あやかし姫猫2試作
※修正前のお話、試案です。
沙羅の思考は、目の前の情景についていくことが出来なかった。
月心と行動を共にしていた。
目の前に、月心の知人らしき男が現れた。
そして刀を突き付けられている。
妖怪だと、見抜かれているらしい。
そして、滅すると言っている。陽炎の様な、腹の底が煮え立つ妖気だ。
頭巾を深く被り直し、月心を見やった。自分は妖怪で、月心は人だ。そんなことはわかりきっている。
だからといって、進んで人に危害を加えようと思ったことはない。妖怪なんて、それぞれ違う。人間だって一緒だろう。
妖怪だというだけで、弑されるというならば、妖怪を殺そうとしているこの男だって、妖怪に弑されるべきなのだ。
「三毛殿、物騒な真似は辞めてください。この方を傷つけようとするなら」
「傷つけようとするなら？」
「私を先に、どうにかして下さい」
「戦う術があるのか」
「ありませんよ、そんなもの。貴方も知ってのとおり、父とは違いますから」
男の隻眼が、舐る様に沙羅を見やった。
「それに、沙羅さんは人です」
「人？」
「ええ、人です。だから、刀を降ろして、怖い目に合わせた詫びをしていただきたい」
「言われてみれば、気配は薄いが」
徐々に、男の殺気が削がれていくのを見て、友人がくれた頭巾に沙羅は感謝した。変化のそう上手くない沙羅のために、彩花が出入りの新しい商人から見繕った頭巾には、妖怪の変化を安定させる力がある。このお蔭で、何かある度に水掻きが出て慌てていた沙羅は、安心して月心の傍で子供達を見ていられるようになった。
「詫びを」
「……申し訳ない」
沙羅は、ふるふると首を横に振った。
「そうか、そうだな。妖怪が人と仲良くするわけもないか」
琵琶のような楽器に、刀を仕舞った。似ているが、琵琶ではなさそうだ。白蝉が持っている琵琶と比べると、ずっと細い。それに、なめした獣特有の匂いがする。
「良い妖怪も、たくさんいると思いますよ。沙羅さん、私は、この方ともう少し話があります。どうか先に行って下さい」
帰る途中だった。それなのに、行ってと言った。
ぺこりと、頭を下げる。隻眼の険は取れたが怪訝そうだ。
腕は立つのかもしれない。沙羅には、見て取るだけの眼力などないが、検非違使といえば、妖怪にとっては忌避すべき名前だ。とにかく、古寺の住人達に伝えようと思った。
「よいのか？ 若い娘を一人で歩かせては、妖怪に喰われるかもしれんぞ」
「そのようなことは、起こりません」
二人が見えなくなるまで、震える足を叱咤して、普段通りに歩いた。
それから、もつれる足で、懸命に駆け出した。
月心は、妖怪と親しい。彩花に助けられたのだ。古寺に住む太郎達が妖怪だと知っている。見えはしないが、村で一番、妖怪に慣れた人間だろう。
自分の正体は、知らないはずだ。よく一緒に子供達をみているのに、教えていない。あんなに一緒にいるのに、伝えられていない。
――妖は、どうやっても妖なのだよ。
男が言った言葉を、頭の中で繰り返す。
「検非違使ですか？」
「そ、そう、そ、そ、そうなの」
「はい、水」
「ひ、火羅ちゃん、いつも、ありがとう」
「べ、別に、礼を言われるほどのことでもないわよ！」
「都の守りを担っている方々ですね。頼光さんや綱姫さんのいらっしゃる」
姫様は、落ち着いていた。
「綱姫殿は、もう、検非違使ではない」
黒之助が、むすっとした顔で言った。
無表情のなずなが、こくんと顎を引いた。
「検非違使と聞いたので、急いで連れてきた。良かったのか、黒之助？」
山の麓でばてていた沙羅を、古寺まで運んできたのが、たまたま通りかかった、白天狗のなずなである。
「それで、三毛という男は、身の程知らずにも、妖怪を殺すと、そう世迷言を言ったのでござるな？」
沙羅は、目の前の妖怪達に怯え、その中心で困ったような笑みを浮かべている姫様に、あらためて感心した。
「彩花姉様の夢と関わりあるですか？」
「うーん、どうかな。頭領や姉様だったら、もっとはっきりしたことが言えるのかもしれ ませんが」
彩華という、彩花の姉を紹介されていたが、嫌な印象しか沙羅は受けなかった。
「こ、こう、占いで、何とかならないの？」
姫様は、曖昧な笑みを浮かべたまま首を振り、なずなの方を見やった。
「その、なずなさん。私は、検非違使というものを、よくは知らないのです。教えていただけませんか？」
「そうなの？」
「九州にいた火羅殿は知らないかもしれないが、渡辺家がやり過ぎたのだ。禁術を使いすぎて、頼光とその一党に滅ぼされた。物見高い天狗の噂では、綱姫を助けるためとされている。あの人物こそ、渡辺家の禁術の粋を集めた……蠱毒の姫だ。そういえば、彩華という御仁に、在り様が似ているな」
なずなは、その綱姫に敗れている。
それでも、全く表情を変えず、淡々と述べていた。
「都は、人が多い。その分、妖異も集まりやすい。人の守り手たる検非違使は、妖怪の天敵といっても差し支えないだろう。それだけの力を、持っていた。時には、妖怪と手を結ぶこともあったが、概ね関係は芳しくない」
朱桜を見ながら、なずなは説明を終えた。
「父様が言っていたのです。あんまり仲良くしない方がいいって。着かず離れずで充分だって」
「元検非違使で、敵意もありそうだと……何事もなく、ここを離れてくれればよいですが」
「先手必勝だって、姫様」
「うーん、月心さんの知り合いだそうだし、問答無用っていうのも、どうなのかなって」
「姫様、情けは人の為ならずさね。ええいとやっちゃいましょう」
「綱姫さんや頼光さんと敵対するのは、ぞっとしませんね。晴明という方も、頭領と同じような捉えどころのなさがありましたし」
なずなは、強い妖怪である。
そのなずなを労せず下した綱姫は、大妖に匹敵すると見ていい。
大妖とまともにことを構えられるのは、頭領と彩華、あとは不安定な朱桜ぐらいのものだ。
「やり過ごしましょう。絶対、その方が良いです」
「やり過ごせたら、いいけどさぁ」
