小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

あやかし姫~節分~.

 今日は節分。
 妖達は今か今かと夜を待つ。
 寺の妖達にとって、節分の豆まきは楽しい遊び。
 もちろん、まいた豆を美味しく頂くのも忘れない。
「おうい、着いたぞ」
 頭領。
 大きな袋を何個も持って玄関に。
 どさっと袋を置くと、すたすた自分の部屋に行ってしまった。
 残されたのは、幾つかの袋。
 袋の中には豆、豆、豆。うんざりするほど大量の豆。
「また、みんな騒ぎますね」
 銀狐葉子。人の姿ではなく妖狐の姿。
 一番大きな袋を口にくわえ、えっちらおっちっら引っ張っていく。
「そうですね・・・・・・」
 姫様も、袋を持って。
 よたよたしながら、えっちらおっちら。
 二人の後ろを、妖達も豆袋を担いで続いていく。
 さながらありの行列のよう。
 姫様はちょっと、微妙な顔であった。
「どうしたんですか?」
「何でもありません・・・」

「まだかな、豆まき」
「何、もうすぐだ」
 妖狼太郎烏天狗の黒之助。
 二人も今か今かと夜を待つ。
 いや、一番そわそわしている。
「いいな、豆を多く当てた方が勝ちだ」
「おう。今宵こそ、三十年ごしの決着つけてくれる」
 ちょっと趣旨が違うようだが。

「姫様、さっきからどうしたんです?」
 どうも姫様はあまり嬉しくなさそうで。
 毎年皆の楽しそうな顔を見て、姫様も嬉しそうにしていたのに。
「本当に何でもないですから」

 夜、皆で豆をまきはじめようかというとき、大きな衝撃が寺を襲った。
 振動、地響き、砂埃。
「なんだ!何事だ!?」
「どこのどいつの殴り込みだ!」
 太郎と黒之助が同時に吼えた。
 何かが庭に落ちてきたのだ。
「う・・・頭打ちました・・・」
「大丈夫!姫様!!!」
「う・・・」
 姫様、大きなたんこぶをこしらえて。
 銀狐、そんな姫様を見る。
 傍にいた妖に頭領を呼んでくるように言うと、葉子も庭に出て行った。
「くおおおおら!!!どこのあほうだ!!!」
 葉子、たいそうな剣幕である。
 彼女、いや彼女「達」にとって、姫様は非常に非常に大切な人なのだ。
「待て、おぬしら。これは星だ」
 頭領であった。
 幾分落ち着いて見える。姫様も隣にいた。
 しきりに頭をさすっていて。
 頭領のこめかみがぴくぴくわなわな動いている。
 あんまり落ち着いていないようだ。
「星?しかし下手くそな・・・」
 星は、もっとも早い移動手段で、力の強い妖が使うものである。
 早いかわりに、制御が非常に難しいのだ。
「さてと、誰が乗っているのかの。わしの知り合いにここまで星の乗り方が下手な奴はおらん」
 頭領が言った。
 それを合図と、四人は一斉に妖気の炎をあげた。

 それは、泣き声であった。
 しくしくしくしく・・・聞き覚えのある声が星から聞こえる。
 姫様が気勢の削がれた四人を押しのけて、星に近づく。
 星が消え、あとに残るは幼き子供の姿。
「彩花さま・・・」
「朱桜ちゃん!」

 それは、鬼ヶ城での出来事で。
「父さま、なぜ今日は彩花さまのところに行ってはいけないのですか?」
「いや、それはな・・・・・・」
 朝から、ずっとこの調子。
 鬼の王たる酒呑童子は口を濁して。
「約束したじゃないですか!」
「う・・・・・・」
 確かに、約束していた。
 あることを、すっかり忘れていたのだ。
「父さまなんて、大嫌いです!」
「え!あ、朱桜!?」
 酒呑童子、真っ青。王の威厳もなにもなかった。

「叔父上・・・あの・・・」
「ご免な・・・今日は・・・」
 茨木も、似たようなものだった。
「なぜです!?何故!?」
「う・・・・・・あのな、朱桜。今日は冬と春を分けたる節分の日でな。節分の日には鬼は外、福は内と言いながら俺たちの大嫌いな・・・お前は大丈夫だったね。豆をまく習慣があるんだ。あそこはそれを派手にやるから・・・」
「お、鬼は外!?嘘です!彩花さまがそんなこと言うわけないです!」
「いや、この場合はな、」
「そんな言葉信じません!叔父上は嘘吐きです!叔父上も嫌いです!」
「き、嫌い!?」
 真っ白になる茨木を尻目に、朱桜は走り出した。
 目指すは、星のある場所。
 姫様に、ただただ会いたくて。
 乗り方は、一度だけ教えてもらったことがある。

「なるほどね」
「そっか、それで姫様も・・・」
 頭領達も事情を飲み込めたようで。
「彩花さま、嘘ですよね!」
「う~ん、本当のことなんです・・・」
「そ、そんな・・・・・・」
 朱桜が姫様から少し離れた。
「信じてたのに・・・」
「ご免ね、朱桜ちゃん。朱桜ちゃんのこと嫌いじゃないよ?うん、大好きだよ。本当に大好きだよ」
「彩花さま・・・」 
「ちょっと、待っててね」
 姫様が寺に戻る。頭領達も引っ張って。少し経つと、姫様だけが戻ってきた。
「中に入ろう。朱桜ちゃん、豆大丈夫っていってたよね。一緒に豆まきしよう?」
 酷いことを言う人だと、朱桜は思った。
 でも、彩花さまは、そんな人じゃあ・・・
「さ、早く」
 姫様が朱桜の手を握る。
 朱桜は、その手をしばらく見て、それから、うんと頷いた。

「じゃあ、いきますよ。福は~内~」
 姫様の声に続いて、みなが同じ言葉を繰り返す。
 豆が、飛び交いはじめた。
「鬼は~」
 外なんだ、きっとそうなんだ。彩花さま、私のこと・・・。
 でも、あんなに、あんなに温かい人なんだよ?私にずっと優しくしてくれた人なんだよ?
 信じてたのに・・・・・・
「内~」
 妖達の「鬼は内」という大合唱。
 豆の嵐。
 あ、っと幼子は声をだし。
「これで、許してくれる?ご免ね、私気がきかなくて・・・」
「・・・・・・うん」
 許してほしいのは私の方。
 彩花さまは、そんな人じゃない。
 父さまや、叔父上と一緒ぐらい温かい人。
 そんなこと分かっていたことなのに。
「一緒に、豆まこう?」
「はい!」

「朱桜ちゃん、年の数だけ豆を食べるといいんですよ」
「年・・・一個」
「待って」
 姫様がごそごそごそごそ自分の豆袋の中を。
 桜色の豆一粒。それをつまんで朱桜の手の中に。
「たまたま見つけたんです。珍しかったから、投げないでとっておいたんです」
「大丈夫なの?」
「頭領が毒はないって。むしろ縁起の良い物だって」
「彩花さま・・・・・・・ありがとう」
「うん」
 姫様が、にっと笑った。  
 朱桜も、にっと笑った。



「勝負は来年に持ち越しだな」
「おう」

「お主ら、ちゃんとあの子を連れて帰るんじゃぞ」
「う、豆の臭いが・・・」
「兄上!しっかりして下さい!」
「それ、わしだから。お前の兄、こっちだから」