小説置き場2

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あやかし姫番外編~酒呑童子2~

 一瞬、視界から酒呑の姿が消えた。
 景色が動いていく。下に、下に。
 声が、でない。
 急に落下が止まる。髪を引っ張られている感覚。
 上に、上に。
 目と鼻の先に酒呑童子の顔があった。
 それは、その美男子ぶりを誉め讃えられる黒夜叉の知る顔ではなかった。
 おぞましきもの。
 鬼。
 自らも鬼だというのに、そのことすら忘れて黒夜叉は叫んだ。
「う、うああああああああああ!!!!!!」
 四天王も顔を伏せていた。見ているのは茨木のみ。
「怖いか?」
 鬼が訊いた。黒夜叉はまた叫んだ。その声すらも、恐ろしかった。
 茨木の薄青幕の妖気など、児戯に等しい、そう、思った。
 あれも、恐ろしい。だから危険を冒して都から鎧を奪ってきた。
 しかし、本当に恐ろしいのは、この鬼だったのだ。
「面白いものを見せてやる」
 それはよく知っている姿だった。不思議なことに、首がない。
 首がないことに気付かぬように、そこに立っていた。
「これは?」
「お前の、身体よ」
 鬼が耳元で嬉しそうに囁いた。そこで初めて気がついた。おのれの首から下の感覚がないことに。
 酒呑童子が持っていた首を放り投げた。身体にぶつかる。
 そのまま横に倒れた。血が、勢いよく吹き出る。
 黒夜叉は、息絶えていた。
 恐怖をその顔に刻んだまま。
「もう、いいぞ」
 四天王がゆっくりと顔をあげる。
 そこには、いつもの酒呑童子の美しい姿。
「動けるはずだ」
 足をあげる。護符の力は消えていた。
 酒呑は茨木に近寄った。
「痛むか?」
「当たり前だ。腹に穴があいているんだぞ」
「案外元気そうじゃないか」
「黒夜叉の死骸、どうされます」
 星熊が、尋ねた。
「都に持っていけ」
 見ることなくそう言った。
「はい」
「皆を集めろ。ことの顛末を話す」
「は!」
 四天王が皆を集めるために離れていく。
「兄上・・・・・・」
「先にお前を医者に診せないといけないな」
 茨木は気付いていた。兄が寂しそうな目をしていることを。

 その夜、酒呑童子はある屋敷にいた。ぼろぼろの、屋敷。
 近所では幽霊屋敷と呼ばれている。
 そこには、一人だけ住人がいた。
「どうしました、さきほどからずっとお黙りになって」
 白い透き通るような肌の女が酒呑童子に尋ねた。
「私が、お嫌になられましたか」
「そうじゃない」
 その寂しそうな笑みにはっとなった。
「よいのですよ。きっと名のある貴族か皇族であろう貴方様なら、私などよりもっとふさわしい方がおられるでしょう」
「違うと言っているだろう」
 一時迷う。話してよいものかどうかと。
「・・・・・・」
 話したくなった。何故かは、分からない。
「今日、ある男に裏切られた」
「・・・・・・」
「信頼していた男だった。有能で誠実で。この十年一緒にやってきた。友人だと思っていた」
「・・・・・・」
「腹の立つことよ」
「嘘ですね」
「嘘?」
「悲しいのでしょう。怒っておられるのではなく」
「何故、そう思う?」
「貴方様の顔を見ていたら、なんとなく」
「そうだな・・・・・・そうかもしれん」
「・・・・・・」
 どちらもそれ以上口を開かない。時間だけが静かにその場に流れていく。
「もう、遅い。お前の身体に障るとよくない」
 男が、立った。
「お帰りになられるのですか?」
「ああ」
「いつもどちらに?」
 鬼ヶ城、その言葉をなんとか押さえる。
「それは訊かぬ約束だろう」
「そうですね。すみません・・・・・・」
「謝ることじゃない」
 別にいってもいい。適当な言葉でごまかせばよい。偽名も偽の身分もいくらでもある。
 今まで、そうやってきた。
 でも、この女に嘘を吐きたくない。
 なぜかは、分からない。分からないことだらけだった。
「また明日ここにくる」
「はい」
「・・・・・・」
「少しは、気分が晴れましたか」
「さあな」
「そうですか・・・・・・」
 なんとなく楽にはなった。ただ、女の顔を見ていただけなのに
「また、明日の夜だ」
 何故、毎日来たくなるのか不思議だった。
 友に裏切られたこの夜までも。
「なぜだ・・・・・・」
「なにがです?」
「いや、なんでもない」
 やはり、酒呑童子には不思議だった。
分かっているのはこの女といると楽になる。それだけだった。