやってくる。

 数多の綽名を持つ戦の化身が、自分の首を獲りにやってくる。

「――」

 魔王と呼ばれたお爺様。天下をねじ伏せかけたお爺様。

 そのお爺様を殺した少女。

 仇、という意識はない。

 お爺さまはいつか殺されるだろうと思っていた。

 それだけのことをやったのだ。

 たまたま、あの少女が殺したのだ。

 だけど、だけど、もう、関わることはないと、そう、思っていたのに。

 董卓の孫。

 それは、御輿に担がれるに十分で。

 ――董狼姫。

 それが、大鎌震わす、少女の名。乱世に関わらざるえなくなった哀れな少女の名。

 翳りのある儚い美しさは、狼の名と相反するものであった。
 
 

 涼州が墜ちた。関中十部軍が瞬く間に平らげられた。

 そこには、あの、錦馬超の名もあった。

華雄徐栄もいないのに……」

 乱世というのは恐ろしいもので、常々その武勇に感服し、頼りにしていた二人が、呆気なく命を落
としている。

 華雄は外見に似合わず優しかったし、徐栄も裏表のない真っ直ぐな軍人だった。

 四天王などとのさばっていた、李カクや郭汜、張済よりもずっといい。

 華雄と同族の樊稠は、四天王で唯一好きな男だった。今もよくしてくれている。

 御旗は、飾り。実務は叔父である李儒と、韓遂の婿であった閻行が取り仕切り、自分の居場所はなかった。軍にも、無論、政の場にも。

「鄧艾さん……鄧艾さん」

 呂布の部下で二つ、気になる名前があった。

 馬超、そして張繍

 馬超とは、ずっと昔、話したことがある。精悍な顔つきをした、例えるなら、鷹のような人だった。

 仄かに憧れを抱いたものだ。

 張繍とは、よく遊んだ。嫌な顔一つせずつき合ってくれた、兄のような人だった。

 華雄徐栄がいて、張繍がいて、お爺様が尊敬できて。

 涼州にいたあの頃が一番幸せだった。

 戦になれば、この首を獲りに来るのだろうか。

 遊んでくれた張繍が? あの錦馬超が?

「董狼姫様?」

「……ごめんなさい、このような夜遅くに、お呼びしてしまって」

「あ、いえ、僕は大丈夫です」

 新しく将軍になった人。閻行の補佐をする、司馬懿という方のお弟子さんなのだという。

 閻行が新しく将軍に任命したのは三人。他に、鍾会という少年と、天水の麒麟児と謳われた姜維がそうだ。

 鄧艾は、姫将軍だった。歳も近い。だから、無理を言って、近衛軍という形にしてもらっていた。

「それで、何の御用でしょうか?」

 軍袍で身を包んだ男装の少女。美少年と言われても、わからないだろう。

 口調も、男言葉を使う。それは、将軍になってからのようだ。

「御用……用は、用は、ないのだけど……ごめんなさい、ごめんなさい、お呼びだてして」

「い、いいのですよ。僕は、董狼姫様にお仕えする身。何なりといつでもお呼び下さい」

「ごめんなさい、ごめんなさい……」

「何か、お心を痛めることがあるのですね」

「……鄧艾さん?」

「さっきも、先生と話していたんです。董狼姫様は、とても深いお悩みを抱えていらっしゃると……僕でよければ、話を聞きます……いえ、わかりきったことですね。呂布、ですか」

 董狼姫が抱く大きな鎌が、かたりと音を立てた。

 鄧艾が豪奢で冷えた寝床に腰掛けると、董狼姫の顔を覗き込んだ。

「祖父様の仇だもの、恨んでるんだね」

「まさか!」

「……あれ、違うの?」

「別に、怨みは……呂布が殺さなくても、きっとお爺様は、誰かに、殺されていたでしょう」

 鄧艾は、意外そうな顔をした。

 黙って、続きを促すように、相槌をうった。

「怖いんです、私。とても、呂布が怖くて……だって、あの人は、狂ってるから」



「やはり、旧董卓軍を攻めますか?」

「とうぜん」

 文官装束の、青年が一人。

 戦装束の、世にも愛らしい少女が一人。

 龍をあしらった黒塗りの鎧。

 赤いリボンで一つくくりにした黒い髪。

 大事に磨く、数多の血を吸った方天画戟。

 乱世最強と謳われる、呂布さん、その人。

 その相手は、筆頭文官にして軍師、陳宮

「文句あるの?」

劉備劉璋が、争い始めたそうで。その隙をついて、五斗米道を平らげ、蜀を手にする足掛かりをというのも、一応考えてはいたのですが」

「いやー」

 からからと呂布さんは笑った。ですよねーと陳宮は溜息を吐いた。

 劉備劉璋は一進一退。

 五斗米道と南蛮勢力の援護を受けた蜀の女主劉璋は、劉備といい勝負をしているのだという。

「そんなのは後まわし。まずは、八つ裂きにして、腑引き出して、首獲って、お墓にささげないと」

呂布様、怨み憎しみは」

「怨みと憎しみは大事だよ?」

 不思議そうな無垢な顔。

 赤子のように輝いていた。

「ふふーん……戦、戦ー♪ 楽しいね。とっても楽しい。とってもうれしい。あは、あはは」

 くるくると舞い始めた呂布さんを見ながら、是非もなしと溜息を吐く。

 馬超張繍から、董狼姫の助命の願いが届いていた。そんなものを、今の呂布さんに伝えたら、何をしでかすかわからない。だから、握りつぶすつもりだった。

馬超張繍さんが、何て言ってきたの?」

 演武しながらの問いかけ。

 変なところで勘が鋭い主だった。いつもは、今日の夕食まだーと、昼食を食べながら言う人なのに。
 
 じっと、真っ直ぐな瞳が向けられた。仄黒い狂気を湛えていた。

 隠し事はしないほうがいいと、陳宮の頭ははじき出した。

 そして、まだ、幼い主は落ち着いているとも。

「董狼姫を助けてほしいと」

張楊さん達は、誰に殺されたんだっけ?」

「憎しみの連鎖を、断ち切るべきだと」

 けらけらと少女が笑う。英傑達が魅入られる笑み。陳宮も勿論魅入られていた。

「はぁ? 切れるわけ、ないじゃない。むりむり。だいたい、私は戦をして殺すだけだよ? それいがいに、なにができるの? ずっとずっと、そうだったよ?」

 呂布がまた舞い始める。方天画戟が、煌めき続ける。

 陳宮は苦笑した。そんな方が、馬超を生け捕りにするだろうか。

 死を捲き散らしながら、どこか甘い人だった。だからこうして付き従うのだけれど。

「一応、頭に入れておいて下さい」

「うー、わかった。いちおう入れとく!」

「陣立ては、これでよろしいのですか?」

 一応、陣立ては書いてもらっていた。

 ひらがなのみ、間違い汚れいっぱいのそれは、呂布さん苦心――字を書くことだけ――の軍事機密。こうして先に目を通せるのは、陳宮だけだ。

 義姉妹も、先に見ることは出来ない。

「いい、いい。じゃあ陳宮、行ってくるね!」

 駆け出そうとした呂布さんを、陳宮は慌てて引き留めた。

呂布様、まだ、軍が集まっていません!」

 伝令を出したのは二日前。明日、集まるかどうかだろう。

 もう少し待ちましょうと言うと、呂布さんはむくれた。

「兵糧は、集まっております。軍備は、前線に滞りなくお運び出来ます。軍が集まったら、存分に戦をして下さい」

 補給で何度も痛い目を見てきた。だからこそ、細心の注意を払う。

「くふ……やる。いっぱい殺すから、いっぱいほめてね」

「はい、呂布様」
 
 黒装束から、紅装束になって、それが例えようもなく美しくあって。

 それが、呂布という人だった。



 そんなわけで、超お久し振りの愉快な呂布一家でありました!
 再開するかどうかは未定!
 そんではではー!