小説置き場2

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張繍伝1

張繍:元董卓四天王張済の甥!叔母上命の純朴な青年!!!
雛:張済の妻。薄幸の美女!彼女に幸せは・・・
賈詡:現張済軍軍師
胡車児:元呂布軍。張済軍の豪傑
曹操:覇者の気質を持つ男。説明無用のあの人です!



張繍「どういうことだ!!!」
賈詡「・・・・・・」
胡車児「・・・・・・」
 張繍軍の首脳陣が顔をつき合わす。
 「元」張繍軍総大将張繍は激昂していた。
 張繍の降伏は、曹操に素直に受け入れられた。
 曹操軍は敵を抱えすぎている。出来れば戦はしたくなかったのだ。
 少数とはいえ、張繍軍は元董卓軍のものが多かった。董卓軍は、その勇猛さで天下に知られていた。
 敵に回すと面倒になる。少なからず被害が出たであろう。
 また、戦もせずに一万五千の兵を手に入れられたことは、曹操を喜ばせた。
 袁紹からの援助により、張繍軍は装備も充実していた。
 陣を敷くと、曹操張繍を宴に招いた。
 その宴の席のことであった。
 張繍を激昂させたのは。
 酔いも回ってきたころに幕僚の誰かが発した言葉。
 「人質」
 張繍の親族。親、兄弟、子供・・・・・・誰かを忠誠の証として差し出せばどうか?
 同席していた軍師賈詡と筆頭武将胡車児は、張繍の顔色が一瞬変わったのを見逃さなかった。
 いや、自分達の顔色も変わっていた。
 人質を出せというのは、正しい意見だ。
 裏切ったときの保険として人質は有効である。
 特に張繍は暴虐を誇った董卓軍四天王張済の甥。
 それに曹操といずれは雌雄を決するであろう袁紹と盟を結んでいたのだ。
 用心にこしたことはあるまい。
 だが、この場合問題が二つある。
 張繍の親族は今は唯一叔母がいるだけ。そして、その叔母のために張繍は叔父を斬ったということ。
張繍「私に、私に叔母上を人質として差し出せというのか!」
賈詡「張繍殿、落ち着いて下され!」
胡車児「あれは、酔いの回ったうえでの言葉、それほど深刻に考えなくてもようござろう」
張繍「いや・・・・・・恐らく、明日にでも曹操は申し出るはずだ・・・・・・私は、どうすればいい?」
 部屋の外に立っていた影が息を飲んだ。
 影が、そっと三人の議論している部屋から離れた。
 二人とも答えられなかった。拒否すれば、曹操軍は戦を仕掛けてくるかもしれない。
 そのときは恐らく、負けるだろう。
 数に圧倒的な差があるのだ。
 だが、雛を人質に出せば・・・恐らく若い主の心に大きな打撃を与える。
 ただでさえ、一軍の主としての責務に精神的に追いつめられての降伏をした張繍である。
 それが、どんな作用を及ぼすか・・・
賈詡「とにかく、今は一度お休みになられて・・・また明日、いやその要請を受けてから考えましょう」
胡車児張繍殿、そうなされたほうが・・・」
張繍「そうだな・・・・・・まだ叔母上を差し出せとは言われていない・・・それにこう熱くなってはよい案も浮かばんな・・・分かった。・・・・・・待て」
胡車児「どうなされた?」
張繍「このこと、叔母上には言うなよ」
賈詡「分かりました」
胡車児「は!」
 三人は知らなかった。
 既に雛が知っていると言うことを。
 聞いてしまったということを。

賈詡「うむ?雛殿の部屋の灯りが?」
 雛は、患っていた病は完治したとはいえ、元来健康なほうではない。
 それで、張繍は雛の健康に気を配っていたし、雛は雛で気をつけていた。
 すでに深夜。いつもの雛であるならば寝ているころである。
雛「あ・・・」
 雛が部屋から出てきた。部屋の前に立っていた賈詡と目があった。
 雛は目をそらし、そこに立ちつくした。
賈詡「その格好は・・・」
 雛の格好は夜着ではなかった。着飾っていた。
 金の首飾りが、雛の透き通った肌の上で光っていた。
賈詡「・・・まさか!」
雛「私が、人質になればよろしいんでしょう?」
 その顔は決意を固めた人間の顔だった。
賈詡「お聞きになられたのですか・・・」
雛「ごめんなさい。盗み聞きをするつもりはなかったのだけど」
賈詡「行くというのですか?」
雛「ええ・・・・・・だってそうしないと・・・」
 あの子が、困ったことになるよね?
 返事が出来なかった、言葉が出なかった。
 一呼吸、二呼吸・・・・・・
 五呼吸目に、賈詡は口を開いた。
賈詡「お一人で行かれるのは危険です。どうか胡車児殿を」
雛「駄目よ。胡車児さんがいないと、あの子困るでしょ?私がいなくても、張繍は大丈夫だけど、胡車児さんがいないと、ね?」
 違う。そう賈詡は心の中で叫んだ。貴方が、我が主には・・・
賈詡「では、私がついていきます」
雛「賈詡さん、貴方は」
賈詡「曹操軍の幕僚は優秀です。私がここにいても軍師としての仕事はございますまい。ですが、貴方の従者ぐらいなら出来ます」
 笑いながら言った。
雛「そう・・・じゃあ、お願いしようかしら?」
 断れば、張繍に訴える。そう賈詡の目は言っていた。
 二人で黙って張繍軍の陣を出る。
 雛は、甥に幸多き人生を。そう胸の中で祈り、別れを告げた。
 賈詡は、必死で策を考えていた。
 とにかく時間は少しある。その間に主と、命の恩人であるこの女性にとっての最も良い選択肢を。
 そう考えていた。
 だが、結局時間はなかったのだ。
 張繍が雛の部屋を訪れたために。
 雛が曹操の部屋に案内され、賈詡が外で護衛の大男と顔を合わせている頃、張繍は雛の部屋を訪れ、部下に雛を探させるよう言った。
 静かな声であった。
 雛・賈詡の二人の姿がないことを部下が告げたとき、張繍はただ、一つため息をついた。