小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

第一話の2

 ときは十兵衛がまだ子供のころに遡る。十兵衛には生まれつき「目」が備わっていた。不思議のものを見ることができる目。人に稀に備わるというその目で、十兵衛は柳生の里の森に住む妖を見ることが出来たのだった。
 
 珍しく森に足を踏み入れた子供を驚かそうと気配を消して人型の妖が何匹か近づいていった。姿も消してこそーりこそーり。わっと言いながら姿を現す、子供はたいそう驚いた、そう妖は思ったのだが子供は平然としている。
「何してるの?さっきから気付いてたんだけど」
 そうかえされて今度は妖の驚く番だった。姿は見えないようにしていたはずなのに・・・・・・。もう一度姿を消すも同じことを言われる。
 「見えている」と。
 すると、今度は人型でない妖も子供の周りに集まってきた。火の玉、大蛇、唐傘お化け・・・・・・色々な妖が現れたが、やはり子供は平然としていた。
「驚いた、肝っ玉の座った子供だね」
「あんたどこの子?」
 子供が自分の名を言うと、ほーと妖達が声をあげる。そこにどたどた音を立てながら一際大きい妖が現れた。
「五頭竜のおんじ、わざわざご足労ご苦労様です。この子なんですがね」
 五頭竜と呼ばれた妖はその名の通り五つの竜の首を持っていた。その顔はどれも優しいおじいさんといった感じ。五本の深紅の舌をちろちろさせながら、十の瞳で子供を見つめた。子供もその竜を見つめた。たくさん顔があるのでとりあえず真ん中の顔をじっと。
「お前さん、わしが怖くないかね?」
 いいえと首を振る。五頭竜はまだしばらくじっと子供を見ていたが、急にかかっと笑い出した。
「どうやらこの子は特別な子のようだ。人よりも我々に近いのだな」
 どういうことかと妖達が五頭竜に聞く。子供も不思議そうな顔をしていた。
 五頭竜いわく、この世には稀に不思議な目を持つ人間がいるという。
 この子はそういう人間なんだろう、と。
「でも、どうして我々を見て驚かないんですか?」
 こう言われると、むむと五頭竜は黙るしかなかった。
「分からないんですか」
「知らんよそんなことまで」
 不機嫌そうにぷいと五本の首がそっぽを向いた
「で、どうすんですかいこの子。とりあえず里に帰しますか?」
「いやだ!」
 子供が叫んだ。どうしたのかと尋ねると、里に帰ると好きでもない剣術修行の毎日でたいそうつまらないのだそうだ。
「あんた柳生の血筋でしょ」
「そんなのおいらには関係ないやい!」
「村には子供もいるでしょう?」
「おいらに話しかける子供なんていないよ」
「ご両親は?」
「おとうもおっかあも最近見てない・・・・・・」
 戦が近いのだったと妖達も気づいた。
「あんた、一人ぼっちかい?」
「そう・・・・・・なのかな」
 静かになった。妖達は子供に待つようにいうと、少し離れて小声でなにやら話し始めた。
 この子供をどうするか話し合っているようだ。どうやらちょっと不憫になったらしい。柳生の剣術修行がどれぐらいきついものか分かるし、この子が同年代の子供となかなか親しくなれないのもまた分かる。どうしたものかと口々に言い合う。
 また、静かになった。
 どうやら意見がまとまったらしい。
「え~、こほん」
 五頭竜が妖達を代表して子供にいう。
「まあ、とりあえずなんだ、ええとそのだな、我々がお主の遊び相手になってやろうと思う」
「ほんと?」
「ほんと」
 子供は目を輝かせた。
 
 その時のことを十兵衛は今でもおせいに言われる。食われるとかそういうことは思わなかったのかと。
「思わなかった」
 十兵衛はいつもそう答える。悪い妖には見えなかったからと。
 事実そこにいた妖達は皆気の良い妖ばかりだった。
 剣術をさぼって森に行く。たいそうしかられたがそれでも良かった。
 十兵衛に初めて出来た友達だから。
 おかげで十兵衛の剣の腕はあまり伸びなかったのだが。
 剣術修行をさぼって森に遊びにいく生活はしばらく、十兵衛が江戸に行くまで続いた。その間、里と森では不思議な現象が相次いで目撃されたが、十兵衛はただ笑っているだけだった。