小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

小説-あやかし姫-第八話

 朝、古寺の一室は、女性達の声で賑やかで。
「よく似合ってますよ」
「う、うん」
「こういうものはとっておくもんだね」
 寺で唯一の人間であり、姫様と慕われる彩花。
 その友達でかっぱの子、沙羅。
 そして、九尾の狐である葉子。
 今三人が目の前にしているのは、桜の柄の入った着物を着た、おかっぱ頭の女の子だった。
「どう、気に入ってくれた?」
 姫様が聞くと、朱桜はうなずいた。姫様が小さいときに着ていた着物。大きくなって着れなくなり、たんすにしまっておいたもの。それを朱桜に着させていたのだ。それは、朱桜の叔父にあたる茨木童子が、着替えを用意していなかったため。ちなみに朱桜がいいと選んだのは姫様が選んだもので、沙羅と葉子が選んだものには見向きもせず、二人は苦笑しあうはめになった。
「あのう、皆さん方・・・・・・」
 恐る恐る戸が開かれる。右の金の目の周りを腫らした太郎が、怖々と顔を出した。着替えが終わっているのを確認すると、ほっとした顔になる。
「食事の用意ができましたよ」
「あ、はい、すぐいきます。さ、いこ」
 姫様が小さな手を握り、ぱたぱたと皆で部屋を出て行った。

「ごめん!太郎」
 葉子が太郎に謝っている。朝、姫様の部屋に食事に呼びに行くのは太郎の役目。姫様が着替え終わるのを見計らって呼びにいく。妖は姿を変えることができ着替えの必要がないので姫様のことだけ考えればいい。長年やってきたことで、失敗するはずはない。
 のはずだったのだが、今回は朱桜がいた。彼女は姿を変えることができないので、着替える必要があったのだ。彼女の着物を選ぶのに時間がかかり、太郎が一回目にいったのは、丁度二人が着替え始めるところだった。
「姫様、食事の用意が・・・って、あれ?」
「この馬鹿犬がー!」
 葉子が手近にあった本を投げ。妖の全力で投げられたそれは、全速力で太郎の顔へ。結構な厚さのあるそれは、妖狼を一撃でのしてしまった。
「ありゃ」
 ずず、ずずっと何かが引きずられる音がする。妖の手が何本もかかって戸を閉めるのが見えた。葉子の叫び声を聞いて集まった妖達が、太郎をどこか邪魔にならないところに引きずっているのだろう。
「何もそこまでしなくても・・・」
「やりすぎちゃったかな」
 ぽりぽりと頭をかく狐。故意のことではないだろうし、まだ着替え前でもあった。
「だ、大丈夫なんでしょうか?」
「大丈夫だよ。ったく、あいつは大げさなんだから」
 大丈夫ではなかった。本人いわくきれいなお花畑と透きとおった河が見えたという。
 ほとんどの傷が一瞬で治る妖狼が、目にあざを残しているのだから、よっぽどすごかったのだろう。
「さてと、どうしてくれようか」
「本当にごめん!今度一杯奢るからさ」
「よし、手を打つ」
「よしきた」
 二人が熱い握手を交わした。
「なにやってんだか・・・」
「クロさん、頭領は」
「二日酔いで頭が痛いと」
「結局飲み過ぎたんですか」
 いつも頭領が座っている場所は空きのまま。その横に黒之助が控えている。いつもは全ての妖が顔をだすのだが、昨日の今日なのであまり顔を見せるものはいない。
「お茶、いれますよ」
「あ、どうも」
「・・・」
 差し出された湯呑みは二つ。姫様が空の湯呑みにお茶を注ごうとする。今食事中なのは姫様と沙羅と朱桜。三人以外は見ているだけ。妖は別に食事をとらないと死ぬということはないので、普段は食事をしない。食費の節約にもなる。ただ、食は妖にとって娯楽の一つなので宴のご馳走や酒、菓子などを好む。美味いものは大好きなのだ。
 沙羅は客人、朱桜は人の血が濃いからと茨木童子に言われて。それで今日は三人だった。
「普段は一人なんですか?」
「ええ、もっとうるさいですけどね」
「あははは」
「・・・・・・」

「ふ~」
 と、一息つくかっぱの子。大好きなきゅうりがたらふく食べれて満足そうに。
 姫様と朱桜はまだ食事の途中。沙羅の早さは異常だった。まあ、姫様は食事が遅いのだが。
「早いですね・・・」
「きゅうりですから!」
 元気よくいわれ、はあ、とかえす。他に返事のしようもない。
「食事が終わったらどうするんです?」
「それは・・・なにかしたいことある?」
 朱桜は首をかしげるだけだった。
「とりあえず、二日酔いの薬を探しましょうか」

「ちょいとちょいと」
 食事をさげる途中、太郎は葉子に誘われて。
「お前、ちょっと手伝え・・・」
 葉子が手にしているのはとっくりだった。
「さっきの約束の品かい、でも」
 朝から酒はまずくないかい、そういった。
「な~に、大丈夫さね」
 なにが大丈夫か分からないが、酒の誘惑は断ちがたい。
「だ、大丈夫だよな」
 葉子の手からとっくりを奪うと、一気にそれを飲み干した。
「あれ?」
 酒は少ししかなかった。
「なんだよこれ」
「約束の一杯分だよ」
 可笑しそうに、にたりと。
「・・・」
 しばらくとっくりを見る。手がわなわなと震える。
「このぼけ狐ー!」
「なんの騒ぎです?」
「姫様、太郎が・・・」
 朝っぱらから酒を飲んでいます、そういった。たしかにそのとうりだ。
「太郎さん」
「いや、こ、こ、これはですね・・・」
「洗い物は全てあなたが、よろしく」
「え、いや、はい」
 姫様がきびすを返し、そのあとを葉子がついていく。銀狐は口元を隠してなにかをこらえるのに必死。
 その夜太郎の寝床にとっくりが散乱したのだが、日中狼の機嫌は悪かった。