小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

小説-あやかし姫-第五話~後編~

「そういうわけなんです」
 二人は赤ん坊が木の根本にいたこと、周りに人がいなかったことを話す。
 黙って頭領は聞いていた。
「妙だな」
 黒之助が口を開いた。
「妙?」
「その場所からここまでけっこうな距離がある。しかもこの雨の中だ」
「あっ」
 妖達がざわめく。といっても、部屋の中には頭領と葉子・太郎・黒之助しかいない。
 人間の赤子は妖の気配に敏感。同じ部屋にいるのがわかるとすぐ泣き出す。気配の上手く消せない妖達は部屋の外からのぞき見するしかない。不思議と同じ部屋にいなければ、泣き出すこともないのである。
「その子を」
「はい」
 葉子が頭領に赤子を渡す。かわいい笑みをこぼしていた。
「・・・うん?」
 赤子の懐の中に、手紙があった。頭領が開こうとしたとき、
「ばった~ん!!」
 妖の重みに、戸が耐えきれなくなったのだ。倒れた戸。その上の妖達。部屋の四人がため息をついた。
「・・・・・・あれ」
 太郎が赤子をのぞき込む。泣き出すと思ったのに泣き出さない。
 戸の倒れる音に一瞬びっくりしたようだったが、また笑い出したのだ。
「どういうこと・・・?」
 恐る恐る妖達が近づく。その距離は赤子が触れるぐらいに。それでも赤ん坊は笑っていた。
「葉子、ちょっと」
「あ、はい」
 これじゃあ手紙が読めないからな、そういって赤子を葉子に戻す。葉子は部屋の真ん中にいき、そこに座った。頭領と黒之助以外はそこに集まる。赤ん坊は興味しんしんといった顔できょろきょろし、妖達をつかもうとする。なんとも可愛いらしい仕草だった。
「さてと」
 手紙を読み出した。しばらくして、手紙を持つ手が震えだす。皆の視線が、老人に集まった。
「なんて・・・こった」
 絞り出すような声。様々な感情が交じり合った音。それは、誰もが聞いたことのない音だった。
「何と書いてあるんですか?」
 黒之助が尋ねた。しかし、返事はない。
「頭領・・・」
「この子は・・・・・・そうさね、捨て子といったところかね」
「そんな・・・」
「ひどい・・・」
「こんなにかわいいのに・・・」
「あんまりだ!」
「鬼だ!」
「その子の親は?頭領の知り合いですか?」
 騒ぎ立てる妖達。太郎が質問すると、また静かになった。頭領が、うなずいた。
「親は・・・・・・よく知っているよ」
「それじゃあ」
「もう、この世にはいないよ」
「・・・・・・」
 沈黙。皆赤ん坊の方を見ている。見ることしかできなかった。
「どうさね、ここで育てるというのは」
「頭領?」
「幸い、この子は皆が近くにいても泣かない不思議な子だ。皆が良ければ、ここで育てたいよ」
 皆思案顔。だが、すぐに決まった。
「あたいは賛成するよ」
 まず赤ん坊を抱きかかえていた葉子が賛成する。
「俺もだ」
「それがしも」
 太郎と黒之助もそれに続く。
「じゃあ俺も」
「おいらも」
「わしも」
 やんややんやと賛成の声。元々気のいい妖達。皆賛成してくれた。
「決まりだね」
 ほっと一安心だった。
「頭領、この子の名前は?」
「彩花、というそうだ」
「女の子ですか?」
「そうみたいだな」
「これから大変ですよ」
「・・・・・・それは」
 絶句。頭領には子供を育てた経験はない。ここにいるほとんどの妖がそうであろう。
「それでも・・・・・・」
 赤ん坊はすやすやと、今は葉子の手の中で寝息を立てている。
「大丈夫さね」
 彩花を見ていると、そう思えた。

 布団を引っ張りだして、そこに彩花を寝かせる。静かに静かに、起こさないように。
 それが終わるとほとんどの妖達が部屋を出ていき、自分達の寝床につく。残っているのは五人だけ。
「まだ、聞きたいことがあるんだね」
「ええ、この子の両親の名前とか」
「この子がなぜ泣かないのかとか」
「・・・・・・お前達には言っておいたほうがいいね」
 それから静かに語り始めた。赤ん坊のこと、その両親のこと、そして自分のことも。
「なんと、そのようなことが・・・」
「この子の両親・・・」
「頭領・・・・・・」
「そういうわけさ。これから、この子のことよろしく頼むよ」
 そういって、頭領は頭を深々と下げた。
「そんな、頭を上げて下さい」
「我々の命は頭領のものなんですから」
「皆でこの子を大事に育てましょうよ」
「・・・・・・ありがとう」
「それで、このことこの子にはいつ話します?」
「そうさね、それは・・・・・・またおいおい考えるよ」
「はい」
 三人が一礼して部屋を出ていく。頭領は一人赤ん坊の顔を見つめていた。
「本当に世の中は不思議なもんだね・・・」
「まあ、しっかりと育てるさ」
「・・・見守ってやっておくれ」
 そういって赤ん坊の頭をなでると、座ったまま目をつぶる。心地よい眠気が襲ってきた。
 そのまま闇の中に落ちていく。
「明日から・・・・・・大変そうだね」
 その眠りは赤ん坊の泣き声で邪魔される。
 皆でおむつを求めて走り回るのだがそれはまた別のお話である。