愉快な呂布一家~超久々に、本編です~
深き夜、じとりとした汗と共に目覚めると、山狗の孫娘は、恐怖に怯えた。
「恐い、怖い、コワイコワイコワイ……」
あれがもうすぐやってくる。
数多の綽名を持つ戦の化身が、自分の首を獲りにやってくる。
「――」
魔王と呼ばれたお爺様。天下をねじ伏せかけたお爺様。
そのお爺様を殺した少女。
仇、という意識はない。
お爺さまはいつか殺されるだろうと思っていた。
それだけのことをやったのだ。
たまたま、あの少女が殺したのだ。
だけど、だけど、もう、関わることはないと、そう、思っていたのに。
董卓の孫。
それは、御輿に担がれるに十分で。
――董狼姫。
それが、大鎌震わす、少女の名。乱世に関わらざるえなくなった哀れな少女の名。
翳りのある儚い美しさは、狼の名と相反するものであった。
涼州が墜ちた。関中十部軍が瞬く間に平らげられた。
そこには、あの、錦馬超の名もあった。
「華雄も徐栄もいないのに……」
乱世というのは恐ろしいもので、常々その武勇に感服し、頼りにしていた二人が、呆気なく命を落
としている。
華雄は外見に似合わず優しかったし、徐栄も裏表のない真っ直ぐな軍人だった。
四天王などとのさばっていた、李カクや郭汜、張済よりもずっといい。
華雄と同族の樊稠は、四天王で唯一好きな男だった。今もよくしてくれている。
御旗は、飾り。実務は叔父である李儒と、韓遂の婿であった閻行が取り仕切り、自分の居場所はなかった。軍にも、無論、政の場にも。
「鄧艾さん……鄧艾さん」
呂布の部下で二つ、気になる名前があった。
馬超、そして張繍。
馬超とは、ずっと昔、話したことがある。精悍な顔つきをした、例えるなら、鷹のような人だった。
仄かに憧れを抱いたものだ。
張繍とは、よく遊んだ。嫌な顔一つせずつき合ってくれた、兄のような人だった。
華雄や徐栄がいて、張繍がいて、お爺様が尊敬できて。
涼州にいたあの頃が一番幸せだった。
戦になれば、この首を獲りに来るのだろうか。
遊んでくれた張繍が? あの錦馬超が?
「董狼姫様?」
「……ごめんなさい、このような夜遅くに、お呼びしてしまって」
「あ、いえ、僕は大丈夫です」
新しく将軍になった人。閻行の補佐をする、司馬懿という方のお弟子さんなのだという。
閻行が新しく将軍に任命したのは三人。他に、鍾会という少年と、天水の麒麟児と謳われた姜維がそうだ。
鄧艾は、姫将軍だった。歳も近い。だから、無理を言って、近衛軍という形にしてもらっていた。
「それで、何の御用でしょうか?」
軍袍で身を包んだ男装の少女。美少年と言われても、わからないだろう。
口調も、男言葉を使う。それは、将軍になってからのようだ。
「御用……用は、用は、ないのだけど……ごめんなさい、ごめんなさい、お呼びだてして」
「い、いいのですよ。僕は、董狼姫様にお仕えする身。何なりといつでもお呼び下さい」
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
「何か、お心を痛めることがあるのですね」
「……鄧艾さん?」
「さっきも、先生と話していたんです。董狼姫様は、とても深いお悩みを抱えていらっしゃると……僕でよければ、話を聞きます……いえ、わかりきったことですね。呂布、ですか」
董狼姫が抱く大きな鎌が、かたりと音を立てた。
鄧艾が豪奢で冷えた寝床に腰掛けると、董狼姫の顔を覗き込んだ。
「祖父様の仇だもの、恨んでるんだね」
「まさか!」
「……あれ、違うの?」
「別に、怨みは……呂布が殺さなくても、きっとお爺様は、誰かに、殺されていたでしょう」
鄧艾は、意外そうな顔をした。
黙って、続きを促すように、相槌をうった。
「怖いんです、私。とても、呂布が怖くて……だって、あの人は、狂ってるから」
「やはり、旧董卓軍を攻めますか?」
「とうぜん」
文官装束の、青年が一人。
戦装束の、世にも愛らしい少女が一人。
龍をあしらった黒塗りの鎧。
赤いリボンで一つくくりにした黒い髪。
大事に磨く、数多の血を吸った方天画戟。
乱世最強と謳われる、呂布さん、その人。
その相手は、筆頭文官にして軍師、陳宮。
「文句あるの?」
「劉備と劉璋が、争い始めたそうで。その隙をついて、五斗米道を平らげ、蜀を手にする足掛かりをというのも、一応考えてはいたのですが」
「いやー」
からからと呂布さんは笑った。ですよねーと陳宮は溜息を吐いた。
劉備と劉璋は一進一退。
五斗米道と南蛮勢力の援護を受けた蜀の女主劉璋は、劉備といい勝負をしているのだという。
「そんなのは後まわし。まずは、八つ裂きにして、腑引き出して、首獲って、お墓にささげないと」
「呂布様、怨み憎しみは」
「怨みと憎しみは大事だよ?」
不思議そうな無垢な顔。
赤子のように輝いていた。
「ふふーん……戦、戦ー♪ 楽しいね。とっても楽しい。とってもうれしい。あは、あはは」
くるくると舞い始めた呂布さんを見ながら、是非もなしと溜息を吐く。
馬超と張繍から、董狼姫の助命の願いが届いていた。そんなものを、今の呂布さんに伝えたら、何をしでかすかわからない。だから、握りつぶすつもりだった。
「馬超と張繍さんが、何て言ってきたの?」
演武しながらの問いかけ。
変なところで勘が鋭い主だった。いつもは、今日の夕食まだーと、昼食を食べながら言う人なのに。
じっと、真っ直ぐな瞳が向けられた。仄黒い狂気を湛えていた。
隠し事はしないほうがいいと、陳宮の頭ははじき出した。
そして、まだ、幼い主は落ち着いているとも。
「董狼姫を助けてほしいと」
「張楊さん達は、誰に殺されたんだっけ?」
「憎しみの連鎖を、断ち切るべきだと」
けらけらと少女が笑う。英傑達が魅入られる笑み。陳宮も勿論魅入られていた。
「はぁ? 切れるわけ、ないじゃない。むりむり。だいたい、私は戦をして殺すだけだよ? それいがいに、なにができるの? ずっとずっと、そうだったよ?」
呂布がまた舞い始める。方天画戟が、煌めき続ける。
陳宮は苦笑した。そんな方が、馬超を生け捕りにするだろうか。
死を捲き散らしながら、どこか甘い人だった。だからこうして付き従うのだけれど。
「一応、頭に入れておいて下さい」
「うー、わかった。いちおう入れとく!」
「陣立ては、これでよろしいのですか?」
一応、陣立ては書いてもらっていた。
ひらがなのみ、間違い汚れいっぱいのそれは、呂布さん苦心――字を書くことだけ――の軍事機密。こうして先に目を通せるのは、陳宮だけだ。
義姉妹も、先に見ることは出来ない。
「いい、いい。じゃあ陳宮、行ってくるね!」
駆け出そうとした呂布さんを、陳宮は慌てて引き留めた。
「呂布様、まだ、軍が集まっていません!」
伝令を出したのは二日前。明日、集まるかどうかだろう。
もう少し待ちましょうと言うと、呂布さんはむくれた。
「兵糧は、集まっております。軍備は、前線に滞りなくお運び出来ます。軍が集まったら、存分に戦をして下さい」
補給で何度も痛い目を見てきた。だからこそ、細心の注意を払う。
「くふ……やる。いっぱい殺すから、いっぱいほめてね」
「はい、呂布様」
黒装束から、紅装束になって、それが例えようもなく美しくあって。
それが、呂布という人だった。
そんなわけで、超お久し振りの愉快な呂布一家でありました!
再開するかどうかは未定!
そんではではー!
「恐い、怖い、コワイコワイコワイ……」
あれがもうすぐやってくる。
数多の綽名を持つ戦の化身が、自分の首を獲りにやってくる。
「――」
魔王と呼ばれたお爺様。天下をねじ伏せかけたお爺様。
そのお爺様を殺した少女。
仇、という意識はない。
お爺さまはいつか殺されるだろうと思っていた。
それだけのことをやったのだ。
たまたま、あの少女が殺したのだ。
だけど、だけど、もう、関わることはないと、そう、思っていたのに。
董卓の孫。
それは、御輿に担がれるに十分で。
――董狼姫。
それが、大鎌震わす、少女の名。乱世に関わらざるえなくなった哀れな少女の名。
翳りのある儚い美しさは、狼の名と相反するものであった。
涼州が墜ちた。関中十部軍が瞬く間に平らげられた。
そこには、あの、錦馬超の名もあった。
「華雄も徐栄もいないのに……」
乱世というのは恐ろしいもので、常々その武勇に感服し、頼りにしていた二人が、呆気なく命を落
としている。
華雄は外見に似合わず優しかったし、徐栄も裏表のない真っ直ぐな軍人だった。
四天王などとのさばっていた、李カクや郭汜、張済よりもずっといい。
華雄と同族の樊稠は、四天王で唯一好きな男だった。今もよくしてくれている。
御旗は、飾り。実務は叔父である李儒と、韓遂の婿であった閻行が取り仕切り、自分の居場所はなかった。軍にも、無論、政の場にも。
「鄧艾さん……鄧艾さん」
呂布の部下で二つ、気になる名前があった。
馬超、そして張繍。
馬超とは、ずっと昔、話したことがある。精悍な顔つきをした、例えるなら、鷹のような人だった。
仄かに憧れを抱いたものだ。
張繍とは、よく遊んだ。嫌な顔一つせずつき合ってくれた、兄のような人だった。
華雄や徐栄がいて、張繍がいて、お爺様が尊敬できて。
涼州にいたあの頃が一番幸せだった。
戦になれば、この首を獲りに来るのだろうか。
遊んでくれた張繍が? あの錦馬超が?
「董狼姫様?」
「……ごめんなさい、このような夜遅くに、お呼びしてしまって」
「あ、いえ、僕は大丈夫です」
新しく将軍になった人。閻行の補佐をする、司馬懿という方のお弟子さんなのだという。
閻行が新しく将軍に任命したのは三人。他に、鍾会という少年と、天水の麒麟児と謳われた姜維がそうだ。
鄧艾は、姫将軍だった。歳も近い。だから、無理を言って、近衛軍という形にしてもらっていた。
「それで、何の御用でしょうか?」
軍袍で身を包んだ男装の少女。美少年と言われても、わからないだろう。
口調も、男言葉を使う。それは、将軍になってからのようだ。
「御用……用は、用は、ないのだけど……ごめんなさい、ごめんなさい、お呼びだてして」
「い、いいのですよ。僕は、董狼姫様にお仕えする身。何なりといつでもお呼び下さい」
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
「何か、お心を痛めることがあるのですね」
「……鄧艾さん?」
「さっきも、先生と話していたんです。董狼姫様は、とても深いお悩みを抱えていらっしゃると……僕でよければ、話を聞きます……いえ、わかりきったことですね。呂布、ですか」
董狼姫が抱く大きな鎌が、かたりと音を立てた。
鄧艾が豪奢で冷えた寝床に腰掛けると、董狼姫の顔を覗き込んだ。
「祖父様の仇だもの、恨んでるんだね」
「まさか!」
「……あれ、違うの?」
「別に、怨みは……呂布が殺さなくても、きっとお爺様は、誰かに、殺されていたでしょう」
鄧艾は、意外そうな顔をした。
黙って、続きを促すように、相槌をうった。
「怖いんです、私。とても、呂布が怖くて……だって、あの人は、狂ってるから」
「やはり、旧董卓軍を攻めますか?」
「とうぜん」
文官装束の、青年が一人。
戦装束の、世にも愛らしい少女が一人。
龍をあしらった黒塗りの鎧。
赤いリボンで一つくくりにした黒い髪。
大事に磨く、数多の血を吸った方天画戟。
乱世最強と謳われる、呂布さん、その人。
その相手は、筆頭文官にして軍師、陳宮。
「文句あるの?」
「劉備と劉璋が、争い始めたそうで。その隙をついて、五斗米道を平らげ、蜀を手にする足掛かりをというのも、一応考えてはいたのですが」
「いやー」
からからと呂布さんは笑った。ですよねーと陳宮は溜息を吐いた。
劉備と劉璋は一進一退。
五斗米道と南蛮勢力の援護を受けた蜀の女主劉璋は、劉備といい勝負をしているのだという。
「そんなのは後まわし。まずは、八つ裂きにして、腑引き出して、首獲って、お墓にささげないと」
「呂布様、怨み憎しみは」
「怨みと憎しみは大事だよ?」
不思議そうな無垢な顔。
赤子のように輝いていた。
「ふふーん……戦、戦ー♪ 楽しいね。とっても楽しい。とってもうれしい。あは、あはは」
くるくると舞い始めた呂布さんを見ながら、是非もなしと溜息を吐く。
馬超と張繍から、董狼姫の助命の願いが届いていた。そんなものを、今の呂布さんに伝えたら、何をしでかすかわからない。だから、握りつぶすつもりだった。
「馬超と張繍さんが、何て言ってきたの?」
演武しながらの問いかけ。
変なところで勘が鋭い主だった。いつもは、今日の夕食まだーと、昼食を食べながら言う人なのに。
じっと、真っ直ぐな瞳が向けられた。仄黒い狂気を湛えていた。
隠し事はしないほうがいいと、陳宮の頭ははじき出した。
そして、まだ、幼い主は落ち着いているとも。
「董狼姫を助けてほしいと」
「張楊さん達は、誰に殺されたんだっけ?」
「憎しみの連鎖を、断ち切るべきだと」
けらけらと少女が笑う。英傑達が魅入られる笑み。陳宮も勿論魅入られていた。
「はぁ? 切れるわけ、ないじゃない。むりむり。だいたい、私は戦をして殺すだけだよ? それいがいに、なにができるの? ずっとずっと、そうだったよ?」
呂布がまた舞い始める。方天画戟が、煌めき続ける。
陳宮は苦笑した。そんな方が、馬超を生け捕りにするだろうか。
死を捲き散らしながら、どこか甘い人だった。だからこうして付き従うのだけれど。
「一応、頭に入れておいて下さい」
「うー、わかった。いちおう入れとく!」
「陣立ては、これでよろしいのですか?」
一応、陣立ては書いてもらっていた。
ひらがなのみ、間違い汚れいっぱいのそれは、呂布さん苦心――字を書くことだけ――の軍事機密。こうして先に目を通せるのは、陳宮だけだ。
義姉妹も、先に見ることは出来ない。
「いい、いい。じゃあ陳宮、行ってくるね!」
駆け出そうとした呂布さんを、陳宮は慌てて引き留めた。
「呂布様、まだ、軍が集まっていません!」
伝令を出したのは二日前。明日、集まるかどうかだろう。
もう少し待ちましょうと言うと、呂布さんはむくれた。
「兵糧は、集まっております。軍備は、前線に滞りなくお運び出来ます。軍が集まったら、存分に戦をして下さい」
補給で何度も痛い目を見てきた。だからこそ、細心の注意を払う。
「くふ……やる。いっぱい殺すから、いっぱいほめてね」
「はい、呂布様」
黒装束から、紅装束になって、それが例えようもなく美しくあって。
それが、呂布という人だった。
そんなわけで、超お久し振りの愉快な呂布一家でありました!
再開するかどうかは未定!
そんではではー!