小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

あやかし姫~襲来~

「何故、あの男を呼んだ?」
 一対一。黒い狼と小さな狼。
 その二頭を、妖狼族が囲んでいる。
 咲夜は、うなだれていた。
 きっと顔をあげると、黒い狼に言った。
「父上、父上はこの村は滅んでもよろしいのですか」
「よくはない」
「今夜、またあの者達が来て、我々だけで勝てるのですか」
「……それは、わからん」
「父上が、この村で一番強い父上が勝てなかった相手から、たやすく負けた相手から、本当に守れるのですか!」
「……」
「私は、死にたくない。皆を死なせたくない。だから、兄様に助けを」
「あれを、兄などと呼ぶなああああ!!!」
「う……」
 咲夜は、必死に耐えた。
 声を爆発させた黒い狼は、はあはあ息をつく。
「あれは、腰抜けだ。弱いくせによく吼える臆病者だ。あんな奴の力など借りずとも、勝つ! この村は、儂が守る!」
「でも兄様はこの村で一番強かったって、兄様なら、掟を破ることもない」
「黙れ、黙れ黙れ!あのような呪われし仔、いらぬ!」
「なにが、呪われし仔よ……」
「ああ?」
「兄様は、瞳の色が少し他の人と違う、それだけじゃない!呪われてなんか、ない!」
「グルルルル!!!」
「おうおう、派手にやり合ってるねえ」
「兄様!」
 太郎が、ひょいっと顔を出した。
「貴様、鳥居の前にいると……」
「へえへえ、腰抜けなんで逃げてきましたよ、っと」
 にこにこと笑うと、太郎は煙をたて白い狼の姿になる。
「来るぞ。俺が言いたいのはそれだけだ」
 ばっと駆け去る。
 子狼が、泣きはじめる。
 雌狼が、怯えはじめる。
 雄狼が、うなりはじめる。
「迎え撃つ準備を!」
 黒い狼が吠えた。
 咲夜は、始まる、そう呟いた。
 鳥居に、行こうとした。
 兄の元に行こうとした。
 引き留められた。
「母様……」
 あの毛並みの良い狼。
 青白い顔を横に振った。


「頭、全員皆殺しにしたら酒盛りといきますかあ」
 木々を、影がつたう。
「いいなあ、妖狼の血酒、さぞかし美酒だろうねえ」
 いくつもいくつも、影がつたう。
「雄狼の肉は、不味かったけど、雌狼の肉は、さぞかし美味かろうねえ」
 目指すは、妖狼族の村
「子供も、美味いんじゃないっすかねえ」
「くくく。よだれが、でてくるよ」
「それにしても、四日前に襲ったときは楽しかったすね」
 まるで赤子の手を握るようだったと影は笑う。
「いや。かの有名な妖狼族、どれほどのものかと思えば、全く歯ごたえがない。逆につまんなかったねえ。一番偉そうな奴も弱かったし」
「あれは傑作だったなあ。偉そうに名乗りをあげて、頭に右腕くわれちゃうんだもの」
「なんで、一匹も殺さなかったんすか?なんでわざわざ間を置くんすか?」
「馬鹿だねえ……恐怖に怯えてもらったほうが、長く恐怖に怯えてもらったほうが、美味しくなるじゃないか」
 月の光の下、影はにたりと笑う。
「なるほど!」
「さすがお頭、頭がいい!」
「行くよ!飛猿一家の名を、汚すんじゃないよ!」
 キーっと、森に響く。
 影が、鳥居にいくつも飛び込んだ。