小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

第一話の3

 別れは突然やってくるもの。
 妖の森で楽しく遊ぶ毎日にも終わりの日が来た。
 十兵衛が江戸に行くことになったのだ。
 江戸に行き、次期将軍候補である竹千代に仕えよ。それは十兵衛が父宗矩が、竹千代派につくという意思表示。重要な「任務」といってもいいだろう。だが、当の十兵衛には関係の無い話。彼は江戸に行くことに猛反発した。妖達と離れるのが嫌だったのだ。
 それをなだめたのも妖達だった。
 十兵衛の人としての将来を考えると、ここいらで我々と離れた方がいいのではないか?
 そう妖達は考えた。当時、彼は柳生の里の者に「天狗の子」と言われ恐れられていた。
「なに、永遠に離れるわけではない」
 ただ、三匹の妖が十兵衛の江戸行きに執拗に反対した。猫又のおせい、狗神の右助、猿神の左吉。十兵衛を驚かそうとした三匹の妖、最も十兵衛と親しくなった彼女らは江戸行きが止められないのならせめて江戸まで着いていくと言い出した。
 江戸は危ないところ、十兵衛になにかあったら、そう三匹は言い募る。
 三匹の執拗さに森の長であった五頭竜もついに折れた。
 三匹が江戸に行くことに許可を出したのだった。
 彼女らは柳生の江戸屋敷に使用人として先に潜り込んだ。

 十兵衛が江戸に行く日。妖達は姿を見せなかった。代わりに森から里の者にとっては薄気味の悪い、十兵衛にとっては悲しく聞こえる「声」が流れたのだった。

 江戸に着いてすぐに十兵衛は家光と引き合わされた。青白い顔をした少年は十兵衛より二歳年下だという。小姓として仕える者全てを首にしていた「暴君」。幼いながらそう言われていた。十兵衛も何日もつものやらと噂された。
 しかし、彼は十兵衛とはうまがあった。大胆なところもあるが、基本的にのんびりとして人の良い十兵衛と、神経質で腹黒いところのある策士家光。全く正反対な二人ではあるが、一日たち一週間たち一月たち一年たち。気が付けば無二の親友(?)となっていた。その間、家光は将軍になったりしていたが、別段二人の仲は変わらなかった。
 その十兵衛が突然小姓を辞めさせられたのは、女性アレルギーの家光に関係してのことだった。
 家光は顔は良いのだが、女を極端に苦手としていた。
 広い場所でなら話ぐらいは出来るのだが、部屋に二人っきり、なんていうことになるともう駄目である。無理矢理寝室に押し込んだとき、彼は顔を青ざめて泡をふいてぶっ倒れたのだった。
 これには幕臣全てが心配した。恐らく、いや確実に家光の生い立ちに原因があるのだが。
 ここで十兵衛にも非難の矛先が向く。十兵衛も妻帯してなかったので、家光との関係を疑われたのだ。辞めさせられた理由を聞かされて、そんな趣味あるか!と家光は叫んだという。
 だが、そこで家光はにやりとした。考えてみればこれは好都合ではあると。
 家光はある長屋に十兵衛を住まわせると、「隠れ公儀隠密(将軍様専用也)」という訳の分からない役職を与えた。家光には直属の部下がいなかったので、十兵衛を自由に動かせる駒、ありていにいうとパシリに任命したのだった。十兵衛はありがたくその任を頂戴したが、おせい達はぱしりじゃん、と言いあった。十兵衛には気楽なそちらのほうが良いとも。もちろんおせい達は十兵衛の長屋に押しかけたのだった。
 小姓の仕事は柳生左門友矩、はすぐに家光に首にされ現在三男である柳生又十郎宗冬が勤めている。策略家として名高い父の才を一番受け継いだといわれる宗冬も、家光を相手にしての胃の痛い毎日を送るしかないのだった。
 
 きっと今日も家光は勝手に城を抜け出したのだろう。今頃城は大騒ぎに違いない。哀れな弟のことを思うと、十兵衛は少しだけ胸が痛んだ。
「十兵衛様、甘納豆買ってきましたよ」
「お、早かったね・・・・・・少し多くないかい?」
「ぴったり六袋分ありましたからね」
「なるほど、家光様らしいや。皆でいこうか」
「はい」

 そこは江戸城から少し離れた茶屋。そこで家光はお茶を飲んで時間を潰していた。四人の姿がその瞳に映る。
「さすがに早いね」
「いえいえ」
 そらそうだ、妖に頼んだのだから早いに決まっている。
「しかし、こんなところで一人でいては危なくありませんか」
「一人じゃないよ、半蔵がいる」
「どうせ城を勝手に抜け出したのでしょう」
「当たり」
 本人は別段気にしていないようだ。
 天下の将軍様がこんなところでお茶を飲んでいるとは、このことを知ったら周りの人間はどう思うのだろう?いつも十兵衛はそう思うのだった。そんなことを言ったら彼自身も周りの一般の人間に驚かれる存在なのだが。
「十蔵、早くよこせ」
 そう言って嬉しそうに手を出す。どうもやることが子供じみているが、これで家康公の再来と言われるのだから十兵衛には不思議だった。おせいいわく、「あの人はやばい」のだそうだが。
「さあさ、皆で食べよう。そっちのほうが美味しいから。十蔵もおせいさんも左吉も右助も。ちゃんと六人分買ってきたんだろう?」
 自分は二人分と言ったのに平然と違うことを言う。まあ、いつものことではある。
「半蔵も早く」
 ごそごそとどこからか音がする。
「早く!」
「は、はい」
 どこからか町人風の娘が現れた。どことなく、弱気、といった印象を受ける。この世界では珍しく、髪を短めに切っていった。
 娘の名は服部半蔵。伊賀組の頭領で四代目服部半蔵その人である。頭領といっても名ばかりで忍びとしては未熟。今は家光の護衛係をもっぱら仕事にしていた。正直家光のほうが腕がたつ。それは十兵衛も一緒なのだが。
 よく家光は彼女だけを連れて城を抜け出す。珍しく、家光の女アレルギーに引っかからないのだ。そのおかげで彼女も毎日毎日胃が痛い思いをしていた。
「それじゃあ、食べよ」
 右から半蔵、家光、おせい、右助、左吉の順に仲良く長いすに座る。ちょっと狭いので右助と左吉が別の長いすに。
「あの、家、じゃなくって竹千代様、城を抜けだしたのは・・・・・・」
 半蔵が聞く。当然というふうに「これが食べたかったから」と答えが返る。半蔵はああ、と頭をかかえた。これでは言い訳ををまた自分で考えないといけないと。さすがに甘納豆が食べたいでは理由にならない。
「どうしたの?調子でも悪いの」
「い、いえ」
「そうか。せっかく皆で食べたかったけど、お前が調子悪いのなら早く帰ろうか」
「え、あの」
「せっか~く、今なにが美味しいのかわざわざ宗冬に調べさせたのにな~すっご~く残念だな~」
 堅物の宗冬が和菓子屋を一軒一軒回っている姿を想像して、おせいがちょっと吹いた。こほんと十兵衛がせきを一つうつ。
「竹千代様、その辺で一つ」
 十兵衛が助け船を出す。半蔵は泣きそうになっていた。
「調子悪くない?」
「は、はい」
「本当に?」
「はい!」
「じゃあ、よろしい」
 相変わらず意地の悪い人だと妖達は思う。まあ、いつものことなのだが。こちらに回ってこないだけましというものだ。
「はんちゃんには悪いけど・・・・・・」
 妖もどうも家光は苦手だった。

「じゃあ皆食べ終えたし僕らはこれで戻るよ」
「あ、はい」
「そうそう、これ」
 そういって懐から手紙をだす。極秘任務と家光の字で書いてある。
「明日この件の報告よろしく」
「ええー!?」
「いいじゃないか、ちゃんとした任務だよ」
「先に言ってくれりゃあいいのに」
「なにか文句でも?」
「・・・・・・」
「僕は・・・・・・」
「天下の将軍様、です」
「分かってるじゃないか」
 そう言うと、笑いながら家光は人混みに紛れた。その姿がすぐに見えなくなった。
「あ、あ!?」
 半蔵が慌てる。とりあえず十兵衛達に一礼して、家光のこっちこっちという声を頼りに走っていった。
「行っちゃったね」
「相変わらず騒がしい」
「半蔵殿も大変ですな」
「で、十さん。なんて書いてあるんですか」
「これか?まだ中を確認していないが」
 手紙をひらひらとさせる。
「なんでしょうね」
「さあね」
 そういって十兵衛は中身を見る。おせい達がそれを後ろから覗き込んだ。
「なになに・・・・・・」