小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

あやかし姫~跡目争い(20)~

 鬼ヶ城が、干からびていく。
 浴びるように妖気を喰らう。
 渇いた地面が広がっていく。
「ん――」
 立っていられなかった。
 餓えの渦は、少しずつ大きくなっている。
 漠とした、薄闇である。千々と形を変え、様々なものを喰らっていた。
 何かがお腹の中で脈動し、手足の先まで染み渡っていく。
 横になって、次々と朽ちる天井を見ながら、さっきの出来事を思い返していた。
 手を、掴めなかったのだ。
 火羅さんの手。
 傷だらけの指。
「あの、人は……」
 同じ顔をしていた。
 殺気を漲らせて襲ってきたので、返り討ちにした。
 火羅さんは、あの人のことを、知っていたのだろうか。
 大人しく――ほとんど抗うことなく、それこそ進んで、連れて行かれた。
 ああ、火羅さんは、私を見ていなかったのだと、そんなことを思った。
 あの目を、知っていた。あの目は、火羅さんの艶やかな目は、私を通してあの人を見ていたのだ。
 友達だと思っていたのは、私だけだったのだろうか。
 いや、違う。
 火羅さんは、きっと、私が育んだこの気持ちを、あの人に抱いたのだ。
 辛かっただろうな――辛いだろうな。
 首を横向ける。
 朱桜ちゃんが何か叫んでいた。
 音も喰らってしまっているのか、耳には届かない。
 叫んでいるだけで、もう、意味をなしていないのだろうなと思う。
 朱桜ちゃんが座り込んでる場所の前まで、喰べてしまったようだ。
 じりじりと範囲は広がっている。
 葉子さんが顔を押さえていて、クロさんが朱桜ちゃんを押さえていた。
 三人とも汚れていた。
 太郎さんの大きな身体が、鬼の皆さんに捕らえられている。
 十人ばかりに押さえ込まれ、それでも振りほどきそうになり、さらに二人ほど首にしがみついた。
 爪が、半ば、溶けていた。
「駄目だよ……暴れちゃ、駄目」
 また、喰らう。もっと離れていないと、駄目だ。みんなを、食べてしまう。
 見境なく喰らってしまう。
 どうやら私は毀れてしまったようだ。
「好き……みんな、大好き」
 葉子さんが、こちらを見た。
 声が届いたようだ。
 朱桜ちゃんが、クロさんの腕に、力なく噛みついた。
 クロさんの唇から、血が滲み出していた。
 微笑を浮かべたつもりだけど、上手く表情に出せたかどうかは、わからなかった。
 また、葉子さんが、顔を覆った。
 嫌だと、言っていた。
「太郎さんは、愛おしい、かな……ああ、うん、そうだね、そうだよ」
 鬼を、振り払った。
 全身を脈動させ、狂おしい咆吼をあげた。
 白い妖狼は、黒い鬼姫烏天狗と同じように、力を喰われた。
 それでも、一歩、一歩、近づいてきた。
 黄泉路の歩みを、止めなかった。 
「もっと一緒に、ずっと一緒に、いたかったなぁ」
 そう、言った。
 太郎さんが、また、吠えた。
 金銀妖瞳が、とても綺麗だ。
 大好きな、大好きな、金銀妖瞳。
 愛おしい、愛おしい、白い妖狼。
「もう、いいよ……私は、幸せだから。こんなに想ってもらえたから」
 太郎さんが、手を伸ばした。火羅さんの手と、重なる。同じ、傷だらけの指。
 私のせいで、そうなった。
 触れば、どうなるか、わかっている。
 よくこんなに近くまで、来れたなぁ。
 クロさんも、鬼になった朱桜ちゃんも、こんなに近くまで来れなかった。
 力尽きて、引き返したのだ。
 もう、妖の形も、人の形も、保てなくなっているのに、まだ、近づこうとしている。
 伸ばせば、手が届く。
 指がかかる。
 触れられる。
 抗いがたい、誘惑だ。
「私、太郎さんのお嫁さんに、なりたかったなぁ。あ、そっか。子供の頃からの、夢だったんだ」
 太郎の腕に小さな花火を起こすと、ああやっぱりと微笑んで、誘惑に勝てなかった自分を呪った。
「添い遂げたかったよぉ……太郎さん」
 俺もだよと、太郎さんの口が動いた。
 添い遂げるんだよと、そう、動いた。
 じわりと、何かが溢れてきて、それを拭って、太郎さんと言った。
 何度も、何度も、言っていた。
 大蛇が、こちらを睨め付けて、それから一口で飲み込んだ。